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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第3章 姉と妹としの

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第21話 妹とクリパの誘い―②

 「おはよ、はる」


 朝起きてぼーっと朝食の準備をしていたら、リビングにくろえが顔を出してきた。思わずうぐっと胸が詰まって、喉から血が昇ってくるように、顔が熱くなる。


 「…………おはよ、くろえ」


 そっとそっぽを向いて誤魔化しながら、頭の中でほわほわと浮かんできた妄想を振り払う。今日、起き抜けになんだか変な夢を見た。あまり覚えてないけれど、よくない夢だったような気がする。


 そんな私の反応に、くろえは少し欠伸をしながら、不思議そうに首を傾げた。ただ、しばらくすると難しい顔で、うーんと悩み始めてしまった。


 「………………んー」


 「…………? どうしたの、くろえ」


 大体のことを即断即決する。そんな妹の珍しい逡巡に、私ははてと首を傾げる。声をかけても、くろえはなんだか微妙な顔のまま。


 とりあえず、不思議に思いながらも朝食の準備をする。今日の朝ごはんは、目玉焼きと食パン、あとサラダをちょっとだけ。平日だから簡単なものだね。

 

 くろえの分のカフェオレを注いで、着席を促すと、くろえは難しそうな顔のまますとんと食卓に着いた。結局よくわからないまま、二人でいただきますをしながら食べ始める。


 「…………この前言ってた、生徒会でクリスマスするって話なんだけどさ」


 パンにバターを塗って、そっと口に運びかけたあたりで、くろえはどこか気まずそうに話し始めた。私は食パンをざくっと噛みながら軽く頷く。


 「うん、あれだよね、今週末に会長の家でやるんでしょ?」


 少し前にくろえがそんな話をしていた。陽キャのイベントだなあって、私ははへーと感嘆することしか出来なかったっけ。まあ、くろえは微妙な顔してたけど。


 「そう、それなんだけどさ…………はるも来ないかって白乃さんが誘ってて……」


 ぶっと口に含んだパンが、少しだけ逆流する。どうにか堪えて、口の中で被害を抑えたけど、動揺が嫌でも身体に現れる。


 「く……く……クリスマスパーティに私が……?」


 漏れた声があまりに震えてて、我ながら情けなくなってくる。そんな私に、くろえはだよねーって感じで、苦い笑みを返してた。


 まあ、まずもってクリスマスパーティなんてものは、友達がいるのが大前提。しかも、その上で集まって騒ぐのが楽しいって人が開くものである。


 私みたいな、引きこもり・友達いない・会話が下手な人種にとって、それはあまりにもハードルが高い。洞窟でじめじめ生えている苔を、真夏の直射日光にあてるようなものである。控えめに言って、蒸発する。


 「琥白も参加するらしくてさ。せっかくだから灰琉もどうだ? って、白乃さんがね」


 どこか気まずそうなくろえの言葉を聞きながら、私は冬なのにだらだらと冷や汗が流れ落ちるのを感じてた。


 「ぬ……ぬぐぐ…………」


 頭の中で思考が、ぐるぐると回りだす。思い浮かぶのはパーティの隅っこで、独りジュースを持ってこじんまりしている私の姿。貝のように、誰にも察知されることもなく、時間がただ過ぎるのを待っている、いつもの光景。ああ、想い出しただけで胸が痛くなる……。


 「一応言っとくけど、強制じゃないから、嫌なら全然断るよ?」


 そう言って、くろえは少し肩をすくめて、そっと微笑んだ。そんな妹の気遣いに、私は思わずうぐっと喉を詰まらせる。ごめん、パーティの一つに行くかどうかですら迷う、情けないお姉ちゃんでごめん。


