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9.ヴィニアスとリオラベル

「あまり驚かないのね?」



 普通の声量に戻ったリオラベルは小さく笑いながら言う。

 その言葉を受けて小さく息をついたヴィニアスは口を開いた。



「……城に入った時からうっすらと見当はついていたからな」



 ヴィニアスの言葉に「ふーん」と答えたリオラベルはすぐに手元の魔法書へ意識を戻す。

 古語で記された文章を目で追う様子を眺めながら、ヴィニアスはリオラベルに気づかれないように小さくため息をついた。



(嫌な予感ほど、よくあたるな……)



 制圧時にフェルティリス王家の直系の血を引く人間は全員死亡した、と過去の新聞には書いてあったが、まさか生き残りがいたとは思わなかった。


 まだ疑問が残る点も少なからずあるが、リオラベルの話は現実味を帯びている。



(このことは、陛下に伝えた方が良いのか……?)



 ヴィニアスは直属の上司にあたる皇帝のことを思い出しつつ、目の前で魔法書を真剣な顔つきで読み進めるリオラベルを見つめる。


 ウァリデュスの現皇帝は謀反を企てた張本人らには厳しい処罰を与えるものの、謀反に加担した証拠がない限り他の人間に処罰を与えることはしない。

 なので皇帝の性格をよく知っているヴィニアスは、リオラベルのことを彼に伝えたとしても彼女を悪いようには扱わないだろうことは見当がついていた。

 しかし__



(野放しには出来ないかもしれないな……)



 フェルティリスの国民だった人間の大多数がウァリデュスの統治を受け入れているが、フェルティリス再興の機を伺っている人間はおそらく存在する。

 愛人の子供だったとは言え、王族の血を引くリオラベルの存在が明るみに出れば彼女の意志は関係なく、担ぎ上げられるだろう。


 きっとリオラベルにとっても、帝国にとっても一番安全な方法は彼女を帝国で保護することだ。



「皇帝陛下は知ってるわ」



 魔法書から顔を上げ、ヴィニアスと視線を交わしながらリオラベルが言う。

 まるで自分の心の声を聞かれたかのような言葉に、ヴィニアスは目を丸くした。



「私のことは王太子だったお兄様が育ててくれたんだけど、制圧の前から私の存在を陛下に伝えてあったらしいわ」

「彼は……確か__」



 リオラベルの言う『お兄様』に制圧の日起こったことを思い出したヴィニアスは、言葉を濁らせる。

 リオラベルはそんなヴィニアスの様子を見て、息を吐くようにかすかに笑った。



「そう。お兄様は制圧の混乱に乗じて城に入ってきた荒くれ者に殺されたわ。お兄様は国王夫妻の計画に加担してなかったから、処刑されることもなかったのにね」

「……」



 身内が亡くなったという話を淡々と述べるリオラベルに、ヴィニアスはなんと返せば良いのかわからなくなって黙り込む。

 リオラベルはそんなヴィニアスを気に留めることなく、言葉を続けた。



「制圧の後、諜報員としてお兄様に仕えてた奴が皇帝陛下に私の生存を伝えたの。そしたら陛下が身分を明かさないのであれば、ここで暮らしても良いって」

「……俺に教えてるじゃないか」

「あなたは皇帝陛下に近い人間だし、いいかなと思って。今まで他の人に教えたことはないわ。ほら、フェアって言ったでしょう?」


 リオラベルの言葉に、ヴィニアスが小さく言葉を漏らすと彼女はあっけからんと答える。

 ヴィニアスがぐるぐると考え込んでいる間に、リオラベルは部屋から少し出て、廊下にある窓を覗き込んだ。



「雨、止んだわ」

「そうか」

「もう帰る?」

「……あぁ」



 ヴィニアスの言葉にリオラベルは綺麗に微笑んでみせて、階段へと向かう。

 それに続くようにして部屋を出たヴィニアスは、扉を閉めるときに一瞬その手を止めて部屋に散らばるリオラベルのメモを見つめる。


 小さく息をついて丁寧に扉を閉めた彼は、リオラベルの後を追って階段を下がるのだった。


***


「浮遊魔法、教えてくれてありがとう」

「……あぁ」



 廃城の入口で足を止めたリオラベルは、振り返ってヴィニアスに言う。

 外は先程までのどんよりとした雨雲はどこに行ったのか、すっきりと晴れ渡っていて、草むらに浮かぶ雨粒が日光をキラキラと反射している。



「今までしつこくつきまとってごめんなさい……もうやめるわ」

「……」



 ぎこちなくはにかみながら、リオラベルは言う。

 律儀なことに、ヴィニアスが言った『浮遊魔法だけ』という言葉を果たそうとしているのだろう。


 なにか迷うように視線を彷徨わせたヴィニアスだったが、結局リオラベルに背を向けて歩き出す。

 しばらく足を動かしていた彼は、おもむろにその足を止めてちらりと後ろを振り返る。


 リオラベルは大きな廃城の下で、真っ白なワンピースを身に纏って銀髪を風に揺らしながらじっとヴィニアスを見つめていた。


 あまりにも華奢なリオラベルの姿に、ヴィニアスは思わず自分が幼かった頃の姿を重ねてしまう。

 騎士の家系に生まれてなお、魔法への憧れが抑えられずに師匠に弟子入りを許可されるまで自力で魔法を学んでいた時の自分を。


 ヴィニアスがすーっと深く息を吸い込むと、自然の香りと雨の匂いをたっぷりと含んだひんやりとした空気が肺に流れ込む。

 その感覚を心地よく思いながらも、彼は口を開いた。



「魔法、教えてやる」



 あまり大きくはない声量だったが、少し離れた場所に立つリオラベルにはその言葉がしっかり聞こえたようだ。

 彼女は瞳を輝かせ、ワンピースの裾を揺らしながらヴィニアスの方へと駆け寄ってくる。


 魔法を教えるとは言ったものの、疲れているので今日からは嫌だったヴィニアスは慌てて距離を取った。

 すると、それが面白くなかったのかリオラベルは眉をひそめながら大きな声を出す。



「教えてくれるんじゃないの!」

「今日は無理だ、疲れた」



 ヴィニアスの言葉にリオラベルは頬を膨らませた。

 大人びて見える事の多い彼女の、年相応か少し幼い感情表現にヴィニアスは目を丸くする。



「じゃぁ、いつから?」

「明日、また来るから」



 リオラベルはヴィニアスの返答に満足げな表情になり、いたずらっ子のような笑いを浮かべる。

 そして__



「絶対だからね! よろしくね、ヴィニアス!」



 弾けるような快活な声でそう叫んだ。


 名前は教えた覚えがないヴィニアスだったが、団員証を見せたのだったと思い出して苦笑した。やや自慢げに笑うリオラベルに背を向け、ヴィニアスは確かな足取りで進んでいく。



(そういえば、あの娘の名前はなんだったけ……?)



 ヴィニアスの心に浮かんだ疑問は、すぐに解消した。

 なぜなら彼女はヴィニアスに以前名前を教えてくれていた。



(あぁ、そうだ。確か__)

「リオラベル……だったな」



 ぽそりと呟いたヴィニアスは、自分の口元に柔らかい笑みが浮かんでいることなどつゆ知らず、気持ちのいい空気が満ちる道を歩いて家へと帰るのだった。


お読みいただき、ありがとうございました。

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