16.ティータイム
1話目に登場したヴァレンが再登場です。
「それで? わざわざ私を呼び出してなんの用?」
ウァリデュス帝国の帝都で大人気のカフェの一室で、優雅に紅茶を嗜みながら女は目の前に座る長髪の男に向けて問いかける。
多くの客がティータイムを楽しんでいるであろう個室制のカフェの中で、燃えるように赤く艷やかな髪をもつ美女とやや神経質そうな端正な顔立ちの男は、刺々しい雰囲気を醸し出していた。
スッと右手を上げて結界魔法を部屋全体に施した男は、黙りこくっていた口をようやく動かす。
「フィーニス地方に行ってヴィニアスの様子を見てきてくれないか?」
ヴィニアスによく似たぶっきらぼうな声音で長髪の男性、ヴィニアスの右腕ともいえるヴァレンは言う。
感情を顔に出さないヴァレンに対峙する女性は、飄々とした様子で口を開いた。
「嫌、面倒くさい。私もう魔法士団員じゃないし」
ヴァレンの目の前に座る女、バネッタがなんの見返りもなしにヴァレンの頼みを聞いてくれるわけがないことはわかっていた。
しかしわかっていたとしても、ヴァレンの話に興味なんてこれっぽっちもないかのように髪を指にクルクルと巻き付けながら答えられると、さすがのヴァレンもこめかみをひくつかせる。
未だに髪の毛に視線を落としている彼女を見つめつつ、平常心を保つことに集中しながらヴァレンはもう一度口を開いた。
「フィーニス地方へ行っている間の生活費はこちらで持つし、もちろん報酬も出す」
「そもそもヴィニアスにはもう一人の補佐がついてってるんじゃないの? 私がヴィニアスの元補佐だったとしても今は他人。魔法士団を辞めた私が出張る必要ないでしょ?」
ヴァレンの言葉に間髪入れずスラスラと反論するバネッタは、ヴィニアスが魔法士団団長に就任してから少しの間ヴィニアスの補佐として活躍していた女性だ。
ヴィニアスをずっと支え続けているヴァレンの元同僚ともいえる。そんな彼女は良く言えば好奇心が高く、悪く言えば飽き性。補佐に就任して1年で「ちょっと飽きたから魔法士団辞めるわ」と言って本当に辞めていった人間であった。
そして同時に、現在魔法士団と関係がないながらもヴィニアスの魔力喪失を知っている数少ない人間の一人だ。
ヴァレンは目の前でチョコレートケーキを頬張るバネッタを見つめながらため息をつく。
「そういえば、ヴィニアスがフィーニス地方で出会った少女に魔法を教えてるらしい」
ヴァレンの言葉にバネッタがようやく彼の目を見た。白い指に巻き付けていた赤い髪がはらりとほどけて落ちていく。
「うっそでしょ。この状況で、あのヴィニアスが?」
琥珀色の瞳を見開きながらぽかんとするバネッタの反応にヴァレンも心のなかで同意する。ヴァレン自身もレオンからの手紙を読んだとき、自分の目がおかしいのではないかと疑ったくらいだ。
もとよりヴィニアスは世話焼きな性格ではない。どちらかというと世話を焼かれるのに慣れているタイプだ。
そんな彼が魔力を失ったこの状況下で年下の少女に魔法を教えているだなんて、どうしたって耳を疑う話である。
「魔力失って人格変わっちゃったか?」
「おい」
「ごめんって」
ぼそっと呟いたバネッタにヴァレンが厳しい目を向けると、彼女は肩をすくめながら言った。どうにかしてバネッタの興味を引いたヴァレンは彼女の興味が失われる前に話を進めようとする。
「その少女に関しては調べてみたがなにも出てこなかった。限りなく白だな、まあ警戒するに越したことはないが」
「なーるほどねぇ。でもそれだったら尚更なんで私にフィーニス地方に行けとか言うわけ? というかそもそもヴィニアスの魔力を奪ったやつの情報は掴めたの?」
