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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第2章 姉と妹とこはく

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第12話 姉に嫌われたい

 『羊宮さんって、何というか、大人びてるよね』


 そんなことを、よく言われる。


 『副会長は、理性的っていうか、合理的っていうか。偶に本当に年下? ってなるよ』


 そういう風に演じてるからね、実態の私とは程遠いけど。


 『お前は割と大事なとこで、お子ちゃまだよなー』


 そんな白乃さんの評価が、まあ一番妥当かな。


 だって、本当に大人だったら、はるに対して無理に迫ったりしないでしょ。


 それに、本当にはるのことを想うなら、さっさと身を引いて、はるにとっての幸せを願うだけの役回りに徹するべきだ。


 だって、私の隣じゃあ未来がない。沢山の人から批判と好奇の目で見られてしまう。まかりまちがっても、私の腕の中ではるは幸せになんてならない。


 そんなことはわかってる。

 

 わかってるから、もしはるに好きな人ができたら、その人に任せていいか、なんてことも考えた。


 …………その時は、ふりでもいいから、笑って応援するつもりだったんだけど。



 ――――ダメだった。



 琥白が、はるに迫ってる時、図らずも自覚する。


 ああ、自分のものにならなくても、その人が幸せならそれでいい―――なんて願える程、私は健気な人間じゃなかったみたいだ。


 別にわかってる、多分、琥白に特別な意図なんてない。


 琥白ははるのことが大好きだけど、それはあくまで、先輩として、優しい姉のような存在としてだ。私みたいな、淫らな欲ではるのことを見ていない。


 それでも―――許せなかった。


 私のはるに触れていることが、私のはるに迫っていることが。


 そして、はるが―――もちろん困惑の方が勝ってはいるけれど―――誰かの腕の中で頬を染めていることが。


 許せなかった。


 たとえそれが形だけの物であっても。


 どけ、そこは私の場所だ。


 誰にだって、渡すものか。


 そんな壊れそうな感情をどうにか抑えていたっていうのに。


 解かりやすすぎるほどに、何かを隠したはるの表情を見ていたら。


 もう耐えられなかった。


 だから、そのまま押し倒した。


 はるは腕の中で頬を赤らめて、耳に息を吹きかけるたび、喘ぎ声を必死に抑えている。そんな情景見ながら、あえて、琥白に見せつける。


 私のは胸の中で紅くて、黒くて、どろどろとした何かが沸き立ち続けるのを、ただ感じる。


 心臓が痛いくらいに脈打っている。血が脳の中を駆け巡る感触まで感じられる。


 はるの頬が上気する。その高く震えた声が、鼓膜を揺らす。少し切なそうに身体を擦り合わせてる。


 それだけで、どろどろとした何かが、胸から溢れていきそうになる。


 いけないことをしている。許されないことをしている。


 そんな無意識の痛みを、興奮した心臓の早鐘が、ぐちゃぐちゃに塗りつぶしていく。


 ちらりと窺った琥白は、困惑で頬を赤らめたまま顔を手で抑えてるけど、視線はじっとこっちに向けられている。


 どうかな、期待してる? この先を、もっといけないことを。


 その要望に応えてもいいけれど。


 ………………ただ、まあ。


 目の前で、頬が触れあいそうなほどに近くで見るはるの瞳が。


 揺れて、滲んで、真っ赤で泣き出しそうなところを見ると…………。


 「と、トイレ行ってくる!!」


 ま、そろそろ限界かな。


 はるは口を抑えたまま、顔を真っ赤にして立ち上がる。そのまま部室を抜け出して、逃げるように走り去っていった。


 まあ、さすがに、外でキスさせたりはしてくれないか。


 軽く息を吐いて、ふぅっと肩を回した。


 文芸部の部室は、さっきまで喧騒が嘘みたいにしんとしてる。


 「………………」


 そんな中で、琥白はじっと私のことを、どこか恨めし気に見つめてた。





 ※





