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17.一週間

話が進むと恋愛が絡んでくるのですが、大きな軸がどちらかというとファンタジー寄りかなと思ったので、ジャンルをファンタジーに変更させていただきました。よろしくお願いします。

「今日も行かないんですか? 団長」

「……」



 朝食を食べ終わり、食器を少したどたどしい手つきで洗い始めたヴィニアスにレオンが尋ねるが、ヴィニアスは沈黙を返す。

 そんなヴィニアスの隣で洗い終わった食器を順番に布巾で拭っているレオンは、ちらりとヴィニアスを窺ってから再び口を開いた。



「リオラベルちゃんのところに行かなくなってから、もう一週間でしょう? 彼女も全然こっちに顔出さないし……」

「……口じゃなく手を動かせ」

「動かしてますよ、団長より遥かに手際もいいです。ほら手が止まってますよ、団長」



 リオラベルの話題から逃れたくてヴィニアスの口をついて出た言葉は、レオンによって一刀両断される。「家事は魔法よりも手作業のほうが慣れてるんですよ、魔力操作面倒だし」という自身の言葉通り、レオンは大抵の家事を手作業で行っていてヴィニアスよりも非常に効率がいい。


 ぐうの音も出ない反撃にまたしても沈黙したヴィニアスは、少々ムッとした様子で食器洗いを再開する。

 その様子に小さくため息をついたレオンは言葉を続けた。



「その様子じゃ、彼女と喧嘩でもしたんでしょうけど……」

「……そんなのじゃない」

「いや絶対喧嘩でしょう。今の団長、ヴァレンさんと喧嘩したときとそっくりですよ」



 ようやく食器洗いが終わったヴィニアスは半ば強引に食器をレオンに渡し、キッチンを出ていく。



「ヴァレンさんはなんやかんや団長に甘かったですけど、リオラベルちゃんは団長より年下なんですからね?」



 ヴィニアスに手渡された食器を拭きながらレオンは彼の後ろ姿に声を投げる。その声を無視しながらヴィニアスは乱雑にソファに腰掛けた。

 深くため息をついてから、ヴィニアスは小さく口を開く。



「喧嘩なんかじゃない……」



 彼の小さな声はキッチンにいるレオンにはもちろん聞こえない。ソファの近くにある窓から覗く空は雲一つない快晴だ。窓の外をぼんやりと眺めていると、ふとヴィニアスの脳裏にリオラベルの言葉がよぎった。



 __私は、諦めたくない



 ごろんとソファに横たわったヴィニアスは目を閉じて、心のなかで呟く。



(俺の醜い八つ当たりでしかない……)



 帝国最南に位置しているフィーニス地方には帝都より早く夏が訪れる。掃除を始めたレオンが換気のために窓を開けると、爽やかな初夏の香りが風に乗って部屋の中に舞い込み、ヴィニアスの黒い髪がはらりと揺れた。



「あ、団長。予定がないなら市場に行ってきてくれませんか?」

「市場に?」


 

 ヴィニアスに背を向けながら、思い出したように言ったレオンにヴィニアスは聞き返す。掃除用の魔道具を手に握っているレオンは、ヴィニアスの方に振り向いてから再び口を開いた。



「はい、今日の食材は昨日買ったんですけど、油が切れちゃって。お願いしてもいいですか?」

「あぁ、問題ない」



 そう言ってから身体を起こしたヴィニアスが軽く頭を振ると、髪がストンとまっすぐに流れて綺麗にまとまる。ふわふわとした癖っ毛のレオンには到底出来ない芸当だ。いいなー、とレオンがヴィニアスの黒髪を眺めているなんて気づかずにヴィニアスは財布を取りに自室へ戻ったのだった。


***


「食用油をひとつ頼む」

「あいよ、ちょっと待ってね」



 レオンに頼まれた油を買いに市場に訪れたヴィニアスは、レオンに教えられた通りの露店の店主に声を掛ける。なんやかんや魔法士団に送る定期報告書の件でレオンと話し込んでしまい、彼が家を出たのは昼過ぎだった。人の良さそうな笑みを浮かべた髭面の店主はヴィニアスが差し出した空の油の容器を受け取って、その容器に油を注ぎ始めた。


