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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第5章 姉と妹

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第48話 妹と温泉に入る

 「おおー…………」


 あれから、しばらくくろえを休ませた後、私たちは旅館の温泉にやってきていた。結構おっきくて、いかにもザ温泉って感じ。修学旅行でいったところよりも、温泉の種類が多くて色々と目移りしてしまう。


 私の方が髪が長くて、身体を洗うのに時間がかかったから。先にくろえはお風呂に入ってるはずだけど、どこにいるのだろう。屋内の大浴場を見回しても、見当たらないから、露天風呂のほうにいるのかな。


 普段、旅行とかする機会がないから、恐る恐る露天風呂への扉を開ける。すると、ぶわっと夜風が吹いてきて、あっという間に私の濡れた身体から体温を奪ってく。


 ぐ、さ、さぶい……。というか、冷静に考えたら、裸で冬の屋外にいるって狂気の沙汰では? 慌ててくろえを探すけど、いろんなお風呂があって入り組んでいるから、上手く見つけられない。このままでは、お風呂に入る以前に風邪を引いてしまう。


 そして、当たり前なんだけど、大浴場だから沢山の人がいるわけで。なんとなく、人が多いところには近寄りがたい。


 ど、どうすれば…………。


 そう考えながら、辺りを見回して、私ははっとなって一つの温泉に目を止めた。


 とりあえず、あそこなら―――。


 そう想いながら、私は凍える剥き出しの肌を抱えて、そのお風呂に小走りで駆けて行った。



 ※



 「はるー、どこー…………って」


 そして、およそ時間にして数分。多分、待っていても私がやってこないから、くろえが私を探しに来てくれたらしい。


 私がお湯から、そっと顔を出すと、どうしてか細めた目で私を見ていた。


 「…………く、くろえ」


 「何やってんの、そんなところで…………」


 そうして、くろえは私が入っていた、五右衛門風呂みたいな温泉を、苦笑いで眺めてた。


 私はずびっと漏れそうになる鼻水を啜って、身を震わせる。


 「いや……くろえを探してたんだけど、あまりにもさぶくて……」


 「まあ、そだね……」


 「でも、人が多いところは……ほら、緊張するから……」


 「……そこに逃げ込んだと」


 これが悲しい陰キャの性。そしてさらに悲しいのは、このお一人様用の、お椀みたいなお風呂がとても落ち着くこと。電車で座席の端っこに座るあの感覚に、とてもよく似ている。


 「そして……寒くて外に出られずに、今に至ります……」


 本当は、温まったらくろえを探しに行くべきだったのだけど。出るたびに、あまりに寒くて、温泉に出戻るのを何回か繰り返した。日本海の冬、さらに夜風ともなれば、それはもはや棘を刺すにように寒くて痛い。身体が濡れているから、尚のこと。


 挙句、少し雪さえちらついてきた。くろえはどうして、さも当たり前のように、普通に過ごしているのだろうか。


 「なるほど、まあ、寒いもんね……」


 と、言いながらもくろえは全く寒そうにしていない。背筋はぴんと伸びて、堂々と、一糸まとわぬ姿なのに、どこか気品さえ感じる。


 スタイルの良さも相まって、そのまま彫像にして、どこぞの美術館に飾ったって見劣りしない。……いや、くろえの裸体が知らない人に晒されるのは、やっぱやだな。


 「うう……くろえは寒くないの?」


 鍛えていると、寒さとか感じないのだろうか。そういえば、小学校の冬のマラソンとかでも、くろえが寒そうにしてるの見たことないかも……。


 「…………いや、寒いよ、さすがに。あんまり顔に出してないだけで」


 そう言いながら、くろえは手に持っていたタオルを、軽く振って少しだけ何か考え込む。まるで、何かを企むように。


 そして、不意ににっと笑うと、とんとんと私の傍に寄ってきた。


 「え…………?」


 「というわけで……はる、ちょっと詰めて?」


 そうして、私の使っているお一人様用温泉の縁に手を置く、そのまま勢いよくどぼんと小さなお風呂に突撃してくる。


 わぷっと私が驚く間もなく、波が収まると、少しいたずらっぽい顔をしたくろえが隣に陣取っていた。急にどたばたしたから、隣のおひとり様温泉に浸かっていた女の人が、どこか驚いたように私たちを見てるし。