 「こら」


 数分の沈黙の後、そう言いながら琥白の足が、私の脛にこつんと当たった。


 「何?」


 私はあえて、とぼけた風に応えてみる。


 「…………見せつけたでしょ、わざと」


 じっと恨みがましくも、滲んだ視線に、私は軽く息を漏らした。


 「なんだ、気付いてたんだ」


 相変わらず、単純だけど察しは良いね。さすが白乃さんの妹……って言ったら琥白は怒るけど。


 「百歩譲って、私はいいけど……。ああいうことしたら、はる先輩、傷つくよ」


 もうとっくに傷つけてるよ、といったところで、余計怒られる気がした。


 「……わかってるよ、そんなの」


 だから、視線を向けないまま答えを返す。今日も窓の外は、相変わらずどんよりとした曇り空だ。


 「……? じゃあ、なんでそんなことやってんの、らしくないじゃん」


 紅い顔のまま、私をじっと睨む琥白を横目に、私はふぅとため息を吐く。


 「わかんない……自分でも」


 結局、私ははるとどうなりたいんだろう。どうなったところで、未来がないのだけはわかっているけど。


 「何それ……?」


 案の定、琥白からは怪訝な表情が飛んでくる。八木原姉妹には、比較的素を見せている方だけど、ここまでだらしないとやっぱり呆れられるか。まあ、私だって逆の立場だったら呆れてるだろうね。


 さて、今度は何て言って謝ろうかな、この前仲直りしたばっかりだけど。


 こんな調子じゃ、そのうち、本当に愛想がつかされてもおかしくない。


 「…………いっそ、嫌ってくれたら……楽なのにね」


 そうやって漏れた声が、細くて途切れ途切れで、自分でも笑いそうになる。


 そんな私を琥白はじっと、涙目のまま見つめてた。ただ、いい加減、紅くなっていた顔は戻ってきてる。


 「…………正直、私は、まだ、あんたと灰琉先輩の関係、ちゃんと分かってないけどさ」


 視線は揺るがない、真っすぐと私をそのまま射貫こうとしているみたい。


 この子の、こういうとこが、たまに少し羨ましい。


 私もこういう真っすぐな心を持っていたら、はるとの関係も少しは変わっていただろうか。


 こんな無駄に猜疑と、不安と、歪んだ情愛ばかり抱えた心じゃなければ。


 『普通』の妹だったら、もっといい方法があったのかな。


 

 「あんた―――どう見ても、嫌われたいなんて顔、してないけど?」



 ああ、痛い。



 どうしようもなく、逃げ場すらありはしないのに。



 真実は時に、残酷なまでに痛々しい。



 軽く視線を伏せて、制服の中のネックレスをそっとなぞった。



 そんな私を琥白はじっと、何かを探るように見つめてた。







 ※






 同じクラスの、羊宮 黒江は、まあ、それなりにいけ好かない奴だ。


 別に嫌な所があるとか、人として冷たいとかそういうわけじゃないけど。


 むしろ優しいと思うし、勉強も偶に見てくれる。私がボーっとして先生に当てられたら、そっと教科書を指さしてくれる程度の仲ではあるし。


 みんなにも慕われてる。とびっきり優秀。しの姉に一目置かれてるのも、まあ納得な感じなのだけど。


 でも、なんていうんだろうか。


 時々、賢過ぎて怖くなるし、不意にとても冷たい目をしてる時がある。


 直感でしかないけれど……まるで他人をゲームの駒みたいに見ているような、そんな瞬間が偶にある。


 そして、そういう裏の部分を、きっとほとんど他人に見せてない。


 笑顔でみんなの中心にいるのに、その心の内を誰にも晒さずに過ごしてる。


 そういうところが、ちょっといけ好かない。あんなに優しい灰琉先輩の妹ってところも、余計だけどさ。


 だから、今、目の前で少し俯きがちに、視線を落としているこいつが意外だった。


 そんな顔できるんだね、そういうとこ、もっとちゃんと見せてたら可愛げがあるっていうのに。


 はあ……と軽く息を吐きながら、黙るくろえを尻目に、今日起こったことを想い返す。


 えーと、灰琉先輩の小説がロマンス寄りになって、それで恋してるのって私が聞いて、灰琉先輩切なそうな顔をして、なんかぐわってなって迫ったら、くろえが来て、そしたらくろえが嫉妬して、灰琉先輩にまた迫って……。


