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もう姉妹には戻れない  作者: キノハタ
第2章 姉と妹とこはく

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第9話 姉を誤解する

 朝、鏡の前で貰ったネックレスをぼんやり眺めた。


 小さく、控えめな、とてもはるらしいプレゼント。


 先端には、これまた小さなリングが、ちらりと揺れている。


 『繋がり』とか『ずっとあるもの』と、はるは言った。


 ネックレスを送るということに、意味は幾つかあるけれど、はるはこの贈りものにそういう意味込めたんだ。


 私が抱いた気持ちを、それが許されないものだと知って尚。


 「………………」


 本当に困った人だね。こっちとしては、高校を出たら、家を出て、二度と顔を見せないくらいの覚悟はしてたんだけど。


 あの人はまだ、私のことを手放してはくれないらしい。


 「…………なら、仕方ないか」


 軽く漏れた息は、諦めに近い色をしていた。


 だって、はるがそう決めたなら、私なんかじゃ覆せない。


 はるが手放さないと決めたなら、私がどれだけ逃げおおせても、必ず最後には捕まってしまう。多分、何年と何十年とかかっても、諦めてはくれない気がする。


 なら、いっそ開き直って、そばに居させてもらおうか。


 あの人が、私のことを諦める、その時までは。


 ブラウスの下に、隠すように、そっとネックレスを忍び込ませる。


 胸元に、冷たく、微かに金属が触れる感触がする。


 はるは意識してないだろうけど、ネックレスを送ることには、『独占』や『束縛』の意味もある。


 お前は私のものだから、と首輪をつける行為に近い。


 それを踏まえたうえで、そのネックレスをもう一度見て、思わずほくそ笑んでしまう。


 さて、こんなものを私に着けたんだから、相応の責任は取ってもらおう。


 あの人が、私のことを手放すその時までは。


 たとえそれが、ほんの僅かな時間でも。


 「くろえ」


 部屋の外から名前を呼ばれて、声に誘われるまま腰を上げる。


 立ち上がると同時に首元で、ちゃりっとチェーンが微かに音を鳴らした。


 こうやって、繋がれるのも悪くないと想えてしまうあたり、いよいよ私の倫理観も壊れ始めている気がするけど。


 ま、今更か。


 そう想いながら、扉を開けた。あなたはいつもと変わらぬ調子で、私にそっと笑顔を向けた。


 その微笑みから、結局、私は逃げ出せないままでいる。


 



 ※





 ここ数日の学校は期末試験も終わって、冬休みを待つだけの期間に入ってる。そのせいか、どこか空気が弛緩して、心なしか欠伸がよく目に入る。


 テスト前より随分早めに切りあがった授業の終わり、私は軽く伸びをしながら、この後の予定を考えた。


 冬休みの明けの行事や、卒業式、入学式。諸々の準備は正直、大体あてをつけているから、無理に今日生徒会でやるべきことはない。


 それに、この前、白乃さんに全部独りでやりすぎだと注意を受けたばかりだし、あんまり先走るのもよくないかな。


 結局悩んだ末に、生徒会ラインにメッセージだけ送って、文芸部に顔を出すことにした。


 相変わらず曇りばかりの冬空を端目に眺めながら、文芸部の小さな部室の扉を開ける。


 「はるー、今日、いつごろまで活動してる?」


 扉を開けがてら、そんな風に声をかけて、ちらっと視線を部屋の中に向けてみた。


 



 押し倒されていた。



 はるが。



 琥白に。



 …………………………は?



 「え、あ、あ、くろえ?! え、えと、違う、違うの!」


 はるの顔は真っ赤だ。琥白に押さえつけられたまま、必死に弁明してる。


 「そ、そう、違うから! 違うからね、くろえ! 誤解だから!」


 琥白もほぼおんなじ文言を繰り返しながら、机の上ではるの身体を押し付けたまま離れやがらない。


 二人の頰は火照ってる。部屋の暖房も妙に暑い。腕を押さえつけて、迫っているその様子はどう見ても情事の前段階だった。


 頭の中でぷちんと何かが、千切れ飛ぶ。軽快に、空の向こうまで。


 「おっけ、わかった。大丈夫、心配しないで」


 言いながら、スマホを取り出して、とりあえずシャッターを切る。


 「「なんて撮ったの?!」」


 ふうと息を吐きながら、口からもれる息にどうしても熱がこもるのが、抑えられない。仕方ないから、気持ちを落ち着けるために、質問を一つする。


 「とりあえず琥白、あんた海と山、どっちが好き?」


 私の問いに、琥白は顔を赤らめたまま、はてと首を傾げた。


 「え、どっちかっていうと海……?」


 その問いに私はゆっくり頷いて、琥白の首根っこを掴んでから、はるからべりっと引っぺがす。


 「そう、沈める方ね、オッケー」


 海まで運ぶのが、少し手間だけど。まあ、教師を何人か脅せばできなくないか。


 「え?! 私、始末されんの?!」


 琥白は涙目になりながら、必死に叫んで暴れているが、残念ながら私よりちっこいので大した抵抗になってない。


 「大丈夫、全身詰めると、重すぎて運べないから、実際は足を少し詰めるだけだよ」

 

 そんな私の言葉に、はるはどことなく涙目のまま、あわあわ仲裁をしようとしてるが、今はあえてスルーする。


 「現実的な沈め方は聞いてないって!! っていうか、なんでそんな詳しいの!? あんの?! 誰か沈めたことあんの?!」


 なんてわちゃわちゃすること、およそ数分。


 本当は実行したいのはやまやまだけれど、結局、はるが半泣きになって止めてきたので、沈めない方向で話はまとまった。……ちっ。


 「え? 今、灰琉先輩の説得無かったら、私本当に口封じされてたの?」


 隣で琥白は困惑したままだったけど、あえて今は置いておく。


 「で、何があったの、はる?」


 「え、えーっとね……」


 どこか気まずそうに視線を逸らすはるを見ながら、私ははあとため息をつく。


 人に首輪なんてつけてる癖に、全くこの人は。


 はるもそれが分かっているのか、少し申し訳なさそうに視線を伏せているけどさ。


 「ねえ、なんで二人とも返事してくれないの? ねえ、なんで?」


 それから、言い訳するはるを見ながら、私は空をぼんやりと眺めてた。


 服の中で所在なさげに揺れるネックレスを、そっと撫でながら。


 あーあ、『ずっとある繋がり』のはずなんだけどなあ。


 そんな意味を込めて、軽く視線を向けると、はるは困ったように苦笑いを浮かべてた。


 「ねえ、返事してよ!? 怖いよ!? 黒江?! 灰琉先輩!?」


 そんな琥白の半泣き気味の声を背景に、冬の空は、相変わらず今日もどんよりしていた。

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