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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第3章 姉と妹としの

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第32話 妹とキスをする

 キスをした。



 初めて、くろえに、自分から



 恥ずかしいと思ってた、そんなことできるわけないって思ってた。



 でも、想いとは裏腹に、体は自然に君の方へと向かってく。



 まるで、それが当たり前だとでも、言うみたい。



 胸の奥に抱えた何かが、ふと芽生えていく様な温かさが、私の体を満たしてく。



 それがきっと、何よりも雄弁な、心の答え。



 「ねえ、くろえ」



 「もしもの、話してもいい?」



 ふと考えた。



 触れ合うまつげを、かかる吐息を、重なる唇の感触を味わいながら。



 初めて、自分からキスをした、その瞬間に震えた身体の意味を知りながら。



 もしも。



 もしも、あなたと違う出会い方をしていたら。



 私達は、こんな想いを、抱いていられたのかな。



 もし、あなたと姉妹じゃなかったら。



 家族じゃなくて、友達じゃなくて。



 なんでもない、他人同士だったら。



 私達はこうやって唇を重ねられたのかな。



 身体がじんわりと、淡い震えで満ちていく。



 正直、自信ない。姉妹という繋がりが無かったら、私はあなたにとって、有象無象の誰かにすらなれない気がするから。



 きっと、あなたは相変わらず『特別』で。



 誰からも愛されて。誰からも尊敬されて。



 白乃さんや、琥白ちゃんや、生徒会のみんなにちょっとずつ絆されながら。



 きっと私が顔も知らないような誰かと、恋をしていたのかな。



 唇をゆっくり離す。



 柔らかくて吸い付くような感触が、少しずつ消えていく。



 漏れた息が、熱に侵されているようで。



 だけど、凍えるような夜風が、火照る吐息から、少しずつ温もりを奪ってく。



 「もし、もしもね」



 「私たちが、姉妹として出会わなかったら、どうなってたかな」



 「こんなふうに、隣に居られたのかな」



 そんな問いに、君は少し息を詰まらせた。



 「私は……ちょっと自信ないかも」



 わかってる、話すことも、触れあうことも、きっと出会うことすらないことも。



 それくらい、あなたと私は、住む世界が違っているから。



 同じ学校にいるはずなのに、私とあなたは、あまりに違う場所で生きている。



 それが、とても辛かった。ずっとずっと、苦しかった。



 私はあなたに、相応しくない。あなたは私なんかに、相応しくない。



 『特別』なあなたと、『普通』にもなれない私。



 だから、あなたを愛すことはあっても、愛されるなんて、まして愛し合うなんてあってはいけない。



 ずっと、そう――――想ってた。



 だから、くろえの恋は勘違いだと思うことにした。そうしないと理屈が合わなかったから。



 あなたが私なんかに恋をするはずがない、そんなこと期待していい訳がない。



 あなたの想いに気付いた時ですら、私は心のどこかで、その事実受け止めきれられなかった。



 でも、あなたはそれでも、私に想いを告げてくれたね。



 あの時、咄嗟に答えは出せなかったけど。



 この関係を、姉妹という繋がりを、壊してしまうことが、何よりも怖かったけど。



 それでも隠せないものが、あれから、私の胸の奥でずっと息づいていた。



 これはくろえのためだから―――なんて嘘。



 くろえの想いは勘違いだから――――これも嘘。



 私にそんな価値なんてない――――違うでしょ、本当に言いたいことは。



 ふぅ、と漏れる息が震える。君は少し滲んだ瞳で、私のことをじっと見つめてた。



 吹きすさぶ夜風に、漏れる白い息が、あっという間に流されていく。



 ごうごうと吹いている風の音が、喉の奥が脈打つ音と混ざって、上手く聞こえない。



 ずっと、取り繕っていたこと。姉という仮面に、押し込めて、隠していたこと。



