閑話 こはくはドリルする
非常にむかつくけど、覆しがたい事実として。
しの姉が選ぶ選択肢は、いつも大体正解だ。
私が必死に謎解きゲームで悩んでいたら、隣で見ていただけのしの姉が、犯人をさらっと言い当てたり。
公園で遊んでたボールがなくなったって話をしたら、10分くらいで、あっさりとボールを見つけてきたり。
隣のクラスでいじめがあるって聞いて、とっちめてやろうと私が息巻いていたら、しの姉は「すぐ解決するから、ほっときな」って私を止めた。事実、そのいじめは、一月くらいで嘘のように止まった。
なんで、そんな簡単にこれだって正解がわかるのって聞いたことがある。
そしたら、しの姉は少し考える素振りを見せた後、何でもないように笑って答えた。
なんとなく―――、なんとなく、その人が『何がしたいか』がわかるらしい。
言葉に出来ないけど、本当はしたいこと。言っちゃダメだけど、本当は言いたいこと。
そういうことが、相手を観察してると、なんとなくわかるんだって、ゲームも遊びも、結局人がやってるから後は全部同じだそうだ。生徒会長になったのも、みんなが『本当はしたいこと』を、代わりに口に出しただけなのだそうだ。
へ~、って感じだ。頭がいいのは大層よろしいことですね、バカな私にはわかりませんが。
だから、多分、今日、しの姉がやったこともいつも通り正しいのだろう。
事実として、灰琉先輩は、生徒会のみんなと打ち解けてたし。生徒会のみんなも、灰琉先輩と黒江の仲の良さを、なんとなく知る形になった。そして、肝心の秘密はちゃんとバレてない。
まるで、全てがしの姉の掌の上で、進んでいたよう。一から十まで、あの姉の計画通りに上手くいったというわけだ。なるほど、なるほど。結果オーライ、万々歳。皆笑顔で大団円。
…………って、なるかバーカ。
どれだけ結果オーライでも、あれじゃあ、灰琉先輩と黒江の、本当の関係が皆に知られるかもしれなかった。そうでなくても、二人の関係をおもちゃみたいにしてるのも気分が悪い。
……楽しむものは、しっかり楽しんだので肩身は狭いけど、それでも許せないことがある。
というわけで、八木原 琥白。実力行使に出るの巻き。
みんなが帰って、あらかた片づけも終わって、ひと段落した今が好機。
ソファの前で一息ついているしの姉の背後に忍び寄って、そのまま勢いよく突貫する。
「くたばれ! バカ姉!!」
ごりっ―――という音がした。若干きりもみ式に突撃した私の頭蓋骨が、しの姉の骨盤に食い込む音だった。
数秒ほど時が止まって、無音の時間の中、しの姉は綺麗にソファに向かって飛んでいく。
そうして豪快な音と共に、馬鹿姉の身体がソファに突き刺さる。うん、後でお母さんに怒られそうだけど後悔はない。
「あっ……ごっ……が……こ、腰がぁ!? てか急に何?!」
お手本のようなやられ台詞と共に、しの姉は下腹部を抑えて、身をよじる。うむ、ここに正義の鉄槌は下された。
「八木原家相伝、妹ドリル。傍若無人な姉を倒すためだけに、磨かれ続けた技じゃ。ちなみに開祖は私」
「状況が限定的すぎるだろ!? ていうか、子孫に伝えていくつもりかこれ?!」
などと聖夜にそぐわない姦しいやり取りを繰り広げながら、私はふんっと大げさに怒りの息を吐く。
「罪状はもう分かってるよね?」
ゆらっと追撃の構えを取りながら、私は未だにソファで蹲るしの姉ににじり寄る。しの姉は若干冷や汗をかきながら、気まずそうに視線を逸らした。
「ど、どれだ……? 王様ゲームでイカサマしたことか? 灰琉を焚きつけたことか? ……あとは、灰色羊先生にこっそりファンレター書いてたこと?」
震える声で、全てを自白するしの姉に、私はふーっとため息をつきながら、拳を鳴らす。バキバキいわせる予定だったけど、こりこりと変な音しかならない。
「そりゃあ、全部……いや、最後の初耳なんだけど」
そんなもんだしたら、灰琉先輩が羞恥心で爆発するでしょうが。
