第29話 姉とプレゼント交換
皿の上のポテトを摘まみながら、ふと想う。
今日のクリスマスパーティはどうしてか、居心地が悪い。
「いやー、副会長の意外な弱点見たりって感じだな。姉妹仲がいいのは、なんとなくわかってたけど、ここまでとはなあ」
「こら、ザキ。鬼の首取ったみたいに、悪い顔しないの。黒江ちゃん困ってるでしょ――」
なんでだろう、って考えるのも馬鹿らしいけど。
「―――まあでも、実際私も結構びっくりしたかな。灰琉ちゃんの豹変ぶりもこみで」
「うう……これ以上、その話はご勘弁を……」
はるはそう言いながら、私の隣で顔を紅くしているけれど、さっきほど動揺した感じはない。あくまで、一つの世間話として受けいれているというか……。
胸の奥がむずむずとむずがゆい。焦りにも似た不快感があって、頬も少し火照って落ち着かないのに、不思議とそこまで拒絶感はない。
なんだかあまり、感じたことのない感覚だ。
「んー……ふふ」
「くくく……」
視界の端では、木瀬が珍しく楽しそうに笑ってて、その隣で白乃さんまであくどい笑みを浮かべて私を見てる。とりあえず、白乃さんだけしばきたいけど、そこは理性でぐっとこらえる。
握りかけた拳をふっと解いて、周りを見たら、誰も彼もどことなく生暖かい眼で私を見ていた。おかげで余計に、胸の奥がむずがゆい。
そんなだから、隣にちらっと視線を逃がしたら、満面の笑みのはると目が合ってしまった。はあ、わかってる? 全部はるのせいなんだけど。
そう言外に伝えてみるけど、はるは満面の笑みのままゆっくりと頷いていた。
『くろえも、大変だね』
と、そう言われているみたい。
結局、はるのほうすら見てられなくなって、窓の外に視線を逃がすくらいしか出来なかった。
わからない、なんでこんなふうに見られているのか。
溜息をつく私をよそに、パーティはつつがなく進行していく。
「じゃ、最後のプレゼント交換するぞー」
そんな白乃さんの号令を聞きながら、私は窓の外の暗闇をぼんやりと見つめる。
暗い窓に映った私は、なんだか悪戯のバレた、バツの悪い子どもみたいな顔をしていた。
※
「はい、次は3番。誰かビンゴいるか?」
「んー……ん」
「お、木瀬リーチだって。これで副会長のねーちゃんと二人目だな」
配られたビンゴカードと、それぞれ睨めっこをしながら、最後のプレゼント交換会という名のビンゴ大会は進んでく。
白乃さんが、わざわざ準備したらしいビンゴマシーンから数字を読み上げて、各々配られたカードに穴を開けていく。揃った人から、大きな袋に入ったプレゼントの中から好きなものを選べる仕組みだ。今ははると木瀬がリーチを示すため、みんなの前に立っている。
カードもマシーンも既製品だから、多分、イカサマの入る余地がない。ざわざわとした喧騒と共に、ゲームは淡々と進行していく。
「うー、まだ一個。ねえ、黒江。あんた何個開いたの?」
背後で立ったままうろうろしていた琥白が、ひょこっと顔を出して私のカードを覗いてくる。私は特に何も言わず、手元にあったカードを琥白に見せた。
「どれどれ……って、あんた真ん中以外、一個も開いてないじゃん。完璧副会長らしくないわね。そういえば王様ゲームでも、一回も王様引いてなくなかった?」
「そんなの半分運だから、どうしようもないでしょ? ……まあ、でも実際、今日はついてないかも」
王様ゲームの方は、白乃さんのイカサマのせいだけど。ちらっと藪にらみを飛ばしてみても、あの人は素知らぬ顔で目線を逸らすばかりだ。
そんな私に、琥白はふーんと首を傾げながら、こてんと私の隣に腰を下ろした。それから、こそっと顔を寄せて耳打ちしてくる。
「もしかして、しの姉、なんか悪さしてた?」
