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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第2章 姉と妹とこはく

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第11話 妹を誤解する―②

 「()()()()()()()()()


 灰琉先輩は静かに、とても静かにそう告げた。


 優しい微笑みを浮かべて、どこか慈しむように。


 でも、どうしてだろう、そんな灰琉先輩を見ていると、私はどうしようもなく不安になった。


 まるで、壊れかけの花瓶を見ているみたい。


 水が溢れて、ひびから染みだして、いつ割れてもおかしくないのに。


 それでもまだ、本当に瀬戸際で、その形をようやく保っているような。


 そんなどうしようもない危うさが、その優しい笑みの中に見えた気がして。


 わからない、どうしてこんなことを想うんだろう。


 灰琉先輩は、どうしてそんな笑みを浮かべるんだろう。


 わからない、わからないけど、どうにかしなくちゃいけないと思った。


 だから、大して考えもせずに、焦りのまま口を開く。


 「本当……ですか?」


 「うん―――そうだよ」


 灰琉先輩の声は、静かで穏やかで、なのにどこか泣き出しそうにも聞こえた。


 「で、でも、私、先輩がくろえを抱きしめてるとこ、見ちゃって―――」


 「…………姉妹だもの、それくらい『普通』だよ」


 私の言葉に、灰琉先輩は一瞬だけ沈黙を挟んだけれど、それでも表情は動かない。


 危うさを孕んだ微笑みのまま、少し寂しそうに首を横に振る。


 「でも、でも―――」


 「………………琥白ちゃん」


 何を言えばいい、何を告げればいい、こんなに壊れてしまいそうなこの人に、なんて言葉をかければいい。


 わからない、私馬鹿だから。何でも要領のいいしの姉みたいに、上手くできない。


 でも、ほっときたくない。何かしなくちゃ、今、灰琉先輩に何か――――。


 そんな思考に押されるまま、思わずばっと立ち上がる。


 灰琉先輩は、そんな私をどこか不思議そうに見上げてる。


 改めて見ても、ぱっと見はいつもの先輩だ、でも瞳の奥が微かにぐらりと揺れているようにも見える。


 その揺らぎは見逃してはいけないと思った。


 でないと、優しい先輩の心が、壊れてしまうような気がした。


 だから―――。


 「じゃ、じゃあ、私とそういうことしても、平気ですか?!」


 「…………え?」


 自分でも滅茶苦茶言ってるのはわかってる。


 でも、どうにかして、灰琉先輩のその揺らぎの意味を知らなければと思った。


 だんっと、どこか呆けている先輩を、机に押し倒すように身体を寄せる。


 きっと、私がしても、先輩はあんな寂しそうな表情はしてくれない。


 そんなのわかってる、わかってるからこそ試さないといけなかった。


 身体を寄せて、顔を近づける。


 灰琉先輩の物語の中の人が、好きな人に迫る時のように。


 灰琉先輩は困惑に少し顔を紅く染めているけど、どっちかっていうと動揺の方が大きいみたい。


 そうだよ、普通、そうなるよ。


 あんな。


 あんな、叶わない恋をしているような。


 あんな、寂しそうな顔、普通出来ないよ。


 胸の奥がぎゅっと詰まった、そのまま切なさで抱きしめたくなる。


 息が触れそうなほどに近くなる、唇が重なりそうなほどに、顔を寄せる。


 でも―――それでも。


 先輩の顔は、少しの動揺と困惑に染まったままで。


 さっきみたいな表情はしてくれなくて。


 「灰琉先輩、やっぱり―――」


 あなたは――――。


 そう口に仕掛けた瞬間だった。





 「はるー、今日、いつごろまで活動してる?」





 背後で扉ががらっと開くと同時に、聞き慣れたそんな声がした。


 え……、これって。


 くろえの―――声。


 あれ、ていうか、今更だけど、私勢い余ってとんでもないことしてない……?


 なんて気づいた頃にはもう遅くって。


 我に帰れば、そこにあるのは。


 なんか灰琉先輩を、押し倒すみたいになってる私。


 どこか顔を赤らめつつも、とっても困惑してる灰琉先輩。


 そして、見たことがないくらい無表情で、沈むように淀んだ眼をした黒江。


 そんな、しばらく誰も口を開けない状況に。


 私は溢れるほどの冷や汗が、背中からただ滲むのを感じてた。


 あれ……私、もしかして終わった?


 そんな疑念が走馬灯のように、頭の中で颯爽と走り回ってた。




 ※



 というわけで、くろえに見つかったところまで、お話は戻り……。


 私と琥白ちゃんは、なんでかそのままお説教モードに入ったくろえに、滾々と詰められていた。


 一応、私は被害者な気もしたけれど、そうするとくろえの怒りが琥白ちゃんにマックスで向いてしまうので、甘んじて受け入れることにする。大丈夫、部長は頭を下げるのには慣れています。


 「二人きりだからって、イチャイチャするために、大事な部室はあるわけじゃないと思うんだけど?」


 「はい、すいません、本当にすいません」


 「うぐぐ……」


 冬場の冷たい床に、琥白ちゃんと二人で正座しながら、副会長殿のお叱りをくらい続ける。琥白ちゃんはなんとなく、納得いっていない表情だけれど、今は刺激しないのが吉だよこれは。


 「そもそも、なんで、あんなことしてたの?」


 「え、うーん、えっと……」


 あれ、そういえば、どういう流れだっけ。


 言われながら、思わずうーんっと考える。

 

