第33話 姉と誓う
私の告白に、いつか答えを出すと、はるは言った。
じゃあ、答えはいつか、必ず出る。
たとえ、どれだけ時間がかかっても。
たとえ、どれだけ迷ったとしても。
はるがそう決めたなら、答えは、必ず出る。
私をそれを、この10年間で何度も想い知っている。
だから、心配しないで待てた。あなたの言葉を、私ただ信じているだけでいい。
まあ、想ったより、答えを貰うのが随分と早かった気はするけれど。
泣きながら、あなたは言う。
大好き、だって。世界で一番、って。
多分、その答えが私の想いと、完全に同質ってわけじゃない。
姉として、家族として、友達として。
そんな沢山の想いがはるなりに、溶けて混じって、ようやく形を成しているはずだから。
だから、その大好きの中に、ほんの少しでも私と似た想いがあるのなら、それでいい。
あなたを求めてやまない、小さな灯のような、この気持ちが。
あなたの胸の中に、微かでもあるのなら、それでいい。
ぼたぼたと、涙を零しながら、必死に気持ちを訴えるあなたに、私をそっと微笑んだ。
告げるだけで満足だった。あなたが知ってくれているのなら、それでよかった。
このまま、この想いが一生叶わなくても、気持ちを知ったあなたの隣に居れるのなら、それでよかった。
ただ正直、ちょっと出来過ぎな気もする。
だって、古今東西、禁じられた恋の行く末は。
儚く、艶やかに、美しく―――そして無惨に散ってしまうのが、相場というものでしょう?
それか、仮に叶ったとしても、その後、碌な目に遭わないものばかりだ。
だって、それをたくさんの人が望んでいるから。禁じられた恋には、ちゃんと禁じられた理由があるんだ。
だから、今、この告白も、もしかしたら行く末は無惨なものかもしれない。
嘲笑と侮蔑の中で、誰かに後ろ指を刺されたまま、散っていくのかもしれない。
わからない、先のことは、何一つ。
人の想いも、願いも、誓いも。決して、永遠にあるものはどこにもないから。
言葉を告げて、泣き崩れたまま、心配そうにこちらを見るあなたに、私はそっと頷いた。
「私も―――大好きだよ、はる」
この想いが、永久のものでないと、知ったまま。
言葉と同時に、その身体をぎゅっと抱き寄せる。
寒空の中、長い間こうしていたから、身体は段々と冷え始めている。
そんな、少し冷えてしまった肌の温度感じたまま、私はそっとポケットの中に手を伸ばした。
紙袋に指をひっかけて、あなたの手にそれを、ゆっくりと握らせる。
「…………くろえ? ……これ」
私は何も言わないまま、はるの指に手を添えて、包みを開けるように促した。
ごうっという風が吹いて、私たちの体温を段々と奪ってく。だから、それに抗うように、ぎゅっとはるの身体をもう一度強く抱きしめた。
風の音の中、はるが少しずつ、包みを開く音が聞こえる。掠れて、すぐに消えてしまいそうな、そんな音。
………………。
少しだけ息を呑む音がした。抱きしめていないと、きっと聞き逃していたんじゃないかな。
ぱかっと、小さく箱を開く音がする。
「…………くろえ、これ」
はるの声は、涙で濁って、掠れてる。私はそんな問いに、抱きしめたまま頷いた。
「うん、指輪。ほら、私からのクリスマスプレゼント、まだだったでしょ」
少しだけ身体を離して、はるの顔を見た。さっきまで涙でぐしゃぐしゃだった顔が、私と抱き合っていたから余計に滲んで、みっともない様子になっている。そんな表情も可愛いねと、言ってあげたいけれど、また後でかな。
「………………いつ?」
「ん? お義母さんのプレゼント買った時、ついでに注文しといたの。今日、間に合ってよかった」
言いながら、はるの手に握られた、小さな銀色のリングをそっと指でつまんだ。
過度な装飾は何もない、本当にただのシンプルなリング。
でも、それでよかった。それがよかった。
「これ……内側に……」
「うん、メッセージ彫って貰ったの。大したものじゃないけどね」
私がつまんだリングの内側を、はるは覗きながら、指でなぞっていく。
特別でないものも、意味を込めれば、きっと私達だけの特別になるから。
My Dear
特に捻りも何もない、ただそれだけを、あなたに向けて。
愛する人へ―――とか、私の命―――とか、大層なメッセージでもよかったのだけれど。
私達の関係には、これくらいが、丁度いいと思った。
姉妹のようで、友人のようで、恋人のような。
親愛なる、そんなあなたに。
ただ、想いを伝える、そのためだけに。
「………………」
「ほら、はる。手、出して?」
そう言うと、はるはハッとなって、慌てたようにわたわたしだした。真っ赤な顔のまま、必死になってやるものだから、ちょっと阿波踊りみたいだった。
そうして、数秒後、おずおずと左手が、私の前に差し出される。
どういうわけか、震えるように、薬指がぴんと伸ばされてる。
思わず、くすっと笑って、首を横に振る。
「…………あ、えと…………これでいい?」
「あはは、いいよ、そっちじゃなくて」
それを今、貰うのも、まあ悪くはないのかもしれないけれど。
「あ、だ、だよね……ご、ごめん」
余計に慌てて、冬風の中、さらに真っ赤になったはるは、震えながら右手を私に差し出した。どの指を伸ばせばいいのかわからないのか、全部の指がぴんっと伸ばされている。
私は微笑みを浮かべたまま、はるの白くて柔らかい手を取って、指輪をそっとそこにあてがった。
「メリークリスマス、はる」
そうして、あなたの右薬指に、小さな祈りの証を、静かに嵌めた。
しばらくの間、音が世界から消えてしまったような、そんな気がした。
心臓の音と、呼吸の音、あと些細な衣擦れの音だけが、鼓膜を揺らす。
指輪を嵌めたはるの手は、いつの間にか、寒さですっかり赤くなって、おまけに微かに震えてた。
その震えを抑えるみたいに、私はゆっくりと重なった手を、指を、絡めてく。
まるで二人で、祈りの手を作るみたいに。両の手を、寄せ合って。
ふっと顔を上げたら、私を見つめる、潤んだ瞳のあなたと目が合った。
少し唇を上げて、何かに期待してるような表情だ。
だから、私はすっと眼を閉じた。
暗闇の中で感じるのは、吹きすさぶ風の音と、重ねる手の微かなぬくもりと、その手の中に小さく残る金属の冷たさ。
顔を少しだけ、前に倒した。すると、同じように、向かいで動く気配を感じる。
そうして、やがて、ふっと口元に何かが重なった。
冷たくて。
柔らかくて。
少しだけ、濡れていて。
私の身体の奥の、不安や震えを、溶かしていくような。
そんな感触だけが、身体をじっと満たしてく。
先のことなんて、わからない。
永遠の誓いも、不滅の想いも、どこにもない。
明日、私たちが、まだ隣に居れる保証すら、何もない。
でも、今は、今だけは、そんなことは全て忘れて。
こんな、凍えるような夜の中、クリスマスの空の下。
ただ、あなたと二人っきりで。
私達は、誓いを交わす。
儚くて、脆い、雪の結晶のような、そんな誓いを。
誰に知られることも、ないままに。
ねえ、神様。あなたのことなど、私はちっとも信じていないけど。
もしこの世界に、そんな誰かがいるのなら。
どうか、どうか、お願いです。
この幸せから、この夢から、まだもう少しだけ、覚めないままにしてください。
そのためなら、私は、何を奪われたって、構わないから。
どうか、どうか。
あと、たった一秒だけでも、構わないから。
どうか――――どうか。




