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異次元の殺し屋  作者: 永山ぴの
第1章【女子高生と殺し屋】
2/2

1話『はじまり』


 稲垣 結季斗の人生は残酷と言う以外に他ならなかった。

 元々、両親から望まれて生まれてきたわけでもない。

それ故、両親からはまともな扱いを受けてこなかった。

それはエスカレートしていき、暴言や暴力へと繋がった。

 結季斗の家庭事情は学校生活のも影響を及ぼしていた。

親にしばらく入浴を禁止された時には、クラス中の人が鼻をつまんで避けた。

親に殴られた翌日には、その怪我を見た生徒たちが根も葉もない噂を広げた。

稲垣 結季斗は不良と喧嘩するだとか、話しかけると襲われるだとか。

 そんな扱いが日常となってきていた中学1年の秋。

結季斗は学校に来て早々、自分の下駄箱の前で立ち尽くしていた。


「ゴミ……」


 結季斗の上履きの上に、山積みにされたゴミくずたち。

紙やらお菓子の袋やらが大量にあった。

 最近では、こういう典型的ないじめが増えてきた。

昔はなんとなく避けられている程度だったものが、結季斗が仕返しをする気がないことが分かった途端にこれだ。

 正直、結季斗からしてみれば、辛いとかいうよりも呆れるという感情の方が大きい。

 結季斗は積まれたゴミを両手で一気に掴んで、溢さないように慎重に運んだ。

下駄箱から少し離れたゴミ箱への前まで持っていく。

ドサッと音を立てて、ゴミの山はゴミ箱の中へと落ちていった。


「まためんどくさいことを……」


 小さく愚痴を溢して、結季斗は靴を履き替え、教室へと向かった。



 ――昼休み。

 結季斗がトイレから教室へ戻ってくると、自分の席が占領されていた。

クラスの1軍陽キャ男子3人組だ。

一番廊下側の四隅の席で賑やかに談笑している。

 こういうことは誰でもたまにあることかもしれない。

しかし、結季斗の場合は少し違う。


「あの、ここ俺の……」


 結季斗が声を掛けても、まるで聞こうとしない。

おしゃべりに夢中で聞こえていないわけじゃない。

こういうパターンは結季斗は経験済みだ。


「あの!」


 結季斗が更に声を大きくしようとした時。

結季斗の背後から気配がした。


「ねぇ、そこの3人」


 振り向くと、クラスメイトの女の子が立っていた。

凛とした顔立ちだが、どこか可愛らしさも感じる雰囲気。

セーラー服のよく似合うこの少女は、学級委員を務めていた。

 学級委員はにこやかな顔を保ったまま、言葉を続ける。


「その机なんだけど――」


「あー、これ?誰も使ってないやつだからいいだろ」


「それなー。てか、もし使ってるやつがいたとしたらソイツはもはや幽霊だよな」


「気配なさそうだもんな!」


 結季斗は遠慮なない悪口に呆れ、溜息をつきそうになるのを堪える。

ナメた態度を取れば、それはそれで変に絡まれるからだ。

 しかし、少女は可愛らしく首を傾げて、両手を合わせてお願いのポーズを取る。


「なら、ちょうどいいかな。その机、使ってもいい? クラスのスローガンの横断幕を作るのに使いたくって」


「スローガン?」


「あー、なんかこの前のホームルームで決めたな」


「でも、何でここ?」


 一人の男子の質問に、少女は迷いなく答える。


「ここ、廊下が近いでしょ? 倉庫からの絵具とかの出入りがあるから、廊下に近い方が楽なの」


「なるほどなー」


「さすが!いいんちょー!」


「かしこーい」


 男子たちの言葉に、委員長は困ったテレ顔で「やめてよ」と答える。

 すると、男子たちは素直に結季斗の席から離れていく。

気分を害することもなく、少女は男子たちを退散させてみせた。

 結季斗がその様子を呆気に取られて見ていると、少女はくるりと回り、スカートの裾を揺らしながら結季斗へ向き直る。


「というわけで、手伝ってくれる?」


「……はい?」



 ――放課後、日が沈んできた頃。

結季斗は委員長の少女と共に、誰もいない校舎の廊下を歩いていた。

結季斗は絵具やらマジックペンやらが大量に押し込まれている段ボールを抱えながら進む。


「井ノ崎、放課後まで付き合うなんて聞いてない」


「いいじゃない。助けてあげたんだから」


「なら、あのままで良かった」


「ひどい! 私とポスター作るのがそんなに嫌だったの⁉」


「誰でも嫌だ」


 結季斗の素っ気なく、抑揚のない返事に委員長――井ノ崎はぷくっと頬を膨らませる。

