第26話 妹と王様ゲーム
浅く、胸の鼓動が鳴り続けてるのは、何でだろう。
慣れないパーティだからかな、クリスマスだからはしゃいでいるのかな。
生徒会の人たちは、上手く喋れない私も積極的に、話の中に入れてくれる。おかげで普段より、怯えずに話せている。だから、楽しいのも本当だと思う。
ただ、胸の奥で熱を持って、どくんどくんとなる音は、きっとそれだけのせいじゃなくって。
ちらっとくろえの方を振り返る。
目に映るのは少し下がった視線と、紅い唇。
もう何度となく、重ね合った、熱く濡れた場所。
『続きは、後でね』
どくんどくんと、胸の奥で熱を持った何かが脈打っている。
この気持ちは何なのだろう。
いつか、ちゃんと自分の気持ちに答えだすと、君と約束した。
だから、この気持ちにも名前を与えないといけない気がするけれど。
今はまだ、どうしてか上手く言葉に出来ない。
喉の奥で熱い何かが引っかかるけど、大きすぎて身体の中から出てきてくれないみたいだ。
それをもどかしく感じていた、そんな頃。
私は―――見てしまった。
くろえの隣に立っていた、白乃さんが、くろえの頭を何気なく撫でているところを。
私の妹の、くろえを褒めるみたいに、そっと優しく『姉』のように接しているところを。
ドクンと胸の中で何かが脈打つ。
さっきより早く、熱く。
この気持ちは、何なのだろう。
わからない、わからないけど。私は気づいたら、その鼓動に急かされるように足を踏み出していた。
普段、何をするにも怯えて震えてばかりの足が、迷いなく動いてく。
お話の邪魔しちゃ悪いなとか、何を話したらいいんだろうとか、いつも押し寄せてくる不安も全部遥か彼方に飛んで行ってしまったみたいに。
頬が熱い、どうしてかはわからないけど。
私の××××に、触れられるのが許せない。
そんな、曖昧で、なのに鮮明な熱を持った気持ちだけを抱えて。
私は、くろえと白乃さんの元に、歩み出していた。
胸の奥で、静かに暴れはじめる気持ちの名前すら、わからないまま。
※
「…………はる?」
「むー……」
「………………その、いつまで撫でてるの?」
「むー……………………」
くろえの頭をそっと撫でていく。
髪を痛めないよう優しく、それでいて温かさや安心を感じられるよう確かに。
さっきまで白乃さんも撫でてたけど、あれじゃあちょっと乱暴で、撫でられている側も少し痛いはず。
お姉ちゃんとして、妹を撫でるのにも確かな技術が必要なのです。例えば、くろえは頭の少し後ろ辺りを撫でられるのが好きなのです。髪はもともと真っすぐで綺麗だけれど、だからこそ丁寧に扱わないといけないのです。
そんな気持ちを込めて、隣の白乃さんをじっと見る。
でも、肝心の白乃さんはどうしてか、お腹を抱えて笑いを堪えていた。むー……。
「はる……、さすがにちょっと恥ずかしいんだけど……」
「むー……」
そういうくろえの頬は、確かにほんのり紅くなっている。ただ、身体の力はさっきよりは抜けていて、口では文句を言ってるけれど、頭はしっかり私の前に垂れている。
うむ、これが10年、お姉ちゃんとして、妹の身体に教え込んできた年季の成果である。ぽっと出の、違う家のお姉ちゃんなんかに負けないのである。
「っくくく……。あー、お腹痛くて死にそう……。さすがにお姉ちゃんの前だと、万能副会長も形無しだなあ、っくくく……」
「…………いや、そういうわけでは」
「むー……!」
そういって白乃さんが揶揄ったから、咄嗟にくろえが言い返そうとする。でも、なんだかそれを見ていると、胸が余計もやもやするので、あえて少し強めにくろえの髪をわしゃわしゃ撫でる。今度は両手で、よそ見なんてできないように。
「…………くくく」
「ちょ、はる、見えない。前、見えないから」
「むむむ…………」
しばらくそうやって撫でまわしていると、気持ちは落ち着くかと思いきや、意外にも胸の奥のざわざわは収まらない。むしろどうしてか、さっきより強くなっている気さえする。今では、なんだか耳まで熱い気までしてくる始末。