バネッタの研ぎ澄まされた刃のような質問にヴァレンが表情を眉間に皺を寄せて口を開く。
「魔法士団の貴族派連中の中に黒幕がいるのはわかってる……」
「そんなん私でもわかるわよ。ヴィニアスを敵視してるのが丸わかりだったもの」
「なかなか尻尾を出さないんだよ。俺は警戒されてることもあって確信的な証拠が掴めない」
少し苛立ったように癖のないブロンドの髪をガシガシとかきながらヴァレンはため息をついた。
「それで、ここからが本題だが」
「今から? 遅くない?」
「黙って聞け!」
どこまでも辛辣なバネッタの物言いにとうとうヴァレンが大きな声を出すが、バネッタは臆することなくマカロンを一つパクリと頬張る。そんなバネッタの様子を苦々しく見つめながらヴァレンは言葉を続けた。
「ヴィニアスの近くにスパイがいる可能性が高い」
「近くって……フィーニス地方に?」
「あぁ、ヴィニアスのことを監視している奴がいる」
マカロンを味わっていたバネッタは表情を険しくして、静かに一口紅茶を飲み込んでから口を開いた。
「そのスパイとやらをヴィニアスの魔力を奪った黒幕を見つけるための糸口にしたいってこと?」
バネッタの低く真剣な声音にヴァレンは小さく頷く。
「そういうことだ。魔法士団内だけじゃ、犯人の尻尾は掴めない。レオンやヴィニアスにはあちらのスパイも勘づかれないように警戒しているだろうから、今魔法士団に関係がないお前に探ってもらいたい」
「なるほどね」
「頼まれてくれるか?」
バネッタはヴァレンの質問に答えることなく、にこにこと笑っている。彼女の綺麗な笑みに嫌な予感がひしひしとするヴァレンは目頭を押さえながら苦虫を噛み潰したような表情で口を開いた。
「……何が望みだ?」
ヴァレンの疲弊しきった言葉にニヤリと笑みを浮かべたバネッタは、どこからともなく1枚のチラシを取り出してすーっとヴァレンの目の前に突き出した。
「これは……? ギャラリーの広告か?」
「そう、私が好きな画家のね。今度帝都でやるんだけど、貴族向けのギャラリーだから私一人じゃ入れないのよ」
「……連れてけってことか」
ぼそりと呟いたヴァレンに向かってバネッタは魅惑的な微笑みを向ける。当たり、ということだろう。
「わかった、予定を開けておく」
「ふふっ、ありがと」
嬉しそうに笑ったバネッタにこれ以上ペースを持っていかれないよう、ヴァレンは気を取り直して口を開く。
「こちらでバネッタが住む物件などは手配しておく。仕事などの関係もあるだろうから急かしはしないが、できるだけ早く行ってくれると助かる」
「あ、仕事はヴァレンから手紙が来たときに辞めたわ。どうせヴィニアスの様子見てこいって言われると思ったから」
せっかく気を取り直したのに、ヴァレンはあんぐりと口を開けてバネッタを見つめてしまう。そんなヴァレンを見てバネッタは得意げに口角を上げた。
「……お前、最初から断る気がなかったな」
「断る気がないにしても、もらえるものはもらわないと。あ、ここのお代もよろしく。じゃ、物件が用意できたら知らせて」
鼻歌交じりにそうヴァレンに告げたバネッタは、ヴァレンが施した結界魔法を勝手に解除してカフェの個室のドアノブに手をかける。
「じゃあ、またねー」
ひらひらと軽く手を振ってからバネッタは出ていき、個室の中にヴァレンだけが残される。のっていたデザートが綺麗にたいあげられた皿たちを見つめたあと、ヴァレンは手元のギャラリーのチラシに視線を落とす。
「はぁ……あの商売気質、どうにかならかいのか……?」
苦労混じりの呟きが午後の陽気な光が差し込む個室に溶けていくのだった。
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