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13.治癒魔法

久しぶりの投稿となってしまいましたが、よろしくお願いします。

区切りの良い場所がなかったため、少し長めになりました。

「ここに花があるだろ」

「えぇ。これどうしたの?」



 一通り治癒魔法について口頭で説明したヴィニアスは、手のひらにのった花をリオラベルに見せる。

 リオラベルは彼の手の中を覗き込みながら質問した。



「昼食の後に城の外で摘んできた」

「へぇ……」



 ヴィニアスの言葉を聞いたリオラベルは、目の前の凛々しい男が花を摘んでいる様子を想像する。

 彼が持っている白い花は地面近くで花開くものだ。長身の身体を縮めて彼が花を摘む姿を思い浮かべたリオラベルは心の中で呟く。



(結構ファンシーね……)



 リオラベルの視線に何かを感じ取ったのか、ヴィニアスは少しだけ眉をひそめた。



「聞いているのか?」

「えぇ。続きをどうぞ」

「少し申し訳ないが、この花にこうやって傷をつける」



 覗き込むリオラベルが見やすいように花を持ちながら、どこからか小さなナイフを取り出したヴィニアスは細い茎に小さな切り込みをいれる。

 ヴィニアスはちらりとリオラベルが見ていることを確認して、手のひらにのる花をリオラベルに手渡した。



「傷をつけた花に送り込むように魔力を流すことで治癒魔法へと変換する。上手くいけば茎の切り込みは治癒魔法で癒やされるわけだ」

「魔力の流し方のコツは?」



 リオラベルが食い気味でヴィニアスに尋ねると、彼は少し考え込むように間を置いてから口を開く。



「……魔力を送り込む相手の傷口を縫うように、と言うのが一番近いかな。魔力を傷口を縫う糸だと思って細く通していくことを想像してみるとやりやすいと思う」



 魔法書が散らばる部屋の中で、ヴィニアスの静かな声が響き、リオラベルは一言も聞き逃さないよう彼をじっと見つめていたが、彼の説明に思うところがあったのか首を傾げた。



「魔力の流し方についてはわかったけど……傷口ってことは、病気や毒には効かないの?」

「毒には解毒魔法があるし、病気には魔法薬があるだろ? 治癒魔法は一般的に、怪我した場合でしか使えない」

「そうなのね……」



 納得したリオラベルはヴィニアスに渡された自分の手のひらにのる花に視線を落とす。彼女の小さな手が大きく見えるほど小さい花の茎の傷を縫うように魔力を流すなんて、今までで一番の難題だ。

 でも、だからといって『無理』だなんて言うつもりは毛頭ない。ヴィニアスが実力のある魔法士であることは明白だ。彼に魔力の流し方のコツを教えてもらった魔法は、すぐに習得することが出来た。とはいっても、ヴィニアスから見れば魔力の流し方が雑だそうで何度も『やり直し』を出されたわけだが。


 それに____



『なにかを学びたいときは信頼できると思った者に教えを請い、教えを請うたからにはその者のやり方を素直に受け止めるんだよ』



 リオラベルの脳裏をよぎったのは、彼女の腹違いの兄が幼いリオラベルに言い聞かせた言葉だ。教えを請う人間は選び、教えを請うたのならその人間の言葉を受け止める。風に連れ去られてしまいそうなほど儚い容姿を持っていた兄は、その容姿に似合わず強固な芯がある人だった。

 優しくて、公平で、誠実。多くの人から慕われていた彼は、リオラベルの自慢の兄だった。


 リオラベルは目を伏せて自分が放出する魔力に集中する。

 細く、細く、そして、丁寧に。


 けれど、これまでヴィニアスに教えてもらった魔法とは違い、どれだけ魔力を放出しても、目の前の花の傷が変化することはなかった。



「…………魔力の流し方が違った?」

「いや、魔力の流し方は上手く行っていた……まあ一度で習得できるものでもない。練習あるのみだ」



 ヴィニアスの言葉に、それもそうか、と思ったリオラベルはもう一度手のひらの上の花に集中して魔力を流し込む。


 結局、その日の訓練でリオラベルは治癒魔法を習得することが出来ず、明日も治癒魔法を練習することになったのだった。

 

