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6.関わりたくないもの

 ここ数日、ヴィニアスはずっと頭を悩ませていた。

 原因は明白。今日も今日とて彼の前に現れた少女のせいであった。



「お願い。魔法を教えて」

「……」



 自分よりも背の低いリオラベルの瞳が自分を見上げていることに気づきながらも、ヴィニアスは彼女から目を逸らす。

 そしてまるでリオラベルがそこにいる事実なんてないかのように、ヴィニアスは歩き始めた。



「ねぇ、お願い」

「……」



 しかしヴィニアスのそんな露骨な態度でさえもリオラベルからすれば些細なことのようで、彼女は気に留めることなくヴィニアスの後ろに続き、声をかけ続ける。


 反応したら負けだ、と思ったヴィニアスは無視を突き通すがリオラベルはなかなか諦めない。


 リオラベルが中級魔法に失敗しそうになっていてヴィニアスが制止した時、リオラベルはヴィニアスが魔法にかなり詳しい人間だと判斷したようで、ヴィニアスに魔法を教えてほしいと頼んできた。

 もちろんヴィニアスはその頼みを断ったのだが、それ以来彼女は街の至るところに現れてはヴィニアスに教えを請うのだ。

 今日も今日とて家から少し離れた道を歩いていたヴィニアスの前に、颯爽と彼女は現れた。



「ねぇ、聞こえてないの?」

「……聞こえてないわけないだろう」



 訝しむようなリオラベルの言葉にヴィニアスは思わず反応してしまう。

 しまった、と彼が思う前にリオラベルが口を開いた。



「だったら答えてちょうだい。私、あなたに魔法を教えてもらいたいの」

「はぁ……一昨日も言っただろう。無理だ」

「お願い、魔法が使えるようになりたいの」



 リオラベルはヴィニアスの言葉にかぶせるように言った。

 彼女の表情は真剣そのもので、ヴィニアスはその真っ直ぐなラピスラズリのような瞳から目を逸らす。



「俺は魔法を知っているが使えない。役に立たないから他にあたれ」

「それは4日前に聞いたわ。でもここらへんには初級魔法すら危うい人たちしかいないの。だからあなたに頼るしかないのよ」

「そんなこと言われても、君に魔法を教えることはない」



 リオラベルのあまりのしつこさに、魔力喪失のことは話していないものの、魔法が使えないことを打ち明けるしかなかったヴィニアスだが、その事実を聞いても彼女が諦めることはなかった。



「あなたにメリットがないことは重々承知してるわ。けど教えてほしいの」



 ヴィニアスがリオラベルの中級魔法を遮った時は彼に「気をつけろ」と言われて、素直に頷いた彼女だったが、その時のしおらしさはどこへ消えたのか。

 重々承知していると言った彼女に、『メリットがないのに魔法を教えてほしいと頼んですみません』みたいな申し訳なさそうな表情は一切なく、彼女の表情はまるで女王のようだ。



「俺は魔法に関わりたく__」

「あれ、団長?」



 自分は魔法に関わりたくない、と吐き捨てようとしたヴィニアスは、その言葉を言い切る前に後ろからレオンの声が聞こえて、咄嗟に振り返る。


 市場に行っていたのであろうレオンは、買ってきたものをふわふわと浮かしていた。



「団長……?」



 レオンのヴィニアスへの呼称を訝しむように繰り返したリオラベルは、ヴィニアスの身体の左側からひょこっと顔を出してレオンを見た。

 リオラベルは初級魔法とはいえ、大量の荷物を平気で浮かせているレオンに目を見開く。



「団長……その子は、えっと、恋人ですか?」

「そんなわけないだろう」



 リオラベルの存在に気がついたレオンは動揺したように尋ねるが、ヴィニアスはその質問を間髪入れずに否定した。



「あ! あなた、魔法キーを使おうとしてた……!」

「魔法キー……? あぁ! チーズ屋の!」



 互いを見つめ合った二人は以前街で出会ったことを思い出したらしく、納得するような声を上げた。

 しかしその後すぐにレオンは首を傾げる。



「その市場で会った子がなぜ団長と?」

「……偶然だ」



 苦し紛れのヴィニアスの言葉にレオンは『絶対違うのでは?』という表情になった。

 ヴィニアスの身体の後ろから歩み出てきたリオラベルは、レオンに向き直って口を開く。



「この人が団長ってどういうこと?」

「え!? あー、いや……そのー」



 リオラベルの真っ直ぐな瞳に見据えられたレオンは、「魔法士団の団長です」と簡単に答えることもできず、わかりやすく狼狽えた。



(あの馬鹿……)