 「…………くろえ?」


 「……はー、あったか。……あ、はる、狭いからもうちょっとそっち詰めて?」


 そうして、さも当たり前のように、私の隣に居据わるくろえに若干気圧されながら、しぶしぶ私は温泉の奥に詰める。当たり前だけど、一人用の温泉なので、そんな大したスペースはない。


 しばらく、ちょっとくろえをじーっと半眼で見つめるけれど、悪びれた様子はさっぱりない。うむむ、なんか旅館についてから、ちょっと吹っ切れているような……。


 心なしか、少し肩の荷が下りたような、顔に見えた。


 「…………ちょっとは、気分転換できた?」


 だから、なんとなくそう尋ねる。小さな温泉の中で、お互い足が重ならないよう、ずらしながら。


 くろえは私の問いに、最初ちょっとだけ驚いたように見えたけれど、やがてそっと微笑みを浮かべてた。


 「…………うん、まあ、ちょっとは吹っ切れたかな」


 そんな、くろえの問いに、私はそっと頷いた。お姉ちゃんは、妹の気が晴れたのなら、それでよいです。……今は、口には出せないけど。


 「…………そか、よかったね」


 そうやって、言葉を少し堪えたから、どこかそっけない返事になってしまった。くろえはそんな私を軽く見つめて、でもやがてふっと視線を空に逸らしてしまう。


 私も同じように空を見上げると、真っ黒な空から、白い欠片がちらちらとちらついていた。それが時折、私達の手元や鼻先に落ちては、お湯の熱で溶けていく。


 「…………ホントはさ、結構まいってたから。……とりあえず、動いて気を紛らわせたかったんだよね」


 ぽつりと漏れた言葉は小さく、いつもの理路整然とした響きはない。私はお湯にそっと肩を沈めながら、そんな妹の様子を横目に眺め続ける。


 「……それが、この旅(駆け落ち)の目的?」


 そんな私の言葉に、くろえはゆっくり振り向くと、軽く笑みを浮かべてた。


 「……半分はね、残りの半分はまだ秘密」


 なるほど、と私は頷くと、そのまま口元をそっとお湯の中に沈める。


 …………残りの半分、そこにはきっと大事な意味がある。くろえの胸に空いた、大きな真っ黒な孔に関わる何か。そこを越えないと、くろえはきっと前に進めない。


 そのために必要なことが、想いうかべられないわけではないけど。


 「うん……わかった」


 今はまだ、くろえが答えを出していない以上、私が口にする意味はない。


 きっと、その時は遠からずやってくるのだから。


 …………いずれ来る、その時のことを思うと、不安を感じないわけではないけど。


 胸の奥に小さな綻びが生まれたような、そんな言い知れない感情が、じわりと私を満たしていく。いくら身体をお湯に浸しても、顔から上があったまることはない。


 そんな、寂しさと不安に似た何かを埋めるように、私はそっとお湯の中、君の手に向かって指を伸ばす。


 だって、ここはお一人様用のお風呂だもの。湯舟の陰に隠れて、お湯の中で何かをしてるかなんて、誰にも分からない。


 お湯の中を、辿って、辿って、君の手に私の指をそっと重ねる。


 君は一瞬、驚いたような顔をしたけれど、やがてゆっくりと君からも指が伸びてきた。


 誰にも見られない、湯舟の底で、そっと二人で指を絡め合う。


 お湯の中が温かいから、くろえの指が不思議と少しだけ冷たく感じる。でも、それがどうしてか不快じゃない。細くて柔らかい、君の指をなぞりながら、眼を閉じて、その感触だけをただ味わう。


