12.兄弟
ヴィニアスがリオラベルに魔法を教えるようになってから1ヶ月が過ぎた。
その間、リオラベルはヴィニアスのしごきに音を上げることなく、着実に成長を続けている。
そんな二人は今、街の市場を訪れていた。
「何が食べたい?」
「なんでもいい」
自身の隣を歩いているヴィニアスにちらりと視線を向けたリオラベルは、彼の言葉に「じゃあ、パスタね」と言う。
昼下がりの市場は人が少なく、リオラベルはすいすいと進んでいき、ヴィニアスがそれに続く。
ヴィニアスがリオラベルに魔法を教えるようになってから、午前午後と魔法の訓練をする合間にリオラベルが昼食を2人分作るようになっていた。
家事が全くできず、料理なんて以ての外であるヴィニアスとは違ってリオラベルは一通りの家事を習得しているらしく、いつも慣れた手つきで料理を作っている。
「すみません、お会計お願いします」
店先に野菜が並ぶ露店で、あまり悩む素振りなくいくつかを手に取ったリオラベルは店の奥にいる店員に声を掛ける。
「いらっしゃい。160リルだよ」
店員の言葉を聞いて財布を取り出したヴィニアスは銅貨を何枚か店員に渡す。
「160リル丁度。毎度ありー」
のほほんとした店員から野菜が入った袋を受け取ったリオラベルと、財布をしまったヴィニアスは廃城へと向かって歩き出す。
ちらりと自分よりもはるかに背の低いリオラベルを見たヴィニアスは、彼女の方にずいっと手を突き出した。
「……何?」
「荷物を持つから貸せ」
無愛想な顔つきのままヴィニアスから発された言葉に、リオラベルはきょとんとした後に困ったように眉尻を下げて口を開いた。
「いいわよ、自分で持つわ。お代だって出してもらったんだし」
「別にあれくらいの額ならどうってことない」
ヴィニアスのぶっきらぼうな言葉にリオラベルは呆れたように肩をすくめる。
「団長だったんだから高給取りだったでしょうけど、そういう問題じゃないのよ。ただでさえ魔法を教えてもらってるうえにお代まで出してもらってるんだから、これぐらい持つって昨日も言ったわ」
「……昨日も言ったが、自分よりも幼い女性に荷物を持たせているのはムズムズする」
社交などといった類からは離れているらしいが、時々ヴィニアスから滲み出る貴族令息としての発言にリオラベルはため息をつき、未だに彼女の方へ手を突き出しているヴィニアスを置いてずんずんと歩き始めた。
「あ、おい。リオラベル」
「これくらい重たくもないから、平気よ。さっさと戻りましょ、お腹が空いたわ」
つっけんどんなリオラベルの態度にヴィニアスも諦めたのか、ため息をついた後静かに彼女の隣に並び、二人揃って廃城へと歩いていくのだった。
***
「初級魔法はもう大丈夫そうだな。中級魔法も躓いてはいないし……」
昼食を食べた後、再び魔法の訓練に戻ったリオラベルは、ヴィニアスの言葉にふふんと口角を上げる。
初級魔法から彼に丁寧に教えてもらったおかげか__割とスパルタではあったが__、それともリオラベルに才能があったのか、魔法の訓練は順調に進んでいた。
誇らしげな顔をするリオラベルの隣で、ヴィニアスは何かを思案するように黙り込む。
その様子に首を傾げたリオラベルがヴィニアスの顔を覗き込むが、彼の意識はどこか遠くにあるようだ。
(本当に綺麗な顔立ちよね……)
ヴィニアスが自分を気に留めないのをいいことに、リオラベルは彼の顔を凝視しながら心の中で呟く。
魔法が使えていた頃の魔法の訓練はずっと屋外で行っていた、と話していたのが嘘に思えるほど白くシミのない肌に、シュッと通った鼻筋、薄い唇。
そして、伏せられた長い睫毛の間から覗く澄み切った千草色の瞳。