 そして、多分、何より。


 この二人が、『普通』の姉妹関係ではないと気づいてしまった。


 「…………うぐぐ」


 情報量が、情報量が多いよ……。


 一つ一つでも、結構引きずりそうなのに、いっぺんに見せられたから余計に訳わからなくなってる。誰かに吐き出したいけれど、こんな大事な秘密、そう簡単に人には言えないし……。


 しばらく感情が身体の中で、じたばたするのを堪えて、ぐぬっと黒江の方を見上げる。相変わらず黒江は、叱られた子どもみたいに、しゅんとしていた。いつもの完璧なこいつの見る影もない。


 「ねえ、黒江…………」


 そんなだから、思わず、声をかけてしまった。


 「…………なに?」


 返事もどことなく、覚束ない。はあ、ったくしゃーないなー。


 「別に答えたくなかったら、それでいいけど。あんた灰琉先輩のことが……その好きなの? …………なんていうか、特別な意味で」


 その問いは、私がしの姉のことで聞かれたら、笑い飛ばすようなもの。


 だけど、黒江は―――。



 「うん―――そうだよ」


 

 静かに、でも確かに、答えてくれた。


 もちろん、今更否定する意味がないだけかもしれないけれど。


 でも、くろえは誤魔化さなかった。


 「ぐぬぬ…………」


 あー、頭の中がぐるぐるする。


 禁断、背徳、姉妹なのに、世間の眼、誰かにバレたら―――。


 色々考える。考える。考えて、考えて……。


 考えた果てに、ぐぬっと私は顔を上げた。


 あーもう、考えるのめんどくさい!


 友達が悩んでたら、普通、味方になるでしょ!


 大好きな先輩が笑顔になれないなら、普通、なんとかするでしょ!


 そんくらいで、私はいいの!


 私の気持ちがまだ落ち着かないけど、今はそんな場合じゃないし!



 「なら、しっかりしろバカ!」



 そして、私は短い足を延ばして黒江の尻を、げしっと蹴り飛ばす。


 大半の衝撃が椅子の方に吸われて、むしろ私の足の方が痛いけど気にしない。


 黒江は少し驚いたように目を見開いてる。そんな表情も珍しいなと、ふと思う。


 「好きな人に嫌なことしたならすぐ謝る! 好きなら好きってちゃんと言う! しゃんとしろ! あんたはいつも完璧な、羊宮 黒江でしょうが!」


 がっと立って、バッと扉を開ける。それから、困惑したままの黒江にびしっと指を差す。


 「私が、今から灰琉先輩連れ戻してくるから! ちゃんと謝んなさいよ! いい!?」


 そうやって啖呵を切ると、黒江はしばらくどこか呆けたように固まっていたけれど。やがて、小さくそっと頷いた。


 私はそれに頷き返してから、扉をバンッと閉めて、廊下に歩き出す。


 ああ、もう、あのバカ! これ以上、灰琉先輩、泣かしたら承知しないんだから。


 早足で、逸る胸と、しっちゃかめっちゃかな頭を抱えながら、廊下を走る。


 「……………………」


 ただ、少しして、でも、と思う。


 脳裏によぎるのは、さっきまでの灰琉先輩の顔。


 どこか寂しそうで、どこか切なそうで。


 なのにどこか頬を赤らめて、いじらしくて。


 まるで大切な誰かを想うような、そんな表情をしてた。


 あんな顔をしている人が、迫られて、あんな……声出して、本当にただ嫌われてるだけなんてことがあるのだろうか。


 あれはむしろ灰琉先輩も……いや、でも。


 わからない。私、バカだから何もわかんないけど。


 それでも、あーーーー! 悩んでも仕方ないじゃん!


 なんでもかんでも、結局やってみないと、伝えてみないとわかんないんだから!


 大好きな先輩のためで、腐れ縁の友達のためだから!


 仕方がないったら、仕方がないの!


 そうして、何故か滲む瞳を抱えたまま、私は全力で廊下を走り続けた。


 もう! こうなったら!


 絶対、仲直りさせてやるんだから!!

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