第21話 妹とクリパの誘い―②
「おはよ、はる」
朝起きてぼーっと朝食の準備をしていたら、リビングにくろえが顔を出してきた。思わずうぐっと胸が詰まって、喉から血が昇ってくるように、顔が熱くなる。
「…………おはよ、くろえ」
そっとそっぽを向いて誤魔化しながら、頭の中でほわほわと浮かんできた妄想を振り払う。今日、起き抜けになんだか変な夢を見た。あまり覚えてないけれど、よくない夢だったような気がする。
そんな私の反応に、くろえは少し欠伸をしながら、不思議そうに首を傾げた。ただ、しばらくすると難しい顔で、うーんと悩み始めてしまった。
「………………んー」
「…………? どうしたの、くろえ」
大体のことを即断即決する。そんな妹の珍しい逡巡に、私ははてと首を傾げる。声をかけても、くろえはなんだか微妙な顔のまま。
とりあえず、不思議に思いながらも朝食の準備をする。今日の朝ごはんは、目玉焼きと食パン、あとサラダをちょっとだけ。平日だから簡単なものだね。
くろえの分のカフェオレを注いで、着席を促すと、くろえは難しそうな顔のまますとんと食卓に着いた。結局よくわからないまま、二人でいただきますをしながら食べ始める。
「…………この前言ってた、生徒会でクリスマスするって話なんだけどさ」
パンにバターを塗って、そっと口に運びかけたあたりで、くろえはどこか気まずそうに話し始めた。私は食パンをざくっと噛みながら軽く頷く。
「うん、あれだよね、今週末に会長の家でやるんでしょ?」
少し前にくろえがそんな話をしていた。陽キャのイベントだなあって、私ははへーと感嘆することしか出来なかったっけ。まあ、くろえは微妙な顔してたけど。
「そう、それなんだけどさ…………はるも来ないかって白乃さんが誘ってて……」
ぶっと口に含んだパンが、少しだけ逆流する。どうにか堪えて、口の中で被害を抑えたけど、動揺が嫌でも身体に現れる。
「く……く……クリスマスパーティに私が……?」
漏れた声があまりに震えてて、我ながら情けなくなってくる。そんな私に、くろえはだよねーって感じで、苦い笑みを返してた。
まあ、まずもってクリスマスパーティなんてものは、友達がいるのが大前提。しかも、その上で集まって騒ぐのが楽しいって人が開くものである。
私みたいな、引きこもり・友達いない・会話が下手な人種にとって、それはあまりにもハードルが高い。洞窟でじめじめ生えている苔を、真夏の直射日光にあてるようなものである。控えめに言って、蒸発する。
「琥白も参加するらしくてさ。せっかくだから灰琉もどうだ? って、白乃さんがね」
どこか気まずそうなくろえの言葉を聞きながら、私は冬なのにだらだらと冷や汗が流れ落ちるのを感じてた。
「ぬ……ぬぐぐ…………」
頭の中で思考が、ぐるぐると回りだす。思い浮かぶのはパーティの隅っこで、独りジュースを持ってこじんまりしている私の姿。貝のように、誰にも察知されることもなく、時間がただ過ぎるのを待っている、いつもの光景。ああ、想い出しただけで胸が痛くなる……。
「一応言っとくけど、強制じゃないから、嫌なら全然断るよ?」
そう言って、くろえは少し肩をすくめて、そっと微笑んだ。そんな妹の気遣いに、私は思わずうぐっと喉を詰まらせる。ごめん、パーティの一つに行くかどうかですら迷う、情けないお姉ちゃんでごめん。
「ぬぬぬ…………」
行くべきか、行かざるべきか。いや、正直行きたくないけど。しかし、こんなお姉ちゃんで本当にいいのか……。
「…………そんな悩む? やっぱ断ろっか? 白乃さんは、なんか話したがってたけど、そんなのいつでも出来るしさ」
ただ、そうやって言われたくろえの言葉で、どうにか最後の決心を無理矢理つける。
震える手をぷるぷると上げながら、強張った喉で、苦悩の渦を乗り越えて、その返事を口にする。
「い……い…………いきます……」
我ながら、落ち武者の最期の声みたいだった。苦悶と苦悩が、濃縮ジュースのようにたっぷりと詰まってる。