「やはりそうするか……ってなんでそんなに近づいてるんだ!?」
思考がまとまったらしく、納得したように呟いたヴィニアスは目の前で彼の顔を覗き込んでいたリオラベルにようやく気づき、大きな声を出しながら後ずさる。
突然の大きな声に反射的に両手で耳を抑えたリオラベルは、口を尖らせた。
「急に大きな声を出さないでよ」
「君が近づいたからだろ」
「……それで、何を考えてたの?」
ヴィニアスの正論に肩をすくめたリオラベルの質問に、ヴィニアスはため息をついてから口を開く。
「次に教える魔法のことだ。治癒魔法って知ってるか?」
ヴィニアスの質問にリオラベルは小さく頷き、その様子を見ていたヴィニアスは言葉を続ける。
「怪我や病気を治す治癒魔法は中級魔法の一つだが、使える人間は限りなく少ない。魔法士団の魔法士は9割方が使えるが、民間の魔法士なら6割以上は使えないと言われてる」
「中級魔法なのに? 民間だとしても魔法士の免許を取るには中級魔法を全て習得しなきゃならないんじゃないの?」
きょとんと首を傾げたリオラベルの言葉に、ヴィニアスは小さく頷いた。
「リオラベルが言う通りだが、治癒魔法だけは例外扱いだ」
「例外?」
「治癒魔法は使える人間にとっては初級魔法にすら思えるが、使えない人間からすれば上級魔法以上に難しいと言われてる」
そこまで話したヴィニアスはまだ腑に落ちていないリオラベルを見て、再び口を開いた。
「簡単に言ってしまえば、センスがあるかないかに大きく左右されるということだ」
「センス……って魔法のセンスってこと?」
「いや、一概にそうとも言えない。過去の大魔法士の中ですら、治癒魔法を使えない人はいたそうだからな」
ヴィニアスの言葉を聞いたリオラベルはうーん、と難しい顔になった。
目の前で顔をしかめながら考え込むリオラベルにゆっくりと両手を近づけたヴィニアスは、そっとその指でぎゅっと寄せられた眉根に触れる。
「……何?」
「いや……あまりシワを寄せないほうが良い」
驚いてヴィニアスを見上げるリオラベルの眉根を柔らかい力で左右に伸ばしたヴィニアスは、静かに手を離す。
「……と姉が昔言っていた」
言葉を付け足したヴィニアスに、リオラベルは目を見開いて口を開いた。
「お姉さんがいるの?」
「あぁ」
なぜか目を輝かせているリオラベルは短く答えたヴィニアスに質問を重ねる。
「2人兄弟?」
「いや、5人兄弟だ」
「5人!?」
大きく目を見開いたリオラベルは、口からこぼれるように「多いのね」と呟いた。
「まあ、確かに他家よりも多かったな」
「賑やかで楽しそうね」
「……」
手に持っている魔法書に視線を落としながら発されたリオラベルの言葉の後に、ヴィニアスが続くかと思われたが、ヴィニアスの口から言葉が紡がれることはなく室内にしーんと沈黙が流れ込む。
そのことを不思議に思ったリオラベルは視線を上げた。
「……ヴィニアス?」
軽く俯いて少し口を開き、ぼんやりとしているヴィニアスの様子を訝しんだリオラベルの声に、彼は弾かれたように身体を揺らして顔を上げる。
「あ、いや。なんでもない…………それで治癒魔法のことだが__」
彼にしては珍しくあたふたと言葉を重ねたヴィニアスは、雰囲気を切り替えるように軽く深呼吸をしたかと思えば、いつも通りのぶっきらぼうな口調で治癒魔法について説明を始めてしまった。
何かヴィニアスの気に障ることを言ってしまったのかと気が気でないリオラベルだったが、いつものように淡々と説明を続けるヴィニアスの言葉を聞き逃さないように無理やり意識を切り替えたのだった。
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