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夢幻禁書庫の司書探偵~TS少女たちの奇妙な事件簿~

作者: ケロ王

 バリバリ、ムシャムシャ……。日が落ちて夕暮れになった道端で、何かを食べる音が辺りに響いていた。通りかかった少年が音のする方に目を凝らすと、近くにある林の陰に、一人でうずくまっている少女の姿があった。


 彼女の周囲には夥しい数の虫、その死骸がバラバラになって落ちていた。しかし、それに気付かない少年は、少女の様子を伺おうと遠巻きに回り込んだ。周囲に人通りはなく、暗くなりつつある世界で二人だけしかいないかのように錯覚させる。


 回り込んだ少年は、その光景に目を見開いた。少女の左手にクモやムカデやゴキブリ、トンボにカマキリ、コオロギ、バッタといった様々な種類の虫が握られているのが目に入ってきたからだ。


 目を逸らしたいという衝動と少女の行動に目を凝らすと、それらは辛うじて生きているらしく、ピクピクとほんの微かに蠢いていた。


 少女は目の前に立つ少年を気にする様子もなく、左手に握られた虫の中から、右手で一匹をつまむと、ためらうことなく口の中へと放り込んだ。しばらくの間、バリバリ、ムシャムシャと咀嚼して、ゴクリと喉を鳴らして呑み込んだ。


 そうして少年に気付いたのかニッコリと微笑んだ。


「君も食べる?」


 ◇◇◇


「翼ちゃん、虫を手づかみで食べる少女の噂は知ってますか?」


 都内某所にあるアカシャ探偵事務所、そこで食事中に同僚の柊唯花ひいらぎゆいかに『虫を食べる少女』の噂を聞かされた。短く整えられた黒髪をなびかせ、藍色の瞳を輝かせていた。


「知らないよ。そもそも僕は食事中なんだけど!」

「まあまあ、いいじゃないですか。久しぶりに『魔神』絡みの仕事になりそうですよ!」


 『魔神』とは、『夢幻禁書庫イマジナリアーカイブ』から持ち出された禁書から解放された存在である。僕たちは様々な事情から『夢幻禁書庫イマジナリアーカイブ』の力を欲した。その代償の一つが魔神を封印する使命を課されること、もう一つが『依代』となる少女の身体になることだ。


「それで、その話を何で僕に持ってきたわけ?」

「それは……。捜査とか苦手だからに決まってるじゃないですか!」


 唯花は近くにいる僕に向かって大声で叫んだ。彼女のキンキン声で耳が痛い。


「冗談だって。要するに僕の聞き込みや推理が必要ってことでしょ?」


 魔神は人に取りついて悪意を増幅させる。そこから解放するためには、悪意による罪を暴く必要があり、それに最も有効なのが推理だ。


「元高校生探偵の出雲翼いずもつばさちゃんだったら、パパっと解決できるでしょ!」

「分かったって。でも、ちゃんとサポートはしてよね」

「もちろんですよ。これも役割分担ってことですからね! バッチリ、監視しときます!」

「やり過ぎるとストーカーっぽくなるから程々にね。――夢幻禁書庫イマジナリアーカイブ開架オープン!」


 合言葉と共に、光り輝くの本が右手の上に現れた。


「真実と勇気の物語、名探偵シャーロック・ホームズ。今ここに!」


 本が自動的に開いて、本の中に刻まれた文字が飛び出してくる。それは僕を取り囲むと、赤いハンチング帽と緑のトレンチコートという異界禁書の依代としての姿に変わった。腰には探偵秘密道具が入ったポーチが装着されている。


「さあ、ゲームの始まりだ!」


 早速、噂の張本人に話を聞くために『虫を食べる少女』である黒部梨花くろべりかの家へと向かった。しかし、そこに待ち受けていたのは、彼女の母親である黒部佳子くろべよしこだった。


「娘は誰にも会いません。すぐに帰って!」

「あ、いや、僕は探偵なんです!」


 母親は顔を歪ませて叫び声を上げながら追い出そうとしてくる。僕も自分が探偵であると説明しようとするが、少女の外見では説得力が無いようだった。しかたなく、腰に下げたポーチからパイプを取り出して口にくわえた。