 この身も心もお湯に溶けていくような、曖昧な時間が、私は好きだった。


 まだ答えは出なくとも、それでもいつかと、願いながら。


 君と指を、ただ絡め合う。


 握って、撫でて、なぞりあう。


 そんな感触を、そっと楽しんでいたら、ふっと君の指の感覚が手から消え失せる。


 あれ……? と思って、しばらくお湯の中で指を遊ばせてみるけれど、さっぱりと手ごたえがない。


 ……一体どこに? と眼を開こうとした瞬間に。


 「…………ひゃうっ!?」


 反射的に身体が浮いて、口から変な声が出る。慌てて、周りを見回したけれど、隣の湯舟の女の人は、少し不思議そうに首をかしげているだけだった。


 大慌てで、湯舟の中に目を向けると、私のお腹、おへその少し横辺りを、さわさわと撫でるように動かされてる指がある。


 「…………くろえ?」


 その指は私のお腹を摘まんで、揉んで、こねて…………ぐうう、文字通り弄んできおる。


 背筋が疼くような、こそばゆい感覚をどうにか我慢しながら、じっと睨めどくろえの顔は微塵も揺るがない。まるで、お湯の中のことは、指が勝手にやってるだけだと言わんばかりに。


 どうにか主犯の指を捕まえようと、手を伸ばすけど、さっと避けられる。そして、隙をつくように、また指が私のお腹を摘まんでく。捕まえる、避けられる。ぐごご、こんなとこまで、要領のよさを出すんじゃない……。


 「どうしたの、はる?」


 挙句、素知らぬ顔で煽って来るし……くそう。違うもん、おせち食べ過ぎて、お腹が増量したわけじゃないもん。これは適切で健康的な皮下脂肪だもん。ちょっと前に食べた駅弁がごろごろと、お腹の中で動く感触は気のせいだもん。


 「ぐぬぬぬぬ…………」


 しばらく、妹と指の捕まえ合いをするものの、悉くかわされる。捕まえたと思っても、お湯の滑りと持ち前の肌の滑らかさで、するっと抜け出される。


 ぬぬぬ、としばらく身体を弄ばれながら、私は苦悩し……。突如、天啓がぱっと降りてきた。


 そう、ここはお一人様用のお風呂、いくら指が逃げられようと、逃げられぬものがある。やるのは、やられる覚悟がある奴だけだぜ、妹よ。


 「てりゃ!!」


 勢い余って、ちょっとお湯がばしゃっとなりながら、私は狙いの部分に手を伸ばした。


 落とすは本丸。くろえのお腹。こんな狭いお風呂では逃げられまい!


 「ちょ、はる?!」


 珍しく少し慌てたくろえの表情を端目に見ながら、私は両指でくろえのお腹をがしっとつかむ。


 両の手でこう、わき腹を抑えるように、がしっとこう…………。


 ……………………。


 ………………。


 …………。


 ほっっっそ。


 いや、スタイルがいいことは知ってたけど、それにしたって細くないか? 本当に内臓はいってる? 私より背丈はあるはずなのに、この細さどうなってるの。トレーニングの成果か? それにしたって、お姉ちゃん心配になりますが……。


 しかし、にぎにぎと触っていると、なんだか色々発見もある。細いようで、柔らかくて、でもしなやかな感触が、肌の奥に確かにある。おお、これが筋肉。私のあまりに非力な腹筋とは全く違う、カチカチではないけど確かに反発のある感触。


 当然だけど、さすがに姉妹と言えど、こんなに堂々とお腹を触る機会はなかったから。思わず目を輝かせながら、その感触を楽しんでしまう。


 へー、こうなってるんだ。これが腹斜筋かな。ていうか、美人はへそまで美人だな。へそ美人って何だろう。わからんけど、綺麗なのは確か、くろえのお腹は謎が一杯……。


 なんて、色々と夢中になって触っていたから、気付かなかったのだけど。


 そういえば抵抗がないなと、ようやく夢中になっていた顔を上げたところで、思わずハッとしてしまう。


 そこにあったのは、どこか顔を赤らめて俯いている、くろえの姿。


 普段、凛としたたたずまいのお顔が、恥ずかしそうに伏せられて、所在なさげに上目遣いで私のことを見てる。


 …………あ、あれ? なんか、やっちゃった?


