第20話 妹とクリパの誘い―①
人に恋をするって、どういうこと?
『私ははるのこと好きなわけじゃん、性的な意味で』
自室に戻って、電気もつけずに枕にぼふんと顔をうずめて、考える。
『で、はるの身体に見るところがあるかどうか、って話だっけ……?』
くろえの言葉を、頭の中で漫然と反芻する。
『―――あるよ、一杯ある。隅から隅まで、舐めまわしたいくらいにあるよ』
小説や物語の中のことならわかる。些細なきっかけでその人のことが気になって、段々と想いが募って、心が身体がその人のことを求めだす。甘く、熱い、胸が蕩けそうになるような、そんな想い。
それはわかる。拙いけれど、自分で書いたこともある。想像するだけで頭が熱くなって、喉の奥が焼けてしまいそうな想いだった。
でも、それはあくまでも物語の中に過ぎなくて。
現実の、このみっともなくてちっぽけな私に、誰かが恋をしているという事実を、心が上手く理解してくれない。
しかも、あの誰より完璧で、誰からも好かれている、自慢の妹の―――あのくろえが。
あるわけがないと思う。そっちのほうが自然に思う。
逆はあっても、私が恋をされる理由がない。
だから、理解が出来ない。
なのに―――。
『好きだよ―――はる』
わからない、向き合おうと思えば想うほど、何かが掛け違っているような気がしてくる。
『私は、はるに―――ずっと恋をしていたの』
わからないのに、思い返せば思い返すほど、胸の中で心臓はバクバクと脈打ち続ける。
そもそもさっきだって、私なんであんな必死になってたんだろう。くろえが言ってることの方が正しくて、それなのにあんな意固地になって。どうしてあそこまで、くろえに距離を置かれるのが嫌だったんだろう。
しかも、あの時どうしてか―――。
『それとも誘ってるの? 無理矢理されるのが好み? もしそうなら、期待に応えてもいいんだけれど―――』
胸が信じられない程、高鳴った。頬が焼けてしまいそうなほどに、熱くなった。
心の中に、何か今まで感じたことのない、蕩けるような何かを感じた。
……………………。
なんとなく、指が身体に伸びていく。
くろえが触った場所を、そっとなぞっていくように。
耳に息が吹きかけられて、くすぐったかった。
首筋をそっと優しくなぞられて、ぞわぞわした。
手がゆっくり抑えつけられて、身体が震えだしそうだった。
それから、それから―――。
くろえの、指が。
鎖骨をなぞって。
その下に。
……………………。
ちらっと、その場所を自分で覗いてみる。
寝間着の中、キャミソールの下、暗がりの中の肌色を。
貧相だと、我ながら思う。少し脂肪はついて、膨らんでるけど、くろえみたいに綺麗じゃないし。スタイルもよくないから、なんだかちんちくりんで子どもっぽい。
こんな身体に誰が魅力を感じるのだろう。
『でないと、ホントに襲われても知らないよ?』
誰が―――。
だけど、瞼を閉じたら蘇るのは、くろえのどこか熱に浮かされたような、蕩けた視線と紅潮した頬。いつも、落ち着いて静かに細められている、熱に浮かされたように滲んだ眼差し。
指を伸ばして、そっとなぞっていく。
もし、あの時、くろえが指を止めなかったら。
鎖骨から下にゆっくりとなぞっていくと、やがて境が訪れる。
肋骨の上、皮膚の下、確かに柔らかなふくらみがそこにある。
ここから先を、くろえがもし触っていたら。
私は、どんな気持ちだったのだろう。
指がゆっくりと降りていく、くろえが触らなかったその場所を。
指が少し沈んで、神経が指の先へぎゅっと詰まったみたいに、さわさわと甘くじんわりなぞられていく。
漏れた吐息が音を出しかけて、そっと口を噤んだ。
もし、万が一、くろえに聞かれたら……。そう想ったから。
抑え込んだ息を堪えながら、ゆっくりと身体をなぞる指が止まらない。
もし、この指がくろえだったら。私は何を感じるんだろう。
もし、くろえがそういう意思を持って触った時に、私はどんな声を出すんだろう。
そもそも、触れることを許すのだろうか。
わからない。でも頭の奥は熱でどろどろに溶けたみたいに、皮膚の感触と止まらない妄想に染まってく。
「……………………っ…………ぁ」
声にならない息が、暗い部屋の中で、微かに漏れる。
熱くて、甘くて、なのにどこか切なくて。
この感触に、一体何の意味があるんだろう。
わからない。
許されていいはずがない、そう想いはするのだけれど。
なのに、瞼を閉じた先に浮かんでいるのは、細くて綺麗なくろえの瞳。
そして、熱で溶けそうな私の身体を、そっと撫ぜる冷たい指の柔らかさ。
―――そんな資格ないはずなのに。
そんなことを想いながら。
冬の夜はゆっくりと更けていく。
誰にも言えない、許されるはずのない、妄想の湖に耽ったまま。
その全てを、暗い部屋と胸の内側に隠してながら。
私は、眼を閉じていて。
くろえのことを、想ってた。
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