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4. サマラス伯爵家中庭ガゼボ

 王都の中央で、昼の半の鐘が鳴る。その響きを合図に客室に控えていたお茶会の参加者が侍女や侍従を伴って中庭のガゼボへとやって来た。

 客は二人。一人は赤味がかった金茶の髪の、華やかな少女。クリーム色のデイドレスが良く似合っている。

 もう一人は焦茶の髪の凛々しい少年。仕立ての良い青い上着がこちらも良く似合っていた。

 ホストはレイラ。親族としての顔見せは先程アリアナ立ち会いのもと済ませているが、これから世話になる付け届けとしてのおもてなしだ。

 貴族令嬢としての程度を見てもらう意味もあった。何せ全てがイレギュラー過ぎる。在学中フォローしてもらうにも認識を共通させておくことは大切だ。

 お茶会のホストは通常一ヶ月以上前から参加者やその好みを調べ流行に則した飲食や装飾、趣向や話題を準備するものだが今回はアリアナが準備をしてくれたらしい。それを当日だけレイラがホストをするのもかなりの無茶振りだが彼女の対応力を見る狙いもありそうだ。実際顔合わせの直後控えの時間に付け焼き刃で招待客二人の情報を丸暗記させられた。

 全てを覚える事は出来なかったが好みや本人については恐らく精霊が教えてくれるだろう。店で初見の気難しいお客様の対応をする事もある。どうにかなるだろうと呑気なレイラの様子は、見る者には品のある風格を覚えさせた。

さて、頃合いだ。


「ようこそお越し下さいました、ありがとう存じます。改めてご挨拶させていただきたい所ですが、お待たせも恐れ多うございますので、まずはおかけ下さい」


 レイラが立って席を勧めると、二人はそれぞれ椅子に腰掛けた。

 侍女と侍従が下がったところで、レイラは両手を腹に当て腰を落として軽く頭を下げた。


「本日はご足労いただきありがとうございます。私はアドナの孫、ローラの子、レイラです。宜しくお願いいたします」


 挨拶を受け、少女は座ったまま片手を差し伸べた。エスコートを待つように。レイラはその場で両手ですくい、掲げる。少女は鷹揚に頷いた。

 続いて少年は手を開いて机に乗せている。手のひらは下、男性の受容の仕草だ。これに姿勢を正したレイラも再度軽く腰を落として謝意を表した。

 これでレイラの自己紹介は受け入れられた。


 少女が返す。


「私はアドナの孫、カリスの子。メルクーリ侯爵家のナーナ。上級学校では貴女の一つ上、二階生になるわ。宜しくね。解らない事や気になる事、何かあれば相談してちょうだい」


 少年が返す。


「俺はアドナの孫、メラニアの子。アノスクロイ伯爵家のステファノス。今度三階生になる。学年も性別も違えば接点はまずないが、試験の過去問題なら融通出来る。困り事があれば声を掛けてくれ。出来る範囲で助けよう」


「ナーナ様、ステファノス様、ありがとう存じます。もう独り立ちする年頃にも関わらずまだ殻のつく身で恥じ入る思いですが、在学中に巣立てるよう精進いたしますのでどうぞ宜しくお願いします」


 自己紹介の儀礼が終わり、母が姉妹同士の三人で従兄妹お茶会が始まった。

 ナーナとステファノスは親族として面識はあるらしい。


「このスパイス入りを飲むとお祖母様の家に来たなと感じますわね」

「ああ、その味を良く淹れられている……伯母様が貴方をサマラスとして学校に通わせられると判断したのも頷けます」

「ありがとう存じます、至らない点も多く精進の日々ですわ」


 ほぼ初対面でのホスト、おもてなしの意味もあり一杯目はレイラが淹れていた。おかわりからは使用人が淹れる。このお茶でもって二人は一族の一員としてもレイラを認めてくれたらしい。

 元々レイラの出自は事前共有されており、市井育ちで貴族教育が至らない事と、そのフォロー用員として自分達が期待されている事をナーナとステファノスは知っていた。気負いや警戒が強かったが、いざレイラと会って貴族教育面はある程度問題が無さそうだと判断してから打ち解けるのは早かった。


「その髪飾り、珍しい意匠ですわね」

「ええ土産物としていただいたのですけど、物は公国製ですが意匠は帝国の伝統紋様アレンジなのですって」

「確かに帝国の物にしては作りが丁寧で暖かみがありますわね」

「下さった方も、折角だから帝国製にしようと色々探して下さったらしいのですが、お眼鏡に適わなかったそうで。……なかなか問題のありそうな状況ですわね、かの国は」

「……ほう、その辺り詳しく聞かせてもらえるかな」




 ナーナ・メルクーリは侯爵令嬢だ。ローラの真ん中の姉を母に持つ。自分が外から実家を助けよう!という心意気の母に育てられているので、メルクーリ家最優先ではあるが、面倒見が良い。