 そういえば、私夢中になって、周りからどう見られてるのかも気にしてなかったけれど…………。


 思わず周りを見回すと、隣の湯舟の女の人も、どうしてか顔を赤らめながら口を手で抑えてた。


 こ、これは、もしかしなくても、公衆の面前で淫行に及んでいたと誤解されているのでは?


 いや、誤解か? 割と現行犯では?


 頭の血がさーっと降りてきて、思考の中で、警察に手錠を掛けられる情けない私の姿が再生される。


 違うんです、妹のお腹を触っていただけなんです。決してやましい気持ちではありません。え、感触ですか? 柔らかくて、しなやかで、ちょっとエッチだなって……。 え、実刑ですか? はい、甘んじて受けます、はい。控訴もなしで。


 さらに、そんな邪なことを考えていたからか、思わず指に力が入ってしまった。


 「ッ…………」


 綺麗なお腹に、私の爪が引っかかって、くろえが身体が微かに震わせる。


 「ご、ごめん! くろえ……」


 はっとなってお湯の中のくろえの、肌を見ると、小さいけれど微かにひっかき傷が見える。う、うう、や、やってしまった……大切な妹になんてことを……。


 大慌てで、泣きそうになりながら、くろえに謝罪するけれど、当然そんなことをしても、くろえのお腹についた傷は消えない。


 国内唯一の伝統工芸品にうっかり触って、跡をつけてしまったような、そんな言い知れない罪悪感で頭がぐるぐるになる。こ、こんなことになるなら、さっさと爪を切っておけばよかった……。


 そんな私を、くろえは頬を赤らめたまま、ちょっと藪睨む。……うう、そんな目で見ないで、いや見られて当然か。甘んじて罰は受けます……。


 「あーあ、はるに傷物にされちゃった……」


 そしてくろえはそう言って、じっと私をねめつけてくる。ぐうう、あまりに胸が痛いけど、言い返す言葉はない。世が世なら、このまま腹を切っててもおかしくない。


 「………………うう、ごめん、……責任はとるからぁ」


 最低でも実刑、あるいは生涯奴隷になるしかない。果たしてそれで、つり合いがとれるのかは疑問だけれど。それでも償えるものが、もうこの身しかねえ……。


 「…………とってくれるんだ」


 そんな私を、くろえはどこか、拍子が抜けたように苦笑しながら見つめてた。というか、責任くらいなら、いくらでも取りますとも。


 「…………とりあえず、私の人生で足りますか?」


 それ以上が必要な場合は、止む負えず来世まで担保にだすことになりますが……。


 「……いや、そこまでは……てか、よくそんな恥ずかしいこと、さらっと言えるね……」


 「お望みとあらば、足でも舐めます…………」


 「それは……、なんかちょっと別の扉開きそうだから、やめよっか…………」


 「うう…………あとは私の身体でよければ、いくらでも…………」


 「ねえ、はる、わざとやってない?」


 やってない。全て心からの言葉である。ちなみに、こういう時に困惑したくろえの顔は死ぬほど可愛い。


 そうして、ちょっと顔が紅くなったくろえに、謝り倒すことおよそ数分。結局、お風呂上がりのコーヒー牛乳で、手打ちになったのでしたとさ。


 ちなみに、隣で見ていたお姉さんは、何故か上がる時に口元を抑えたまま、眼元に涙を浮かべてた。なんでだろうね。


 「あ、私ちょっと、フロントに用があるから、くろえは先に戻ってて」


 「…………? まあ、了解」


 そして、私は今日必ず、この爪を切ることを決意した。


 やはり最初から、切り落としておくべきだったのだ、こんなもの。


 そう一人決意する私を、くろえは首を傾げながら眺めてた。

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