 白乃さんに、その立場を揺さぶられて。



 皆の前で、あなたを傅かせて。



 そうして、今、あなたに自分からキスをして。



 あなたが皆に受け入れられるのは、とても嬉しい。でも、だからこそ鮮明に感じてしまう想い。



 この胸が早鐘を打つ意味を、その理由を、ようやく理解できてしまった。



 それは独り善がりで、わがままで、子どもっぽい、そんな感情。



 息が震える、逸る脈拍が、身体を急かす。



 いつかの夜、貪るように私を求めていた、あなたの情動を、今、ようやく理解する。



 ああ。



 「そしたら、私たちは、ただすれ違うだけの関係でね」



 「きっと仲良くもなれなくて、くろえは私の顔も名前も知らなくて」



 ああ。



 何かが私の背を押している。



 違う。



 私が、私の心が、身体が、想いが、衝動が。



 私の手を引いている。



 伝えなきゃ、言葉にしなきゃと。



 あなたへの、この想いが、私の手を引いている。



 「こうやって、キスすることもなかったのかな」



 熱い何かが、喉の痛みと一緒に、零れてく。



 ぽたとぽたと、雫になって、形になれなかった想いが、ただ。



 冬の夜風の中、零れてく。



 「……やだね」



 「そんなのやだよ」



 「だって、私は、くろえと一緒に居たいの」



 「手を繋いで歩いてたいの」



 「寒かったら身体を寄せ合って」



 「一緒に作ったご飯を食べて」



 「寝るときも一緒がいいの、離れてなんていたくないの」



 「子どもっぽくても、おかしくても、誰に嗤われたとしても」



 「そんな風に一緒に居たいの」



 「誰にだって、とられたくないの」



 「私は、くろえの隣に居たいの」



 「ねえ、くろえ」



 「ごめんね、こんな情けない私で」



 「でもね、それでもね」



 「本当に、ずっと、ずっと」



 「くろえのことが」



 「世界で一番」






 「――――大好きなの」

















 ※



 それはきっと、独り善がりの欲望でした。


 あなたを私だけのものにしたい。


 誰にも渡したくはない、誰にも触れさせたくもない。


 妹の頑張りを応援するお姉ちゃんが、決して持ち合わせてはいけない感情。


 行き過ぎた愛、独占と束縛、好意という名の依存の鎖。


 だから、そんなものは自分の心の中にありはしないと、姉という仮面で見えないように蓋をしていました。


 でも、どれだけ蓋をしたとしても、想いは何処にも消えてなくなってはくれません。

 

 姉のような振る舞いをする、白乃さんに嫉妬して。


 みんなの前で、あなたを傅かせて。


 今、こうやって、自分からキスをして。


 身体はゆっくりと、でも確かに、私に語りかけてきます。


 誰が、誰を、求めているの?


 あなたは、本当は、どうしたかったの?


 許されることではありません。くろえの足かせになってしまうかもしれません。


 でも、今日皆の中で過ごしてみて、もし笑って受け止めてくれる誰かがいるのなら―――私は、どうしたかったんだろうと考えてしまいました。


 その想いは、きっとずっと前から決まってて。


 そんな解りきった答えを合わせを、私は今日、やっとできたのかもしれません。


 たとえ、この想いが、誰に許されるものでなかったとして。


 たとえ、この想いが、私の独り善がりにすぎないものだとしても。


 湧き上がる想いに、きっといつまでも嘘はつけないのでしょう。


 だって、くろえとキスをしていると、とても心地がいいから。


 あなたとこうやって触れあっていると、どうしても安心してしまうから。


 寒空の下、他に何の温もりもないこの場所で。


 あなたに触れる、ほのかな熱を感じるだけで。


 私の身体は、想いは、どうしようもなくあなたを求めてしまうから。


 この胸の高鳴りが、ずっと私にその想いの名前を、告げていたから。


 そう、きっと、ずっと―――。


















 私は妹に、恋をしていました。


 あなたと、恋に落ちました。


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