 確か、琥白ちゃんが私の一言で急に、スイッチが入ったみたいになって……。


 その直前の会話では確か―――。


 「………………」


 「…………はる?」


 『もしかして―――黒江だったりします?』


 脳裏で再生される、琥白ちゃんの声。


 咄嗟に動揺が表に出ないよう、少しだけ息を止める。呼吸を意図的に調整して、胸のざわめきをそっと抑える。


 ……言えないね、さすがに、これは。


 「…………えっとね、新しく書いたお話の感想貰ってたの。ロマンス寄りだったからさ、つい、あんな流れになっちゃって」


 できるだけいつも通りを意識して、そんなギリギリ嘘ではない何かを口にする。


 「「………………」」


 くろえは、何か言いたそうな瞳でじっと私を見つめてて、琥白ちゃんは、どこか心配そうに私の様子を窺っていた。


 でも大丈夫、何も、おかしいところはないよ。


 そう示すために、そっと微笑んで首を傾げた。二人とも、そんな私を見て、少しだけ視線を細める。


 「ふーん……なるほどね、そうだったの? 琥白」


 「え、うん、まあ…………そう……かな」


 琥白ちゃんの答えはどことなく曖昧で、くろえの視線は余計に細められていく。


 うーん、まあ、何かしら隠してるのはバレてるよね。だって、相手はくろえなんだもの。


 でも、この事実は口にしないと―――今、決めた。


 たとえどれだけ追及されても、この件で、私は決して口を割らない。


 無言で笑みを浮かべ続ける私に、くろえは相変わらず視線を向けていたけれど、やがて仕方ないと言う風にため息を吐く。


 私がここまで頑として意思を固めたら、くろえは大体それ以上追及してこない。


 お姉ちゃんは強情なのだ。都合がいいともいいますが。


 「はあ……まあ、事情は大体分かったよ」


 しばらくすると、くろえは案の定、そうやって私から視線を逸らした。うん、予想通り。琥白ちゃんがちょっとおろおろしてるけど、後で口外しないようにお願いすれば、それを破る子でもない。


 だから、これで大丈夫。


 そう―――想っていた瞬間だった。




 ダンッと。




 壁際で正座をしていた私の顔の傍に、思いっきりくろえの手が突き立った。


 「で、―――どんなシーンの話してたの?」


 あ、あれ…………?


 いつもなら、これでくろえは引いてくれるはずなのに……。


 訳も分からないまま、壁とくろえの視線で挟まれる。逃げ場もない。


 視界がくろえの瞳で埋め尽くされそうなほど近寄った顔は、無表情のはずなのにどことなく怒っているような、不思議な熱を感じる。


 「う…………え、あ……?」


 何も言えないまま、ただ唖然としていると、くろえの逆の手がそっと私の首筋を、撫でるようになぞってく。


 それだけで、胸の奥がぞわっと、熱く震え出す。まるで、この数日でそう身体が覚え込まされているみたい。


 呼吸が段々と忙しなくなって、顔も沸き立つみたいに熱くなる。


 え、あれ、どうしたのくろえ。普段、こんなことしないのに―――。


 「そういえば、確かにはるの作品。最近、結構こういうロマンスシーン多かったね」


 静かに冷たく、でも何か溢れそうなほどの何かを孕みながら、くろえの声が私の鼓膜を揺らしてく。


 「く、くろえ、こ、琥白ちゃんが見てるでしょ?」


 隣に視線を向けると、顔を赤らめたまま手を顔で覆った琥白ちゃんが、ぷるぷる震えてる。ほ、ほら吃驚してるでしょ、姉妹で急にこんなことしだしたら―――。


 「別に、『普通』でしょ。だから二人とも、こうやって試してたわけなんだし―――」


 言いながら、くろえはそっと私の横顔、耳の傍に顔を寄せて。



 フッ。



 「ッ――――ッ!!??!!」



 熱い。



 耳元に熱い吐息が、吹きかけられた。



 身体の奥の奥の方が、それに呼応するようにビクンと跳ねる。



 思わず息が零れそうになるのを、必死に抑える。



 だけど、耳元ではずっとくろえの呼吸音が、ぞわぞわと私の感覚を独占し続ける。



 「それとも、普通じゃないって自覚があったの?」



 「そんなわけないよね、はるにとって、これくらい当たり前だもんね」



 「誰かを抱きしめるのも、顔を近づけるのも、こうやって押し倒されるのも」



 「はるには、どうってことないもんね」



 あれ、これ、だめ。



 くろえの声しか聞こえない。遠くで琥白ちゃんが何か言ってるけど、耳に入らない。



 身体が熱い、喉の奥から漏れちゃいけない音が漏れそうになる。



 だめ、だめ、こんな声出しちゃいけない。



 そう言い聞かせているはずなのに。



 「声―――漏れてるよ?」



 「―――ッァ――――ッ」



 耳元で囁き続けられる。



 それだけで、声が、身体の震えが抑えられない。



 必死に口元を手で抑えるけれど、そうすることが、何よりの抗えてない証拠にしかならなくて。



 言葉にならないくぐもった音が、胸の奥から、零れるように漏れ続ける。



 そんな私の、どうしようもない姿を、くろえはただ愉しそうに眺めてた。



 何も言わずにゆっくりと。



 優しくそっと、私を導くように。



 「――――はる」



 最後に、耳にキスできてしまいそうな距離で、そう囁かれた、その果てに。




 「――――ぁ―――――っん!」 




 高く上ずったあられもない声が、文芸部の部室に、情けなくも響いて。



 荒れた呼吸で揺れて、涙で滲んだ視界の中で、くろえは妖しい笑みを浮かべてた。



 まるで、私の抵抗すら可愛がるように。



 そんな私を、こはくちゃんは真っ赤な顔を手で覆ったまま、何も言えずに見つめてて。



 私はただ、熱に身体を震わせることしか出来ないままだった。

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