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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第3章 姉と妹としの

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第27話 姉の命令を聞く

 答えが出てはいないにしても、私達のこの微妙な関係は、当然秘密にされなければならない。秘密を既に知っている八木原姉妹はともかく、今は役員のみんなが見てる。


  

 「ほら、くろえ―――」



 もしバレでもしたら、よく知りもしない他人から、ずっと後ろ指を刺され続けることになる。私のことが目障りな人間が、はるを弱点と知って、喜んで攻撃することだってありえる。



 「傅いて―――」



 なのに、肝心のはるが、どうしてこんなことを――――。



 わからない、答えは出ない。理屈も合理も、何一つとして、現状の意味を教えてはくれない。



 ただ、はるはじっと、私のことだけをじっと揺るぎない瞳で見つめてる。



 「王様の命令は絶対でしょ?」



 ていうか、急にどうしたっていうんだろう。白乃さんの焚きつけが効いた? 姉としてのプライドが刺激された? にしても今じゃなくていいでしょ。



 だって―――、と想いはするのだけれど。



 頭の中では、半ば諦めに近い感情が、じわじわと湧いてきているのも事実だった。


 

 こうやって、一度やると決めたはるは、誰がどう言いくるめても、決して自分の意思を覆さない。



 私はそれを知っている。この10年間で、嫌というほど身に沁み込まされている。



 だから、はるがそう決めた以上、この命令は絶対に実行される。もはや私の意思とは関係なく。



 脳裏によぎるのは、親父が出て行って、独り取り残された私を、小さな背中で背一杯に庇う姿。



 肩を震わせて、泣きながら、喚きながら、叫びながら。



 必死に説得しようとする大人たち相手に、私と一緒に自分の部屋に立てこもってまで、わがままを貫いていたあの姿。



 『くろえはもう、うちの子なの!! もう決めたの!! お義父さんがいなくなっても関係ないの!!』



 『私の妹なの!! 家族なの!! 誰にだってあげないの!!』



 『私はくろえのお姉ちゃんなの!!!』



 結局あれも、当時7歳のはるに、お義母さんを含めた大人たち全員が根負けして。そのまま、私は羊宮家に向かえ入れられることになったんだっけ。親のいない子どもだから、別に施設に預けても、誰も文句は言わなかっただろうに。


 はるだけが、それを許さなかった。はるだけが、私の手を離さなかった。


 あの時からわかってる。はるがそう決めたなら、もう私に……いや誰にだって抵抗する権利はない。


 だからまあ、現状、私は命令を聞くしかないわけだけど。


 「ほら、おいで。くろえ」


 そういってあなたは、細められた瞳で、なのにどこか慈愛すら含んだ声色で、私の名前を呼ぶ。


 ふぅって息を吐きながら、ちらりと周囲を見回してみる。


 役員たちは、はるの急変に何が起こってるかわからず唖然としてる。白乃さんは、どこか真剣な表情で、私たちの様子を観察してる。


 琥白には制止を期待したいんだけど……あれはダメだね。顔を手で抑えてるけど、真っ赤になって、息は荒くて……溢れる興味が隠しきれてない。


 漏れる息が、どうしても重い。胃のあたりが珍しく、キリキリ痛む。


 終わった後、なんて言い訳をすればいい。どうすれば誤魔化せる。


 この秘密をどうにかして、誰にも気づかれないようにしないといけない。


 ぐるぐると思考が回る。足を動かそうとするけど、泥に沈んだように重い。


 いるはずのない誰かの好奇の視線が、じくじくと肌に刺さるような錯覚までする。


 こういう感情を何て言うんだっけ………不安? 恐怖?


 何にしても、耐えがたい物には違いない。


 だって、他人に弱みを曝せば攻撃される。他人はいつも貶める機会を窺っているものだから。


 今、こうやって動揺してるのを見られていること自体、本来、あってはならないはずだろ―――?


 思考の中で、そんな誰かの声がする。


 低くて、冷たくて、私によく似た誰かの声が―――。



 「くろえ」



 ハッとした。



 意識が不意に、いつかの声に飲まれかけた、その一瞬に。



 はるが小さく、短く、私にだけ聞こえるように名前を呼んだ。



 それだけで、意識が暗い淵から引きずり出される。



 「おいで―――大丈夫だから」



 そうして、あなたに言葉を貰った、それだけで。



 胸の奥の不安は、すっと静かに溶けていった。



 足を出す。呼ばれるままに。



 誰も何も喋らない。まるではるだけが、この場で言葉を使えるみたいに。



 「もっと、近く」



 静かな声。まるで子供に、寝物語を言い聞かせているみたいな。



 「もっと」



 足を出す。あなたの傍へ。



 「もっと」



 とんと、小さな音を立てて、あなたの眼前まで近寄る。



 「傅いて」



 言われるがまま、思考すら挟まることなく、足から力が抜けていく。



 あなたは、そっとその白くて、細い手を出して。



 それを私の前にすっと、持ってきた。



 はるの言うことを聞いていると、なんだか不思議な気分になる。



 他人に言われるまま行動する。権利も選択も、全てのその人に委ねてしまう。



 それは本来、不安と焦りしかもたらさない状況のはずだ。



 だって、他人に権利を委ねたら、どう扱われるかわからない。何をされても文句が言えない。



 何より私は負けず嫌いで、人から見下されるのが大嫌いだから。



 本当は、こんなの耐えがたいはずなんだけれど。



 「顔、上げて」



 なのに、どうしてか、あなたに命じられるのは心地がいい。



 はるの指が私の頬をそっと撫でて、そのまま首筋をゆっくりとなぞってく。


 

 その感覚のくすぐったさに、軽く目を閉じていたら、はるの指が首元に少しだけ潜り込んだ。



 チャリっという金属の音がする。はるが、私のネックレスを微かに撫でた音だった。



 言葉は発していないけど、はるの首が少しだけ、こくっと傾げられた。



 わかってる? って尋ねられているようだ。



 (あなた)(わたし)のものなのだからと、そう確認するように。



 私はそっと眼を閉じて、小さく頷いた。



 そんなの10年前から知っている。あなたの手から逃げることは、あの誓いの夜に、もう諦めてしまったから。



 はるはそれに満足すると、首元から指を離して、そっと頬を優しく撫でながら微笑んだ。



 くすぐったくて、心地いい。火照った頬に、冷たい指の温度がゆっくりと染みわたる。



 そのまま指が、ゆっくりと唇をなぞってく。



 胸の奥がとくんと高鳴る。背筋がぞわっと何かの期待に震える。



 私の身体がそれ(命令)を、今か今かと待っている。



 ごくっと誰かが息を呑む音がした。



 ―――それが、最後の合図だった。



 「キスして」



 声と同時に、差し出された指に、唇をそっと重ねた。



 この世にたった一つの宝物へ、言祝ぐように。



 誰より大切なその人に、××の証を刻むように。



 不安も痛み、今は忘れて。



 ただあなたの言葉に、導かれるまま。



 温かい指の、柔らかな感触だけを感じてた。



 とくんと、小さな音が、胸の奥から鳴り響く。



 とくんと、微かにあなたの指から、鼓動の震えを感じた気がした。



 誰も、何も口にしない。



 その痛いほどの沈黙が。



 今だけは、どうしてか心地よかった。

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