17.サマラス伯爵家庭園
時は少々戻り、ステファノス達が執務室に移動した後のサマラス家自慢の庭園。
「まあまあまあ何て素晴らしいのでしょう!精霊様が宿ってらっしゃいますのね」
「まあ、そこそこ?」
「まあぁぁ素晴らしいですわぁ!」
保護者の目が無くなりテンション爆上げのメラニア・ペトロスがいた。そわそわと落ち着きなく庭園を見回している。貴族令嬢にあるまじき有様だが、平民女子であればまま居るタイプである。流石に『君という国を守りたい』と釣書に書いてくる男の妹だけあった。レイラは納得した。
「我が家にもいらっしゃるのですがお姿を拝見するに至らず⋯己の未熟を恥じるばかりですわ」
「見えないものを信じない方は多いもの。メラニア様がかように精霊を信仰されるのは何かきっかけがございまして?」
メラニア本人の性格かも知れないが、見えない割には強火の推しようにレイラは何の気なしに尋ねてみる。問われたメラニアは瞬きをして何か納得した様子で小さく頷いた。
「私は幼い頃に拐かされた事があるのです。半日も経たずに助け出されましたが、目隠しをされて鉄鋼のように乱雑に運ばれて子供心にとても恐ろしかった。賊の言葉は乱暴で、荷駄である私に話しかける事なんてありませんでしたがいつこちらに意識が向くかと気が気ではありませんでした。その時に血統契約の精霊様が勇気づけてくれたのです。今捜査がどうなっているか、いかに心配してもらっているか、澄んだ無垢な声で話しかけてくださって。⋯最初は賊に見つかるのではと震えましたが幸いにも精霊様を認識できる者がおりませんでした。」
。*・+。☆ ° 何か可愛く言ってるけどヤバかったよね。*・+。☆ °
。*・+。☆ °自力で脱出しようとして精霊殺しに噛みつこうとしてたもんね 。*・+。☆ °
。*・+。☆ ° 契約あるからペトロス守らないとだし、でもぼくらも殺されそうだしで全力かくれんぼだったよね。*・+。☆ °
血統契約の精霊に総ツッコミを食らっている。思い出は往々にして美化されるものである。この軽口は本人に聞こえていなさそうなので、誘拐時は精霊達がとんでもなく頑張ったのだろう。賊に聞こえずメラニアにだけ聞こえるようにするのは骨だ。
色んなよそ事がレイラの脳裏を過るがさしあたり神妙な顔つきで頷いておく。
「それからですわね。お礼をしたい、お声をまた聞かせていただきたい、叶うならお姿を拝見したい。そう思いまして」
良い話だ。
「精霊様を讃える詩を作り、音をのせ、絵画にお姿を写し、お洋服を作り⋯⋯様々に尽くしておりますが、未だに至らず。どのようにすれば良いかこの頃迷っておりまして、サマラス様にお話しを伺ってみたいと思っておりましたの」
「精霊の姿を見たことは⋯⋯」
「ございませんわ」
怖い話だった。
メラニアは割と真面目に思い詰めている様子で、レイラはそこがうっすら怖い。この情念の深さが野良の精霊に敬遠される理由だろう。血統契約の精霊はどうだろうか。
(話しかけてあげたら?)
拒否された時が恐ろしいので、レイラは声に出さずペトロス家の精霊に話しかける。
。*・+。☆ °。怖いんだもん*・+。☆ °
。*・+。☆ °。奇声あげて倒れそう*・+。☆ °
。*・+。☆ 姿見せたら鷲掴みされそう。*・+。☆ °
。*・+。☆ °そんで握り潰されそう°。*・+。☆ °
我先にと言い募る精霊達に集られた。否定材料がない。
(家を継ぐのは彼女だから次の代までずっとこのままだけど大丈夫そ?)
。*・+。☆ °。うそ!?ウーロンじゃないの!?ぃやあぁあぁぁ!*・+。☆ °
。*・+。☆ °何とかしてよぉ!お花の蜜あげるから!。*・+。☆ °
。*・+。☆ °。*たすけてえええぇぇ・+。☆
大騒ぎになった。庭付きの精霊が同族の狂乱に引いている。レイラもメラニアに気付かれないよう素知らぬ顔をするのも限界が近い。
(今日の今、この場でだけ、少し声と姿を見せてみたら?彼女が暴走しそうなら宥めるし、私がいる場でないと姿を見せられない事にすればそうそう無理を言われることも無いんじゃない?)