「ふむ、あなたの肩の張り具合と目元のクマ、どうやらあなたはろくに睡眠もとれず疲弊しているようだ。それは面白半分で噂について嗅ぎまわる連中のせいですね?」

「ええ、そうですよ! あなたみたいなね! だから帰ってください!」


 完璧とも言える観察眼で探偵であることを証明したはずだが、なぜか怒らせる結果になってしまった。その勢いのまま、家から追い出されてしまう。ヤレヤレと思って頭をかいていると、スマホに唯花からメッセージが入ってきた。


『まじめにやって』


 酷い言われようだ。唯花だったら、何も話せずに追い出されていただろうに。だけど、追い返されることなんて日常茶飯事なので、これも想定の範囲内だ。


 隣の家に出向いてインターフォンを押す。しばらくすると六十歳くらいのおばあさんが顔を出した。


「あら? 見かけない顔ね」

「えっと、僕はアカシャ探偵事務所の出雲という者です。お隣の黒部さんについて少し話を伺いたいのですが……」


 そう訊ねると、彼女は花が開いたような笑顔になって話し始めた。


「あら、そうなの? 黒部さんなんだけど……。少し前に母親が離婚したらしいわよ。それで女手一つで、娘さんも年頃でってことで、だいぶ大変みたいらしくてね。朝から晩まで働いているらしいわよ」


 なるほど、疲れているのは働いているからか……。しかし、昼間なのに家にいるけど……。


「正直、娘さんにもあんまり関われないみたいで……。可哀そうに思って、何回かうちで晩御飯を食べさせようとしたんですけど、お母さんが怒るからって……」


 先ほど訪問した時の様子とはかけ離れた話なので、僕はおばあさんの妄想じゃないのかと疑い始めていた。


「でも、娘さん。引きこもっちゃったでしょう? それで母親も仕事を夜の仕事に替えたみたいで……」


 これが聞きたかったんだよ……。おばあさんの話、前置きが長すぎるよ!


 その後も延々と話し続けるおばあさんを止めることができず、二時間ほど付き合わされることになってしまった。すでに日は傾きかけている。だが、夜になれば母親はいなくなるはずなので、それまで待つことにした。


「よし、潜入開始だ!」


 夜になって母親が出掛けるのを見送った後、ポーチから万能ピッキングツールを取り出す。玄関の鍵を難なく開けると、家の中に忍び込んで彼女の部屋の前に行き、扉をノックする。


「誰ッ?!」

「探偵の出雲翼と言います。あなたの噂を聞いて話を聞きに来ました」


 部屋のドアの向こうから憔悴した声が聞こえてくる。その声に応えるように、事情を説明した。


「どうせ、あなたも私のことを嘘つきだと言って、化け物を見るような目で見るつもりなんでしょ?」

「いいえ、僕はあなたの味方で――」

「そんなの信じられるわけないじゃない!」


 涙声で彼女は僕を糾弾する。このまま不審者として警察を呼ばれたりしたらマズいので、力を使って説得を試みることにした。


「僕はあなたが嘘を言っているか分かるんです! それを証明します!」

「何をするつもりなの?」


 彼女が僕の話に食い付いてきた。あとはこのまま押し切るだけだ。


「僕が質問をしますので、『はい』か『いいえ』で答えてください。それが嘘か見破って見ましょう。いきますよ――あなたは小学生ですか?」

「そうですけど……」

「それは真実ですね」

「……そんなの知ってるでしょ! 揶揄うつもりなら帰ってよ!」


 ちゃんと真実だと言ったのに、彼女はなぜか怒りだしてしまった。


「ああっ、ちょっと待ってください。もう一つだけ!」

「何ですか? さっきみたいなくだらない質問だったらお断りです!」

「いえいえ、あなたは実は昆虫学者になりたいと思っていますね」

「……いいえ」

「嘘ですね」

「……」


 僕が嘘を見破ると、しばらくの間、沈黙が訪れる。そして、ゆっくりと部屋の扉が開いた。


「……どうして知ってるのよ!」

「嘘が分かるんですよ。だから僕なら信じることができるんですよ。話してくれますね?」


 伏し目がちの彼女を、僕は肯定するでも否定するでもなく見守っていた。しかし、決心がついたようで、ゆっくりと話し始めた。


「知っているかと思いますが、虫の生態を調べるのが好きなんです。それで……学校や、その行き帰りに、虫たちの様子を観察することがあるんです。でも……、だからって食べたりはしていません!」

