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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第5章 姉と妹

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第47話 姉と旅館に泊まる

 ふと目を閉じてると、真っ暗闇の中で平均台の上に立っているような気分になる。


 下は見えない、道は細い、気を抜けば身体はふらふらと揺れ始める。


 わずかにはっきりしているのは、細くて、頼りない足元の道、それっきり。


 わからない、今、私がしていることは本当に正しいんだろうか。


 駆け落ち……なんて銘打っては見たものの、新学期が始まるまでに、帰る算段は付いてるし。生憎、失踪の予定も、身投げの予定もありはしない。


 どこか遠くへ行きたかった、抱えた重荷から逃げ出すように。


 でも同時に、目指すべき終着点もある。


 きっと、そこを乗り越えないと、私は前に進めない。


 実際、乗り越えられるのかは……正直、あまり自信がないけど。


 この旅の間に、答えが見つけられるのだろうか。そんな都合のいいことが待っているとも思えないけど。


 それでも、今はただ、前に進んでる。


 平均台から落ちないコツは、ただひたすら前に進むこと。


 止まってしまえば、身体はふらつく、足元はおぼつかなくなる。でも、進み続ける限りは意外と落ちないものだ。そういうとこは、自転車と少し似ている。


 タタン、タタンと音がする。


 北へ向かう鈍行列車は、私たちを乗せて進んでく。


 胸の奥では、何かが麻痺したような感覚だけが、じんわりと広がっている。思考も少しぼやけているような感じがする。


 でも、それでいい。今はただ、進むだけ。


 この旅の、意味も価値も分からなかったとしても。それでも、ただ。


 今は、ただ揺蕩うように。


 タタン、タタンという音に、少しずつぽつぽつという音が混じっていく。


 窓の外で雪でも振り始めたんだろうか。


 ふと目を開けてみれば、暗闇の中で何かが微かに舞っていた。


 雪だよ、と隣のはるに声をかけかける。……でも、すぐにそっと口を噤んだ。


 目を閉じたままのあなたは、私の肩に頭を預けて、小さく寝息を立てていた。


 ……急な旅行だったし、少し疲れたかな。朝に課題を終わらせてから、ほぼ半日移動し続けてきたわけだし。


 私はそんなお疲れなあなたの寝顔を見届けながら、そっと周りの様子を窺った。私達が座っているのは、二人掛けのシート。乗客も少なくて、見ている人は誰もいない。


 だから、きっと、こんなことをしてもバレないのだろう。


 今、こうして、そっと―――あなたの口を塞いでも。


 きっと、誰も気づきはしない。


 夢の中のあなたでさえも。


 少し渇いた唇をそっと離してから、あなたの頭に添えるように、私も肩をそっと預けた。


 タタン、タタンと電車は進む。


 私達を、遠く北の大地へと運んでく。


 眼を静かに閉じて、私はその音に耳を澄ませた。


 隣で眠るはるの手を、ぎゅっと握ったまま。


 その微かなぬくもりから、手を離さぬように。


 ごうごうと音がする。きっと窓の外では雪風が吹いているのだろう。


 私達の駆け落ち(この旅)は、まだ続く。






 ※






 目的の旅館には、予定していた時刻の少し前に、無事辿り着くことができた。


 駅からタクシーを使って、十数分。途中、都会では見慣れない積もった雪に、はるが目を輝かせていたから、少し遊んで時間がかかったけれど。


 雪に塗れた私たちを、旅館の女将さんは、あらあらと微笑ましそうに眺めていた。


 「お二人で、旅行ですか? お伝えしていた通り、未成年の方の場合は、保護者の方の同意書が必要になりますが」


 「はい、これでお願いします」


 「はい、確かに。それにしても、可愛らしいですね、お連れの方。……どういったご関係ですか?」


 私が受付名簿にペンを走らせる中、女将さんの視線が微かに細められる。……まあ、未成年の女二人旅だしね。万が一、家出だと面倒だから、疑われているのかもしれない。


 苗字を書く欄で、一瞬手が止まる。私の名前は予約で使ってしまっているから、もう変えられない。


