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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第3章 姉と妹としの

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第28話 妹の話をする

 くろえの唇がそっと、私の手の甲にかすかに触れる。


 厳かに、淑やかに。


 触れれば簡単に傷ついてしまいそうな、柔らかい感触が、微かな湿りと温もりと一緒に。


 その感触を感じるだけで、背筋がぶるっと熱い何かに震えだす。


 そのまま喉の奥から、零れていきそうな想いを、ぎゅっと堪えて、少し口を噤んだ。


 唾を飲むような音が聞こえる。私の音かどうかはわからない。


 最愛の妹に、いくらゲームと言っても、本来こんなことをさせるのは忍びない。


 『普通』はそうだ。なのに、私の胸はどこか期待に震えるように、早鐘を打ち続ける。


 くろえの少し紅く染まった頬が、手の甲に感じる熱い息遣いが、微かに震える重ねた手が。


 私の胸の中に何かを、ぐらぐらと揺らし続ける。呼吸すら、そのまま忘れてしまいそう。


 ただ、ある一瞬、そっと視線を上げた君と目が合った。


 『これで満足?』


 そう言外に問われたから、熱を持った身体の震えをどうにか抑えながら、小さく頷く。


 そう、おしまい。だって、王様の命令は一度きりだから。


 君の手がゆっくりと、どこか名残惜しそうに、私の手から離れてく。


 重力に従うように、そのまま手は君の口元を離れて、だらんと垂れる。手の甲に、微かに冷たい感触だけを残して。


 それから、自分の身体を少しだけ抱きしめる。胸の奥の甘い震えを抑えるために。


 さっきまで急かすように私の背中を押していた、熱い感覚は気づけばどこかへ消えていて。ただほのかな余韻が残るばかり。


 この震えの―――この気持ちの名前を、私はきっと知っているけど。


 ふぅっと軽く息を吐く。


 その感情が、確かに私の胸の中にあることを、自覚するために。


 そうやって、身体の力を抜いた、瞬間だった。



 音がする。



 何かを叩くような、ぱちぱちと、まるで拍手のような。


 あれ、そういえば、私、夢中になって周り見てなかったけど……。


 ちらりと周囲を窺うと、どこかぼーっとした顔の生徒会のみんなと、顔を真っ赤にしたまま食い入るようにこっちを見ている琥白ちゃんと……どこか満足そうに微笑みながら、小さく拍手をしている白乃さんが視界に映った。


 あれ、そっか、当たり前だけど、私みんなの前であんなこと。


 くろえを傅かせて、手の甲にキスさせて…………。


 みんなが見てる前で、くろえにあんな顔させて……まるで女王様か何かみたいに。


 ……………………。


 …………………………あれ?


 なんか、ちょっと冷静になって考えてみれば、とんでもないことをしてたのでは……?


 そもそも、嫌がることやキスとかはなしだって、最初に白乃さんが命令してた時に決まってて……。万が一、くろえが相手じゃなかったら、えらいことになってたわけで……。


 そもそも、くろえだって、あんなことさせて立場が悪いことになるとも限らないのに……。


 あれ、もしかしなくても私、やばい奴では?