 彼女だけは、結季斗にも他の皆と平等に接してくれる。

その理由は結季斗には分からないが、井ノ崎のそうした対応のおかげで結季斗のメンタルは崩れずに過ごせている。

しかも、井ノ崎は他の生徒には結季斗を庇っていることを感じさせないようにしている。

もしそれが判明すれば、彼女は友人達から結季斗と距離を取るように言われるだろう。

それに、結季斗へのいじめも加速する恐れがある。

井ノ崎はその空気を感じて、こうして陰ながら支えてくれている。

 二人は倉庫の前へと来ると、結季斗が足を使ってドアをスライドさせる。


「お行儀悪いよ」


「俺は手が塞がってる。見ればわかるだろ」


「私の手は空いてるんだから、私が開けたのに!」


「もう遅い」


 結季斗は構うことなく、倉庫へと入って段ボールを棚に置く。

 井ノ崎も不服そうにしながらも中へと続き、片腕に下げていた小バッグを棚へと戻す。


「さっさと帰ろ」


「ちょ、早いってば……!」


 結季斗が廊下へ出て、それにま慌てて井ノ崎も続く。

パタパタと音を立てながら結季斗に追いつくと、二人の歩幅が合わさる。

 二人の足音が廊下に響く。

少し距離のある教室へゆっくりと向かいながら、他愛もない会話をする。

普通の中学生のように。

 この時間は、結季斗にとって年相応の感情が現れる唯一の時間だ。

この子がくれる、こういう瞬間を大事にしよう――結季斗がそう思っている時。

 角を曲がった井ノ崎が死角から現れた生徒とぶつかった。


「ごめんなさい……!」


 井ノ崎が慌てて顔を見上げると、そこには同じクラスの男子生徒の顔があった。

 結季斗と井ノ崎の顔が一気に青ざめた。


「あ……あれ、どうしたの? もう部活も終わった時間だよ。忘れ物?」


 なんてことないように話しかける井ノ崎だが、男子生徒の目線は俺へと向いていた。


「委員長、なんでコイツと仲良くしてたの?」


「な、仲良くはないかな……ほら、この人の机を使ってたから、ついでにポスター作りを手伝ってもらってたの。それだけ」


「の割に……ずいぶん親し気な内容の話だったね」


 ただただ威圧感のある目線で俺たちを見下ろす。

 おそらく、誰もいない廊下だから話の内容が丸聞こえだったのだろう。

きっと、この角から結季斗たちの表情も見ていたに違いない。

結季斗はそう推測すると、覚悟を決めて声を出す。


「お、俺からしつこく絡んでた。だから……」


「お前に喋る権利ないよ?」


「はぁ……っ⁉」


 まるで王様のような態度で結季斗を見下す男子生徒。

 すると、今度は井ノ崎へと顔を向ける。


「委員長、クラスの約束だったよね? 稲垣には肩入れしないって。ペナルティーのことも忘れた?」


「それは……」


「な、なんだ……それ……」


 結季斗の知らないことだ。

結季斗が困惑していると、男子生徒は鼻で笑って説明した。


「お前、クラスチャット入ってないもんなー。そこのルールでさ、‘‘稲垣の味方をしてはいけない。破れば、いじめのペナルティーを科す,,ってあるんだよ」


 結季斗はその事実に衝撃を受けた。

彼の知らないところで加速していたいじめのルール。

ペナルティーの危険を冒してまで味方をしてくれていた井ノ崎のこと。

そして、同時にこの状況の危険さを理解する。

 結季斗が動けずにいると、井ノ崎は震える声で訊く。


「でも、ペナルティーって具体的に何をするの?そこまでは決めてなかったんじゃないの?」


「それはその都度決めるんだよ。ほら、裁判みたいな感じでさ」


 嫌な予感しかしない。

ペナルティーを科すなんて、ろくなことじゃないに決まっている。

 結季斗は思考を巡らせる。

いつも、密かに自分の味方をしてくれていた少女が何の被害も受けずにこの場を逃れる方法があるはずだと。

自分よりも、目の前の優しい少女を助ける方法がないかと。

 しかし、男子生徒は気味の悪い笑みを浮かべて井ノ崎の肩に手を置いた。

井ノ崎の肩がびくりと震える。


「まー、何か事情があったんだろうし? 優しい委員長のことだから? 今回はちょっと猶予ありでどう?」


「猶予……?」


「うん。明日までに、もう稲垣に関わらないって決めたら、今回は見なかったことにしとくよ」


「……それを拒否したら?」


「ペナルティー」


 結季斗と井ノ崎はその雰囲気にゾッとする。

 すると、そんな二人にもう用はないと言わんばかりに、男子生徒は二人の間を抜けて行った。