そう言った琥白は、真っすぐな眼でじっと私のことを見ていた。相変わらず、察しがいいね本当に。まあ、あれは白乃さんも露骨だったけど。
「うん、王様ゲームの最初と最後ね。わざとはるを煽って、あんな滅茶苦茶な命令させてた」
他に聞こえないよう、そっと答えを返すと、琥白の顔があーと少し困ったようなものになる。納得が半分、誰よりも盛り上がってた罪悪感半分かな。
白乃さんが読み上げる番号を聞きながら、琥白と二人でしばらく顔を見合わせる。無言でごめんと頭が下げられるけど、果たしてどれに謝っているのやら。
軽くため息をついて、ビンゴカードを見てみるけど、真ん中のフリー枠以外、未だに一つも孔が開かない。非合理的な判断だけど、今日は本当に運がないかもしれない。
「……まあ、でもあれは結果オーライだったんじゃない?」
そうやって息を吐く私の隣で、琥白は苦笑い気味に、そんな言葉を口にしていた。
「…………? どこがどう、結果オーライなの?」
あの一連のやり取りで、どこに着地点があったというのやら。私が恥をかいただけな気もするけど。
「え? だって、そりゃあ……」
そう言いながら、琥白は少し言葉を探すように口をパクパクさせていた。そんな様子を、私はそっと端目で見やる。
……まあ、言わんとすることはわからなくもないけどさ。
「―――弱点がない人間は、親しみが湧きずらいって話?」
そうやって口にすると、琥白はそうそれと頷きながら、私のことをぴっと指さしてくる。
「あんた大体完璧無敵だから、可愛げがないのよ、ぶっちゃけ。あれくらいわかりやすい弱点あった方がいいって」
そんな琥白の答えに、私は嘆息をつきながら、白乃さんが宣言した番号の穴を開けていく。これで、やっと一つ目だ。
「心配しなくても、完璧な人間なんていないって。私のやってることも、その気になれば粗なんて幾らでも探せるし」
言いながら、琥白が話に夢中になって聴き飛ばしたの番号の穴を、横からぶすっと開けてやる。
琥白は一瞬吃驚してたけど、その穴でリーチになったから、解かりやすく表情が綻んでいた。しかし、二個開いて一発リーチって、私と違って運いいね。
「……まあ、そうだけどさ。でも、あんた、とびっきり人に弱み見せたがらないじゃない? なんか見せる瞬間あっても、当たり障りないっていうか、見せても大丈夫な弱み見せてる感があるのよね。計算されてるっていうの?」
「………………」
喜びながらちらっと横目を向けてくる琥白に、私は何も言わずに舌を出した。
まあ、他人に弱みを見せるときは、ある程度調節して見せてるから、図星なだけだけど。
「―――そんなだからさ、多分、みんな、今日初めてあんたの素顔みたんじゃない? しの姉とか私は、色々あって、なんとなく知ってたけどさ。そーいうとこちゃんと見せてった方が、もっと好感度あがると思うよ?」
―――ま、それ以上あげてどうすんのって感じもするけど……と、琥白は少し遠目にぼやいた。私はそんな琥白の言葉を聞きながら、呼ばれた番号の穴を開ける。これで二つ目。
「……だといいね」
そんなぼやきに、琥白は少しだけ眉根を寄せた。
まあ、琥白の言ってることはもっともだ。完璧な人間はどちらかと言えば、嫌悪されるものだから。
極端な比較を産む個体は、群れにとって実は邪魔なのだ。たとえ、その個体がどれだけ優秀に見えたとしても。
多少、傷があるほうが可愛げがある。その方が自分たちと同じ、『普通』の存在だと安心できるから。…………ただまあ、それはある程度『普通』でいられる人の話だ。
極端に外れた個体―――黒い羊は、ひとたび弱みを見せれば、簡単に群れから排除されてしまう。私はそれを知っている。
