表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第1章 姉と妹

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/36

第1話 妹の名前を呼ぶ

 夕食の時に、くろえに口移しをされながら。


 その後の、苦しそうな顔をして、強がりを言うくろえを見ながら考えた。


 もしかしたら、私たちは、ずっと近くにいすぎのかもしれない。


 お母さんは仕事でほとんど家に居なくて、お義父さんもすぐにいなくなって。


 この10年間、私とくろえは、ほとんどの時間を二人だけで過ごしてきた。


 一緒にご飯を食べて。一緒にお風呂に入って。一緒に眠った。


 寂しかったら手を握った。嬉しかったら笑いあった。泣きそうだったら抱きあった。


 一時期の私達は、周りが心配するくらいには、べったりで。


 それはまるで、姉妹のようであり。


 親友のようであり。


 母娘のようであり。



 ―――ともすれば、恋人のようでもあった。



 もしかしたら、あまりに沢山の時間と想いを共有しすぎたのかもしれない。


 本来、くろえが外の世界に向けるべき愛情や想いを、私が無意識に独占してしまっていたのかも。


 だから、きっと、これはくろえの勘違いだ。


 本当は、これから出会う素敵な人に向けるべき、溢れるほどのこの子の想いを。


 誰かを好きになるための感情を、その誰かに触れたいと想う気持ちを。


 たまたま、近くに居過ぎた私に、間違えて向けてしまったんだ。


 年端も行かない子どもが、学校の先生や、親戚の人に憧れるのと変わらない。


 いつか大人になったら忘れてしまう、そんな幼い想いの掛け違い。


 きっと、まだその気持ちを抱き始めたばかりだから、上手く心がついていかないんだね。


 ぐずるくろえを抱きしめながら、私はそっと微笑んだ。


 大丈夫、大丈夫だよ、くろえ。


 きっといつか、全て忘れてしまうから。


 きっと、いつか出会う素敵な人と、あなたはその想いを育んでいけるから。


 ……だから、せめて、今だけは。


 この気持ちを、私だけで独り占めしてしまってもいいだろうか。


 たとえ、いつか眼覚めてしまう夢だとしても。


 せめて、どうか、今だけは。


 そう想いながら、腕の中の君の名前を呼んだ。


 まるで姉妹のように。


 親友のように。


 母娘のように



 ―――恋人のように。



 きっと、これは君の些細な勘違い。



 だから、期待は、してはいけない。










 ※








 もう期末も終わって、冬休みまであとはまったり過ごすだけの、そんな放課後。


 「うーん…………」


 文芸部の部室で、備品の古いノートPCを前に、私は独り唸っていた。


 今、書いている小説の主人公が、自分の想いを人前で告白するシーン、何度か書き直しているけどしっくりくる感じがしない。


 無意識に何かが引っかかっているような、そんな何とも吐き出しきれないもやもやがある。


 なんか、前提間違えているかな。それか、何か忘れてるかな。このシーン、ばっと気持ちを言って終わりだと思ってたんだけどなあ。


 空白のページの前で、点滅するカーソルを見ながら、私は保温水筒に入れたお茶をずずっと啜った。


 「また書き直すかあ…………」「灰琉先輩----!!」


 と、同時に背後から、半ば爆音に近い声が響いてきた。


 ドアが勢いよく開いた音と、琥白ちゃんの大声が合体した結果だった。


 私は若干、キンキンする耳を手で覆いながら、恐る恐る背後を振りかえる。


 「どうしたの、琥白ちゃん……」


 「今日……今日送ってくれた新作……凄く良かったです!」


 琥白ちゃんはそう言いながら、眼をぎらぎらと輝かせながら、はあはあと肩で息をしていた。走ってきたのかな……、なんか凄い興奮してる。


 「今日の新作……? ああ、部誌にまとめるかもって言ってたやつ?」


 でもあれは、正直、あまり集中して書けたわけじゃない。なんなら、昨晩は色々あったから、ちょっとぼーっとしながら作ってた節さえある。


 確か、ストーリーもありふれていて、どこかで見たことあるような、ハッピーエンドの短編だったはずだけど。


 なのに、琥白ちゃんの興奮は覚めやらない。いつも新作を書くと、元気に感想をくれる子だけど、そんな変なとこあったかなあ……。


 「()()()()()()、キスシーンが!! こう、なんていうんですか? 生々しい……? 違う! なんか、こう、とにかく、すごいえっちでした!!」


 「ぶっ…………」


 口から、お茶が勢いよく吹き出した。


 「灰琉先輩の作品、いっつも暖かくて優しくて、そういうとこがすっごい好きなんですけど。今回は、なんか違うっていうか。あ、でも悪い意味じゃなくてですね、新発見的な。なんか、エモくて、メロくて、えとその、とにかくキスのとこすごかったです!!」