 男子生徒の足音が聞こえなくなるまで、二人は動くことができなかった。



 ――結季斗と井ノ崎は暗くなった道をゆっくり進む。

 数メートル先の十字路まで行けば、そこで二人の帰路は別れる。

 ここまで二人は無言だった。

お互い、何から言えばいいのかわからなかった。

 しかし、結季斗が乾いた口を動かした。


「ごめん。全然知らなくて。あんなルールあるなら、関わらなくても良かったのに」


「私がそうしたくて勝手にやったの。気にしないで。それとね……」


 井ノ崎はそこでピタリと止まって、真っすぐに結季斗を見つめた。

井ノ崎の顔が、走る車のライトで照らされた。


「私は、稲垣君の味方をやめるつもりはないよ」


 その言葉に、結季斗の心の奥で何かが揺れた。

今まで感じたことのない温かみ。

人のぬくもり。

 結季斗は涙を堪えながら、井ノ崎を見つめ返した。


「ありがとう」


「……初めてお礼言われちゃった」


 井ノ崎は、そう言ってはにかんだ。



 ――井ノ崎は明日、先生にいじめのことを訴えると言って別れた。

現状、担任はいじめのことを見て見ぬふりをしている。

なので、おそらく学年主任にでも訴えるつもりだろう。

その方が信頼できる。

 結季斗は少しだけ軽い気持ちを持ちながら、自宅のアパートまで辿り着いた。

アパートの2階が稲垣家の自宅になる。

オンボロとしか言いようがない階段を上がって、ドアの前に立つ。

 結季斗はいつも、ここで一呼吸置いてから家に入る。

いや、ここは家と言っていいものなのかも分からない。

気の休む暇なんてない場所であり、家族の暖かみなどまるでないのだから。


「帰らなくても、後が怖いだけだからな……」


 結季斗は覚悟を決めて、ドアを引いた。

ドアがぎいっと音を立てる。

家にいるであろう人物に刺激を与えないように、そっと閉める。


「ただいま」


 結季斗への返事はない。

廊下の奥を覗くと、電気はついていない。

真っ暗だ。


「いない……のか?」


 少しだけ、安心感を得る。

緊張で強張っていた体をリラックスさせて、ゆっくりと動かし、リビングに向かう。

 だが、その安堵感は一瞬で消えた。

リビングの中央のテーブルで、一人の女が突っ伏していた。

部屋全体はもので散らかり、キッチンも食器で溢れかえっている。

その光景はいつものことだ。

だが一つ、いつもに比べて違和感がある。


「……父さんは、どこに行ったんだ?」


 結季斗が疑問を口にする。

 そう、父親の荷物がまるっきりなくなっている。

床に散乱していた服やなんやらがないのだ。

 テーブルに突っ伏したままの結季斗の母親は、のっそりとその体を起こした。


「出て行ったわよ……」



「え……?」



「あの人はァっ!!」



 結季斗の母は激昂して、テーブルを強く叩きつけて立ち上がった。

ボサボサの長い髪の間から、鋭い視線が結季斗を覗く。


「あの人は! アンタがあまりにも出来損ないで! 気持ち悪いから! 出て行ったの!」


「……っ」


 それは、普段から結季斗がよく言われていたことだった。

出来が悪いだとか、やる気がないだとか。


「アンタがダメだからって、産んだ私にも責任あるとか言って! それで私たちを見捨てたの! 他の女を選んだの!」


 最悪な父親だ。

そんなことをすれば、母親がヒステリックを起こすことは想像できたはずだ。

だが、だからこそ、見捨てたのかもしれない。

結季斗に全てを押し付けて逃げるために。


「アンタのせいよ……」


 母親がゆっくりと立ち上がる。

そのままフラフラとしながらキッチンの前で立ち止まる。


「母さん……?」


 結季斗は嫌な予感がした。

普段の、暴言や暴力を振るう時とは雰囲気が違う。

今日のものはどこかおかしい。


「もう終わりよ……ぜんぶ、アンタのせいでっっ!!」


 母親は両手でしっかりと包丁を握り、構えていた。


「ッッ!!」


 それを見た瞬間、結季斗は背負っていたリュックを投げ捨てて玄関へ走り出した。

口の緩んだスニーカーに足を突っ込んで、後ろを振り返らずに足を動かし続ける。

 本気になった母親を止められないことはわかっていた。

だから、すぐに分かったのだ。

あの目は躊躇なんかなくて、本気で殺しにくる目だと。


「待ちなさいっっ!!」


 後ろから声がした。

走る足音がする。

 でも、逃げる。

全力で。

息が荒くなる。

体力が削られていく。

止まれば殺される。

 

