第31話 姉との帰り道
「じゃ、お疲れ。また来年な」
「ではでは、灰琉先輩、黒江、よいお年をー!!」
そんな八木原姉妹の声に背を押されて、私たちはクリスマスパーティを後にした。
最後まで元気よく手を振っている琥白に、しばらく手を振り返しながら、はると二人ですっかり暗くなった帰り道を歩いてく。
ふと見上げた夜空は、真っ黒でどんよりとしていて、吹きさすぶ風は凍えそうなほどに肌を冷やしていく。
さっきまでの喧騒が嘘みたいに静かになって、なんだか少し現実感がない。
まあ、色々あったから、脳の処理が追いついてないのかもしれない。生徒会のメンバーに悪い人はいないから、今日のことで立場が悪くなったりとかはないと思うけど……。
ふぅっと吐き出した息が白く棚引いて、風に流されていく。隣のはるも同じように白い息を吐きながら、手をさすって温めていた。
「…………」
「…………くろえ?」
まだ、八木原家から離れて、そう距離は遠くなってない。他の役員に見られる可能性もゼロじゃない。そんな葛藤を、コンマ数秒だけ抱えたけれど。
まあ、今更かと、息を吐き直して、はるの方にそっと手を伸ばす。
ぱくぱくと、何かを期待する様に、その手を軽く開いてみる。
はるはしばらく、私の手をぼんやりと眺めていたけど、やがてくすっと笑うとその手をそっと取ってくれた。仕方ないなあとでも言うように。
冬の風で、凍えて仕方なかった指が、ほんのりと温かくなる。
「寒いからね」
眼を閉じて、その温かさを感じながら、そうぼやいたら。
「そうだね、寒いからね」
はるはくすくすと笑いながら、ぎゅっと私の手を握り返した。
ごうごうと夜風が私たちの身体を薙いでいく。コート越しでも段々と体温は奪われてる。現に握ったはるの手は、繋いでる部分こそ温かいけど、それ以外の所は酷く冷たい。
こんな寒い夜は、早く帰ってしまおう。風邪を引いてしまうから。
そう想って少し足を急かしかけたけど。ふっとポケットに入れておいた小包に指が触れる。
…………無理に今、渡す意味はない。帰ってからでも、別に構わない。
でも、なんとなく、今、渡したくなった。
非合理的だね、我ながら。でも別にいいかと、そう想う気持ちも同時にある。
だって、クリスマスの夜だもの。
こんな夜ぐらい些細な幻想を見たって、罰も当たりはしないだろう。
「ねえ、はる」
「なあに、くろえ」
ぎゅっとあなたの手を握りながら、空を見た。雲ばかりで、真っ暗な、そんな夜空を。
「ちょっとだけ……寄り道していい?」
そんな私の言葉に、あなたは静かに頷いてた。
※
白い息を吐きながら、小さな丘の階段を昇ってく。暗くて危ないけど、幸い微かな街灯が私たちの足元を照らしてく。
凍えるような寒さと、少し歩いた熱で、頬が少し火照った感じがする。
最後の一段に、二人揃って足をかけて、軽く周囲を見回した。
丘の上の小さな公園は、他に誰もいない。こんな凍えた夜だもの、そりゃそうだよね。
小さな街灯に照らされたベンチに、二人一緒に腰掛ける。寒さから身を護るように、肩を寄せ合って。
「ふぅ……さすがに、ちょっと疲れたね」
「あはは……だね。……でもくろえが疲れてるの珍しいかも」
言いながらはるは、どこか楽しそうに笑ってた。私は思わず、そんなはるを細めた横目でじっと見る。
「誰のせいだと思ってるの……?」
「…………うっ、まあ、私のせいですね。……はい、ごめんなさい」
はるはそう言って、すごすごと肩をすぼめて小さくなる。まあ、そこまで怒ってはいないけど、そんな姿を見ていると少しだけ溜飲は下がる。
頭を傾けて、重み少しあなたの方に預けながら、私ははあと一つ息を吐く。
「王様ゲームの時は、ほんっと、焦ったから」
「あはは…………」
隣から力ない笑みが漏れてくる。大人げないけど、今日は愚痴っても許されると思う。
「まさか、はるが、あんなSM趣味だとは思わなかった。いつのまに、そんなキャラになってたの?」
「いやぁ……、あの時は、ちょっと自分でもテンションがおかしかったといいますか……。溢れるお姉ちゃん欲が抑えきれなかったといいますか……えっと」
貯まったもやもやの分だけ、問い詰めてみるけれど、はるは気まずそうに視線を逸らすばかり。指はもじもじと所在なさげに擦られていて、あの時の威厳は見る影もない。
「あーあ、冬休み明けたら噂されちゃうなー。副会長は、夜な夜なお姉ちゃんにSMプレイさせられてるって。困ったなー、どうしよっかなー」
「あう……あう……」
当てつけのようにそう言ってみると、みるみるうちにはるは涙目になっていく。なんとか謝ろうとしてるのか、震えて私の方を見てるけど、あえて目は合わせてあげない。今日は一杯振り回されたもの、これくらいはいいでしょう。
