8.リオラベルの秘密
「はい、どうぞ」
食卓に戻ってきたリオラベルの手には真っ白でふわふわとしたタオルが握られている。
そのうちの一つをずいっとヴィニアスに突き出した彼女にお礼を言いながら、ヴィニアスはそれを受け取った。
自分の頭の上にタオルをのせてガシガシと乱雑に髪を拭くヴィニアスの隣で、リオラベルは丁寧に長い髪に滴る水をタオルで拭っている。
なぜ彼女が廃城の奥にひっそりと隠された家の中で暮らしているのか。
そんな疑問は投げかけない方が良い、と思いつつもヴィニアスはちらりと彼女を窺ってしまう。
すると、自身の長い銀髪に視線を落としていたリオラベルが不意に顔を上げ、ヴィニアスとバッチリ目が合った。
慌てて彼は目を逸らし、バツが悪そうな表情をする。
「……ちょっとついてきて」
リオラベルはそれだけ言って部屋の外へと出た。
ヴィニアスは少しためらいながらも彼女の後を追う。
建物の廊下に出たヴィニアスはリオラベルが階段を上がっているのを見つけ、少し足早にそちらへ歩く。
ちらりとヴィニアスがついてきていることを確認したリオラベルは、口を開くことなく階段をズンズンと上っていった。
3階まで階段を上るとリオラベルは再び廊下を歩き出し、ヴィニアスもそれに続く。
スタスタと歩いていたリオラベルは重厚感のある扉の前で立ち止まり、扉を開けて部屋の中に入っていった。
先に部屋に入ったリオラベルに促され、ヴィニアスも入室する。
(これは……すごいな)
ヴィニアスは目の前に広がる光景に心の中でそう呟いた。
部屋の壁は四方とも本棚になっていて、所狭しと魔法書が敷き詰められているうえ、本棚に入り切らないのであろう魔法書たちが床に重なっていた。
部屋のあちこちに手書きのメモが散乱していて、それらの内容はどれも魔法に関するものばかりだ。
おそらくリオラベルの書いたものだろう。
「ここで魔法を練習しているの。魔法書は全部古語で書かれてる古いものしかないから、それを解読しながらちまちまと」
「全て古語で書かれているのか?」
リオラベルの言葉にヴィニアスは目を丸くする。
古くから存在する魔法の使い方を伝える魔法書は確かに古語で書かれているものも多いが、現代の公共言語で書かれているものが半数以上を占める。
しかしリオラベルの言う通り、棚に敷き詰められた本の背表紙は全て古語で言葉が記されていた。
「えぇ、全部古いものなの。ここに持ってくるまで保存環境が悪かったせいで読めなくなってるものも多いわ」
そう言いながらリオラベルは部屋の中央付近の床に置かれている一段古そうな魔法書を手にとって、ヴィニアスの方へ戻って来る。
ヴィニアスの目の前まで戻ってきた彼女はそのボロボロの魔法書をゆっくりと開いてみせた。
「見ての通り、破れてしまっててこのページの内容がわからないの」
リオラベルが開いたページは下半分が破れているし、水に濡れたことがあるのか上半分のインクも滲んでいる。
「浮遊魔法の魔力操作についてのページなのは確かなの……他の魔法書には浮遊魔法については書いてなくて__」
リオラベルは一度口をつぐんで、魔法書から顔を上げてヴィニアスの千草色の瞳を真っ直ぐに見つめた。
そしてまだ少しだけあどけなさが残りながらも、綺麗に整った顔立ちに真剣さをのせて口を開く。
「お願い、この魔法だけでも良いから教えて」
真っ直ぐに自身を見上げてくるリオラベルの後ろに散乱するメモの数々をヴィニアスはちらりと見る。
一瞬目を伏せた彼はまだ湿り気があって視界に入ってきた前髪を再びグッとかきあげる。
そして__
「浮遊魔法だけだぞ」
その言葉に目を丸くしたリオラベルは、すぐにラピスラズリのような瞳をキラキラと輝かせて頷いたのだった。
***
「浮遊魔法は炎魔法と反対で、魔力を放出すれば良いんだ」
「放出?」
魔法書を開いて床に座り込んだヴィニアスの言葉を、一つも聞き逃さないように注意しながらリオラベルは彼に聞き返す。
「あぁ。炎魔法では魔力を細い管にピッタリ通すみたいに操作するが、浮遊魔法は浮かせたい物体を包むイメージで魔力を放出する」
「へぇ……でもそれだと魔力の消費が激しそうね」
ヴィニアスの話に頷きながらぼそっとリオラベルが呟いた言葉に、ヴィニアスは少しだけ目を見開く。
やはり初級魔法を一人で習得しただけあって、リオラベルは魔法への理解がかなり深い。
「だから物体を浮かせられるギリギリの魔力放出にするのがポイントだ。途中で浮かせられなくなっても困るしな」
「ギリギリの魔力放出に調節するのは、回数を重ねてコツを掴んでいくしかないの?」
「それしかないな。まあ一回コツを掴めば自分の体重の10倍ぐらいのものは浮かせられるようになるから、気長にやっていくしかない」
ヴィニアスの言葉にリオラベルは「なるほどね……」と深く頷いた。
しばらくリオラベルがヴィニアスが言ったことをメモに書き記す音が部屋の中に響く。
真剣でありながら楽しそうに文字を書き続けるリオラベルを眺めていたヴィニアスは、言葉が口をついて出た。
「……なんでそんなに魔法にこだわるんだ?」
メモを記していた羊皮紙から顔を上げたリオラベルが、きょとんとした表情でヴィニアスを見つめる。
ヴィニアスが自分を見つめるリオラベルの瞳を見つめ返すと、彼女はふいっと視線を手元の魔法書に移した。
「ただの憧れよ」
「憧れ?」
ぽつんと呟かれたリオラベルの言葉にヴィニアスは思わず聞き返す。
リオラベルは魔法書に視線を落としたまま、黄ばんだページを白い指先でスーッと撫でて言葉を続けた。
「えぇ、憧れよ。一人で生きていくために何かしら習得しなければならなかったの……でも、それで魔法を選んだ理由は憧れがあったから。ただそれだけ」
口元にかすかな笑みをのせながら静かに述べるリオラベルをヴィニアスは見つめ続ける。
するとリオラベルはおもむろに顔を上げてヴィニアスに向き合った。
「教えてあげようか?」
「なにを?」
「私の秘密」
リオラベルの言葉に息を詰めたヴィニアスに、彼女は僅かながらに口角を上げた。
「あなたが魔法を使えないことは、機密事項だったんでしょう? だから私の秘密を教えてあげる。そうしたら多少はフェアになるでしょ?」
「別に、俺のことはおそらく魔法士団の団員なら皆知っている」
「でも国民は知らない。そうでしょ?」
ヴィニアスはリオラベルの質問の答えに詰まる。
そんなヴィニアスを眺めるリオラベルは声量を落として囁くように言葉を紡いだ。
「私ね、最後のフェルティリス国王と愛人の間に生まれた子供なの」
ヴィニアスは外で降りしきる雨の音が突然大きくなった気がした。
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