 その様子をぼんやりとヴィニアスが眺めていると、誰かが彼の左腕をツンツンとつつき、ヴィニアスはそちらを見る。

 彼の視線の先には隣の露店の中から身を乗り出した妙齢の女店主がいた。



「あんた、最近リオラベルとよく一緒にいるだろう? ここ一週間くらいリオラベルがぱったり来なくなったんだけど、何か知らない?」



 突然ヴィニアスの耳に届いたリオラベルの名前に小さく目を見開きながらヴィニアスは軽く頭を振る。



「すまないが、俺は何も……」

「そうかい、ありがとね」



  眉を下げてそう言った女性にちらりと視線を向けて油を容器に注いでいた店主が口を開く。



「そんな心配せんでも……これまでも2週間くらい来ないことあっただろう?」

「馬鹿だね、あんた! それはあの子のお世話係がまだいたからだろ。4月に最後の一人も結婚して出て行っちゃったんだよ」

「お世話係?」



 女店主の言葉にヴィニアスが首を傾げると、彼女はヴィニアスに視線を戻して目を丸くした。



「あんた、知らないのかい? あの子、商人の娘だったんだって。割と裕福な家だったらしいんだけど、両親が亡くなったときに商店も潰れちゃって……親類縁者もいなかったもんだから、可哀想に思ったお世話係たちがあの子を育てたんだけど、彼女たちにも自分の人生があるからねぇ……時間が経つにつれて結婚だとか引っ越しだとかで少しずついなくなっていって、最後の一人だったメアリも今年の4月に結婚して遠くに行っちゃったらしいよ」

「……そうなのか」



 リオラベルの出生が『亡くなった商人の娘』として偽造されているのはヴィニアスも知っていた。

 ヴィニアスがリオラベルに魔法を教えると決まったとき、レオンがヴァレンにあてた彼女の報告書を読んだからだ。そこに書かれていたのは、魔法士団団長として情報の見極めに慣れているヴィニアスですら、リオラベル本人から本当の出生を教えられていなかったら信じてしまうような整合性の高い内容だった。


 おそらくリオラベルに廃城で生活することを許可したという皇帝が一枚噛んでいるのだろう。国家権力を握っている直属の上司といえど、その情報の巧妙さにはヴィニアスも舌を巻いたものだ。



(4月……俺がフィーニス地方に来た頃か)



 確かにヴィニアスがリオラベルに魔法を教えるようになってから何度も彼女が暮らしている屋敷を訪れているが、そこで他の人間に出会ったことがない。彼女に過去のことを聞くのは藪をつついて蛇を出すことになりそうで、ヴィニアスは尋ねたことがなかった。



「他の市場に行ってるっていうんだったらいいんだけど……」

「どちらにせよ、今日は来ないだろうな」

 


 髭面の店主の言葉を聞いてちらりと空を見上げた女店主は小さく頷く。



「あぁ、そうだね」



 彼らの会話の意味がわからなくてまたしてもヴィニアスが首を傾げると、髭面の店主が油をいれた容器をヴィニアスに手渡しながら口を開いた。



「もうすぐで雨が来そうだからな」

「……晴れているが」



 空を見上げたヴィニアスがそう返すと店主はニヤリと自慢げに笑う。



「何十年も住んでりゃ、空のご機嫌なんて一目でわかるさ」

「そういうものか……」

「今日のはかなり荒れそうだね。早いとこ店じまいしたほうが良いかもしれない……」



 そう呟いた女店主は客に呼ばれてそちらの方へ戻っていく。ヴィニアスは財布から銅貨を出して髭面の店主に渡した。



「はい、お釣りだよ」

「あぁ、ありがとう」

「また油が切れたらおいでー」



 ひらひらと手を振る店主に背を向けて、ヴィニアスは家に向かって歩き出す。



(一週間……俺が屋敷に行かなくなってから、リオラベルも市場に来なくなったってことか…………)



 心のなかでそう呟いたヴィニアスの脳裏に最後に会ったときのリオラベルの様子が蘇る。目の下に濃い隈を作り、どこか疲れたようにぼんやりとしていた。おそらく寝る時間を削って治癒魔法の練習をしていたのだろう、と考えてようやくヴィニアスの頭に最悪な想像が浮かび上がった。



(一人で倒れてるってことは……ないよな?)



 リオラベルはヴィニアスと違って自分で料理を作れるし、しっかりした性格だ。だから流石にそこまで無理はしないと思いたいが、彼女は治癒魔法に並々ならぬ執着を持っていた。もし練習に打ち込みすぎて倒れているとしてもお世話係が誰ひとりいない今、気づいてくれる人はきっといない。


 サァーっと青ざめたヴィニアスは早足で歩き出す。段々と足の動きが速くなり、気づけば彼は廃城に向かって走り出していた。

お読みいただき、ありがとうございました。

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