 琥白ちゃんが懸命に、フォローしてくれているけれど、私はそれどころではない。お茶が肺に入って、盛大にむせている。


 いや、ていうか、問題はそこじゃない。


 「…………え、えと、キスシーンがよかったの?」


 恐る恐る、琥白ちゃんに確認する。


 「はい、それはとっても!! 『蕩けるように唇を食んでいく』とか、まるで、自分も実際にキスしてるみたいな感じになって、私したことないけど、ちょっと興奮しちゃいました!」


 琥白ちゃんは、言葉通り、熱気のこもった視線で返事をくれた。


 確かに昨日書いた短編には、キスシーンは入れていたっけ。ハッピーエンドを示す明確な記号として、とりあえず書いてみただけなんだけど……。


 「…………そっかあ、……キスシーンかあ」


 口から漏れた言葉が、自分でもすごい不自然に震えてる。きらきらと目を輝かせる琥白ちゃんを見ていられなくて、思わず視線をそらしてしまう。


 さて、どうしてキスシーンが上手くなったんでしょうか。


 そんなとぼけた思考と同時に思い浮かぶのは、くろえの顔、閉じられた眼、重なる唇、その感触…………。


 ああ、ダメだ。あんまり考えすぎると、すぐに顔が熱くなりそう。慌てて顔を両手で抑え込んで、ふぅと、どうにか息を落ち着ける。


 「今まではファンタジー路線でしたけど、これからはロマンスにも挑戦するんですか?! 灰琉先生の新境地到達ですか?!」


 「あはは、そうだね……、あと先生は止めてね、琥白ちゃん。恥ずかしいから……」


 まあ、今恥ずかしい理由は、そこじゃない気がするんだけれど。


 そして、しばらく琥白ちゃんをなだめてから、息を落ち着けて少し考える。


 私は、今までロマンスなんて書いたことがない。


 恋の一つもしたことないから、上手く書ける気がしなかった。


 ―――じゃあ、今は?


 と、頭の中で誰かが聞いた。


 書けるのだろうか。書けるとして、相手は誰?


