第19話 姉との無防備攻防戦—②
「…………でも、私の身体にそんな見るところある?」
そんな世迷言に、あえて大げさに溜息をつく。
「え……なに、その『ほんとこいつは……』みたいなため息」
「……その認識であってるよ」
言ってから、まだ疑わしそうなはるに一歩詰めよって、そっと鎖骨辺りに指を添わせる。
でもまあ、理解した。言っただけではわかってくれないね。
だから実力行使に出ることにする。
お風呂上がりの上気して、少し湿った柔らかい肌に、私の指がそっと乗る。
それだけで、びくっとはるの身体が揺れるけど、あえてその反応は無視して、ほんの少しだけその指をそっと下げていく。
ゆっくり、ゆっくり、その境を自覚させるため。
こんな触り方、姉妹として過ごしてきて、したことなんてない。だからやる。
鎖骨の少し固い感触のその下を、なぞりつづけていくと、やがて境に触れてしまう。
私の指がゆっくりと沈んで、ふにっとした柔らさが始まる場所。
もう少し、下に下げれば、そこは他人に触れさせてはいけない場所。
私みたいな淫らな欲を持った相手に、決して許してはいけない場所。
その柔らかな境を、あえて焦らすようになぞり続ける。
「く…………くろえ?」
「で、はるの身体に見るところがあるかどうか、って話だっけ……?」
顔を寄せて、身体を寄せて、耳にそっと触れるか触れないかの距離でゆっくり囁く。段々分かってきたけれど、はるは大分耳が敏感だ。
その証拠にこうするだけで、耳は真っ赤になって、身体が微かに震えはじめてる。
「…………え」
「―――あるよ、一杯ある。隅から隅まで、舐めまわしたいくらいにあるよ」
そうやって、はるの耳を、肌を虐めていると、得も言われぬ感覚が背筋からゆっくり上がってくる。心臓が早鐘を打ち始めて、口が無意識に回り始める。
「…………ひゃ……」
「それとも誘ってるの? 無理矢理されるのが好み? もしそうなら、期待に応えてもいいんだけれど―――」
ぎゅっとあえて強めに、その境目に指を沈ませた。そこには皮膚の柔らかさだけでは説明がつかない厚みが、確かに感じられる。
それだけで、体の奥に滾るような熱が、ぐつぐつと灯りだす。ああ、このまま、本当に境を犯してもいいのだけれど。
「………………ゃ……ぁ」
甘い声に、意識を奪われかけながら、そっと頭を振って正気を保つ。
…………欲に任せたらもっとできるけど、まあ、ここら辺にしとこっか。
どう見ても、はるも顔の紅さが限界だし。ただでさえ、今日は色々やりすぎてるわけだしね。これ以上やったら、お風呂上がりのはるが、またゆであがってしまうだろうし。
「………………なんてね、嘘だよ」
だからそう告げて、触れていた指と身体をそっとはるから離した。
あなたは口をぱくぱくとさせたまま、限界まで火照った顔のまま私を見ている。
どことなく…………寂しそうな顔をして。…………いや、なんでさ。
「………………え、あ」
「まあ、これに懲りたら、ちゃんと身体隠して? でないと、ホントに襲われても知らないよ?」
言いながら、背後にあったスマホを手に取って、軽く肩をすくめる。
まあ、これで今後ちょっとでも警戒してくれるとありがたいんだけどね。
そう思って軽くはるのことを振りかえった。
まあ、もちろん、まだまだ動揺の方が強いとは思うけど……。
「……………………にゅ……うん」
どうして、うちの姉はそんな……落ち込んだ顔をしているんだろうか。
真っ赤な顔のまま、どこか悲しそうに俯いてる。
「……………………」
「…………………………うん、わかった……気を付けるよ」
しょげてる。
「…………………………」
「……………………くろえが辛いなら、仕方ないよね」
落ち込んでる、すごく。
………………………………。
あー、もう。この姉は、ほんとに危機感あるのかな……。
「まあ……うん、出来る範囲でいいよ」
「………………ぅん」
暗い顔ではるはそっと頷いた。明らかに納得してない。
「えっと、私が我慢きいてないのが悪い話だし、はるは悪くないから」
「…………うん、でも……ごめんね」
悲しい顔で、謝ってくるけど。口はもごもごと動いてる。