 今日も母が気にかけている従妹の学校入学の相談役と聞いて引き受けた。手に負えない場合、報告の上であればいつ止めてもいいと言質を取って。あまりに我儘だったり平民育ちに縋るようであった時の保険だったが、実際に会ってみれば杞憂であった。家格相応の振るまいに教養、けして付け焼き刃ではなく時間を掛けて身につけた物だ。

 どうしてもあれこれ言われはするだろうが、レイラ個人の為人は友人としてやっていけそうだ、とナーナは思った。


 ステファノス・アノスクロイは伯爵子息だ。ローラの下の姉を母に持つ。お金の無かった母に育てられているので実利主義だ。今回は同じ爵位とは言え本家筋の母の実家に、従妹の面倒を見ろと指示されて来た。男女の相違に学年の相違で、どれだけ接点があるかと言う話だが、何か問題があれば監督責任を問われるだろう。正直面倒でしか無い。一緒にナーナも指名されたと聞いたのでそちらに丸投げ出来ないか、せめて責任分担であちらに多くを負わせられないか、そればかり考えていた(ナーナには見透かされていたが構わない)。

 実際会ってみたレイラはそこらの伯爵令嬢と差異はなく見えた。何なら同程度の家の娘より洗練されて見える。価値判断基準も応対もそつがない。何なら育ちのお陰で国交がない帝国の珍しい話も聞けた。

 生まれはどうしようもないが、サマラス家のローレライの祝福は、経緯含めて社交界であまりに有名だ。あげつらう者がむしろ顰蹙を買うだろう。

 世話役をやり遂げれば本家の覚えも目出度くなるなら、出来る範囲でやる事にした。



 香茶のおかわりも干してそろそろお開きの頃、レイラが姿勢を正して客人に目線をやった。ナーナとステファノスの二人も自然と背筋を伸ばして主催に視線を返す。静謐を宿した瞳で、レイラは静かに問いかけた。


「僅かな時間でしたが、いかがでしたでしょうか。―――セイレーンの祝福のほどは」


 ナーナとステファノスは固まった。いつだ。魅了をかけられた認識は二人共なかった。レイラへの評価も、自分の裁定の範囲でありけして逸脱するものではない。

 警戒する二人へレイラは穏やかに微笑む。


「セイレーンが魅了を使うので祝福についても同じように魅了と呼ばれてしまいますが、実際はあくまで祝福。この働きは魅了ではありません」


 レイラ曰く。セイレーンはその声で男を魅了し子種を得た後は糧にする。セイレーンにとって女は仲間である。仲間とコミュニケーションを取る手段は勿論声だ。

 その祝福は聞いた男を魅了し、女に仲間意識を持たせる働きをする。


「母は正しくその通りの祝福を持っているのですが、私は世代を経たからか少し人間寄りになっていまして、男性を虜にする程の能力はなく、女性にも好感を持たれやすい程度で仲間意識と言うほど強いものもなく。全体的に好かれやすい、というくらいでしょうか。心底嫌い、からなんとなく苦手程度に軽減してくれるようです。しかし私の声を聞いた人に限られますので、会ったこともない方からは蛇蝎のごとく嫌われることもあります」


 それでも世話係をやるのか、降りても良いのだと言外に提示していた。

 祝福の詳細を、己の感情を曲げられる不快を教えない選択肢もあったが、レイラは伝えた。本人は単に後からバレたほうが拗れそうだと思っただけだが、彼女の選択を誠実さと捉えた少女が居た。


「―――そのような方から、貴方を守るのが私の役割。このナーナ・メルクーリ、敬愛するお祖母様から宜しくと頼まれた従姉妹を無責任にも放り出すような真似は決して致しませんことよ!」


 アドナがナーナとステファノスに頼んだのは、あくまでもフォローのみで悪意から守る事は範疇外。

だからその役割はナーナ自身の選択だ。ナーナは姉御肌だった。

 啖呵を切った彼女は視線だけステファノスに向ける。自身のスタンスを表明せざるを得なくなった彼は考えた。ちょっと良いこと言いたいお年頃だ。


「声を聞く前から特にマイナス感情は無い。会って好感持っても我を失う程ではないから、俺はあまり気にならない。それに貴女の所作が伯爵令嬢に相応しいもので、前評判から期待値が低かった分好感度の上がり幅が元々大きかったというのもある。俺は俺に出来る範囲で手助けするから、助けが要るなら尚の事直接声をかけてくれ」


 二人共レイラを受け入れる表明をした。ステファノスは加えて気にせず祝福を使えと示した。同年代の貴族と接点無く、今回が初めての接触だった。レイラは知らず安堵の息をつくと、二人に深く最上位の礼をとった。



「……ありがとうございます。これから、どうぞ宜しくお願いします」

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