「はぁっ……! はあ……!」


 汗が滲んで、フラついてきた。

 この国の治安は悪い。

警察なんてまともに機能していないのだ。

どこかに助けを求めても、きっと見捨てられる。

だから、逃げるしかないのだ。

 もうどれくらい逃げてきたのか分からなくなった時、結季斗は段差に足を取られた。


「いっ……!」


 バランスを崩して、そのまま前へと倒れてしまう。

すぐに立ちたいのに、体が動かない。

もう足が限界なのだろうか。

結季斗の体の震えが止まらない。

 と、結季斗の前に人影が現れた。

街頭に照らされているその姿は――


「な、なんで……また、ここに……」


「稲垣こそ、何やってんだ。ゴミごっこ?」


 先ほど、学校で脅してきた男子生徒だった。

学ラン姿のまま、手をポケットに突っ込んで結季斗を見下ろしている。

 一瞬、結季斗は先の学校でのやり取りを思い返して体が悪寒に包まれる。

しかし、すぐにそれどころではないことを思い出す。

今は命がかかっているのだ。


「悪いけど、それどころじゃない……ッ。殺される……!」


「ふーん、そりゃいいや。ちゃんとゴミは処分してもらわないとだし」


「あっそ……ッ」


 男子生徒の言うこともイチイチ気にしていられない。

体に鞭打って、なんとか立ち上がる。

 男子生徒の横を抜けて前へと進もうとした時、後ろから声を掛けられる。


「あ、じゃあ死ぬ前に一つ見てほしいものがあってさ」


「いや、ほんとに構ってられな――は?」


 鬱陶しそうにしていた結季斗の表情が一瞬で変わった。

その表情には絶望と驚愕と恐怖と――様々な感情が含まれていた。

 目の前の男が押し付けてきたスマホ。

その画面に映っていたのは――


「委員長、猶予あげるって言ったのに全然わかってくれなくて。先生に言うーとか言うから、まー、ペナルティーかな。仕方ないよね」


「……ぁ」


「なんか清楚系って初めてだからちょっと緊張したわ。でも罪悪感もあるんだよ。ちょびーっとね?」


「アアアアアアッッ!!」


 結季斗が唯一信頼していた人が、唯一対等に接してくれた人が、唯一笑いかけてくれた人が、大切な友人が――辱められ、他人に権利を握られてしまった。

 先ほどまでの希望はなんだったのか。

 数時間前に見た井ノ崎のはにかんだ顔とは相対的な、絶望に満ちた表情がスマホに映し出されていた。

 自分のせいで、自分のことを大切にしてくれた人が傷ついた。

その事実が結季斗の精神を削っていく。

 足に力が入らなくなり、結季斗はガクリとその場に膝を付いた。


「なにもそこまで落ち込まなくても……いつか委員長だって処女じゃなくなるはずだったんだから」


「……」


 目の前の男に掴みかかる気力もなかった。

この男にここで抵抗したところで、学校に行けばもっと大勢の敵がいる。

この男子生徒のような、頭の狂った人間が大勢いる。


「……なぁ」


 ふと、男子生徒が結季斗が来た方向を凝視しながら呟いた。


「あれ……マジで?」


 途端に、その顔が青ざめていく。


「見つけたァッッ!!」


 虚ろな顔で見上げると、何メートルか先に女がいた。

包丁を片手に装備して、肩を上下しながら鬼の形相で結季斗を睨んでいる。