 「ぬぬぬ…………」


 行くべきか、行かざるべきか。いや、正直行きたくないけど。しかし、こんなお姉ちゃんで本当にいいのか……。


 「…………そんな悩む? やっぱ断ろっか? 白乃さんは、なんか話したがってたけど、そんなのいつでも出来るしさ」


 ただ、そうやって言われたくろえの言葉で、どうにか最後の決心を無理矢理つける。


 震える手をぷるぷると上げながら、強張った喉で、苦悩の渦を乗り越えて、その返事を口にする。


 「い……い…………いきます……」


 我ながら、落ち武者の最期の声みたいだった。苦悶と苦悩が、濃縮ジュースのようにたっぷりと詰まってる。


 「…………はる、本当にイヤなら無理することないよ?」


 そのせいか、くろえはそう言って、心配そうに首を傾げる。でも、私はどうにか首を横に振って、震えながら口を開いた。


 「だ……大丈夫、くろえも、琥白ちゃんもいるし……それに…………」


 「…………それに?」


 くろえは不思議そうに聞き返してくる。そんな妹に私は、震える胸を張って、半分泣きそうになりながら精一杯の虚勢を示す。


 「お、お姉ちゃんだもの。……妹が、普段お世話になっている人に、挨拶くらいできるもの…………」


 我ながら、声が震えてなければ立派な言葉だったと思う。まあ実際は波に煽られたぼろぼろのボートの如く、大いに震えた声だったわけですが。


 「…………また無理しちゃって」

 

 案の定というか、くろえには少し半眼で、じっと見つめられる。うう、わかってるよ……、しょうもないプライドなのも。この期に及んで、お姉ちゃんって役割にしがみついているのも。


 でも、でも、これで私が行かなくて、「くろえの姉は付き合い悪いんだなー」とか思われたら、嫌だし……。それでくろえが嫌な思いしたら、もっと嫌だし……。


 くろえはただでさえ、何かと目立つのだ。要らないところで落ち度を作らせたくはない。


 それに最悪、くろえと琥白ちゃんに引っ付いていれば、ぼっちは回避できるはず……。いやそれはそれで、二人の邪魔な気もするけれど。その時は、私が貝になっていれば誰にも迷惑はかけないはず……。


 「うう…………、でも、くろえが普段お世話になってる人に、挨拶したいのはホントなの……」


 そう、実際、白乃さんというか、会長のことは人伝てではよく話を聞くけど、ちゃんと会話したことはあんまりないし。他の役員の人も、部会ですれ違うくらいで、挨拶もほとんどできてない。


 いつかやらなければと想ってはいたのです。いつかは、いつかはと先延ばしにしていたけれど……。その気持ちに嘘はないのです。


 「ふーん…………そんな気にしなくていいんだけどね」


 「うう…………」


 そう言って、嗜めるような表情のくろえに、私は呻くことしか出来ない。


 ただしばらくそんな私をじっと見た後に、くろえは軽く肩の力を抜いて、くすりと笑った。


 「わかった、じゃあ、白乃さんに連絡しとくよ。はるも参加するって」


 「おなしゃす……」


 そうして私は、陽キャの巣窟クリパへの参加を、決意したのでしたとさ。


 「まあ、最悪、しんどかったら私と琥白にくっついてればいいよ。何回も言うけど、はるが楽しくないのに、無理して行くものじゃないからね?」


 「はぁい…………、ダメだったら、その時はよろしくお願いします……」


 そんな私から漏れ出る苦悶の声を、くろえはどこか可笑しそうに笑いながら聞いていた。


 そうして、恐らく白乃会長への連絡を終えたくろえは、なんだかご機嫌な表情だった。


 家を出て、学校に行く電車に乗るまでの足取りも、どうしてか軽いみたい。


 だから、電車の席に並んで座ったところで、そのことをなんとなく聞いてみた。


 「え? だって、はると一緒にクリスマス過ごせるじゃん。今年は生徒会あるから、当日は、一緒に居れないかもって想ってたからさ」


 そしたら、私の妹はそんなことを言いながら、楽しそうに笑ってた。


 無邪気な少女が、念願のクリスマスプレゼントを喜ぶような、そんな表情で。


 そんな妹の綻んだ顔をじっと見たまま、私は何も言うことが出来なかった。


 二人で電車に揺られたまま、私はそっと灰色のマフラーに顔をうずめる。


 これは寒いから仕方ないのです。決して顔が熱くなっているのを、誤魔化しているわけではないのです。


 「はいはい、わかってるよ」


 口にしていないはずそんな言い訳を、私のできる妹はそうやって笑ってた。


 どこか無邪気に可笑しそうに。


 そうして私は余計何も言えなくなって、もぞもぞとマフラーの中に潜り込むことしか出来ないのでしたとさ。


 ガタンガタンと音が鳴る。


 冬場の電車の中は、暖房が効きすぎている。


 おかげで、マフラーの中は湯気が出そうなくらいに暑かった。

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