 ヴィニアスはその様子を見て、思わず頭を抱える。

 こんなことになるのならフィーニス地方に訪れたその日に自分を名前で呼ぶよう強制するんだった、とヴィニアスは後悔するが今さら遅いことである。


 なかなか頭のキレが良いリオラベルは、適当なごまかしに納得してはくれないだろう。

 ヴィニアスは未だにしどろもどろしているレオンを見て、小さくため息をついた後、口を開いた。



「俺が帝国魔法士団の団長ってことだ」

「……帝国魔法士団ってあの有名なところ?」

「あぁ」



 ヴィニアスの方を振り返ったリオラベルは目を見開きながら、真偽を見定めるようにヴィニアスを見つめる。



「ほら、団員証だ」



 ヴィニアスはポケットから小さなバッジ型の魔道具を取り出すと、それは光の小さなスクリーンを作り出し、そこにはヴィニアスの名前と生年月日、そして帝国魔法士団団長という肩書が記されていた。


 それを読んだリオラベルはゆっくりとヴィニアスを見上げ、思わずといったふうに言葉を漏らした。



「……それじゃあ、なんでこんなところにいるの?」



 リオラベルの疑問は当たり前のものだ。

 帝国魔法士団という魔法士の中でも選りすぐりの魔法士が集まる団体で、団長を務めている人間がなぜ辺境の土地にいるのか。


 ヴィニアスは千草色の瞳を伏せて口を開いた。



「魔力を失って魔法が使えなくなったんだ。まだ一応団長のままだが、もうじき魔法が使える見込みがないと判断されて退くことになるだろう」

「団長!?」



 魔法士団の中でも表向きは幹部以上の団員のみにしか知らされていない『魔法が使えない』という事実を、あっさりとリオラベルに教えたヴィニアスに、レオンが青ざめながら叫ぶ。

 リオラベルは衝撃的な話に頭が追いついていないようだった。



「俺はもう魔法に関わりたくない。悪いが他をあたってくれ」

「……」



 リオラベルはヴィニアスの温度のない言葉に目を見開いてから俯く。

 自分よりも年下であろう少女を突き放したヴィニアスは、目の前で繰り広げられる会話に追いつけていないレオンを見て口を開いた。



「ここらへんの知り合いに魔法を使える人間がいないと言うなら、そこにいるレオンに教えてもらえば良い。まぁレオンは忙しいからそんなに時間は取れないだろうが」

「団長!?」



 リオラベルとヴィニアスの関係性をまだ理解しきれていないレオンは、突然自分の名前を出されて素っ頓狂な声を上げた。

 そんなレオンをちらりと見たリオラベルは顔を上げる。

 彼女は真っ直ぐな光が差し込む瞳でヴィニアスを見つめた。



「あなたが魔法を使えなくても、関わりたくなくても。それでも私はあなたに教えてもらいたいの」



 かすかに風が吹いてリオラベルの髪が揺れる中、彼女の凛とした声が響く。

 リオラベルが紡いだ言葉に目を見開いたヴィニアスは、あまりにも真っ直ぐで眩しい彼女に背を向けた。



「無理な話だ」



 それだけ残して家の方角へと歩き去っていくヴィニアスを、リオラベルは追わなかった。

 レオンは道の真ん中に佇んだままのリオラベルを気にするようにしていたが、結局ヴィニアスを追いかけて去っていく。


 人気のない道に一人残されたリオラベルは、はぁーと息を吐きながらその場にしゃがみ込む。



(流石に、わがまますぎたかな)



 魔法が使えなくなった、と淡々と話しながら、どこか拭いきれない彼の悲しみを感じ取ったはずなのに、「関わりたくない」と吐き捨てるように言葉にした彼に、リオラベルは思わずそれでも教えてほしいと言ってしまった。


 その言葉を聞いて、彼が一瞬だけ見せた今にも泣き出しそうな表情を思い出したリオラベルは、ギュッと眉根を寄せて自分の額を強く叩いたのだった。


お読みいただき、ありがとうございました。

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