第40話 妹と打ち明ける頃
目を覚まして、ぼーっとした頭を抱えながら、枕元に置いておいた指輪を眺めた。
くろえから貰った、想いの証。私達姉妹が、もう姉妹ではない誓いの証。
小さな指輪をそっと掲げて、その向こう側を覗いてみる。当たり前だけど、そこにあるのは私の部屋の中の風景。まだ暗い室内が映るだけの、現実の光景。
想いが叶ったからと言って、そこで何も終わらない。
現実は物語じゃないから、その続きが存在する。
禁じられた誓いの先にも、当たり前の日常が広がっている。
しばらく、そうやって指輪を透かした後、ぎゅっと握った掌の中に、それをしまい込む。
交わした誓いの意味を、もう一度確かめるため。
10年前の夜に、そしてこの前のクリスマスの夜に、交わした誓い。
最愛のあなたを守るのだ。たとえ、世界の誰を、敵に回しても。
それだけは、何も変わらない。
ふぅっと息を吐いてから、ゆっくりと腰を上げて着替えを取った。指輪は握りしめたまま。
そうやって、今年も新しい日常が始まっていく。
大丈夫、いつも通りだ。
そうして、今日も私は、物語の先を歩いてく。
※
「そういえばおせち、私とくろえの分しか用意してないから。お母さんあんまり食べ過ぎないでね?」
「そんなあ……ってなることを、予想してお母さんちゃんと持ってきました。年越しパーティのあまりのご飯!!」
「用意周到……じゃないよね。食べたいから貰ってきただけでしょ、お義母さんのことだし」
「…………」
「ふふふ……バレたか。おいしーローストビーフだったからついね……」
なんて、元旦のやり取りにしては、少しやかましいやり取りをしながら、そっと三人で食卓に着く。
おもちと、おせちと、お雑煮と。
そんな一般家庭の正月料理の中に、多分、高級ホテルのメニューが不自然に並べられていく。……私もローストビーフ作ってたのに、これじゃあ、霞んじゃうじゃん。
うーって唸りが、無意識に零れだして、それをみたくろえがそっと小さく肩をすくめて、ローストビーフを口に運んでた。私が作った方のやつを。
「はるが作ったのも美味しいよ。味が優しくて。私はこっちのが好き」
そんなフォローの言葉に、思わず涙が零れそうになる。うう、なんて健気な妹じゃ。
「わ、私も、はるが作った方が好きかな!? ほら、高級すぎるのもちょっとね!?」
「お母さん、まだ一口も食べてないでしょ……」
便乗して雑にフォローしようとした母親には、細めた視線でぎっと睨んでおく。しおしおとしぼんでいく、そんな母を見ながら、私は軽くため息をついてお雑煮を啜った。
…………はあ、年明けからこんなことで、不機嫌になっても仕方ない。諦めてお母さんが持ってきた惣菜もまとめて口に運んだ。…………うう、美味い。……お高いお肉の味がする。
そうやって、しばらく三人で箸を動かしていたら、不意にお母さんが口を開いた。
「そういえば、なんか変わったことあったー?」
それはいつもされてる、何気ない質問。
二人揃って、「特に何もないよ」なんて答えるのが、お約束。
まあ、さすがに何もないなんてことはないから、その後ぽつぽつ話をしはじめるのだけど。くろえが、こんな賞を取ったーとか、くろえがこんなことしてくれたーとか。
でも、今回は―――。
「「………………」」
思わず、数瞬、くろえとそっと見つめ合う。
ポケットの中にしまっておいた指輪が、冷たさでその存在を静かに知らせてくる。
くろえと、恋人になった。
言うなら、今なのだろうか。言って、どうなるのだろう。
否定されたら? 認められなかったら? 反対されたら?
思わず、そんな弱気な思考が走ってしまうけど。
目の前にあるくろえの瞳が、微かに痛みに揺らいだように見えたから。
私はうつむきかけた、頭をそっと持ち直す。
だって、いつかどこかでは、言わないといけない。
他の誰に秘密にすることができたとしても、この人にはきっと言わないといけないんだ。
たとえ、どんな決裂がそこにあったとしても。
きっと、この人に隠したままじゃ、私たちはずっと幸せになれないから。
痛みも、決裂も、和解も、理解も。
踏み出さなければ、始まらない。
「くろえ―――」
隣のあなたに、そう小さく声をかけてみる。
言っていい? そう――――告げようとした瞬間に。
あなたは少しだけ、ほんの少しだけ、その視線を歪ませて。
そして、そっと私から、その眼を逸らしてた。
「あの人に―――会った」
え―――?
「…………あの人って? え? ……何時の話?」
お母さんが、不安そうに首を傾げる。
あれ、今、くろえ、わざと?
「冬の初めかな……そんな前じゃないけど」
くろえは私と目を合わせないまま、淡々と言葉を口にしている。
……もしかしなくても、今、話を逸らされた?
「会いにきたの……? あいつが……?」
わからない。そんな私を取り残したまま、話はただ、粛々と続いてく。
どこか痛みを孕んだ空気が、部屋の中を満たしたまま。
「うん、あの―――クソ親父と会ったよ」
そうして、くろえは話を始めた。
それはまだ、私とくろえが一度も、キスなんてしていないころのお話。
少し前の、私たちがまだ、ただの姉妹だったころの、そんなお話。