「いや、さすがにタイミング無くて渡せなかった、非常に残念……」
言いながらしの姉は少し恥ずかし気に、てへって照れて見せた。肉親の照れ顔程、見ていて心の震えないものもない。
「うるせー!! 問答無用じゃー!!」
そのまま年甲斐もなく、姉妹プロレスごっこに突入する。聖夜だもの、悪を滅するくらいやらなきゃね。
そして、空の向こうで、サンタさんが私に手を振っている姿を幻視しながら、姉にチョークスリーパーをかける、今日この頃なのでしたとさ。夜空の向こうで、サンタさんは私の健闘に、笑って親指を立てていた。
※
「ていうか、どこまで知ってんの?」
その後、若干ぼろぼろになりながら、パーティとは別の理由で散らかった部屋を片付けて、私はそんなことを姉にぼやいた。
動き回って若干顔の紅いしの姉は、余りもののポテトを摘まみながら、はてと首を傾げる。
「言うほど大したことは知んないよ。黒江が灰琉に、ご執心ってくらいだ」
そういうしの姉は少し疲れ気味に、ふぅっと息を吐く。ちらっと様子を窺うけど、嘘を吐いてる感じには見えなかった。
「…………ふーん」
「逆にこはくは、どこまで知ってるんだ? というか、あの二人、どこまで進展してる?」
そんなしの姉の問いに、一瞬、あの放課後、二人がしていた姿が思考によぎる。
「さあ…………?」
…………さすがにしの姉も、まさか、キスまでしてるとは思ってないよねぇ。余りのコーラを啜りながら、そうはぐらかした答えに、しの姉は興味なさげにふぅんと頷いた。
「うーん、告白は済んでそうだな、ならキスもしてるか。寝るとこまでは行ってなさそうだが」
ぶっっと、口から、黒い液体が迸る。
その勢いで、胸が痛い、むせた、やばい。
ていうか、この姉、まじでどうなってんのよ。
「な、な、な、な!?」
「ちなみに、山勘だからな。今ので確証に変わったが」
言いながらしの姉は素知らぬ顔でポテトを摘まみ続ける。私は思わずしの姉をじっと睨むけど、さっぱりうろたえやがらない。仕方ないので、こぼしたコーラを吹きながら、ぐるると唸る。
「言っとくけど、灰琉先輩たちの邪魔したら、今度こそ本当に怒るからね! みんなにばらすのもダメ! ああやって、揶揄うのも禁止!」
紅くなった顔を誤魔化すために、真剣にそう詰め寄るけれど、しの姉ははいはいと頷くばかりだ。くそう、マジにとられてない。
「わかってるよ、あそこまで露骨な真似はもうしない」
ただ、そうやって答えたしの姉は、存外素直に身を引いてるようにも見えた。まるで、もう自分のしたいことはやったとばかりに。
「…………ていうか、今日はどういうつもりだったの?」
思わずいぶかしみながら、そう問うと、しの姉はうーんと考え込むように腕を組んだ。
「どういうつもりって、言うほどのものはなかったな。強いて言えば、灰琉が黒江のことをどう想ってるか、少し探るくらいの気持ちだったんだが……」
そう言いながら、しの姉はポテトを口に咥えたまま、煙草みたいにゆらゆら揺らしていた。私は言葉の意味がわからず、首を傾げる。
「探るって……結構、なんか狙って動いてなかった? キスさせてみたり、灰琉先輩を王様にしてみたり……」
あんなの、ちゃんとどうなるか狙いがないと、やらない気がするけれど……。
だけど、しの姉は軽く首を横に振ると、どこか遠くをじっと見つめる。
「いいや? そもそも私は灰琉と、ほとんど初対面みたいなもんだ。話しこそ聞いてるけど、そこまで大したことはわからないよ。最初こそ吹っ掛けたけど、まあキスの命令は、どうせ通らない前提で言ったしな」
……まあ、あの二人にはそうじゃなかったかもしれんが、と言いながらしの姉は静かにぼやいた。私はそんなしの姉を、思わず少し呆然と見つめる。
「そもそも、灰琉に王様の権限を渡しても、結局何をするのかは灰琉次第だろ? まあ、何か起こってもうちの役員は口が堅いから、大丈夫だとは思っていたけどな」
じゃあ、あの色々の展開は、灰琉先輩と黒江が、自分からそうなったってこと?
