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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第1章 姉と妹

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第2話 姉と並んで帰る

 ご褒美、なんて言ってみたけれど、はるに任せる以上、そう深刻なものにはなるはずがない。


 精々、頭を撫でるとか、ハグとか、そこらへん。帰り道にカフェオレでも買ってくれるとかもあり。


 まあ、どれにせよ、きっと可愛いものだ。私が決めるよりは遥かに。


 …………もし私が、はるに何でもいうことを聞いてもらえたら、何をお願いするだろうか。


 キス―――でもいい気はするけれど、どうだろうね。


 もっと過激なものにしてもいいのかもしれないけれど、それだときっと嫌われちゃうし。


 しばらく考えて、軽く肩をすくめると、後ろのはるは不思議そうに首を傾げてた。


 さて、無駄話もこれで終わり、さっさとお外用の私に切り替えましょう。


 多目的室の前まで来た私たちは、扉の前で、少しだけ身なりと呼吸を整える。


 息を短く吐いて、脳と身体の状態を軽く観察。


 緊張、はしてるね、まあ今日の仕切り私だし。


 まあ、でもこれくらいの緊張は慣れてる。さして困るものでもない。


 隣のはるはどこか震えた手で、必死に自分の頬を打っていた。気合を入れているのかな、ぺしぺしと可愛い音が響いてるけど。


 くすっと笑って、さっき込めた緊張を、意図的に軽く解く。


 「じゃ、いこっか、はる」


 「う、うん!」


 そうして、軽く微笑みながら、自然体に二人で足を踏み出した。


 「お待たせしました。じゃあ、今期の部会を始めましょうか」


 






 ※







 うちの学校の部会は、各学期にごとに二回ある。


 今回は、二学期後期の部会。議題は体育館とかの場所の割り当てと、主に来季の予算、他各種学校行事のこと。


 集まってくるのは、この学校に数多ある部活動の部長および、その代理の人たち。


 当然だけど、一年の私から見れば、全員上級生でハッキリ言って舐められてる。


 まあ、どれだけ異例で副会長に抜擢されたって言っても、年下だしね。部会の仕切りもこれが初めて。みんな好き勝手言ってくるだろうなっていうのは、予想がついてる。



 だから全員、掌の上で踊らせると、会議が始まる前に決めていた。



 「はい、鮫島部長のおっしゃる通りです。その件が生徒会でも頭を悩ましてまして、協力して解決に当たっていければなと考えています」


 といっても、強硬策になんて出たら反感も買う。円満な関係を築けるにこしたことはない。


 「そうですか……バレー部は中々難しい状況ですね。コートの問題も、他の部活との兼ね合いも。そこで川端部長……ご提案なんですけど、規定時間外の利用という手段もありまして。はい、先生方にはもう許可は取ってあります」


 結局、人間を動かすのは、信用と数だ。


 「我々、生徒会は、全ての生徒のサポートをするために存在しています。部員数の多い部活が大きな部室や予算を使うのは、数が多いがゆえに、ただそれが必要だからというだけです。――――つまり多数派であるということが、無制限の権利を持つわけでないのは、徳田部長なら、よくご理解されていることかと思います」


 褒めて、宥めて、すかして、言葉で相手を気持ちよくして躍らせる。


 「はい、ごもっともです。そちらの意見を踏まえ上で、資料の後ろから三ページ目の予算案に目を通していただいてよろしいでしょうか。先ほどのご指摘に沿って、制作した代替案になります。はい、畑部長の先ほどの発言を踏まえれば、満足いただけるかと思います」


