プロローグ『いつかのお話』
世界が、崩れていく。
大地は揺れ、空は褐色に染まり、今にも終わりが見えてくる。
あらゆる場所で、生きている人間が悲鳴をあげた。
助けを求めた。
だが、そんな抵抗は無駄だった。
建物に押しつぶされる人々、荒波に呑まれる人々……簡単に命が奪われていく。
誰も、他人に構っている余裕なんてなかった。
そんな世界で……絶望しかない世界で、たった一人の少年が、最愛の少女を抱きしめて、少女を想って泣いていた。
少年は、今にも崩れそうな研究施設の中にいた。
「なんで……こんな、結果に……」
少年の、少女を抱きしめる力が強くなる。
少女の命を零れ落とすまいと。
少女は今にも消えそうな声で囁く。
「あなたは、十分……頑張ったんですから……泣かないで」
「でも、お前は……!」
少女の手が、そっと少年の頬を撫でた。
人差し指で少年の涙をすくい取る。
「嬉しい、です……最期に、あなたに……こんなにも……想ってもらえて……」
「最期……」
少年はその言葉に全身が震えた。
少年にとって、少女の最期などあってはならなかったから。
こんな結末はあってはならなかったから。
「絶対に……ダメだ」
「……?」
少年はゆっくりと頭上を見上げた。
深く、深く、深呼吸をする。
しばらく経って、腕の中の少女と目を合わせる。
「お前の最期は、こんな形じゃ終わらせない。 俺が絶対に、書き換える」
少女はその言葉を噛みしめるようにして、小さく笑った。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「私は……あなたのこと、ずっと……信じてます。 だって……」
少年が、力の入らなくなった少女の手を握る。
少女の期待に応えようと。
「だって、あなたは……世界最高の、殺し屋ですから……」