場の雰囲気とか、クリスマスとか、そういう色んな要素はあったけれど。
「でも……しの姉いっつも言ってるじゃん! 人が『何がしたいか』わかるって。それを解ったうえで、煽ってたんじゃないの?!」
そうやって詰め寄ってみても、しの姉の表情は揺るがない。どころか、くすっと笑われてしまう。
「こはくはたまに、私をエスパーかなんかだと思ってないか?」
「………………うー」
そうして、しの姉はぽんっと私の頭に、そっと手を乗せた。
「そもそもな、こはく。他人の心なんて、本当の意味では誰にも分かりっこないんだよ。私も……黒江も。なんとなく察したり、推理したりはできるけど、結局それは、推測の域は出ないんだ。人の心がどうなってるかなんて、実際にその人が動いて、喋ってみないとわからない」
だから、灰琉と黒江がどうしたいかは、実際にやってみるまで私もわからなかったよ―――と。
そう言ってしの姉は、咥えていたポテトを飲み込んだ。それから、ポンポンと私の頭をあやすように叩いた。
「じゃあ、あの二人、……灰琉先輩と黒江は、これから大丈夫なの?」
それがわかってるから、しの姉は二人を焚きつけたんだと想ってた。だって、しの姉のやることは、大体いっつも正解だし。
だけど、しの姉は、ちょっと悲しそうに笑うだけだった。
「……さあ、わからない。そうなるように、手伝ってあげたいが。結局はあの二人が望むことだからな。最後の決断は、あの二人がしなくちゃいけない」
「………………」
「ちゃんと想い合うのか、想い合ったとして、それを誰にどこまで明かすのか……。あの二人が決めることだ。まあ、私としては、優秀な部下にいなくなられると困るから、受け皿くらいになるのはやぶさかじゃないけどね」
言いながらしの姉はそっと立ち上がって、コップに残っていたコーラをぐっと飲み干した。私は上手く言葉を繋げないまま、そんなしの姉を見つめることしか出来ない。
「………………」
「あの二人の人生だ。結局、あの二人が決めるしかない」
わかってる、そんなこと。
しの姉の言うことは、大体、いっつも正しいから。
ただ、それをわかっても、胸の中は少しぐるぐるして、上手く収まりがついてくれない。不安と痛みが、ボールになって、私の身体の中で暴れているみたい。
「………………でも」
「…………」
その後の言葉が続かない。何を続ければいいのか分からない。私はしの姉や黒江と違ってバカだから、こういう時上手く割り切れない。
「………………ぅ~~~~」
憧れの先輩には、幸せになって欲しい。
ちょっといけ好かない友達も、出来るならちゃんと笑ってて欲しい。
二人が想い合っているのなら、ちゃんとそれが受け容れられる世界であってほしい。
わかってる、こんなの子どもっぽい、都合のいい願いだってことくらい。
バカな私でも、現実はもっと厳しいことは、わかってる。
でも…………。
思わず眼元から、何もできない情けなさが、零れそうになる。
そしたら頭上から、はぁ……、という声が聞こえた。
しの姉が困ったように、ため息をつく音だった。それから、しの姉は、もう一度ぽんぽんと私の頭を撫でた。まるで、妹をあやす姉みたいに。
「……こはくは、あの二人にどうなって欲しいんだ?」
そうして、少し笑いながら、そう尋ねられる。だから、私は顔を上げて、思いっきり口を開いた。
「…………ちゃんと、ちゃんと幸せになって欲しい!」
たとえそれが、どれほど茨の道だとしても。たとえそれが、どれほど知らない誰かに望まれない道だとしても。
それでも、私は――――。
「そうだな、私もそうだ―――」
そんな、私の言葉に、しの姉はゆっくり頷いた。
「だから、ちゃんと応援してやろう。私達はせめて、ちゃんと味方で居てやろう」
そう言って、わしわしと私の頭を撫で続ける。
それに少し安心してしまうのが、ちょっとだけむかつくけど。
でも、そうやって笑うしの姉は、なんだか久しぶりにお姉ちゃんって感じがした。
「大丈夫。大丈夫だ。ちゃんとしたいことに真っすぐなのが、こはくのいいところだからな」
そんなしの姉の言葉を聞きながら、私は零れかけたものを、ぐっとこらえてしっかりと頷いた。
わからない、これからのことは、何一つ。
それでも、『何がしたい』かだけは、ちゃんとわかる。
バカで、どんくさい私だけれど、それくらいは見失わない。
そういえば、昔はよく、しの姉にこうやって泣きついていたっけ。
懐かしいなあ、あの頃は、お姉ちゃんお姉ちゃんっていって、しの姉の周りよくついて回っていた気がする。
なんとなくそんな瞬間が懐かしくなって、私はそっと撫でられるまま、眼を閉じた。
なんだか、こうやって誰かに素直に撫でられるのも、久しぶりのような気がするから。
だから、たまには、別に悪くないよね。
ちょっと、できすぎる姉に褒められても、別にそんなに嬉しくないけど。
たまには、そう、悪くないのだ。
しの姉の少し滑る手が、頭を撫でるの感じながら、私はそっと改めて決意する。
私は、私の大事だと思うものを守るのだ。
それだけは、見失わない。
そんな私に、しの姉はどこか、慈しむように微笑んで撫でていた。
ちょっと、ぬめっとした、その指で。
……………………?
「ねえ、しの姉」
「ん?」
「ポテト食べてから、手、洗った?」
「あ」
そういったしの姉の指からは、凄く塩と脂の混ざった香りがした。
「もう!! 髪べったべったじゃん!! このバカ姉ー!!!!」
「いや、その、ごめん!! ごめんって!!」
はあ、なんかいい雰囲気だったのに。
やっぱり、姉妹なんてこんなもんかなーと思う、琥白なのでした。