「うん、分かっているよ」


 僕が頷きながら聞いていると、次第に彼女の表情から緊張が消えていく。


「噂なんですけど、流した可能性のある人に三人ほど心当たりはあるんです」


 彼女は僕の目をまっすぐ見つめながら、そう言った。おそらく全員が親しい人間なのだろう。少しだけ、彼女の瞳が揺れていた。


「それじゃあ、一人ずつ教えてくれるかな?」


 僕が促すと、口を引き結びながらゆっくりとうなずいた。


「まず一人目は、むっちゃん。木田睦美きだむつみっていう子です。その子は幼稚園からの幼馴染で、家も近所だったこともあって小さい頃から一緒に遊んだりしていました。でも、私の昆虫好きには、あまりいい顔をされなかったですけどね。小さい頃から一緒だったおかげで、お互い良く知っている仲なんです」


 一人目は幼馴染か……。お互い良く知っている、というけど、長い付き合いだと補正がかかることも多いだろうし、意外と本命かもしれない。何より、それだけ親密であれば、彼女の情報を手に入れるのも容易だろう。


「それから修平君。田中修平たなかしゅうへいって言うんです。修平君は男の子だからか、昆虫採集もしているみたいで……。私が虫好きだと知って、親しくなったんです。修平君の飼っているカブトムシとかカマキリとか見せてもらったことがあります。修平君は私が虫を手で捕まえているのを見たことあるんです」


 二人目は趣味の友人、といった所か。彼女には恋愛感情的なものは無いようだけど、相手はどうか分からないな。何よりも気を引くためであったり、彼女にたかる虫を排除するために悪い噂を流すという可能性も無きにしもあらずだ。


「あとは親しいわけじゃないんですけど花沢さん。花沢洋子はなざわようこって言うんですけど、とても噂好きなんです。目敏いだけでなく、社交的で何か噂になりそうなものを見つけたり、誰かから聞いたりしては、それを仲間内でおもしろおかしく話をするんです。そこからいろんな人に伝わって噂になったことも何度かあります」


 三人目はクラスの噂好きか……。こういう人はあることないこと噂として流す可能性があるからな……。犯人の可能性は高くないが、関係している可能性は高いとみるべきだろう。


「噂を流した犯人は三人のうちの誰かってこと?」

「はい、その三人以外は考えにくいと思います。あまり関わりもありませんし……」


 彼女の見解には、僕も全面的に同意であった。あまりにも彼女の事情に近すぎる。


「この世に偶然など存在しない、か……。わかった、こちらで調査を進めるよ。次に来るときまでにお母さんを説得してもらえないかな?」

「うん、分かった」

「それじゃ、次に来るときはケーキでも買ってくるよ」

「ありがとう! それじゃあ、またね!」


 僕が家から出ると先ほどまで家を監視していた唯花が僕の方に歩いてきた。


「よく説得できましたね。まさか翼ちゃんに嘘を見破る力があるなんて……」

「簡単な話だよ、唯花。あの噂は最初から彼女のためのものだった。だから、彼女と虫は何かしらの関係があるのは分かっていたんだ」


 もちろん最初に答えが明らかな質問をした後に、核心をつくような質問をして反応を見るのも策略ではあるんだけど。


「まったく、相変わらずなんだから……」

「まあまあ。それより、学校に行くから。唯花として」

「了解。じゃあ、荷物だけ準備しとくけど、変なことしないでよね」


 そう言って、僕は明日の準備のために探偵事務所へと戻ることにした。


 翌日、僕は唯花に変装して学校にやってきた。


「唯花、おはよう!」

「ああ、おはよう。今日も天気いいね」

「えっ、唯花がまともにあいさつ返した?!」

「これは槍でも降るんじゃない?」


 いつものように普通にあいさつを返してしまった。人見知りの唯花は、おそらく普段はあいさつも返していないのだろう。


「これは、あとで唯花に文句言われるな……」


少しだけ気が重くなるが、今日の僕にはそんな余裕がない。とりあえずは最初に目に付いた田中修平に話を聞くことにした。


「ねえねえ、修平君。ちょっと話をしたいんだけど、校舎裏まで来てくれない?」

「えっ、唯花?! 校舎裏って……」


突如として挙動不審になる彼を引っ張って校舎裏まで連れてきた。だが、どうにも緊張しているようだ。おそらく噂に関わっている後ろ暗さから警戒しているのだろう。彼の動きを警戒しながら聞き込みを開始する。