「……母さん」


「おい、これマジかよッ!」


 男子生徒は結季斗の母の危険さを感じ取ったのか、すぐさま結季斗に背を向けてその場を逃げ去る。

 しかし、結季斗は今度こそ、立ち上がる気力などなかった。

生きる意味をまるで感じないから。

 そうしている間にも、母親は結季斗へと近づいてくる。

あと5メートル……3メートル……2メートル……1メートル……30センチ。


――もう、死のう――


 母親が包丁を大きく振りかぶった。

 結季斗は覚悟した。

ゆっくりと瞼を閉じて、視界をなくした。

 ――鮮血が、迸った。

大量の血が辺り一面に広がる。

 しかし、それは結季斗のものではなかった。

 何も起きない状況に、結季斗は目をそっと開けた。

そこには、襲いにきていたはずの母親の死体があった。

確認しなくても死が明確なくらいの出血だった。


「……え?」


 結季斗が呆気に取られていると、声を掛ける人物がいた。


「大丈夫かい?」


「だ……れ……」


 結季斗がボソリと呟く。

 目の前に立つ、大柄な髭を生やした男。

声は低くも、聞いていて気持ちの良い――ダンディーな声というやつか。

真っ黒なコートに、両手を後ろで組んで余裕を見せるその振る舞い。

同じ人間のようには感じられなかった。

 男はスッと目線を倒れている母親へと向ける。


「この人は、キミの母親だったのかな?」


「……はい」


「……そうか。大変だったね」


 そう言って、安心させるような柔らかい笑みを浮かべた男は結季斗へと手を差し出す。


「私と一緒に殺しをしないか?」


「は……?」


「私は見ての通り、殺し屋でね。この国にいる狂った価値観を持つ奴らを殲滅したいんだ」


「殺し屋……」


 今の結季斗にはもう居場所なんてない。

だからと言って、軽々と人を殺す男を簡単に信用してしまっていいのかも分からない。

 結季斗が答えに迷っていると、男は落ち着いた声で話す。


「キミのことをぞんざいに扱ってきた者達のような人間は、この社会にはまだたくさんいる。ゆっくりでいい……今回みたいなことが起こらないようにしたい。私と一緒に来てくれないかい?」


「俺でも……あいつらに立ち向かえると?」


「もちろん。私が責任もって教えよう」


 結季斗は、気が付けば男の手を取っていた。

 これ以上、自分のせいで誰かが傷つくようなことがないようにしたい。

負けないくらい強くなりたい。

その思いでいっぱいになっていた。

 男は結季斗の手を強く引っ張って、立ち上がらせた。

 結季斗は真っすぐに男を見る。


「稲垣 結季斗です。俺は、最高の殺し屋になります」


「……いいね。目標づくりは大事だからね、うん」


 男は結季斗の言葉を嚙みしめるようにして、うんうんと頷く。

 そうして、また優しく笑いかけた。


「私のことは(はじめ)と呼んでくれ」


「よろしくお願いします、元さん」


 元は満足そうに頷いて、結季斗の肩に手を置いて道を進む。

逃げて来た道を振り返らずに。


 そうして二人は、夜の闇の中へと消えて行った。


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