 生憎と、そういうのは得意な性質だ。


「はい、では、こちらの第二予算の方で決定とさせていただきます。……文芸部の羊宮先輩は、きちんと必要経費の提出をお願いしますね♡」


 別に何も変わらない。いつも通り、他愛なく。


 「では、これで二学期後期部会の方を閉会とします。


 ―――お忙しいところ、ご参加いただきありがとうございました」


 ふぅと軽く息を吐いて、多目的室の部長たちを見回した。


 数十分前まで、私に対して向いていた好奇や侮りの色は、もうそこにはない。


 畏怖、関心、信用、警戒。


 もう、私をただの年下だと侮る人間はここにはいない。


 だって、そうなるように仕向けたから。


 人の心なんて簡単に解る、そして容易く利用できる。


 生まれつき私は、ろくでもない父親譲りの、そういう人間だ。


 そんな自分の性質が、時に疎ましく思うこともあるけれど…………。


 ざわざわと会議が終わって空気が弛緩していく中、多目的室の隅っこでこっそりと私に向かって、ぶんぶんと手を振っているはるが目に映った。


 ……褒めてくれてるのかな、まだ生徒会の打ち合わせがあるから、今日は一緒に帰れないけど。軽く微笑んで、他の人には見えないように、こっそり手を振りかえす。


 まあ、うちの姉に褒められるなら、こんな性質も悪くないかと。


 そう思えるようになったのは、一体いつの頃からだったろうか。






 ※






 部会の後、生徒会の面々との打ち合わせも終えたころ。生徒会長の白乃(しの)さんが、私をちらっと見てきた。何か言いたいとき、この人はこういう目配せをよくしてくる。


 なので、帰りの準備をしている他の役員からそっと離れて、白乃さんの隣に歩み寄る。それから、少し首を傾げた。


 「どうしました? 白乃さん。今日の部会、何か不備がありましたか?」


 私の言葉に、白乃さんは軽く肩をすくめて、短めの髪を揺らした。


 「んー、不備? 特にないよ。部長連中の主張先読みして、言わせるだけ言わせたと後に本命の予算案ぶつけるような奴に、改めてツッコむとこなんてあるわけないでしょ。


 まあ、強いて言えば柿崎が『俺、会計なのにやることねえ!』って泣いてたくらいじゃない?」


 そう言いながら、白乃さんは、ふぅと呆れてるのか感心してるのかわからない息を吐く。


 「なるほど、盲点でした。柿崎さんには、またフォロー入れときます」


 身内のフォローも大事かと、一つ認識を改める。まあ、今度少し大事な案件を任せれば、自信も回復してくれるかな。


 「あとは、ちょっと完璧すぎて可愛げがないくらいかな。でも、まあ下が優秀だと上は楽だわ」


 「へえ……。じゃあ、柿崎さんのフォロー、白乃さんにお願いしますね。余裕ありそうですし」


 「ほんっと強かだな、お前は…………」


 白乃さんはそう言うと、眼鏡の奥の目を細めて私をすっと見上げてくる。今度はさすがに呆れ多めかな。


 そうして私があらぬ方向を見ていると、他の役員は帰りの準備を終えたようで、挨拶をして生徒会室を去っていった。柿崎さんがちょっと半泣きだったから、まあ、今度、真面目にフォローしといてもいいかもね。