「梨花の噂って知っているよね。修平君が噂を流したんじゃないかって、梨花が言っていたんだけど」

「えっ、告白じゃないの?」

「いや、違うけど」


告白じゃないと言った途端、彼の緊張が一気に解けた。梨花と親しいくせに、浮気者め。


「マジかよ、期待して損した……。それはそうと、梨花と話ししたのかよ!」

「ええ、彼女の家に行って話をしてきたわ。それで彼女がそう言っていたのよ」


しかし、僕が梨花と話したことに気付いて問い詰めてきたので、ありのままを話したところ、自分が疑われていることにショックを受けて落ち込んだ。


「確信があるわけじゃないよ。だから代わりに話を聞いているんだ」

「噂については知らねーぞ。虫の話も二人だけの秘密だからな……。でも、木田のヤツなら知ってるかも」


ここで木田の話が出てきたことに驚きつつも、詳しく話を聞くことにした。


「木田? 木田睦美さんのこと?」

「幼馴染らしいからな。俺はあいつのことが好きじゃないんだが」

「どうして?」

「あいつが俺を見る目が怖いんだよな。梨花のことを睨んでいることもあるし……。嫌いになるに決まってるだろ」


どうやら、梨花から聞いていた話とはだいぶ違うようだ。


「わかった、ありがとうね」

「おう、それじゃあな。俺は噂なんか気にしねーって梨花に伝えてくれよ」


田中と別れると、今度は花沢に声を掛けて、校舎裏へと引きずり込む。田中とは違って、少し怯えているように見えた。


「そ、それで、こんな所で、何を……」

「噂について、梨花から花沢さんが流したんじゃないかって聞いたんだ」


尋ねると深々と頭を下げて謝ってきた。


「ごめんなさい、木田さんから噂を聞いて、面白半分に話しましたの。黒部さんのことだと気付いていたのに……」


噂を広めたのは彼女で間違いないようだ。しかし、おおもとは幼馴染の木田らしい。どうやら、木田が犯人の最有力候補になりそうだ。


「でも、何で噂が梨花さんだと気付いたんですか?」

「彼女、頻繁に下校時に買い食いをしているようでして、時々、道端でうずくまって何かを食べているんですの。校則違反なのですが、あまりにも鬼気迫る様子だったので遠巻きにみるだけでしたが……。もちろん、何を食べているかは見ていないので分からなかったのですが……。それが虫だったのかと、納得した記憶がありますわ」


花沢さんは、どうやら彼女が買い食いをしている現場を見てしまったらしい。おそらく噂が彼女とつながったのは、これが原因だろう。


「ありがとう、それじゃあ僕は戻るから」

「あ、私も戻りますわ!」


花沢と教室に戻った僕は最後の一人、木田睦美を校舎裏に連れてきた。


「何の用かしら。私も暇じゃないんだけど……」

「噂なんだけど、花沢さんが木田さんから聞いたって……」

「マジで? あの噂の話なんてしていないわ!」


花沢は木田から聞いたと言ってたけど、木田は言っていないという。しかも、どちらも嘘はついていないようだ。


どういうことだ……?