***


 灰色の雨雲に覆われ雨が降りしきり、風が吹き荒れ、月の光さえ届かない真夜中。

 その夜のフェルティリス王国の王城はどこか異様だった。リオラベルが住んでいた王太子宮の奥に隠された屋敷には、いつもなら夜でも10人程度の使用人がいたはずだ。けれどその日は、リオラベルの乳母であるリリアとリオラベルしかいなかった。


 そして、リリアは藤色の瞳を不安げにゆらゆらと動かしていた。



「リリア? どこに行くの?」

「少し、王太子宮の様子を見てきます」



 幼いリオラベルの声が暗い部屋の中に響く。その頃のリオラベルは暗い所が苦手だったので、夜でも照明を暗めに点けていたのに、その日はリリアが頑としてそれを許さなかった。

 照明をすべて消されてしまったことで、リリアから離れなかったリオラベルは彼女に抱かれたまま重いまぶたをこすっていた。


 時計の短針が頂点を指し示して1時間ほど経ったとき、眠りへと落ちかけていたリオラベルはリリアが自身を洋服棚の中に下ろしたときにパッと目を覚ます。


 リリアはリオラベルの質問に固い声でそう答えて、手元に置いていた外套を羽織った。



「私も行く!」

「だめです、リオラ様」

「なんで?」

「…………王太子殿下にここにいるよう言われています。迎えに来るから、と」

「お兄様に? ……だったら、ここでリリアも一緒に待っていようよ」

「もう予定の時間から1時間も過ぎています。何かあったのかも……少しだけ確認してきますので、この棚の中で待っていてください」



 そう言いながらリリアはギュッとリオラベルを抱きしめる。柔らかなリオラベルの銀髪に軽く唇を落としたリリアはリオラベルの隣に小さなランプを置いて、それにきめ細やかな白い手をかざして光を灯す。



「ランプを置く代わりに、ここの扉は閉めておいてください。私が帰ってくるまで、ここにいてくださいね。ここは安全ですから」

「……わかったわ」



 なぜ、隠れていなければならないのか。ここが安全なら、ここ以外は安全じゃないのか。浮かび上がる疑問を咄嗟に言葉にすることが出来なかったリオラベルは小さく頷いた。

 リリアは駄々をこねないリオラベルにあからさまに安堵して、ゆっくりと扉を閉めていく。


 その時。

 青白い光が窓から室内を照らし、一拍遅れてけたたましい音が響いた。



「リリア!」

「大丈夫です、雷ですから。ここにいれば安全です」



 言い聞かせるようにリオラベルに繰り返したリリアはぎこちなく微笑んで、再び扉を動かす。

 扉が閉まり切る直前、もう一度青白い光が部屋を照らし、リリアのぎこちない笑顔がはっきりとリオラベルの青い瞳に飛び込む。



『行っちゃだめ』



 確かにそう言ったのに。リオラベルが発した言葉は一拍遅れて辿り着いた雷鳴に押しつぶされて、リリアに届くことはなかった。


 パタンっという洋服棚の扉が閉まる静かな音が、リオラベルには雷鳴よりも大きく思えた。


 その後、一体どれくらい洋服棚の中にいたのかはわからない。もしかしたら、1時間にも満たない時間だったのかもしれない。けれど、リオラベルにはその時間がそれまで生きてきた時間よりも遥かに長く感じられた。


 木の板を隔てた棚の外からも自分以外の生物の音がしない静かな世界で、リリアが置いていってくれたランプの光だけがリオラベルの震える心を支えていた。


 けれど全てはどこまでもリオラベルに無情で、ランプの光も急にフッと消えてしまった。



「あ……リ、リリア!!」



 狭く、真っ暗な空間にリオラベルの幼い震える声が響く。

 それまであまり気にならなかった雷鳴が急にありありと感じられ、堪えられなくなったリオラベルはバンッと扉を開けた。


 ここにいなきゃいけない。だってここにいるようにとリリアに言われた。

 それまでリオラベルがリリアの言いつけを破ったことなんてなかった。


 ここにいなきゃ。洋服棚の中にいなきゃ。

 でも。だけど。


 ピカッと窓から青白い光が差し込み、それまでで一番大きな音が間髪入れずに響き渡る。

 気づけばリオラベルは建物の扉へと走り出し、そのノブを回していた。


 その日リオラベルは初めて、一人で王太子宮の奥に隠されたその屋敷から外へと出た。


お読みいただき、ありがとうございました。

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