第10話 妹を誤解する―①
琥白ちゃんの性格は、一言で言えばとても元気だ。
「おはようございます、灰琉先輩! 今日も琥白がやってまいりました!」
今年の春、ほとんど新入生が捕まらず、勧誘のビラを半泣きになって配り歩いている私の前に颯爽と現れた。
「先輩、どこの部活の人ですか?! 文芸部? あ、私興味あります! 小説とか漫画とか大好きです!」
よく笑い、よく怒り、よく泣き、よく喋る子だった。
「ってな感じで、黒江の奴、私がテストの点見せたら凄い顔してたんです。ああいうのなんて言うんですか、養豚場の豚を見るような目……? とにかく! ひどくないですか?!」
後ろ手に小さく二つ結んだ髪型がチャームポイント。くろえの友達もしてくれてる、文芸部唯一の可愛い後輩。
「それで何故か今度勉強会する流れになって……あ、灰琉先輩も来ますか? やった! ふふ、しの姉も呼んでやろうかな……。あ、しの姉知ってます? 一応生徒会長なんですけど、ちなみに、知らなくても何も問題はありません!」
私が新作を書いて持っていくと、毎度泣きべそを書くくらい感動してくれて、なんだかこっちまで泣きそうになる。
「新作、読みました!! もう、もう! 最高でした、特に主人公が初めて魔法を使うシーン。今までの辛さとか苦しさがぶわって蘇って、それでやっと魔法が手から出て、そこでもう何て言うんですか、カタルシス! みたいなのが止まんなくて―――」
強いて欠点を上げるとするならば、少し思い込みが激しいところ。
「うーん、ここの場面のヒロインは滅茶苦茶恋に苦しんでるはずなんです。指触ったり、もじもじしたり、きっととても辛い過去もあるはずなのです。でも、うーん、私の読解力では読み切れない……、何か見つけてない伏線とかあったりします? ない? ていうか、そんな大事な場面じゃない? うぐぐ、そんなはずは…………」
あと、色々と直接的というか、唐突な所があるかなあ……。
例えば、そう―――。
「灰琉先輩は、最近、恋とかされてるんですか?!」
吹き出した。
口に含んでいたお茶を。あと品性を。
時は放課後、いつもの文芸部の活動時間、もとい特にすることのない時間。
私がノーパソをかたかたと鳴らしていたら、琥白ちゃんはそんな超ど級火の玉ストレートみたいな疑問を投げつけてきた。
冬のどんよりとした曇り空を吹き飛ばすかのような勢いに、私は思わずぐふっと声を上げてよろめいてしまう。
な…………何? コイめ? カラめ? カタめ? いや、私胃が弱いからそういうのはちょっと……。
「灰琉先輩の最近の作品、すっごいロマンスじゃないですか。だから、これはもしかして、実際に恋でもされたのかなって!」
なんて言い訳をする間もなく、琥白ちゃんの第二球が放たれる。言い逃れの余地も、誤魔化しの余地も、もはや何処にもない。
ちらりと視線を琥白ちゃんに向けると、無邪気な瞳がこっちを向いて、不思議そうに小首が傾げられていた。くう……くろえとは全く別の手強さがそこにある。
「そ……そんなに、ロマンスしてたかな?」
自分ではそれなりに抑えたつもりなのだけど。物語は自身の投影と言っても、実在の人に迷惑がかかったら元も子もない。だから、色々ぼかしたり、暗喩にしたり、頑張ってはみたつもりなのだけど。
「はい! もうばっちり。特にキスシーンが、もうすんごくて、思わずその……ドキドキしちゃったといいますか!?」
言いながら琥白ちゃんは、ちょっと顔を赤らめながら、てへっと笑っていた。裏表のない素直な感情表現だ。こういう所が人から好かれるコツなのかなあ、なんてしみじみと現実逃避しながら、私はふむっと思わず唸る。
問1:どうしてキスシーンがすんごくなったのですか?
答え:実際にくろえとしたからです。
「…………」
口に出せるか、こんなもん。
なんて解りやすすぎる解答、そしてなんて解りやすいんだ私の脳内。無意識の現れ方があまりにも直球過ぎる。こんなのフロイト先生に見せたら、すんごい苦笑いを浮かべられそう。
しかし、悲しいかな、実際にキスをしたことでキスシーンの解像度が上がってしまったのもまた事実。色々と思い出しながら書いたから、その後少しいたたまれない気分になったりもしたのは、また別のお話。
「えと……その沈黙の意味は? も、もしかして本当に…………?」
そんな風に黙っていたら、琥白ちゃんは、はわわと口を手で覆って、少し心配そうに頬を赤らめる。いかん、早く言い訳をせねば。
違うのです。別に恋とかしてるわけではないのです。ただ最近、妹とそういう行為に及ぶようになっただけで……なんてもっと言えるはずないじゃん。
ふぅ……っと零れる息があまりに重い。こんな息を吐いてる時点で、もう何もなかったとも言えない。案の定、琥白ちゃんは私の答えを、固唾を飲んで見守っている。
問2:この場面をどう誤魔化すのが正解か、次から選べ。
①「いやー、そんなことないよ。たまたまじゃないかなー」
…………この流れで、白々しすぎる。
②「そ、そうなんだ、実は好きな人が最近出来て……」
誰なの? という話に絶対なる。そして、嘘がまた嘘を呼ぶ連鎖に突入しそう。
③「そ、想像にお任せするよ!」
ちなみに琥白ちゃんの想像力は、しっかりロマンス寄りである。実際、作中で恋愛関係のないキャラ同士で、よく恋愛の妄想を一杯してる。
あれ……詰んでね?
脳内でペンがぼぎっと折れる音がした。いかん、諦めるな私。諦めたらそこで試験終了ですよ……。でも選択肢に正解がないんですけど、先生……。
なんて、ちょっと半泣きになりかけた瞬間に。
「あ、あの……灰琉先輩……変なこと聞くんですけど」
声に誘われて、顔を上げるとそこにあったのは、少し珍しい琥白ちゃんの表情だった。
少しだけ顔を赤らめて。
少しだけ心配そうな顔をして。
少しだけ何かを躊躇っているようでもあった。
でも、意を決して―――そんな気持ちの変化が、彼女はとても分かりやすい。
琥白ちゃんは、口を開いた。
「もしかして―――黒江だったりします?」
「――――」
一瞬、言葉が止まった。
導き出された彼女の答えは、ともすれば、限りなく正解に近い物だった。
でも私の心は、どうしてか、その答えを聞いた瞬間に。
ふっと突然、騒めく海が凪いでいくように、静かになった。
私が、くろえに、恋を、してる―――?
心の中でぽつんと雫が落ちる。
湖面を微かに揺らすように、そっとその波を沈めていくように。
胸がぐっと詰まった。
でも次の瞬間には、その感触は胸の奥にゆっくりと沈んでく。
慌てていた呼吸が段々と静かになる、そのざわめきをどこかに隠してしまうように。
この感触は、この感情は、一体何を示しているのだろう。
わからない、わからないけど。
今、告げる答えは決まってた。
「ううん、それは違うよ」
これは、この想いは―――恋ではない。
だって私はあの子の、『お姉ちゃん』なんだから。
これは恋で、あってはいけない。
静かに。
落ち着いて。
微笑んで。
その答えを告げる。
そんな私を琥白ちゃんは、どこか不安そうに見つめてて。
彼女の瞳の奥に、曖昧な微笑みを浮かべた私の姿が。
揺らぐように、ぼんやりと映っていた。
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