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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第2章 姉と妹とこはく

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第14話 姉にわかって欲しい

 「今のは、ダメです。酷い嘘にもほどがあります」


 「ねえ、灰琉先輩」


 「いつまで、その気持ちに蓋するんですか?」


 どうしてそんなことを言いたくなったのか、上手く言葉にはできないけど。言わなければ、という気持ちだけは、身体の奥からぐつぐつと湧いてきた。


 今、灰琉先輩は、とっても酷いことをしている。


 黒江に……というより、多分、灰琉先輩自身に対して。


 だって、あんな顔してたのに、全部遊びだったなんておかしいよ。


 じっと灰琉先輩の瞳を見つめる。真っすぐと揺るがずに。


 反対に灰琉先輩の視線は、ぐらぐらと覚束ずに揺れている。


 「本当に遊びなら、どうして私が黒江としちゃいけないんですか?」


 揺れる。


 「本当に遊びで、あんな声出したんですか? あんな顔してたんですか?」


 揺れる。


 「本当に遊びなら、どうして今、泣きそうな顔してるんですか?」


 ぐらりと揺れた。致命的に。


 灰琉先輩、動揺してる、見たこともないくらいに。足元はおぼつかなくて、表情はぐちゃぐちゃで、今にも泣き出してしまいそうだ。


 そんな姿に、思わず胸の奥がずきんと痛んだ。誰より優しい先輩に、こんな問い詰めるみたいな言い方、よくないのはわかってる。


 でも、でも―――。


 「そんな顔して、大丈夫なわけないじゃないですか」


 今、これを見過ごしてしまったら。


 「本当にただの『普通』の姉妹なら、本当にただの遊びなら―――」


 この人は、自分の想いに蓋をしてしまう。


 「どうしてそんなに―――辛そうなんですか?」


 自分の想いを抑えつけて、閉じ込めて、踏みにじってしまう。


 それはダメだ。どうしてかはわからないけど、それだけはきっとダメだ。


 今、この人の想いを見過ごしちゃ、ダメなんだ。


 「()()()()()()()()()()()()()()()―――」


 でないと、灰琉先輩の心が―――。













 「―――ダメ!!!」





 ………………え?


 聞いたことのない声だった。


 今年の四月に出会ってから、いつも穏やかに優しく話してくれた灰琉先輩の。


 叫ぶような―――否定の声。


 「………………灰琉……先輩?」


 言葉が……見つからない。


 気付けば、灰琉先輩は、じっと涙を零しながら、何かを堪えるように私の肩を掴んでて。


 「ダメ……言わないで……それだけは」


 見たことがないくらい、必死の形相で私に縋ってた。


 わからない、何が起こったのか、どうして灰琉先輩がそんな声を上げたのか。


 そうして、私が、ただ唖然とすることしか出来ない間。


 灰琉先輩は、千切れてなくなってしまいそうなほどか細い声で、請い願うように言葉を呟いていた。



 「お願い、まだ……言わないで……」



 「わかってるの、いつか自覚しなくちゃいけないって……、いつか、答えを出さなきゃいけないって、『普通』の姉妹には、もう戻れないのも…………」



 「わかってる、わかってるの……」



 「ごめんね、琥白ちゃんは、くろえのことをちゃんと想って言ってくれてるのに……」



 「でも…………もう少し、ほんの少しの間だけでいいから」



 「私を、あの子の『お姉ちゃん』で居させて欲しいの……」



 「いつか、必ず答えは出すから……」



 そう言いながら、灰琉先輩の眼から零れた雫は、トイレの床にぽつぽつと落ちていく。


 わからない、私は馬鹿だから、どうしてこんなに灰琉先輩が泣いているのか。どうして黒江に想いを告げちゃいけないのか。


 わからないけど、ぎゅっと肩を掴む灰琉先輩の指が、どうしようもなく震えていたから。


 私は、何も言えないまま、ただ頷くことしか出来なかった。


 ぽつぽつと、雫が落ちる音がする。


 嗚咽も、慟哭も、何もなく。


 冷たい冬のトイレの床に、誰に受け留められることもなく。灰琉先輩の瞳から雫はただ堕ちていく。


 優しくて穏やかで、憧れの先輩の背中は今、吹雪の中で凍える子どもみたいに震えて、小さく見えた。


 抱きしめたい、そう一瞬思って、手が微かに動いたけど。


 でも、すぐに頭を振って、動きかけた指を止めた。


 多分、その役目は私のものじゃない。


 だから、今、私にできることは。


 「ごめんね、琥白ちゃん……」


 「…………いいえ、わかりました。くろえには、もう少しだけ……秘密にします」


 この秘密をただ守り抜く、それだけだ。


 吐いた息が少し重く、微かに震えてる。


 寒いからかな、灰琉先輩もずっとこんなとこに居たら寒いよね。


 肩にかかる冷たい手に、そっと手を添えながら、そんなことをなんとなく想った。


 でも、もう少しだけ、寒いままかもしれない。


 「…………ごめんね」


 ふっと吐いた息が、白いもやを作って流れてく。


 灰琉先輩が泣き止むまで、まだ時間がかかりそうだから。


 あと、もう、少しだけ。












 ※






 「……ねえ、灰琉先輩。私から一つだけ、お願いしていいですか?」


 ただ、それでも、この人たちには笑っていてほしいと、私はそう想うんだ。


 