そんな私たちを周りの人は、特に生徒会の役員の人たちは、どこか物珍しそうに眺めていた。
「っふっふっふ、まあ、このまま眺めときたいのも山々だが。そろそろ王様ゲームもラストにするか。お腹も減ってきたしな」
言いながら、白乃さんは私たちの手元にあったカードをそれとなく回収すると、手慣れた様子でシャッフルをし始めた。
手の中のくろえがそれを見て、何か言おうとしたけれど、私がもしゃもしゃと頭を撫でてそれを阻止する。お姉ちゃんから撫でられているのに、よそ見するなど何事ですか。
そうして、あっという間に他のみんなにカードを配り終えた会長は、すっと私達二人にカードを差し出した。
「白乃さん……これ」
「ん…………?」
「心配するな、多分、今回私は王様じゃない。同じやつばかり命令してもつまらんだろう?」
そんな少し怪しいやり取りをくろえとしながら、白乃さんは私にカードを差し出した。
なんだか二人で秘密の話をしているみたいなのが、気に食わないけど、出されたカードをそのまま受け取る。
そして残った一枚は、くろえの手に静かにわたった。
「はい、おっけー。王様だーれだ?」
そして、そんな合図と同時に、全員が自分のカードをパッと捲る。
どうしてだろう、わからない。
でも、そのカードが私の手の中にくるという確信は、何故か捲る前からあった。
私にカードを手渡した白乃さんが、小さくウィンクをしていたせいだろうか。
「…………王様、私です」
手の中にあるジョーカーを、みんなに見せる。
おお、と少しざわつくみんなの中で、白乃さんだけはどこかしたり顔で笑ってて、くろえはなんだか心配そうに眉をひそめてる。
そして、その心配は多分当たってる。
だって、隣でカードを引いたから、くろえが何番かは見えてしまった。
最初と同じ、ハートのA。
ゲームとしては少し狡い気もするけれど、今はそういうことを、気にしてるような気分でもない。
胸の中で、熱く脈打つ何かが、私の背中を押し続けるから。
「命令は、そうですね……」
言いながら、思わず視線が隣に向いてしまう。
くろえはそれとなく、手元のカードを隠してるけど、もう遅い。っていうか、多分、わざと私に見えるように、白乃さんが配ってるから、どう足掻いても隠す意味がない。
本当はよくないことだ。くろえが困るようなことをするのも、みんなと仲良くするためのゲームでこんな私情に走るのも。
よくないと、わかったうえで、今はどうしてか抑えられない。
それどころか、胸の中の鼓動は、何かを待ち侘びるみたいに、浅く速く震え続ける。
君の少し困ったような紅い頬を見ていると、そんな気持ちが際限なく膨らんでいく。
どくどくと耳の中で、何かが脈打つが鮮明に聞こえ続ける。
そんな拍動に押されるまま、私はそっと口を開いた。
「―――1番は、王様の手にキスをしてください」
いけないことだって言うのはわかってる。
みんなに見られてるのも分かってる。
でも、今はどうしてか、この気持ちが抑えられない。
くろえの手の中から、ハートのAが、ひらりと床に舞い落ちた。
そんな、頬を紅くして、戸惑った君に向かって、私はそっと自分の手の甲を差し出した。
そう、だって、後でしてくれるっていってたもんね。
それなら、今でも問題ないよね。
「ほら、くろえ―――」
紅くなったまま震える君に、私は無造作に言葉を投げかける。
「傅いて―――」
だって、王様の命令は絶対だもの。
だから、今は、今だけは。
あなたは、私の物なのだから。
それを皆の前で―――証明して見せて?
息が震える。
喉が熱くなる。
心臓の音ばかりが聞こえる。
周囲の視線すら、今は何も感じなくなって。
君と二人で、今はただ。
この名前すらわからない気持ちに、急かされるまま。
私は、あなたに手を、差し出した。