 そうして、ドアが閉まって、しんとした時間が一瞬流れる。


 ま、ここからが、本題だろうか。


 「で、『ご褒美』は何もらうんだ?」


 「聞こえてたんですか……? プライバシーの侵害ですよ」


 私がそう言うと、白乃さんはどこかしたり顔を浮かべてた。


 「校舎内は、誰が聞いてるわからんから気をつけな。でもまあ、多分、私しか聞いてないよ。で、何貰うんだ? ていうか、どこまでいった?」


 ……はあ、なんで、こんな人にバレちゃったかな。したり顔の白乃さんから目を逸らしつつ、一つため息。


 「別に、そんな大したことしてません。それに、ご褒美ははるが決めるんで、多分白乃さんが考えてるようなことにはならないですよ」


 私は軽く息を吐きながら考える。頭を撫でる、ハグする、一杯褒める。あとは……なんだろ、よくておでこにチューかな。はるの羞恥心だと出来るの、それが限度だろうし。


 「なんだ、つまんないな。押し倒したりとかしないのか?」


 「やりません、そんなことしたら本当に終わりです」


 なにせ、今の私たちの関係はいつ破綻してもおかしくない。はるが一度拒絶してしまえば、それでおしまいだ。


 そんな実態をわかっていないのか、わかったうえで揶揄っているのか、白乃さんは残念そうに口を尖らせた。


 「なんだ……期待してたのに。リアルで姉妹同士のあれやこれやんて、普通そうみれないんだぞ?」


 「それはご期待に添えず、申し訳ありません。ただ、発言には気を付けた方がいいですよ、私いざという時のために、会話、録音してるんで」


 「そんなもの公開したら、困るのお前だろう」


 そう言って、白乃さんは軽く笑った。はあ、本来はできる人のはずなんだけどなあ。他人の恋路となるとだめだね。出るとこ出したら、セクハラで訴えられるぞ。


 「じゃあ、このまま琥白にばらしますね」


 そう言って、私はさっきまでつけていたスマホの録音を止めた。


 「……それは後生だから、やめてくれ」


 すると白乃さんは、座ったまま流れるような速度で頭を下げてきた。なんて綺麗な謝罪姿勢。これが学園のトップの姿か。


 「はるのことで、下世話な妄想一杯してたって報告もしときます」


 「すまん、まじでやめてくれ。ただでさえ、この前、しの姉と同じコップ使うの嫌とか言われたのに」


 琥白にメッセージを送ろうとした指に、必死に縋りつく生徒会長の憐れな姿を見ながら、私はとりあえずスマホをしまう。まあ、揶揄いの仕返しはこれくらいでいいかな。


 マジで送ったら、本格的にあっちの姉妹関係がまずいことになりそうだし、やめとこう。


 「冗談ですよ。……まあ、なんにせよ、白乃さんの、ご期待通りにはならないですよ」


 なにせ今の私とはるの関係は、薄氷の上を並んで歩いているようなものだ。


 破綻するぎりぎりを、足元の膜のように薄い氷が、どうにかひび割れないようにゆっくりと歩いてる。


 でも、どこかで必ず限界が来る、どこかで必ず拒絶される。


 足元の氷の膜は、いずれ音を立てて崩れる。必ず、絶対に。そしたら、全ては極寒の湖の底だ。


 軽く息を吐いて、鞄を背負った。下らない話はこのあたりにしておこう。確かはるが、今日の夜ご飯、ハヤシライスって言ってたし。


 「じゃあ、お疲れ様です」


 「ん、お疲れ。気を付けて帰りな。でもさ―――」


 そうして軽いやり取りの後、私は生徒会室を後にした。


 すっかり人もいなくなって、暗くなった廊下を小走りで駆けていく。


 ああ、寒い。コートは着てきてるけど、冬休みも近い校舎の中は、それでも身体が凍りそうなくらいに冷える。


 いつもの黒のマフラーに顔をうずめて、私はそそくさと逸る足を動かしていく。


 早く帰ろう、でないと凍えてしまいそうだ。


 そう想いながら、昇降口の前をすっと曲がった時だった。


 下校時刻はとっくに過ぎて、もう誰もいないはずの下駄箱に。


 日も落ちて、真っ暗で寒くて仕方がない、その場所に。


 なんでか、見慣れた影がいるような……。


 先に帰っといて、メッセージ送っといたはずなんだけどな。


 私は小走りにしていた足を尚のこと速めて、その人影に駆け寄った。


 寒くて、暗くて、寂しいはずの冬の夕暮れの中。その姿を見るとどうしてだか、寒さが消えていくような、そんな気がしてしまう。


 気のせいのはずなのに、首に巻いた黒のマフラーは確かに暖かくなっているように感じる。


 気のせいかな、気のせいだね。


 だから、本当に身体が冷えてしまわないうちに。


 今日も早く、二人で、家に帰って暖まろう。


 そう想いながら、私を待っていた姉にそっと走り寄る。


 「はる、待ってたの? ……ごめん、寒かったでしょ」


 「ううん、そんなに待ってないよ。……なんとなく、今日は一緒に帰りたくなっただけだから」


 言いながら、はるの手をそっと握ってみる。


 どこがそんなになのやら、すっかり白くて陶器のように冷たくなった手を、そっと包むように握っておく。


 「嘘吐き、こんなに冷えてさ。風邪引いちゃうよ。早く帰ろ」


 「うん、そうだね。ああ、それとね―――くろえ」


 そう言ってはるはそっと耳打ちするように、私に顔を寄せてきた。


 どこかいたずらっ子のような、なのに不思議と優しい表情で、冷たさで赤くなった顔を私に向ける。


 そんな時、不意にどうしてか蘇ってきたのは、さっきの白乃さんの言葉だった。




 『あの灰琉が、本当に、お前の考えてる通りに動くのか?』










 「部会の前に言ってたご褒美なんだけどね」


 「私から、くろえにあげるご褒美」


 「それね、えっとね」



 「やっぱり、()()()()()()()()()()



 「くろえが欲しい物だから、やっぱり、くろえに決めてもらった方がいいかなって」


 「あ、で、でも変なのはなしね」


 「ちょ、ちょっとくらいなら、頑張るけど…………」


 「それでいい? くろえ。……くろえ?」


 



 ビシッと、足元で何か大きなひびが走るような錯覚がする。


 耳元で、どこか恥ずかしそうに言葉を紡ぐはるの姿を、横目で見やる。


 寒さで紅くなった頬を。少し冷えて色が変わった唇を。少し不安そうに潤んだ目元を。


 懸命に自分の考えを話すあなたを、私はじっと見つめる。


 ………私の自由に……ね。


 こっちの気も知らないで、なんてことを言ってくれるんだか。


 心配そうに私の反応をみるはるを見返しながら、私は喉の奥から漏れかけた言葉をそっと抑えた。


 私達の足元の薄氷は、簡単に割れてしまうほどに、脆く儚い。


 はるが何の気なしに、私の方に一歩足を踏み出す、それだけで致命的なひびが入るほどに。


 私としては、この関係を、もっとゆっくり惜しんでいたいんだけれどね、仕方ないなこの姉は。


 私の思い通りに、ちっともならないはるを横目に、冬の暗がりに棚引く雲をそっと見上げた。暗く重く、夜中に雨でも降り出しそうな雲だ。


 いっそ押し倒すか……、なんて出来るはずもないことを考えながら。


 私達はいつも通り、二人並んで帰った。


 足元で、薄い氷が音を立てている。


 ピシピシと、静かに、でも確かに。


 あなたはまるで、なにも気付いていないみたいに笑ってた。

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