 ※






 『なら、しっかりしろバカ!』


 『好きな人に嫌なことしたならすぐ謝る! 好きなら好きってちゃんと言う! しゃんとしろ! あんたはいつも完璧な羊宮 黒江でしょうが!』


 誰もいなくなった文芸部の部室の中、机に突っ伏しながら、さっきの琥白の言葉を想い返す。


 酷いこと言ってくれるよね、そんな簡単にできれば苦労しないっての。


 漏れたため息は、重くどんよりとしてる。胸の奥は、穴が空いたみたいに痛い。


 いっそ嫌われてしまえば楽なのに。叶わぬ恋だと諦めて、潔くはるの前から姿を消せるのに。


 でも、あの人は、私の手を離してくれない。


 初めて出会った時に、手を握ってから、ずっと。


 私の思い通りにはなってくれない。


 困った姉だ、どうしようもなく。


 琥白も琥白で、大概だけど。よくあの状況で、まっとうな感情で怒れるよね。普通もっと動揺したり、困惑したりするもんじゃない? こっちは姉妹でそんなのおかしいって、貶されることまで覚悟してたっていうのに。


 ああ、どいつもこいつも思い通りにならないな。


 でも、今、一番思い通りになっていないのは、どう考えたって、私自身の心だ。


 ブラウスの中の、ネックレスを取り出して、そっと眺める。


 小さなネックレスは、当たり前だけど、ただの金属の塊で。これが永遠の絆の保証にはらないし、私をはるが独占するための証明でもない。


 それなのに、縋ってしまう。クリスマスに存在しないサンタへ手紙を書く、何も知らない子どものように。


 いっそ嫌われてしまいたい(嫌われたくない)


 |叱って欲しい、怒って欲しい《私を見てよ、おねえちゃん》。


 こんな気持ちになるのなら、|恋なんてしなければよかった《それだけは絶対できない》。


 「…………あは」


 矛盾でぐちゃぐちゃに歪んだ心は、我ながら酷く滑稽だ。


 独りしかいない部室の中で、眼を閉じて少し息を吐く。


 琥白がはるを連れ戻して来たら、私どんな顔してたらいいんだろう。


 何を言えばいいんだろう。どう謝ればいいんだろう。


 こんな想い、今更言えるはずもないのに。


 ネックレスを握った手に、無意識に力が籠って、小さな金属音が耳に届いた。


 同時に、こつんこつんと、廊下を歩く足音が二つ響いてくる。


 軽く息を吐きながら、ネックレスをそっとブラウスの中にしまった。


 私は、何を言えばいいんだろう。


 『あんた灰琉先輩のことが……その好きなの? …………なんていうか、特別な意味で』


 何を―――言いたいんだろう。


 『うん―――そうだよ』


 わからない、でも。


 あの時、答えは自然と口から溢れてた。


 合理的に考えれば、明かす意味なんてなかったはずなのに。


 ガチャっと扉が開く。


 そこにいたのは、どことなく難しい顔をした琥白と、その後ろで少し目元を赤くして、視線を伏せたはるの姿。


 身体の中で何かが、どうしようもなくつっかえている。


 吐き出せと、口にしろと、そう訴えながら胸の中で小さく脈を打っている。


 ……まあ、なるようになるか。なるようにしかならないとも言うけれど。


 しばらくじっと見ていたら、おずおずと視線を上げたはると目が合った。


 赤く滲んで揺らいだ瞳。泣いてきたのかな、わかりやすいね、相変わらず。


 伝えたい想いは山のように大きくて、解って欲しいことは海のように深くって。


 でも、私たちが言葉にできることは、きっと、ほんの少しだけ。


 「はる―――」


 「くろえ…………」


 名前呼んで、名前を呼ばれた。


 あなたは、不安そうに顔を上げて、それでもじっと私を見てた。


 それだけで、微かに微笑んでしまう。


 さあ、あなたに何を言おうか。


 こんなどうしようもない、私のことを。


 あなたは、どこまでわかってくれるだろうか。

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