20.金髪
「結局起こしてくれなかったじゃない」
「2時間経った時に起こしたぞ。起きなかったが」
口を尖らせてブツブツと文句を言うリオラベルにヴィニアスは肩をすくめながら答える。すると彼女は押し黙って口をへの字にした。
リオラベルがすやすやと熟睡していたため、問答無用で起こすことをヴィニアスがためらったことで、リオラベルが自然と目を覚ましたころにはすっかり夕方になっていた。結局、今日の魔法の練習はナシということになり、「夕食の準備が面倒だから、今日は街で食べるわ」と言い放ったリオラベルとともにヴィニアスは家へ向かって歩いている。
雨はすっかり止み、雨の匂いと木々の匂いが二人の鼻をくすぐる。
てくてくと歩いていた二人がヴィニアスの住む家が見えてくる曲がり角を曲がった瞬間。
ヴィニアスがすっと目を細めた。
隣に立つ彼の雰囲気の変容にリオラベルは瞳を揺らして彼を見上げる。
ヴィニアスが厳しく見据える先をリオラベルが見てみると、ヴィニアスの住む家の塀の直ぐ側に、金色の髪を指に巻き付けながら佇んでいる女性がいた。
(知り合い、かしら?)
「……後ろからついてこい」
心のなかでそう呟くリオラベルをちらりと見たヴィニアスは、低い声で小さく告げる。
なにがなんだかわからないまま、彼の言葉に頷いたリオラベルは先に進み始めたヴィニアスの後ろについて歩いていった。
少し近づいてみれば女性は色のついたメガネをかけているのがわかる。スタスタと女性の前を通り過ぎようとしたヴィニアスの腕をパシッと掴む音があたりに響く。
そして次の瞬間、ヴィニアスは思い切り女性の手を振り払っていた。
「触らないでいただけますか?」
「…………悲しいことをおっしゃるのね」
低く威嚇するような声で女性に向かって言い放ったヴィニアスだったが、女性は臆することなく妖艶に笑っている。
その様子にピクッと眉を動かしたヴィニアスと悠々自適に笑う女性の間に走る緊張に、リオラベルは小さくつばを飲んだ。
すると女性はちらりとリオラベルに視線を向けたあと、おもむろに色付きメガネを上げてみせた。
「はあ……ほんっと、こんなメガネ一つで気づかなくなるなんて」
ヴィニアスに自身の顔を見せつけるようにずいっと顎を突き出した女性は、深くため息をついたてから先ほどの上品な話し方ではなく、荒々しく言う。
ヴィニアスは千草色の瞳を見開いたあと、自身の顎に手をやりながら首を傾げた。
「………………ブラウ……バネッタか」
「おい、今ブラウンって言いかけた? 誰それ。信じられない、普通一発で答えられるでしょ。見なさいよこのご尊顔」
あんぐりと口を開けるバネッタはグイッとヴィニアスの胸ぐらをつかんで自分に近づける。リオラベルがその様子に目を丸くするなか、ヴィニアスは呑気に口を開いた。
「自画自賛が過ぎるのも良くないと思うぞ。なんでここにいる?」
「事実だから問題ないわよ……ヴァレンに頼まれたの」
「ヴァレンに?」
「そ。とりあえず中に入れてくれない? ずっとウィッグ被ってるの辛いから」
あっけからんと言うバネッタはぱっと手を放し、ヴィニアスは乱れた首元をそのままにリオラベルの方を見る。
「知り合いだから大丈夫だ」
「え、あ。うん……それじゃ、また明日ね」
突然言葉をかけられて肩を揺らしたリオラベルは、たどたどしく答えた。
「あぁ、前までと同じ時間くらいに行く。もう暗いから、帰るときは気をつけろよ」
「うん、ありがと。よろしく」
リオラベルがヴィニアスにそう返すと、彼は庭へつながる小さな門をあけてバネッタに入るよう促した。庭へ入って玄関へと向かう二人の後ろ姿を眺めていたリオラベルは、少ししてからハッと我に返って街の方へ歩いていく。
ヴィニアスが家の鍵を開けている間、バネッタがそんなリオラベルの背中を観察するように見つめていることなんて、リオラベルは知る由もなかった。
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