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10.朝から驚き

 ヴィニアスがリオラベルに魔法を教えることを受け入れた次の日の朝。

 のどかな空気が窓から入り込んでくる自身とレオンが暮らす家の中で、彼は自分の目を疑った。



「あ、起きてきた!」

「団長、おはようございますー。朝食、もう出来てますよ」



 レオンがそこにいることはなんの問題もない。

 そもそもレオンと住んでいるのだから当たり前だし、今日も今日とてヴィニアスの分まで朝食を作ってくれているレオンには感謝しかないが、ソファにちょこんと腰掛けながらレオンよりも先に言葉を発した存在はこの家にいるはずのない存在だ。



「なんで君がここにいる……?」



 こめかみを押さえながらどうにか言葉を絞り出したヴィニアスの視線の先には、ソファに座りながら上品に紅茶を嗜むリオラベルがいる。



「歩いてたら、レオンさんと会ったのよ」

「なんでレオンに会ったからってここにいるんだ?」

「お茶でもどうぞって誘われたから」



 質問を重ねたヴィニアスにあっけからんと答えるリオラベルをよそに、ヴィニアスはキッチンで忙しなく動くレオンをギロッと睨みつけた。

 すると、その視線にすぐに気づいたレオンが慌てふためく。



「いや、丁度すぐ近くで会ったもので……魔法の件はどうなったの? とか話してたら、結局団長が教えることになったって聞いて、そうであれば招待してもいいかなと思った次第で!」

「警戒心がないのか? 彼女の嘘だったらどうする?」

「すいません!!」



 低く唸るようなヴィニアスの言葉に、レオンは大きな声で返した。

 事態の張本人であるリオラベルは他人事かのように、レオンとヴィニアスを眺めている。



「でも、教えてくれるのは嘘じゃないでしょう?」



 リオラベルの静かな声が響き、ヴィニアスはそちらに振り向く。

 彼の視線の先には姿勢よくソファに腰掛けながら、真剣な表情で彼を見つめるリオラベルがいた。


 一瞬、家の中に沈黙が流れ込み、ヴィニアスは小さくため息をつきながら口を開く。



「……あぁ」

「良かった! ちょっとヒヤリとしたわ」

「前言撤回はしない」



 ヴィニアスのぶっきらぼうな言葉でも、リオラベルは嬉しそうに口元を綻ばせた。

 自身の無愛想さを重々承知しているヴィニアスは、自分の言葉で屈託なく笑うリオラベルに戸惑いながらも、食卓に並ぶ椅子に腰掛ける。


 ソファに座っていたリオラベルは、ヴィニアスを追いかけるように食卓まで歩いてきて、ヴィニアスの対面に置かれた椅子に腰掛けた。



「それで、今日は何を教えてくれるの?」



 青い瞳をキラキラと宝石のように輝かせながらリオラベルが身を乗り出す一方、ヴィニアスはそれから離れるように上半身を後ろに引きながらコーヒーを一口飲み込む。



「何を教えるかは君の実力を見てから決める」

「今ここで見せましょうか?」



 うきうきとした声音で腕まくりをするリオラベルを、ヴィニアスは慌てて止める。



「いいからじっとしてろ」

「はーい」



 思ったよりも素直にヴィニアスの言葉に応じたリオラベルは、満面の笑みで対面に座るヴィニアスが朝食を口に運ぶのを見つめている。


 顔を上げるたびにきらきらとした瞳に見つめられるせいで、ヴィニアスはとても居心地の悪い思いをしながらスプーンを動かすのだった。


***


 朝食を食べ終えて、身支度も済ませたヴィニアスはリオラベルに急かされるまま、玄関へと向かう。

 ピューッとものすごい速さで靴を履いて、先に外に出ていったリオラベルの素早さに驚きながらも、ヴィニアスはのそのそと靴を履き始めた。


 すると、ヴィニアスの後ろにひょこっとレオンが立つ。

 どうかしたのか? とヴィニアスが問いかける前に、レオンが口を開いた。



「彼女のこと、ヴァレンさんに報告しても大丈夫ですか?」

「? あぁ、問題ないが」

「そうですか……」



 ヴィニアスの返事に、やや含みのある声音で頷いたレオンにヴィニアスは眉をひそめる。



「なにか心配があるのか?」



 ヴィニアスがレオンにそう尋ねると、彼はヘラっと笑ってみせた。



「いや、ヴァレンさんって団長のことになると心配性ですから。誤解のないように報告しないと、ですね」

「ヴァレンには俺から伝えてもいいんだが……」

「あ、いえ! 僕がやりますよ。そのために同行したんですから」



 ヴィニアスの提案に、レオンは慌ててブンブンと首を横に振る。



「そうか。じゃあ『危ないことはしないから、そんなに心配するな』って伝えておいてくれ」

「はい、分かりました」



 コクっと頷いたレオンを見て、ヴィニアスは玄関の扉の取っ手に手をかける。

 グッと白い扉を開くと燦々と日光が降り注ぎ、その眩しさのあまりヴィニアスは千草色の瞳を細めた。


 先に外に出ていたリオラベルは玄関先にある花壇を覗いていたようだが、ヴィニアスが出てきたことにすぐ気がつき、「遅いわよー!」と文句を言っている。


 その文句にも喜色が滲んでいるので、ヴィニアスは詫びることもなくリオラベルの方へと歩いた。



「リオラベルちゃん。団長のこと、よろしくねー」

「? はい! わかりました、レオンさん」



 玄関の中から聞こえてきたレオンの声に、リオラベルは元気よく答える。



(……教えるのは俺なんだが)



 目の前で繰り広げられるやや既視感のある会話に突っ込む気にもなれなかったヴィニアスは、さっさと家の門を出て行き、レオンに手を振っていたリオラベルは慌ててそれに続く。



「ねぇねぇ」

「……なんだ?」



 後ろを歩くリオラベルにツンツンとつつかれて、ヴィニアスはちらりと後ろを見た。

 ヴィニアスを見上げるリオラベルは、人形のように整った顔立ちに生き生きとした笑みを浮かべている。



「引き受けてくれて、ほんとうにありがとう」



 リオラベルの言葉に、少しだけ耳を赤くしたヴィニアスはサッと彼女から目を逸らして前を見た。

 ヴィニアスが顔をそらしたことにきょとんとしたリオラベルだったが、目敏(めざと)く彼の耳が少し赤くなっていることに気がつき、にやりと笑いながら口を開いた。



「照れてるの?」

「うるさい……というか、なんでレオンには敬語で俺にはタメ口なんだ? あいつより俺のほうが年上だぞ」

「え? そうなの?」



 無愛想に発されたヴィニアスの言葉にリオラベルは素っ頓狂な声を上げた。



「敬語のほうが良い?」

「別に」

「なんなのよ……」



 呆れたように声を出したリオラベルはすぐに口元に、ふふっと笑いを浮かべてヴィニアスの横に並ぶ。

 上機嫌なリオラベルをちらりと見たヴィニアスは、(早まったかもしれない……)と小さく息をつくのだった。


お読みいただき、ありがとうございました。

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