°。*・+。☆ °本当に?。*・+。☆ °
(知らんけど)
。*・+。☆ °んええええ。*・+。☆ °
黙ったままのレイラが精霊とやり取りしている事はメラニアも察しているようで、レイラの目線の先を見つめていた。そういう所が怖がられているのだと言えたらいいがそこまで仲良くない。
「。*・+。☆ °ペトロス家と契約している精霊さん、メラニア様がさらわれた時側にいて声をかけた精霊さん。私が困っていると声をかければ助けてくれるなら、その声と姿を顕すだけの力を貸してあげましょう。一度の助力に一度の助力。三度の助けに三度の助け。約束する子はこの指とまれ。*・+。☆ °」
メラニアにも解るよう、レイラは声に出して精霊に呼びかける。契約内容を把握したメラニアは背筋を伸ばした。レイラの差し出した指先にペトロス家の血統契約精霊のうち、好奇心の強い者が三体ほど集まった。他は様子見だったりメラニアへの怯えであったり様々だ。
「。*・+。☆ °この指止まる子約束しましょ私が皆に呼びかけたなら私の声をメラニア様に届けてくださいな。約束出来る子この指残れ。*・+。☆ °」
その内容ならばと二体増え、五体の精霊が姿を見せることになった。レイラとのお茶会でも押しの強さが隠しきれないメラニア、憧れと対面となればどうなるか想像ができない。本人に顔を向けて予告くる。
「メラニア様。心の準備は出来まして?」
「⋯⋯ええ、お願い致します」
レイラが自身の力を少しずつ精霊に渡すと、段々五体の存在感が増してきた。
精霊は本来不定形で、球形の光である事が多いがその所在や契約相手により姿を変える事もある。
水に居るものは魚に、森に居るものは虫や草花に、血統契約をしているものは血族似の人型に。
姿を顕したペトロス家の契約精霊はメラニアに似た面差しをしていた。
。*・+。☆ °メラニア見てる?。*・+。☆ °
。*・+。☆ °。無事で良かったねぇ*・+。☆
°。*・+。☆ °無理しないでねぇ。*・+。☆ °。*・+。☆ °
子供にも大人にも見え、男にも女にも見える不定形な精霊達が、細く弱く確かにメラニアに声を掛ける。心配をしているていだがその実自身の身の安全しか考えていない事をレイラは知っている。自我を獲得した精霊とはそういうものであるし、メラニアは楚々とした外見に反し少しの刺激で破裂しそうな危うさがあった。
その本人は目を見開き、震える手で口元を抑え、その手をゆっくり握りしめ胸元に下ろす。僅かに開いた唇からは細やかな呻き声が漏れ、大き過ぎる情動を飲み込んでいるのだろうと思われた瞬間だった。
「ぅ⋯⋯ぁ、あ⋯
―――――――――――――!」
セイレーンの警戒音もかくやという悲鳴、いや奇声が発せられた。その音域、音圧たるや。野良の精霊は一目散に逃げ、サマラス家に縁ある精霊はレイラを守る為に周囲に集まり壁を作る。対してペトロス家の契約精霊達は逃げたくも逃げられず固まっており、レイラがそっと自身の背後に匿った。
ハイテンション女子は程度によって他者を威嚇し恐怖させる。
信仰篤いのに精霊が見えないのはつまりこういう事だった。
叫び終え、声も出ない有様のメラニアに寄ろうとする控えの侍女達を抑えてサマラス家の護衛が代わりに寄ろうとするのを、更にレイラが仕草で抑止する。今は僅かにもメラニアに刺激を与えたくなかった。
レイラはセイレーンの祝福を乗せて何でもないように声を掛ける。
「メラニア様、落ち着かれませ。精霊も驚いて、貴方を心配しています」
「ぁ⋯あぁ⋯⋯わ、」
淑女教育の行き届いた模範的淑女と貴族学校で噂されるメラニア・ペトロスが、大粒の涙を次々にこぼしていた。そんな噂を知らないレイラには何の感慨もないので、当然のようにそっと寄り添い優しくメラニアの背に手を当てる。
「風が強かったかしら、目に砂が入ってしまいましたね。御髪も乱れておりますし、どうぞ私の部屋をお使いになって」
平民学校で友達を保健室に連れて行くノリでメラニアを自室に誘う。このような場合、通常ゲストルームを休憩室として提供するものだが、サマラス家の令嬢ではあってもその辺りの裁量権があるかレイラ自身解らず、いざという時のために割り当てられている自室の提供を申し出た。
それだけなのだが、とても親しい友人仕草になっており、招かれた喜びと醜態を晒している羞恥にメラニアは震えた。視認できる程度に小刻みに揺れており、レイラも少し怖かったがここでやっぱり止めたは出来そうにないのでシレッと自室へ移動を促す。全然使っていないが茶会計画時点で手入れはしてくれているだろうし、ご招待提案時点でサマラス家の侍女が二人そっと持ち場を離れたので恐らく部屋の最終確認をしてくれているだろう。
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