 気づいた瞬間に、冷や汗がつーっと落ちていく。


 「あ」


 「正気に戻った」


 隣からくろえと白乃さんの、そんな声がぼんやりと響いてくる。


 視界が真っ白になっていく。首もとからぼくばくと音がして、全身から血が噴き出したみたいに熱くなる。


 あれ、あれ、あれ。私、みんなの前で、あんなはしたないことを―――。


 「いや、思ったよりやり手だな、副会長のねーちゃん……」


 「わ、私までドキドキしちゃった……」


 「ん……んー……」


 「ろま……ろまんちゅ……」


 そんなみんなの声を、白む景色の中、ぼんやりと聞きながら。


 ぼんっと音がした気がした。私の中の何かが、限界で破裂したような音が。


 羊宮 灰琉 享年17歳。


 死因、みんなの前で、妹への独り善がりな愛情を暴走させたため憤死。


 墓標には何も刻まないでください、恥ずかしいから。


 そう願って、顔を抑えながら、ただ蹲るのだけど。


 「いやー、いいもん見せてもらった」


 「わかってて煽ったでしょ、白乃さん……」


 周囲からは、そんな容赦のない言葉が降り注ぐだけなのでした。


 ああ、消えたい。このまま外に飛び出して、冬の夜空の藻屑になりたい。


 陰キャがクリパではしゃぐと、こうなるってことなのかな。いや違うな、私が調子に乗っただけだな、これ。


 そのまま、存在をなくそうと必死に丸まっていく私に、みんなはやいのやいの言いながら思い思いの感想を告げていくのでしたとさ。


 今日は、クリスマスパーティは忘れられない記憶になりそうです。……いろんな意味で。












 ※


 「よし、宴もたけなわだが、最後にプレゼント交換だけするかー」


 「「いえーッ!!」」


 それからピザを食べたり、ケーキを食べたり、みんなでテレビゲームをしたり色々とあったわけですが。


 白乃さんのそんな一声によって、とうとう、お開きの時間がやってきました。


 私はこの間、ただ誰の顔も見ることが出来ずに、貝のように赤い顔を隠すことしか出来ませんでした。可能ならみんなの記憶から今すぐ消えてしまいたい。


 ただ、そうやって全体の進行に迷惑をかけるわけにもいかないので、すごすごとくろえと一緒に荷物の方まで移動する。そして、事前に買ってきたプレゼント袋を、鞄から引っ張り出す。


 ただそうしている間にも、さっきの自分の痴態がフラッシュバックを繰り返してくる。おかげで、その場で悶えないよう抑えるのに必死だった。


 どうしよう、明日からあだ名がSMお姉ちゃんとかになってたら。動画が拡散されたりとか、それでくろえの立場が危うくなって……うう。


 ネガティブがぐるぐると頭の上でループする。そのまま一緒にぐるぐると回りそうだったけど、ぽんと何かが頭の上にのったので回転が不意に止まった。


 ちらっと隣を見ると、同じくプレゼント用の袋をもったくろえが、少し仕方ないというふうに首を傾げてる。


 「何考えてるか、なんとなくわかるけど……。どーしたの、はる」


 そんなくろえに、私は半べそですごすごと頭を下げる。何とお詫びをすればいいのか……。


 「うう、調子に乗って変なことしちゃった……。ごめんね、くろえ。私のせいで、変な噂とか立ったら……」


 そうやって言うとくろえは、軽くため息をついて肩を落とした。私はそんな対応に、思わずうぐっと言葉を詰まらせる。


 自分でダメなことをしたと、自覚するのもしんどいけれど。それを他人の反応を通して見せられるのは、もっと心にくるものなのです。まして、それが大事な妹からならなおのこと……。


 とほほ、と項垂れていたら、対面のくろえから「あー……」って珍しく歯切れの悪い返事が返ってくる。


 「…………いや、別に、多分……気にしなくていいと思うよ」


 そんな妹の、露骨な気遣いの言葉に喉の奥がぐっと詰まる。


 妹に気を遣わせてしまってる。姉としての責任を何一つ果たせてない現状が、私の胸を何よりも苛んでいく。


 「ごめん、反省してます……心から」


 「いや、ほんとに……気にしなくていいと思うけど」


 そんなやり取りを廊下の隅で、二人でしていた時のことだった。


 ふっと背後から人影がすっと差す。


 思わず、ちらっとそちらを振りかえると、人懐っこい笑みがこっちの方を覗いてた。


 えっと、川口さんだっけ、生徒会の書記の……。


 「そんなとこで、どーしたの? 灰琉ちゃん、黒江ちゃん」


 眩いばかりの明るい笑みに、陰の本能がうっと怯む。ただそんな私に構わず、くろえはどこか困ったように頭を掻いていた。


 「いや、うちの姉が。王様ゲームの命令まだ気にしてて……」


 そういうくろえはどこか、照れくさそうに視線を逸らしてた。私としては見慣れてるけど、外でこういう顔してるのは、なんだか珍しいような……。


 そんなくろえの答えに、川口さんは一瞬首を傾げる。でも、すぐに納得したような顔になると、けらけらと笑い出した。まるでなんてことはないかのように。


 「あー、あれ? あれ、やばかったねえ!!」


 うぐっと明るい言葉の圧に、思わず怯む。やばい、やばいって何だろう。あまり便利な言葉すぎる。とりあえず、マイナスの意味な気はするけど。


 ただ、そう想って塞ぎかけた耳に入ってきたのは、少し予想だにしない言葉だった。


 「でもねー、私、()()()()()()()()? 黒江ちゃんも灰琉ちゃんも、新しい一面発見って感じでさ」


 ………………? 耳を塞ぎかけた手が、一瞬止まる。いまいち言われている内容が処理できないけど、なんだか想ってた感じと違うような……?


