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5.再会

 ヴィニアスとレオンがフィーニス地方を訪れてから早くも2週間が経った。

 その間、特にすることもないヴィニアスは手持ち無沙汰な思いをしながら過ごしている。


 なぜなら、レオンは溜まった家事を処理しなければならないのだが、一方でヴィニアスは本当にすることがない。

 最初の3日ほどはレオンの家事を手伝っていたが、あまりにも不器用すぎて一人でやるよりも作業効率が落ちると判断したレオンに、やんわりと制止されてしまった。


 魔力を失う前は暇さえあれば魔法の訓練を行っていたヴィニアスは、魔法が使えない今、何をして過ごせば良いのか分からなかった。


 レオンが二人の昼食を準備している間もヴィニアスはぼんやりと窓の外を見ていた。

 すると、キッチンで料理していたはずのレオンがぼんやりと青白く光る羊皮紙を片手にヴィニアスの方へ寄ってきた。



「今日の午後、団員が来るらしいですよ。きっと団長が危ないことをしていないか確認しに来るんでしょう」

「危ないことなんてしない」



 レオンの手に握られている羊皮紙は転送伝言魔道具である。

 羊皮紙に伝えたいことを書けば、遠方の人間にも瞬時に送ることができる代物だ。


 ヴィニアスはムッとしながらレオンの言葉に返すが、レオンは肩をすくめてみせた。



「魔力を失ってすぐはかなり無茶もしていたでしょう?」

「……」



 実際のところ、レオンの言う通りであった。

 魔力を失ってからすぐにヴィニアスがしたことと言えば、一歩間違えば命を落とすような魔法の訓練ばかりだった。

 喪失直後はまだ彼の中に魔力の残滓が残っていたので、彼はその残り火にどうにかして薪をくべようとしたのだ。


 結局、魔力が戻ることはなく、魔力喪失から3ヶ月以上過ぎた今では彼は簡易魔法ですら使用することができなくなっていた。



「少し出かける」

「……え!? 話聞いてました? 団長がちゃんと休んでるか確認するために団員が来るんですよ!」



 ソファから立ち上がって玄関へと向かうヴィニアスに、レオンは慌てながらついていく。



「レオンが伝えておけばいいだろう」

「いや、多分直接団長の様子を見たいんだと思うんですけど……」

「運が良ければ帰ってきたときに会えるかもな」

「ちょ、団長……」



 そう言い残してそそくさとヴィニアスは家を出て、ポツンとレオンが玄関に残されたのだった。


***


 レオンの制止を意に介さず家を出てきたヴィニアスは行く先もなくぶらぶらと人通りが少ない道を選びながら歩いていた。

 レオンの手前、もしかしたら団員が家にいる間に帰るかもしれないとは言ったものの、ヴィニアスにその気は全くなかった。



(休んでいるか確認なんて……レオンの報告書があるのだからしなくていいことを)



 ヴィニアスは顔をしかめながら心の中で呟く。

 フィーニス地方に来てからというもの、レオンが週に一回か二回はヴァレンにヴィニアスの様子を報告書に書き綴って転送伝言魔道具で送っていることをヴィニアスは知っていた。


 魔力喪失後のヴィニアスの無茶とヴィニアスの性格をよく知るヴァレンが自身のことを心から心配して、レオンに報告書を頼んでいるのだということがヴィニアスには分かっているので特に文句を言う必要もない。


 しかし、わざわざヴィニアスの様子を確認しに来る団員は、ほとんど珍しいもの見たさで訪れるのだろう。


 魔法士団は大雑把に言ってしまうと、魔法の実力を至上とする実力主義の派閥と身分を至上とする身分主義の派閥に分かれている。

 魔法士団は実力主義を謳っているものの、魔力量は親から遺伝することがほとんどで、高位貴族は魔力量が多い傾向があることから魔法士団員の半数以上が貴族を占める。


 ヴィニアスは生まれこそ貴族だが、魔法士団内では実力主義の派閥に自然と分類されていた。ヴィニアスを疎んでいた身分主義の団員は、ヴィニアスが魔力を失って休暇を余儀なくされていることを面白がっているだろう。

