第30話 妹とプレゼント交換
「では! 琥白、引きます!! とりゃ!!」
「おう、掛け声の割にちっこいの出たな。誰のだー、このプレゼント」
「あー、私ですね」
「黒江?! ねえ、中身何これ?」
「それなりに高くて、すっごく書きやすい、シャーペン」
「それなりに高くて、すっごく書きやすい、シャーペン…………」
意気揚々とプレゼントの封を開けた琥白ちゃんが、みんなの前で木目調のシャーペンをじっと見つめてる。
そして、白乃さんが適当に出した紙に、シャーペンを滑らせておお……っと声を漏らしてた。書き心地が違うのだろうか。
しかし、くろえらしいプレゼントで、琥白ちゃんっぽい反応だね。
そのまましばらく、シャーペンを無言で滑らせる琥白ちゃんを尻目に、白乃さんは続きの番号を読み上げていく。
っていっても、もうあと黒江と白乃さんしか、残ってないけど。
「それにしても会長、副会長で、びりっけつ争いとはなー」
「はは、でも二人とも運悪いのなんか解釈一致だわ。運よりも実力派だもんね」
「んんー……」
そんな役員たちの野次を受けながら、二人で、もう残り少ない番号を淡々と埋めていく。
今のところ、白乃さんがダブルリーチで、くろえは穴こそ一杯開いてるけど、不思議とリーチになってない。
「はい、次、43番。……うーん、一個開いたが、そこじゃないんだよなあ」
「くろえは開いた?」
「…………外れ」
ちらっと隣のくろえのカードを覗き込むけど、本当にびっくりするくらい綺麗に呼ばれた番号が避けられている。それを睨むくろえの顔も、珍しくちょっと不満そうというか。意外と負けず嫌いだもんねえ。
よしよしと、慰めに頭を撫でたら、ちょっと拗ねたように口を尖らせられてしまった。あらあら、副会長殿は、ご機嫌斜めだ。
ただ、そんな反応すら面白いのか、周りのみんなはどこか微笑まし気に私達を見ている。こういう子どもっぽい部分も、あんまり見せてなかったのかなあ。
そう考えながら、ふっと思い出したのは部会の光景。上級生相手に一歩も引くどころか、むしろ言いくるめるくらいの勢いで、渡り合っていたあの姿。……まあ、あれがデフォルトだと、こういう姿は珍しいよね。
くろえは、いつも誰よりも『特別』で、誰よりも頑張っている。
そんな姿は、もちろん姉として、とても誇らしい物ではあるけれど。
出来るのなら、こういう側面も、みんなには知って欲しいと思う。これだけ素敵な妹の、一層可愛い部分だもの。広めないと勿体ないでしょう?
そんな想いに、嘘は一つもないのだけれど。
少しだけ、胸の奥にしこりがあるのも確かだった。
思わず、くろえを撫でていた手が、ぴたっと止まる。くろえの視線が、少し不思議そうに私に向いた。
「はい、次は……56番。トリプルリーチ! いや、逆に運悪くないかこれ」
「おー、黒江はー?」
でも、八木原姉妹のそんな声で、視線がすっと私から逸れる。
「え? ああ……、開いた。リーチだね」
おっ、と周りの空気が少し期待にざわつく。やいやいと笑い声混じりの雑音が、部屋の空気を満たしていく。
そんな空気の中、私はそっと膝を抱いて、少しだけ目を閉じる。
胸の奥で、じわりと染みのように広がる感触だけ、感じたまま。
くろえが皆に受け入れられるのは、嬉しい。嘘じゃない。
くろえの弱い部分、可愛い部分を知ってもらえるのも、嬉しい。それも嘘じゃない。
ただ、少しだけ想うことがあるとするのならば―――。
膝に顔をうずめたまま、ちらりと隣のくろえの顔を窺う。その横顔が、唇が、つい少し前まで私に傅いていた事実が、私の胸の中のざわつきを強くする。
わかってる、独り善がりなのは。
くろえに答えを待たせているのに、こんなことを想うのがずるいのも。
でも―――。
すっとその横顔に指を伸ばした。柔らかくて、少し冷たいその頬を、そっとなぞるように優しく撫でる。
気付いたくろえが、少し不思議そうに私のことを窺うけれど、私はそっと首を横に振る。
なんでもないよと、そう告げるように。
そんな瞬間に、白乃さんがまた番号を口にする。