「…………はる、本当にイヤなら無理することないよ?」
そのせいか、くろえはそう言って、心配そうに首を傾げる。でも、私はどうにか首を横に振って、震えながら口を開いた。
「だ……大丈夫、くろえも、琥白ちゃんもいるし……それに…………」
「…………それに?」
くろえは不思議そうに聞き返してくる。そんな妹に私は、震える胸を張って、半分泣きそうになりながら精一杯の虚勢を示す。
「お、お姉ちゃんだもの。……妹が、普段お世話になっている人に、挨拶くらいできるもの…………」
我ながら、声が震えてなければ立派な言葉だったと思う。まあ実際は波に煽られたぼろぼろのボートの如く、大いに震えた声だったわけですが。
「…………また無理しちゃって」
案の定というか、くろえには少し半眼で、じっと見つめられる。うう、わかってるよ……、しょうもないプライドなのも。この期に及んで、お姉ちゃんって役割にしがみついているのも。
でも、でも、これで私が行かなくて、「くろえの姉は付き合い悪いんだなー」とか思われたら、嫌だし……。それでくろえが嫌な思いしたら、もっと嫌だし……。
くろえはただでさえ、何かと目立つのだ。要らないところで落ち度を作らせたくはない。
それに最悪、くろえと琥白ちゃんに引っ付いていれば、ぼっちは回避できるはず……。いやそれはそれで、二人の邪魔な気もするけれど。その時は、私が貝になっていれば誰にも迷惑はかけないはず……。
「うう…………、でも、くろえが普段お世話になってる人に、挨拶したいのはホントなの……」
そう、実際、白乃さんというか、会長のことは人伝てではよく話を聞くけど、ちゃんと会話したことはあんまりないし。他の役員の人も、部会ですれ違うくらいで、挨拶もほとんどできてない。
いつかやらなければと想ってはいたのです。いつかは、いつかはと先延ばしにしていたけれど……。その気持ちに嘘はないのです。
「ふーん…………そんな気にしなくていいんだけどね」
「うう…………」
そう言って、嗜めるような表情のくろえに、私は呻くことしか出来ない。
ただしばらくそんな私をじっと見た後に、くろえは軽く肩の力を抜いて、くすりと笑った。
「わかった、じゃあ、白乃さんに連絡しとくよ。はるも参加するって」
「おなしゃす……」
そうして私は、陽キャの巣窟クリパへの参加を、決意したのでしたとさ。
「まあ、最悪、しんどかったら私と琥白にくっついてればいいよ。何回も言うけど、はるが楽しくないのに、無理して行くものじゃないからね?」
「はぁい…………、ダメだったら、その時はよろしくお願いします……」
そんな私から漏れ出る苦悶の声を、くろえはどこか可笑しそうに笑いながら聞いていた。
そうして、恐らく白乃会長への連絡を終えたくろえは、なんだかご機嫌な表情だった。
家を出て、学校に行く電車に乗るまでの足取りも、どうしてか軽いみたい。
だから、電車の席に並んで座ったところで、そのことをなんとなく聞いてみた。
「え? だって、はると一緒にクリスマス過ごせるじゃん。今年は生徒会あるから、当日は、一緒に居れないかもって想ってたからさ」
そしたら、私の妹はそんなことを言いながら、楽しそうに笑ってた。
無邪気な少女が、念願のクリスマスプレゼントを喜ぶような、そんな表情で。
そんな妹の綻んだ顔をじっと見たまま、私は何も言うことが出来なかった。
二人で電車に揺られたまま、私はそっと灰色のマフラーに顔をうずめる。
これは寒いから仕方ないのです。決して顔が熱くなっているのを、誤魔化しているわけではないのです。
「はいはい、わかってるよ」
口にしていないはずそんな言い訳を、私のできる妹はそうやって笑ってた。
どこか無邪気に可笑しそうに。
そうして私は余計何も言えなくなって、もぞもぞとマフラーの中に潜り込むことしか出来ないのでしたとさ。
ガタンガタンと音が鳴る。
冬場の電車の中は、暖房が効きすぎている。
おかげで、マフラーの中は湯気が出そうなくらいに暑かった。