 「灰琉ちゃんの、豹変ぶりっていうか? 普段大人しい子の押せ押せの部分見れてさ。おお、そんな顔出来たんだって。思わずちょっとドキドキしちゃったもん」


 川口さんはそう言って、軽く微笑みを私に向けた後、ちらっと横目でくろえの方を見た。どこか意地悪気で、なのに楽しそうな表情で。


 「あとね、いっつもすまし顔で何でもできる黒江ちゃんも、お姉ちゃんには勝てないんだなって。完璧な黒江ちゃんは、もちろん、かっこいーけど、やっぱさ弱点の一つでもあった方が可愛いじゃん?」


 そんなことを、告げていた。裏表のない、まっすぐな視線で私達をじっと見つめて。


 言われたことの意味がいまいち飲み込めず、思わずそっとくろえの方を振り返る。


 くろえはどこか気まずそうな表情で、でも顔を微かに赤らめながら、あらぬ方向を向いていた。


 …………そっか、当たり前なことだけど。私の前で見せるくろえの顔を、みんなは普段見ることがないんだよね。

 

 どれだけ完璧と言っても、くろえだって傷つきもするし、叱られたら落ち込んだりもする。そんな、私の前では見せている妹としての表情を、この子は外ではずっと隠している。


 だから、外の人から見れば、くろえは本当に完璧で隙の無い人間に見えるんだ。本当はそんな人、この世界のどこにだっていないのにね。


 ふみっと、くろえの頬をちょっと摘まんでみる。


 柔らかくて、滑らかなほっぺの皮膚が、少しだけ伸びる。不満そうな視線がこっちに向く。


 ふみっと、もう両側を引っ張ってみる。うーっと唸るような、声が喉から響く。


 「…………はる?」


 「………………」


 ふみふみと、しばらく頬を動かして、しかめっ面だった妹の顔をゆっくりと解して口角を上げさせる。背後の川口さんは、最初少し不思議そうに首をかしげていたけど、段々とおかしくなったのかけらけらと笑い出した。


 それから、くろえを無理矢理笑顔にして、満足したので背後をそっと振り返る。目頭を抑えて、口元を震わせてる川口さんに、ふんっと胸を張ってみる。


 「…………」


 「ご覧の通り、うちの妹は可愛いですよ」


 そうやって宣言すると、川口さんぶっと吹き出して、大声でけたけた笑い出した。本当に楽しそうに、お腹を抱えて、心からの笑顔って感じで。


 そんな私たちを、くろえはどこか恨めしそうに、じっと見つめてた。


 「あははは!! いやー、最高灰琉ちゃん、まじでいい!! ねー、今度、黒江ちゃんの可愛いエピソード教えてよ!」


 「…………いや、ちょっと川口さん」


 「はい、いくらでも。くろえの可愛いエピソード一杯あります。小学校の頃は、意外と海藻が苦手で、こっそり先生に隠れてですね……」


 「まじで?! あははは!!」


 「……はる?」


 そうやって、三人で話しながらリビングに戻ったら、話の内容に興味を持った柿崎さんや木瀬さん、琥白ちゃんも話に入ってきて、なんだかえらい盛り上がってしまった。


 本当はプレゼント交換の時間だったのだけど、しばらくくろえのちょっと恥ずかしくも可愛い話ばかりになって。


 くろえは終始、顔を赤らめていたものだから、みんなしてそんなくろえをにまにま笑顔で見つめてた。


 そしてそんな私たちを、部屋の隅っこの白乃さんは、どこか満足そうに見守っていた。


 そんなこんなで、ふと気づいたころには、さっきまで感じてた焦りは、どこか遠くに吹き飛んでしまっていて。


 そうしている間に、クリスマスの夜は段々と更けていく。


 わいわいと誰かの笑い声を響かせながら。


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