ただしばらくそうやって、つーんと拗ねるふりをしていたら、隣のはるが本気で泣きそうになってしまった。……まあ、これくらいが限度かな。
「………………ふぅ」
「ご、ごめんね、くろえ…………。な、何でもするから許して…………」
……そういう安請け合いは身を滅ぼすよと、お説教したいとこだけど。今回の寄り道の本題はそこじゃないので、ぐっと我慢する。
「…………いいよ、まあ、結果的に悪い感じにはならなかったし」
改めて、生徒会のメンバーが善人ばかり良かったとそう思う。あそこに、ちょっとでも悪意が混じってる人間がいたらまずかった。
まあ、白乃さんがそういう人を選んで集めたんだろうけどさ。……肝心の白乃さんが、善人かは置いといて。
「うう……ごめんねホントに……」
そうやって、すっかりとしょげ倒してるはるに、私は軽く息を吐きながら、ぼすっと体重をあえて重めに預ける。
「別にいーよ、気にしてないから」
言いながら、自分でも子どもっぽい声になってるなと思う。
「…………声が、怒ってるじゃん」
案の定、はるはまだしょげた感じで、そんな私にされるがままだ。
「怒ってないし、怒ってるとしたら、そこじゃあないし」
「ぐうぅ……妹心が難解すぎる……」
ぐりぐりと頭の頭頂部を、はるの身体にドリルのように擦り続ける。実は、ちょっと楽しくなってるのは内緒。
「主導権取られて悔しいとかないし、本当は私も王様したかったのにとか、絶対ないから。拗ねても怒ってもいませんよーだ」
我ながら、言ってることが幼児みたいで、滅茶苦茶だな。琥白に見られたら一生ネタにされそうだ。
「…………もしかしなくても、そっちが本心?」
はるも、段々おかしいと感じ出したのか、むむっと眉根が寄せられてる。
私は思わずくすっと笑って、そのまま頭ドリルを続行する。
「さあ? どーだろね?」
「………………むむむ」
ただ、これ以上やっても仕方ないかと、すっと頭をはるから離してにっと微笑む。胸の中に溜まっていた、わだかまりや不満は、たったこれだけで風に流されるように消えてしまった。
「ふふふ」
そんな私にはるは、軽く肩を落として、諦めたように息を吐く。
「わかった、こーさん。どうやったら、機嫌治る?」
言いながら言葉通り、はるの両の手がひらひらとあげられる。私はそんな姿に微笑んで、眼を閉じて、そっと首を傾げた。
「別に機嫌損ねてないけど……そーだなあ。……『続き』をしてくれたら、治るかも」
我ながら、滅茶苦茶言ってる自覚はある。外で副会長してる時は、絶対誰にもこんな理不尽なことは言わない。
でもまあ、今はどうせ、はるしか見てないし。
クリスマスだもの、これくらいの甘えは許してくれるよね?
ちらっと片目を開けて、はるの方を窺うと、顔を赤らめながら少したじろいでいるようだった。
ふむ、まあ今まで私からキスしたことは何度もあるけど。はるからしてもらったことはないもんね。
私達の関係も、私側からの性的な好意は示したけど、はるの気持ちはまだ何も聞いてない。
ただ、結局は王様ゲームと一緒だ。こういう遊びは暗黙のルールで、本当に嫌がることは絶対にしてはいけない。
そんなことはわかってる。このおねだりも、はるが嫌がるならすぐに止めたってかまわない。
でも、なんでだろうか。
眼を閉じると、ごうごうと丘の上を吹く冬風の音がする。後聞こえるのは、あなたが傍で、微かに身じろぎする衣擦れの音だけ。
根拠はない、ただの直感。
それでも、揺るぎない確信が胸の中にある。
顎を少しだけ、あなたの側に向けて、餌を待つ小鳥のように唇をそっと差し出す。
凍える夜風が、その唇の先から、体温と湿り気を徐々に奪ってく。
それでも待つ、あなたの心の準備ができるまで。
そう、時間はかからない。
どうしてか、それを知っているから。
胸の奥で、期待が熱を持って震えだす。
口の中に溜まった、甘い唾液を、そっと喉の奥に流し込む。
その瞬間に、ごうっと風が、一際強く吹いた。
その音が、あなたの身じろぎの音を隠してしまう。
でも。
なんでだろう、わかってしまった。
それが触れる、その前から。
ほのかに暖かくて。
いつもより、少しだけかさついて。
それでも確かな柔らかさを持った何かが。
そっと、私の唇に蓋をした。
眼を閉じたまま、その感触をただ味わう。
胸の奥でとくんと静かに鼓動が鳴った。
冬の風が吹いている。凍えるような、震えるような、そんな風が。
なのに、その全てが、今は遠くて。
眼を閉じたまま、私はただ感じてた。
あなたがくれる、この安心を。
甘えるように、その甘い触感を。
凍える様な夜空の下、二人っきりで。