「……………………あー…………」
「…………ごめんね、ずっと我慢させて」
落ち込んで、辛そうに顔をすぼめて……何か言いたそうにしてる。
そんな顔を見ているだけで、胸の奥がじくじく痛む。苛立ちと、罪悪感と、欲と、あと不明瞭な感情がぐるぐると頭を苛む。
あ~~~~~~~~~~~~~~……………………。
このままだとはるが一方的に我慢する。それがわかってしまった以上、私としては歩み寄るしかない。
「…………ねえ、はる」
「…………なに、くろえ」
少しだけ視線が上がる。はあ、仕方ないなあ、言いたいことは言ってもらおう……。
「…………なんで、今のやり取りではるがしょげてるの」
「…………だって、なんか……寂しいし」
少し拗ねたように、口元が尖ってきた。
「………………」
「そりゃあ、くろえの言うこともわかるけどさ。今までは、気にせず見せて、くっついてたのが当たり前だったのに……それが急になくなっちゃうのは…………やっぱり、ちょっと悲しいよ」
しょげるような、不満を示すような、上目遣い。はあ、かわい。いや、そんなこと言ってる場合じゃないけどさ。
「………………」
「だってさ、小学校までずっとお風呂一緒だったし。中学でも月に二回くらいは入ってたじゃん? 夏は暑いから下着姿で寝ることだってあったのに、それもダメなの? それでくろえと一緒に寝る時だって、あったのに! それもダメなの?!」
ふぅーっとため息が零れるけど、逆にはるは吹っ切れたのか、少し語調を強めて私をじっと見つめてくる。溜め込んでいた言葉を、一気に吐き出すみたいにして。
「………」
「今まで当たり前にしてたことを、急に変えるのって結構大変だと思います! くろえが我慢してたのはわかったけど、それでもやっぱりいきなり全部は無理だよ! それに私はお風呂上りはゆるい恰好するのが好きなの!」
こうやってわがままおねえちゃんモードに入ったら、はるはもう止まんないんだよなあ。
「……うん、そうだね」
「だから! 私もちょっとずつ変えるから、くろえもちょっとずつ慣れて! 大丈夫! こんなひんそーな身体なんだから! しばらくしたら、飽きるって! ね、お願い!」
そう言って、私の姉は憤慨ポーズで言葉をまくしたててくる。ちなみに憤慨ポーズは、腰に手を当てて、とてもお胸を強調したポーズなのだけど、果たして自覚はあるのだろうか。
というか、貧相な身体とは言うけれど、女性らしい体つきではちゃんとあるし、出るとこはちゃんと出てる。私から見れば充分魅力的なのだけど。まあ、これ以上言っても平行線だよね……。
もはや何も言えない私に、はるは風邪をひきそうな格好のまま、精一杯主張を続けてくる。
「だから! ある程度は、今まで通りがいいの!!」
そして結局、しばらくはるの言い分を聞き続けて、お互いほどほどに歩み寄ることになったとさ。
私ははるが無防備な姿でも、慣れること。
はるはできるだけ無防備な姿を、見せないこと。
歩み寄り……と言ってるけど、そこに己の貞操がかかってることに自覚はあるんだろうか、この姉は。ないな、多分。
「はあ………………」
そうやってため息をつく私を、はるはどこか心配そうに覗いてくる。さっきまでの剣幕はどこへやら。
「…………怒った?」
「………………怒ってないよ」
ただまあ、そうやって小首をかしげる表情だけで許せてしまうあたり、私も大概なんだよなあ。
そうして、私は未だに無防備に揺れるキャミソールから眼を逸らしながら、惚れた弱みを重々と感じてた。
結局、しばらく悶々とする生活が続行しそうな、今日この頃でしたとさ。
そろそろ、押し倒しても許される気がしてきたな……。誰にかは知らんけど。
そんな私の視界の隅で、未だに開かれていない白乃さんからのメッセージは、無言のまま、画面の中でたたずんでいた。
ごめん白乃さん、後で見ます。
※
新着メッセージがあります
白乃『そういやクリパ、灰琉も参加するか聞いといてくれ。こはくも参加するみたいだからさ』
白乃『あ、参加するなら、各自プレゼントは準備しといてくれな』
白乃『あと、なんか進展あったろ? 報告、楽しみにしてるぞー』