「次ー、64。……えーと、ない!」
「あ……あった」
そんな声と同時に、くろえのカードに最後の穴が開く。周りがざわっとざわついて、やっとだなーと騒ぎだす。
これで、くろえがプレゼントを選べば、残りは自動的にしのさんのものになる。それでこのプレゼント交換はおしまいだ。
そして、後選ばれていないのは確か、柿崎さんのプレゼントと……私のプレゼント。
プレゼント交換だもの、誰の手にわたってもいいものを選んだ。値段の上限も決まってたし、そんなに大したものじゃない。
そんなことわかってる。それでも頭の奥で、何かに急かされているような感じがした。
まるでいたずらを思いついてしまった子どもみたいに、心臓が微かに跳ねている。
だから、立ち上がる君に一瞬だけ顔を寄せて、他のみんなに聞こえないくらいの小さな声で、そっと囁いた。
―――手のひらくらいの小さな箱。
立ち上がりかけたくろえは、一瞬だけ身体を止めたけど、そのまま何食わぬ顔でみんなの前に出た。そんな後姿を、私はぼんやりと眺める。
「うし、じゃあ、黒江。ちゃっちゃっと引いてくれ。残りが私のだかんな」
「はいはい、じゃあ引きますよ」
白乃さんとそんな、軽いやり取りを交わして、くろえはそっと、まだ膨らんでいる袋の中に手を入れる。そして軽く中をまさぐって、すっと何気なくプレゼントを取り出した。
その手の中にあるのは、手のひらくらいの、小さくラッピングされた箱。
私が、用意した、プレゼント。
くろえはそれを素知らぬ顔で、さっとみんなに見せる。
白乃さんは軽く微笑んで、ちらっと私の方を見た。
「で、このプレゼント誰のだー? 柿崎か? 灰琉か?」
うーん、もしかしなくてもバレてるかもしれないけど、私はそそっと小さく手を上げる。他のみんなはおおー、と軽く声を上げているだけだ。不審に思われたりしてないよね……。
「私です……えっと、黒猫のマグカップです」
「ん、ありがと、はる」
くろえはそのまま、何食わぬ顔で小さく頷いた。
もちろん、くろえに送るつもりで買ったプレゼントではないのだけれど、やっててなんだか出来過ぎなような気もしてくる。
ただ、そんな懸念を感じる暇もなく、白乃さんがぱっと最後のプレゼントを袋から取り出していた。中から出てきたのは、両手で抱えるほどの大きな包み。
「てなると……これは柿崎か。で、なんだこれ?」
「え? そりゃあ……うまい棒詰め合わせだよ。設定金額限界分の」
「でっっっっか」
「んん~…………」
「おう……さては生徒会室のおやつ用だなこれ?」
「くそう、バレたか」
なんて談笑に部屋の中が少しざわつく。
それを見ながら、私は思わず頬を軽く掻く。
あんなに大きいのが残ってたら、私のプレゼントをわざわざ耳打ちしなくてもわかったかな……。いやでも、それだとくろえが引いてくれるかわからないし……。
なんて思考をしていたら、くろえがすっと隣に戻って来ていた。そして、私の頭にプレゼントの箱をこつんと軽く乗せながら、そのまま腰を下ろした。
しばらくみんなが騒ぐ中を、二人で目配せしながら、軽く微笑み合う。
そんな私の胸の中には、今、矛盾した心がある。
くろえのことを、みんなに知って受け容れて欲しいという気持ち。
そして―――そんな、くろえを誰にも知られずに隠してしまいたいという気持ち。
この気持ちの名前は、なんと言うのだろう。
改めて問わなくても、答えは出ている気もするけれど。
少しだけ目線を伏せて、誰にも見えないよう、後ろに置かれた君の手に、そっと私の指を伸ばした。
ざわざわとざわめきを残しながら、長いようで、短いようだったクリスマスパーティは終わってく。そんな最後の喧騒から、少しだけ離れた場所で。
私は誰にも知られずに。
人差し指を、君の指へと、そっと絡める。
そしたら、少し冷たいの君の指が、私の指にゆっくりと絡め返される。
そんな感触を味わいながら、喧騒の中、私は瞼を少し降ろした。
胸の中に沸いた想いの意味を、その指先で探すみたいに。
じっと、じっと。