僕が戸惑っていると、木田はさらに話を続けてきた。


「梨花が捕まえた虫を持って見せてくるので困る、っていうのを愚痴ったことがあるだけよ! あんな噂の話を花沢さんにしたことなんて無いわ」


変装までして学校までやってきたけど、結局、誰が犯人かはわからなかった。気落ちしながら帰ろうとした時、下校途中の生徒の話声が聞こえてきた。


「虫を食べる少女の噂って知ってるか?」

「知ってるも何も……。それって黒部のことなんだろ?」

「そう言えば、なんで噂の少女が黒部になってるんだ?」

「少し前に噂になってたじゃん。買い食いしてるって噂」

「ああ、実は買い食いじゃなくて虫を食っていたってことか?」

「たぶんな」


その話を聞いて、僕の中でバラバラだったピースが一つにまとまり始める。間違いなく、犯人はあの人だ。

僕はすぐに学校の敷地から出ると、唯花に合図を送る。


「どうしたの? まさか犯人が分かったとか?」

「そのまさかだよ。唯花は犯人を呼び出し――いや、僕が呼び出すから、校舎裏で待っててもらえるかな?」


僕のお願いに唯花は笑顔でサムズアップした。


「了解! 夢幻禁書庫イマジナリアーカイブ開架オープン!」


唯花の右手に一冊の本が現れた。


「愛と勇気の物語。魔弾の射手マックス。今ここに!」


本から飛び出した文字が彼女を包み、茶色いブラウスと紺色のスカート、そして緑色のハンティングキャップとケープ姿になる。そして右手には狙撃銃が現れた。


「それじゃあ、よろしくね」


僕は唯花の姿のまま、犯人を呼びに行くことにした。


学校の校舎裏に木田睦美を連れてきた。すでに放課後になっていて、帰り際に引き留められたことで苛立っているように見えた。


「柊さん、今度は何の用なの? 噂についてはさっき話したでしょ。私には関係ないって」


詰め寄ろうとする木田を押し留めて、僕は変装を解いた。


「なっ、あんた誰よ!」

「僕が唯花だよ、今日はね。でも、この姿だと初めましてかな。出雲翼、探偵だよ」


探偵という言葉に反応して彼女の表情が歪む。どうやら、なぜ呼び出したのか察したようだ。


「虫を食べる少女の噂、仕組んだのは君だよね?」

「さっきも言ったけど、私は梨花の愚痴を言っただけよ」

「確かに君は愚痴を言っただけだね。それだけを見れば、あんな噂が流れるはずがない。でも、その噂が流れてしまった。なぜか?」

「それで……どう考えても私は関係ないじゃない!」


彼女は予想通り関与を否定した。しかし、僕がたどり着いた真相について心当たりがあるようで、微かに唇が怒りとは違った形で震えているのが見て取れた。


「君の愚痴だけ見ればそうだね。でも、その前に流れていた噂があったとしたら話は別だよ。僕は最初から不思議だったんだよね。あの噂には少女が誰か特定していないのに、すぐに少女が梨花だと広まってしまったことにね!」


梨花を結びつけるには、例の噂だけでは足りない。噂を彼女を結びつけるための何かが必要なんだ。それを彼女に告げると黙ったまま俯いた。緊張のせいか手足まで震えていた。


「それは何か。その前に花沢さんは梨花が隠れて買い食いをしている噂を流していたんじゃないかな? 君はそれを聞いて、今回の計画を思いついたんだ。そのためにあえて花沢さんに愚痴を言ったんだ。買い食いの噂が風化する前にね」

「それは――」


彼女は俯いたまま反論しようとする。しかし、僕はそれを遮って話を続けた。


「ありえない、って言いたいんだろうけど無駄だね。不可能なものを取り除いていった結果が、どれほどあり得ないように見えても、それは真実なんだよ。君が梨花を陥れるための噂を作るために愚痴を言ったのは間違いない」