 頭の奥で、微かにもやっとした不安がよぎったけれど。動揺を悟られないために、あえて迅速にペンを動かした。淀みなく、手慣れた手つきで。


 『玖呂川(くろかわ) 黒江』『羊宮 灰琉』


 そうして、女将さんが違和感を感じる前に、意図的にその眼をじっと見つめる。そして、明るく、かつ静かに声を調整して言葉を告げる。


 「―――恋人です」


 疑問や、不安を、驚愕で塗りつぶしてしまう。そして、女将さんの顔が一瞬、見開かれた瞬間に、しーっと静かに唇に手を当てた。


 「……内緒ですよ?」


 そう言って軽く微笑むと、女将さんは少し顔を赤らめて、こくこくと無言で頷いた。私はそんな彼女にそっと微笑んで、そのままチェックインを済ませてしまう。


 うん、これで、大丈夫かな。実は学生証のチェックとかあったらやばかったけど、まあそこは灰琉の学生証借りればいけなくはない。


 我ながら、無駄に危ない橋を渡ってる自覚はある。まあ、そんなこと言い出したら、この旅自体そもそも無駄なんだけれどさ。


 素知らぬ顔で受け取った鍵を揺らしながら、はるのとこに歩いてく。はるは少し心配そうに私を見ていたけれど、大丈夫そうなことに気づくと、安心したように頬を綻ばせた。


 「くろえ、チェックインできた?」


 「問題なし、さあ、部屋に行こ?」


 そう言いながら、はるの手をちょっと恭しく取ってみる。パーティで女性をエスコートするみたいに。案の定、はるは不思議そうに顔をきょとんとさせたけれど。視界の隅の女将さんは、咄嗟に口元を抑えてた。うん、アピールはこれくらいでいいだろうか。


 こういうのは、ちょっとわざとらしいくらいが、効果的だからね。


 そのまま、不思議なそうなはると廊下を歩いて、鍵に記された部屋に向かった。


 扉を開けて部屋に入ると、こじんまりとした和室に、もう二人分の布団が敷かれてた。


 おおーっと、物珍しそうに部屋の中を物色するはるを見ながら、私はそっとドアをしめる。


 「すごッ……旅館だね! …………あんまりこういうと来たことないから、資料によさそう」


 言いながら部屋の小物をまじまじと見つめるはるに、思わず苦笑する。小説書きの職業病みたいなものだろうか。いや、それにしては、なんか小物まで見ているような……。


 「……だね。ちなみに、はる。ここでは『お姉ちゃん』も『妹』も禁止だから」


 「……え?」


 アメニティが入った引き出し覗き込んでいたはるが、困惑したように振り返る。私はそんな姿を見ながら、抱えた荷物や上着を下ろしてく。


 「ほら、私とはるってあんまり似てないでしょ? それで姉妹って言って、予約するとちょっと不審だから、恋人ってことにしてるの。だから、姉妹関連のワード禁止ね?」


 まあ、別に姉妹だとバレても、そこまで不審にも思われないだろうけど。家出ってわけでもないから、警察に引き戻されることもないし。


 だからなんというか、気持ちの問題なんだよね、結局。


 「…………こ、ここ恋人ですか?」


 まあ、半分は、このはるの顔を見るためだった気がするけど。


 すっかり顔が紅くなって、ぷるぷる震えてる姉を見ながら、こっそりとほくそ笑む。うん、最近押され気味だったから、ちょっと満足。


 そのまま荷物も降ろさず、目線がきょろきょろしてるはるを、しばらくにやにやと見つめておく。


 そのまま、動揺するはるを観察しててもよかったけれど、とんとんと音がしたので、軽く扉の方を振り返った。


 案の定、すぐにがらっと扉が空いて、さっきの女将さんが顔を出した。


 「にょわっ、にょ!??」


 …………どう考えても、動揺したはるの声が高らかに響いて、女将さんは不思議そうに首を傾げたけれど。私が軽く目配せすると、納得したように頷いてくれた。何に納得したかは知らないけどね。


 「今日はようこそお越しくださいました。お食事はお済とのことなので、お布団先に引かせていただいてますね。また、大浴場は1階、朝のお食事も同じく1階になります。解らないことがあれば、御遠慮なく、ロビーにお知らせください。……何かご不明な点等ございますか?」


 そんな彼女の言葉に、私はそっと首を横に振る。はるはしばらくぼーっとしていたけれど、状況を理解すると、慌ててぶんぶんと首を横に振った。


 そんなはるの様子に、女将さんは軽く微笑むと、そっと頭を下げて部屋を後にした。心なしか、あえて時間を取らせないようにしてくれた気がする。恋人発言で、わざわざ気を遣ってくれたのかな。