 ヴィニアスの魔力喪失は魔法士団では幹部以上にしか知らせないよう箝口令を敷いているが、ヴィニアスを敵視している貴族派の幹部が中心となって『噂』として情報を漏らしている可能性は高い。



(そんな奴らのためにわざわざ家にいてやるものか)



 不機嫌そうに眉をしかめながらヴィニアスはゆったりとした時間が流れる緑に溢れた小道を歩いていく。


 ヴィニアスとて、別に見下されることだけが煩わしいのではない。

 自分を嘲笑う連中は、今の自分と違って魔法を自由自在に使えるという事実が、どうしても彼には受け止めきれないのだ。


 ぶらぶらと歩いているうちに、いつの間にかヴィニアスは廃城の方へと近づいてきていたことに気づく。

 人のいない道を選んでいたので、自然とそちらの方角に進んでしまっていたのだろう。


 廃城に近づけば近づくほど、街と違って植物や木々は手入れされたものではなく、自然に生えた形になっていく。

 道が途切れて、ヴィニアスの足が踏む地面は石畳から柔らかい草に変わった。


 他に行く先もないのでヴィニアスがそのまま突き進んでいくと、サクサクと地面の草が音を鳴らす。



「……かなり近づいたな」



 ヴィニアスは小高い丘を登りきると、市場からは小さく見えた廃城が視界いっぱいに飛び込んできて、少し目を見開きながら言葉を漏らす。

 廃城はところどころ外壁が壊れていたり、建物にもツタが縦横無尽に這っていて何年も制圧時から放置されていることが伺えた。



「……?」



 小高い丘の上からヴィニアスが登ってきたのと反対側の裾野に、ぽつんと一本の木が生えていることに気づいたヴィニアスは、その木の枝にかけられた真っ白な布を見つけて首を傾げる。


 城の近くには人が住んでいないと市場の老婆が言っていたのに、そのシーツは誰かがいることをありありと表現していて、気になったヴィニアスは木の方へと足を動かした。



「……炎魔法は、えーと、魔力を……これなんて読むのかしら?」



 木の直ぐ側まで近寄ると、シーツのかけられた枝のすぐ下で古い魔法書を開いてブツブツと呟く少女がいた。



(……この少女、確か市場で見た……)



 ヴィニアスは少女の青みがかった銀髪を見て、フィーニス地方に到着した日に市場で見かけた少女だと気づく。

 しかし、リオラベルはヴィニアスの存在に気づくことなく魔法書に集中していた。

 彼女が開いている魔法書は古語で記されているようで、彼女は解読できずに首を傾げている。どうやら中級の炎魔法についてのページを見ているようだった。



「この単語は……魔力を抑えないで……ってこと?」

(絶対違う!!)



 うーんと唸っていたリオラベルは古語を真反対の意味に解釈したようで、ヴィニアスは彼女の言葉にギョッとする。

 炎魔法を魔力を抑えずに使用すれば、火事になるに決まっている。それに加えてシーツが近くにあるのだからもっと危ない。


 リオラベルが自身の右手に魔力を集めだしたのを感じ取ったヴィニアスは、慌てて彼女の白くてほっそりとした右の手首を掴んだ。



「……っ!」



 突然手首を掴まれて、リオラベルは大きく息を呑んだ。

 バッとヴィニアスを見上げた彼女は彼のことを覚えていたのか、訝しげに眉を寄せた。



「あなた……市場の」

「炎魔法は魔力を抑えて使用しないと、火事になるぞ」

「え!?」



 ヴィニアスの言葉にリオラベルはこぼれんばかりにラピスラズリのような瞳を見開いて、自分が左手に持っている魔法書を読み直した。



「あ……本当だわ……」



 魔法書には”魔力を抑えて”と書いてあったらしく、リオラベルは青ざめた表情になる。

 そんな彼女の様子に、ヴィニアスはお節介かもしれないと思いながら口を開いた。



「気をつけろ。魔力暴走でも起こせば、最悪死ぬぞ」



 ぶっきらぼうでありながら真剣なヴィニアスの言葉に、リオラベルも魔力暴走の知識はあるのかギュッと自分の身体を腕で抱きしめながら唇を小さく震わせて頷いた。


 そんな出来事が二人の再会だった。


お読みいただき、ありがとうございました。


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