だから、本来、私のような外れ者は、誰かに本質的な弱みを知られてはいけないはずだ。
そういう意味では、今日のことはやっぱり、あまりよくない気がする。多少反省しよう。でないとまた、いつかみたいに、はるを巻き込むことになりかねない。
「……黒江?」
そんな過ちは、もう二度と、繰り返さないと決めたから。
「次、30番! 誰かいるかー?」
「あ、は……はい!! 私当たりました!」
そんなおっかなびっくりの声と共に、はるがぴょんぴょんと飛び跳ねる。みんながそれに軽く拍手をするから、私も合わせながら、ぼーっとその様子を眺めてた。
はるは少し恥ずかしそうにみんなの前に出ると、プレゼント袋に手を突っ込んで、ごそごとそと漁りだす。そうして、ぱっと取り出したのは、見るからに控えめな小さな袋。
「はい、開けてみなー……って、それ私のやつだな」
「え、えっと……白乃さん、これは?」
「便箋セットだな。まあ、こんなご時世たまにはいいだろと思ってさ」
「あ、……お洒落。…………えと、ありがとうございます。……嬉しいです」
「ん、まあ、たまには大切な人に、手紙でも書いてやってくれ。はい、おめでとー。じゃ、次行くぞー」
受け取った少しシックな便箋を、胸に大事に抱えながら、はるはいそいそと私たちの隣に戻ってくる。そんな様子を眺めながら、私は軽くそっと手を上げた。
ぺしっと小さな音で、はるはそこに手のひらを合わせて、嬉しそうに顔を綻ばせる。つい少し前まで、有無を言わせぬ命令をしていた人とは思えない。
「おお、灰琉先輩、一番乗りですね」
「えへへ、初めてかも。いつも、私こういうの最後の方だったからさ」
私を挟みながら、仲良さそうに喋る文芸部二人を見つめたまま、私はそっと眼を閉じた。
今はただ、こんな何でもない平和な喧騒を、味わうように。
「ところで、灰琉先輩。黒江がさっき、灰琉先輩が構ってくれなーいって拗ねてましたよ」
「………………琥白?」
閉じかけた目を片目だけ開けて、隣の琥白を藪睨む。だけど、琥白はなんでもないような顔をして、つーんと口をすぼませていた。
「ほ、ほんと? どーしたの、くろえ。寂しかった?」
「いや、別に…………」
「甘えたーいって言ってました。なでなでとかしてほしーって」
「あんた、私のこと幾つだと思ってんの……?」
そうやって、横目に睨んでみるけれど、琥白はさっぱり動じた素振りもない。隣のはるはなんでか少し慌てて、私の頭を必死に撫でようとしてくるし。
みんなの前で恥ずかしいから、止めて欲しいし、さっきこういうのは控えようと思ったばかりなんだけど……。
そんな私の思惑とは裏腹に、なんでか琥白まで私の手に頭を置いて、よしよしと撫でてくる。おかげで、文芸部二人に、両サイドから頭を撫でられる奇妙な図が完成する。
思わず少し頬が火照るのを感じながら、どうにか止めさせうようとするけれど、片方を止めると隙を見たとばかりに、もう片方が頭を撫でてくる。くそ、無駄にコンビネーションがいい。
そんなやり取りをしばらく繰り返していたら、ほかの役員までにやにやしながら見てくるし。
結局、数分後に諦めて、あとは二人にされるがまま撫でられることしか、私には出来なかった。
そんな私たちを、白乃さんは保護者か何かのような視線でずっと見守っていて。
私はただ胸の奥の痛みが、どうしてか曖昧にぼやけていくのを感じることしかできないでいた。
はあ……やっぱり、人に弱みなんて見せるものじゃないやと思った、そんな夜のことだった。
「よしよし、くろえは、いっつも頑張ってるよ!」
「よしよし、あんたは、もっともみくちゃにされなさい」
ああ、本当に調子狂うなぁ、今日は……。