僕が彼女を指差すと、彼女は俯いたまま笑い声をあげる。そして、顔を上げた彼女の表情は狂気に歪んでいた。


「あはははは。私から何もかもを奪っていた梨花。梨花さえいなければ、勉強も修平君も私のものだったのに! 妬ましい、妬ましい、妬ましい! あはははは」


狂気に囚われた彼女の足元から影が浮かび上がり彼女を覆い尽くす。そして、黒い狩人のような姿となり、僕たちを睨みつけてきた。


「こんなガキどもに真相を突き止められるとはな。俺の名は魔神バルバトス。だが、これ真相を暴いたくらいでいい気に――」

「なる訳ないでしょ」


タァーーン。


銃声が鳴り響き、バルバトスの身体を銃弾が貫――。否、貫くことなく、彼の手の中に収まっていた。


「そ、そんな!」

「くくく。狩人である俺に狙撃など効かぬわ!」


勝ち誇った笑みを浮かべ、向き直ったバルバトスを睨みつける。しかし、唯花ですら勝てない相手である。いくら計算しても僕に勝てる可能性はゼロだった。


しかし次の瞬間、バルバトスから驚いたような声が上がった。


「な、バカな!」


目を凝らすと、バルバトスの眉間、喉、心臓、腹、腰の五か所に風穴が開いていた。


「私の七発の魔弾は六発までは狙いを外さないの。たった一発止めたくらいでいい気にならないことね」


バルバトスの背後から唯花が姿を現わした。一方、致命傷を負ったバルバトスは、すでに身体の半分くらいが消滅していた。


「くそっ、だが俺は端末の一つに過ぎない! いずれ本体がお前たちを……」


バルバトスは捨て台詞を言い終える間もなく、塵となり消えていった。


「翼ちゃん! どうだった? さっきのカッコよくない?」

「最悪だよ。もったいぶらないで、さっさと仕留めてよね!」

「えええ、あれはタイミングずらす必要があったんだよ。バレてて警戒されてたからね。現に一発目は止められちゃったでしょ」


唯花は肩をすくめながら、呆れたように言った。


「そういうことなら仕方ないけど……。ああもう……。僕は帰るから、唯花は彼女を送り届けてあげてね」


僕は探偵事務所へと歩き出す。唯花は木田を担ぎ上げて、「待ってよぉー」と言いながら僕に付いてくるのだった。



翌日、僕はケーキの箱を手に彼女の家を訪れた。時間的に母親もいるはずだ。

インターフォンを鳴らすと、前と同じように母親が現れた。


「……上がってちょうだい」


梨花の説得のおかげで、僕はすんなりと上がることを許された。部屋に通されて、しばらくすると梨花と母親が入ってきた。梨花は初対面ではないこともあり、少しだけ嬉しそうな表情を浮かべていた。一方、母親の方は明らかに警戒しているように見える。


「こちらケーキです。三人分ありますので、出していただけますか?」

「わぁ、ありがとう! 翼ちゃん!」


母親によってケーキとお茶が全員に行きわたった頃合いで、僕は事件の解決を報告する。


「噂を流した犯人については特定して、噂については徐々に収束するでしょう。ですが、犯人をあなた方にお伝えすることは、申し訳ありませんができません」

「何でですか! 梨花がこんなに苦しんでいたんですよ……」

「お母さん……」


僕が犯人を教えられないことを伝えると、母親が激昂して睨みつけてくる。一方の梨花は母親の想いを知って嬉しそうにしながらも、僕を心配そうに見つめてくる。


「それは、噂の原因の一つがお母さん、あなただからです」

「どういうことですか?! 私が何をしたって言うんですか!」

「何もしなかったから、ですよ。梨花さんの買い食いについて知りながらね」

「えっ、お母さん……」


梨花は、母親の顔を見ながら愕然としていた。彼女は気付いていなかったのだから無理もない話だ。


「梨花さんは毎日夜遅くまでお腹を空かせていたんです。怒られるからと、隣の晩御飯も断るしかなかった。けれど、あなたは仕事を理由に放置していた。耐えきれなくなった梨花さんは家にあったお金で買い食いをしたんです」


梨花は自分の行為に後ろめたさを感じて俯いてしまった。


「ですが、定期的にお金が減っていれば気付かないわけがありません。減り方を見れば、誰でも梨花さんが犯人だとわかります。ですが、梨花さんに対しての負い目から見て見ぬふりをしたんです。そうですよね?」

「そうですよ。でも、それが噂と何の関係があるんですか!」


母親は僕の質問に対して、当たり散らすように答えた。


「ありますよ。梨花さんは買った食べ物を帰る途中で食べていたんですから。家で食べていたら、見つかって怒られるかもしれませんからね」

「「……」」

「もちろん、下校時の買い食いも校則違反です。ですから、道端で隠れるように食べていたんですよね。――しかし、それを花沢さんが見ていたんです」

「……そんな!」


二人とも途中まで俯いて僕の話を聞いていたが、梨花は驚いて顔を上げた。


「ですが、隠れるように食べていたので、彼女は何を食べているかは知らないようでした。それが例の噂につながったんです」


どうやら、お互いの至らない所については理解できたようなので、僕は退散することにした。


「それでは、この辺でお暇しますね」

「あの……。ありがとうございます!」


僕が立ち去ろうとすると、梨花がお礼を言ってきた。振り返ると母親の方も梨花の頭を撫でながらお辞儀をしてきた。


もう、この二人は大丈夫だろう。僕は微笑みかけると、そのまま彼女の家を後にした。


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