 誰と恋をする話なら、私は上手く書けるのだろう。


 私は、誰なら―――。


 「…………………………」


 そうやって、気付いたら思考に足を取られてた。


 ポンコツな私の悪い癖だ。人とおしゃべりしているときに、考え事でついぼーっとしてしまう。


 対面の琥白ちゃんが、黙る私を見て不思議そうに首をかしげていたから、慌てて頭を振って意識を戻す。


 やれやれ、しっかりしなきゃ。……なんて考えている時だった。



 「灰琉ー、そろそろ部会だけど。覚えてる?」


 開けっぱなしのドアから、ひょこっとくろえの整った顔が覗いた。今、とてもタイムリーなそのお顔に、声、それと唇……。


 「ぐぬぬ…………」


 「灰琉先輩……?」


 いかん、動揺を無理矢理気合で封じ込めようとして、変な感じになってしまった。なんか、トイレを我慢している人みたいになってた気がする。


 不思議そうに首を傾げる二人の視線に、私は慌てて居住まいをそそくさ正す。


 そうだ、部会だ。早く行かなくちゃ―――。


 うちの文芸部は、私と琥白ちゃんの二人しかいないから、強制的に私が部長扱いだ。当然、こういう会にも、私が行くことになるんだけれど……。


 溜息が思わず、盛大に零れた。


 「部会か……嫌だなあ…………話すの怖いなあ……」


 ただでさえ、人との会話が苦手な私に、あの集団のトップが集う厳つい会合は、非常にとっても荷が重い。


 「頑張って、はる。私もちゃんとフォローはするから」


 「そうですよ、いざとなったら黒江に丸投げしたらいいんです!」


 くろえと琥白ちゃんに、宥められながら。私は岩のように重い腰をどうにか上げる。


 頑張れ、お姉ちゃんの威厳。踏ん張れ、部長の度量。


 これだけぐずってる時点で、威厳も度量も、もうボロボロな気はするけれど。


 それでも、半泣き気味になりながら、どうにか足を踏ん張った。


 そして、私はくろえと文芸部の部室を後にした。


 背後で琥白ちゃんが、応援団の如く声援を送ってくれていた。ただ、憂鬱のあまり、私は手を振り返すことしか出来なかった。


 はあ、としばらくため息を情けなくつく。


 すると、階段の踊り場でくろえが、ふっと振り返った。


 「本当に、大丈夫? はる」


 そういってくろえは、心配そうに私の頭にぽすぽすと手を乗せてくる。私は頭を撫でられながら、どうにかゆっくり頷いた。


 「うう……くろえも頑張ってるもんね。私も頑張る」


 そう、私のことは気遣って迎えにまで来てくれてるけれど、部会を取り仕切るのは他でもないくろえなのだ。一年生なのに、副会長だから。


 よって、ここでお姉ちゃんが、日和るわけにはいかない。でも本当は日和りたい、このまま部室に帰って引きこもりたい。


 そんな苦悶に歪んだ私の顔を、くろえはしばらく、何かを考えるように眺めてた。ただ、やがて、何かを思いついたような顔になると、ぱちっと軽く指を鳴らした。


 そして、あまり人前では見せない、いたずらっ子のような笑みを浮かべた後、一瞬、どこか寂しそうな表情をした。


 最近、キスをする前に、その表情をよく見た気がする。



 「じゃあ、ちゃんと部会出れたら、私がはるに()()()()()()()()()()



 そう言ってくろえは、私に微笑んだ。


 愉しそうな表情で、私の頬を撫でる指は、どこか妖し気でさえあった。


 すっとゆっくり首元を撫でられながら、私は思わず胸がどきっと揺れるのを感じる。


 ご褒美? 何でも?


 どういう意味で言ってるんだろう? ていうか、私が要求する側なんだ。それはえっと……、どうするのが正解なの?


 思わず押し黙った私に、くろえはくすっと少し笑った。


 「その代わり、私も頑張るから。終わったらはるが、何かご褒美ちょうだい? ……なんでもいいから」


 言いながら、くろえは私の鎖骨辺りを指先でゆっくりとなぞっていく。



 …………ご褒美、私からも。



 しばらく思考が停止する。


 脳裏にフラッシュバックのように浮かぶのは、もう三度繰り返した、君との口づけ。その温度、その感触。


 くろえにとって、今のご褒美は―――。されて嬉しいことは―――。


 しばらく熱と、動揺で、頭の中と胸の奥が、感情にぐるぐるとかき混ぜられる。


 え、えと、つまり、それは。


 ただそうして半ばパニックに陥っていると、くろえはどこか可笑しそうに笑い出した。


 それから、にぃっと悪戯が成功した子どものように、私を見上げる。


 「どう? 緊張とれたでしょ?」


 それから、そう言って軽やかに微笑まれた。


 え、えと、つまりこれは。


 ………………からかわれた?


 そう数秒思考して。


 数瞬後には、頬がぼんって熱くなる。


 う、うう、くそうコミュ強め……。コミュ障を翻弄しおって……。


 言葉にならない憤りを表そうと、ぽかぽかとくろえの背中を叩いていたら、思いっきり吹き出されてしまった。


 ただこうしていると、なんだか不思議な安心感もある。


 ああ、いつもの私達も別にどこかいったりしてはいないんだなって。


 こうやって、お互い宥め合って、笑い合って、この10年間隣にいたのだから。


 そんな事実に少しだけ、私も思わず微笑んで。



 「―――()()()()()()()()()()?」



 同時に、耳元でそっと囁かれたくろえの言葉に、尚のこと頰が熱くなってしまった。


 …………そっちは冗談じゃなかったんだ。


 咄嗟に何も言えない私の前を、くろえは悠々と歩いていく。


 いつも通り、そつなく、完璧に。


 ただ、そのすらっとした妹の脚が、楽し気にスキップを踏んでいるのを見ると。


 まあ、いいかと思えてしまう私も、大概甘いんだろうなあ。


 人が少ない放課後の、少し寒い12月の階段を、私たちは並んで歩いていく。


 ご褒美……か。


 そうやって、君に聞こえないように、独り呟きながら。







 ※







 きっと、これは君の些細な勘違い。



 だから、期待は―――してはいけない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