 扉が閉まって、しばらくしてから、ふぅっと息を吐く。


 …………さ、これでやるべきことは、とりあえず終了。


 上着を適当に脱ぎ散らかすと、まだぼーっとしているはるの方に、とぼとぼと足を向ける。


 はるは一瞬、え、と戸惑ったような顔になるけれど。あえて無視して、そのまま、その太ももに飛び込んだ。雪でまだちょっと濡れてるけど、ま、気にしない。


 「はー……つっかれたぁ…………」


 移動も長いし、色々と処理することがあったからあれだけど。さすがに一日目はあまり気を抜く時間がなかった。おかげで、身体がほんの少しだけ重い。


 はるはしばらく、急にだらけた私を見て、眼を白黒させていた。


 でも、私が少しむくれて手を伸ばすと、やれやれと息を吐いて、そっと手が握り返される。


 「お疲れ様、くろえ。今日も頑張ったね」


 そうして、仕方ないなって風に笑ってくれた。そんな笑顔を見るだけで、頭の奥を縛っていたわだかまりが、段々と解けていくような感じがする。


 「でしょ? ……まあ、私のわがままで始めたことだけどさ。はるにも付き合わせちゃってるし、ごめんね?」


 罪悪感は確かにある。でも、同時にはるがついてきてくれなかったら、この旅は成立していない気もする。そんな私の言葉に、はるはどこか得意げに笑みを深めた。


 「ふふふ……まあ、気にしなさんなー。だって、私は…………」


 …………『お姉ちゃんだから』と言いかけてるんだろうけど。そのままの姿勢で、はるはぴたっと止まって、口をパクパクさせている。


 ……ああ、『お姉ちゃん』禁止っていうのを律儀に守ってるのかな。別に今は見られてないからいいんだけれど、まあ、どこでうっかり出るともしれないしね。気を付けるのに越したことはない。


 「私は……なに?」


 だから、あえて、その綻びに突っ込みを入れてみる。『お姉ちゃん』が禁止になると、その後に何が続くのでしょう。


 はるはしばらく、顔を赤らめたまま、あーとか、うーとか唸っていた。


 でもやがて、何かしらの覚悟を決めると、眼を閉じたまま堪えるように口を開いた。


 「…………くろえの……こ、恋人ですから」


 そういって、絞り出すように、声を出した。私は思わずくすっと笑って、そんなはるの真っ赤になった頬を撫でる。


 「ありがと、はる」


 言いながら、はるの手にそっと光る小さなリングを、優しく撫ぜた。私の首にも同じように、リングのネックレスが下げられているのを感じながら。


 普段はずっと、誰にも見られないよう隠すべきものだけど。


 今だけは、これが私たちの関係の何よりの証明だから。


 暖かな指の中にある、滑らかな金属の感触を感じながら、そのまま甘えるようにはるの太ももにぎゅっと顔をうずめる。暖かくて、柔らかくて、ちょっと雪で濡れてる感触が私の頬をなぞってく。


 「ふふふ…………この旅館にいる限り、これがデフォか……やれるかな……」


 言いながらはるは、若干声を震わせて、羞恥心にどうにか耐えているみたい。私はそんなはるを脇目に見ながら、太ももの上で旅館のパンフレットを開いてみる。


 「身体冷えたし、温泉入りたいよねー……。いつまでやってるのかな?」


 「どうだろ……早く締まりそうだったら、今から入りに行く?」


 はるはそう言って首を軽く傾げた。私はそのまま頷いて、その意見に同意したいのだけど…………。


 「うん…………でも、もうちょっとだけこのままがいい……」


 くろえは疲れたので、もう少しはる成分を補給しないと動けそうにありません。


 「そっか…………じゃあ、もうちょっとだけこうしてよう」


 あなたはそう言いながら、少しきょろきょろと何かを探すようにしてた。そんなはるの、ふぅっという声を聴きながら、私は静かに頷いて、頬にふれる太ももの感触だけを感じる。


 この旅の、終わりにどんな思いを抱いているのは、まだわからない。


 こんな平穏が、続く保証もどこにもない。


 抱えた問題は山積みで、どこから手を付けていいのかも判然としない。


 でも、それでも。


 頭を撫でるはるの手が、私の身体の強張りを少しずつ解いてく。


 今日、頑張ったことは事実なのだから。


 今は、きっと、それでいいのだろう。


 はるの手に甘えたまま、私はそっと眼を閉じた。


 まだ答えの一つも見つけられぬまま。


 それでも、あなたの手の中で。


 今はだけは、姉妹じゃない、ただの私とあなたのふりをして。


 そのぬくもりだけを感じてた。



















 ※


 「……ところで、はる。さっきから、何探してるの?」


 「え!? え、あえ、えと、つめ…………」


 「つめ……?」


 「……な、なんでもありませぇん!!」


 「………………ふーん?」

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