4.唯一の生き残り
元フェルティリス王城の王太子宮にコツコツとブーツが奏でる足音が響き渡る。
王太子宮に限らず、この廃城の廊下の照明魔道具は全て機能を失っていて、窓の外も暗くなっていることから、リオラベルが歩く廊下は闇に包まれていた。
人気もなく、明かりもないうえにそこかしこに12年前の制圧時の面影を残す廃城は、大人であっても近寄りたくない場所だろう。
しかしそんな廃城の廊下をリオラベルは慣れたように歩いている。
一つの扉の前で足を止めたリオラベルは、その扉を開けて部屋の中に入っていく。
そこはかつて王太子の書斎だった部屋だ。その証拠に壁は一面が本棚になっていて、部屋の奥には立派な造りの机と椅子も置いてある。
しかし、本棚からはいくつもの本が落ち、机と椅子にも刃物で切りつけられたような跡が残っていた。
王太子宮は12年間ずっと、制圧の夜の形のまま放置されているのだ。
リオラベルはそれらを気にすることなく、壁の側にある戸棚の取っ手のいくつかを押し込んだ。
すると戸棚の隣の壁がギィーっと音を立てながら割れ目ができて、左右に開いていく。
しばらくして壁に現れたのは、奥へと続く下り階段だった。
リオラベルはランプも持たずに真っ暗な階段を下り、突き当りに現れた扉の鍵穴にポケットから取り出した鍵を差し込んでガチャリと回す。
ゆっくりとリオラベルが扉を開けると隙間から暖かな光が差し込み、彼女は突然の光に少し目を細めながら扉の奥へと入った。
「ただいま、メアリ」
「お嬢様! どこへ行かれていたんですか? たった今探しに行こうと思ったところですよ」
扉の向こうへ入ってすぐに、リオラベルは黒いワンピースに白いエプロンをつけた女性、メアリに声をかける。
メアリはリオラベルを見ると、目を見開きながら駆け寄った。
「ごめんね。市場にチーズを買いに行ってたの。メアリ、好きでしょう?」
「好きですけれど……あまり遅くなると危ないですよ、お嬢様」
「えぇ、分かってるわ」
メアリの心配するような眼差しに柔らかく笑ったリオラベルは、メアリと共に建物の奥へと進んでいく。
「かなり奮発しちゃったわ。今日で食べきれるかしら?」
「私が食べきりますよ。お夕飯はもうできてますが、食べますか?」
「えぇ、もちろん」
メアリの質問に頷いたリオラベルは彼女にチーズの入った袋を手渡した後、「手を洗ってくるわね」とメアリに伝えて洗面所へと向かう。
リオラベルが手を洗って食卓につく頃には、メアリが既に夕食を食卓に並べ終わっていた。
「いつもにまして美味しそうだわ」
「お嬢様が買ってきてくださったチーズも美味しそうですよ」
「いつものところで買ったの。ほら、市場の」
「あぁ、あそこは間違いない美味しさですよね」
暖かな食卓を二人で囲みながらそんな話をして、リオラベルはメアリが用意してくれていた夕食を、メアリはリオラベルが買ってきたチーズを頬張る。
そういえば今日のために残しておいたんだ、と言うメアリが持ってきたワインが注がれたグラスを、ゆらゆらと少し揺らしたリオラベルはぐいっとそれを飲み込む。
「そういえば、今日市場で帝国から来たって二人組を見たわ」
「帝国ですか?」
「えぇ、一人がチーズ屋で魔法キーが使えないか聞いてたの」
「ここらへんじゃ魔法キーなんてフェルティリスにもともと魔法士が少なかったこともあって、使えないですよねぇ」
メアリの言葉にリオラベルは同意する。
「どんな方だったんですか?」
「え?」
市場でちらりと見た魔法キーのことを思い出していたリオラベルは、メアリの質問にきょとんとする。
「魔法キーを使ってた方ですよ」
「あぁ……」
メアリの補足に納得したリオラベルは金色に光る魔法キーを首に下げていた男性を思い出そうとするが、考えれば考えるほど霧がかかっていくように彼の容姿は思い出せなくなった。
「覚えてないわ……」
「話してもない初対面の方でしたら、仕方ないですよ」
リオラベルの言葉にメアリは苦笑する。
「そうね……でも__」
メアリの言葉に頷いたリオラベルからこぼれた言葉は最後まで音にはならず、言葉の続きはリオラベルの心の中にぽつりと浮かび上がる。
(もう一人の方はよく覚えてるわ……黒髪に、千草色の。少しだけ、変な感じがした……)
ヴィニアスの何がリオラベルに引っかかったのかは彼女自身にもよく分からず、リオラベルは首を傾げるのだった。
***
「お嬢様ぁ。こんなに立派になられてぇ、わらし、嬉しいですぅ。お酒が飲める年齢にもなってぇ……」
「メアリ……あなた酔ってるわよ」
「酔ってないれす」
「完全に酔ってるわ」
夕食を食べ始めてからしばらく経った頃。
夕食後も二人で話を重ねながら、メアリはずっとワインを嗜んでいたせいか、彼女は完全に酔っ払ってしまった。それでいて自覚はないのだからたちが悪い。
「もうお酒はやめておいたほうが良いわ、明日は朝早いんでしょう?」
「……」
それまで椅子の上でヘニャヘニャと動いていたメアリは、リオラベルの言葉を聞いてピタリと動きを止めて黙り込む。
たいていメアリは酔っ払うと突然眠り始めるので、今回もそのパターンだろうと判斷したリオラベルは毛布を取ってこようと席を立った。
しかしリオラベルがメアリに背を向けて足を動かした瞬間、メアリが口を開いた。
「…………申し訳、ありません」
メアリのその声は自身を責め立てているようで、聞いているだけで自然と心苦しくなってしまう。
いつも明るいメアリの暗く悲しみと自責の念が溢れた声音に、リオラベルはゆっくりと振り返った。
メアリは顔を手のひらに埋めていて、彼女の表情はリオラベルには見えなかった。
それでもグスグスと鼻をすする音がして、リオラベルはメアリが泣いているのだと気づく。
「メアリ? どうして謝るの?」
困惑したようにリオラベルが声をかけると、メアリは唇を震わせながら言葉を紡いだ。
「私が……私が、最後の一人だったのに……残るべきだったのに」
「……そんなふうに思わなくていいのよ」
懺悔するように言葉を漏らすメアリに、リオラベルは近づいてそっとメアリの顔を覆っている彼女の手を離す。
「メアリはずっと側にいてくれたでしょ? 家事だって教えてくれた。もう私一人でも大丈夫よ」
「でも……!」
リオラベルの言葉を聞いても、メアリは自身を責める言葉を吐こうとする。
しかしメアリが言葉を続ける前に、リオラベルがギュッとメアリの身体を抱きしめた。
「私は大丈夫よ。メアリはメアリの生きたいように生きていいの。責任なんて感じないで」
リオラベルの言葉に小さく息を呑んだメアリは、リオラベルの華奢な身体をギュッと抱きしめてこぼれるように口を開いた。
「ありがとう、ございます……姫様」
メアリが呟いた12年前まで呼ばれ続けていた自分の呼称に、リオラベルは目を伏せる。
リオラベル・フェルティリス。
年齢は19歳。
知られざるフェルティリス王家唯一の生き残りであり、最後の王女である。
お読みいただき、ありがとうございました。




