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16.サマラス伯爵家サンルーム

 フーバーは公国からの留学生として滞在しており、婚約しているペトロス家に次いで国際交流の観点から外交担当のサマラス伯爵家が副後見についている。その彼がサマラス家を訪問するのはおかしな事ではないが、未婚の令嬢が居る家に一人での訪問は外聞が悪い。その対策としてレイラの従兄でフーバーの友人ステファノスと、フーバーの婚約者メラニアも同行して三人の訪問となった。

 普段は〝歌鳥の休息邸〟で生活しているレイラだが、この布陣で流石に不在という訳にもいかず一人早めにサマラス家に入り茶会のホストとして本日の茶会会場として大きな窓から庭を楽しめるサンルームの準備を整え、何とか様になった所で三人が到着した。


「あっぶな〜⋯⋯」

「間に合いましたね」

「胸を張って行きましょう」

「良い姿勢でございます」


 こっそり侍女達と健闘を讃え合う。のんびりしていたつもりは無いが、国外のお客様と言うことで念には念を入れ微に入り細を穿つ領域で神経を使ったため、時間ギリだった。背中に冷汗かいた。挨拶して席を勧める頃には乾いた。


 メラニアとレイラは初対面だ。学校で姿を見ることはあるが話した事はなかった。その僅かな機会に見た限りではメラニアは楚々とした淑女という印象だったが、今はとてもにこやかで、その笑顔からは喜びがにじみ出ていた。何が彼女の琴線に触れたか不明のため、レイラはうっすら怖さを感じている。不機嫌であれば原因を探し改善すれば良いが、上機嫌の場合何かをきっかけに不機嫌にさせてしまうか、不機嫌になったらどうなるか解らない。セイレーンの祝福が効いて個人レベルでは好意的だとしても、サマラスとしての対応が求められる。

 まずは香茶をふるまい、四人で談笑する。


「聞きしに勝る素晴らしい庭園ですね!異国文化を取り入れつつベースはしっかり王国風で、どこの国の方が見ても絶妙に異国情緒を感じさせる不思議な構成⋯⋯レイラ様、この庭はどちらの方が?」

「代々サマラスの当主が少しずつ手を入れていると聞いております」

「メラニア、そのように一方的にまくし立てるものではないよ」


 興奮したメラニアをフーバーが嗜める。その姿は常識的な貴族だった。ステファノスは遠い目をして庭園を眺めているが、意識はフーバーに向いている。そちらは任せることにして、レイラはそっと精霊に意識を向ける。メラニアの周りには血統契約の精霊が多くいるが、庭園の精霊達はむしろフーバーとステファノスに群がっていた。


「レイラ様!今精霊様を見てらしたの?」

「ええ、無作法でしたね。申し訳ありません」

「いいえ、見えてらっしゃるなら当然の事ですわ」


 招待客に気を使わせるのは当然ではないが、もうどうでも良い気がしている。レイラの役割はフーバーとメラニアの二人を呼び出した時点で終わっていた。後は消化試合だ。何か話せば、歩きはじめの子供を褒めまくる親のようにメラニアに持ち上げられ、もうこれは褒めを堪能するしかねーわ!と開き直ってバブ全開にして持ち上げられるのを楽しみ、香茶のおかわりも干した頃、待ち望んだ人が現れた。


「フーバー様、ペトロス様、ようこそお越し下さいました。おもてなしは楽しんでいただけているかしら」


 サマラス伯爵アリアナが偶然立ち寄った呈で挨拶をする。にこやかに声を掛けられたメラニアは淑女として卒なく応じ、フーバーは固く応じるが幾らか慣れた様子だった。婚約が整う前から調整役として幾度となく顔合わせているためだろう。


「伯母様、フーバー様にお祖父様の手記をお見せしたいのですがお許し頂けますか?」


 ステファノスがアリアナに乞う。祖父は公国との国交開始の立役者である外交官で、その手記となると国家機密も含まれる。現物を渡してお好きにご覧くださいとはいかない。


「私の執務室でなら。レイラも来る?」

「私はやめておきます。メラニア様は⋯」

「宜しければレイラ様ともう少しお話ししたいと存じます」


 食い気味で言われた。圧い。


「ふふ、ではメラニア様。私と庭を歩きましょうか。こうして端から眺めるのと中から眺めるのとではかなり雰囲気が異なりますの」

「お供致しますわ」


 こうしてフーバーとステファノスはアリアナの執務室へとやってきた。部屋の片隅に設けられた応接用一人掛けにアリアナが、対面のソファにフーバーとステファノスが並んで座る。机には香茶と茶菓子、そして前伯爵の手記が置かれたが誰も手を付けようとはしない。

 本日のお招きの本題はここからだからだ。


「フーバー様、時間は限られています。前置きは結構です。要件から伺えますか」


 単刀直入にアリアナが切り出した。フーバーがレイラに近づいた理由、正道で手紙を出しての面談願いは憚られるが外交担当のサマラスと接触したかったのではないかと予測されたため、サマラス伯の判断のもと本日のお茶会が計画された。

 フーバーは一つ大きく息をつくと、アリアナの目を見て意を決した様子で口を開いた。曰く。


 精霊を信じるかと言われると正直解らない。いるのかも知れないと思う事もある。しかし『精霊など大した存在ではない、居なくとも世は回る。これからは技術革新の時代であるのに旧態依然とした王国と縁を結ぶ事になったフーバーが哀れだ』と事あるごとに同情をかう。頼れるものは婚約しているペトロス家だが、精霊信仰どっぷりの婚約者とは反りが合わない。


「サマラス伯、私はこの婚約は公国と王国の親睦を深めるためのものと認識してお話を受け、こうして留学にも参りました。しかし、王国はそれを望まれていないのでしょうか」


 そう締めくくられた実情の暴露にステファノスは眉を寄せた。男女で付き合う友人の距離感は異なる。同性の集まりで同情されれば粋がって精霊を否定する事もあるだろう。しかし精霊信仰篤い婚約者の家に滞在しながら、不信心者と噂になる程やる事ではない。まだ何かがあると察せられた。

 同様に察したアリアナは非公式の場ではあるが王国のスタンスを回答する。


「フーバー様。確かにこれからは技術革新の時代ですが、それは精霊達と共生しながら成し得ることの出来る物と存じます。だからこそ国交を開いたのです。外交のサマラスとして、ことこの王国ネライダにおいて、王権は精霊王との契約に裏付けされています。精霊を否定する事は王権の否定に他なりません。どなたですか、貴方にそのような事を吹き込む痴れ者は」


 静かな声に感情は乗っていないが、彼女が怒っていることがこの場の誰にも解った。もしレイラが居れば、サマラスの血統契約精霊が一様に怒りに震えているのが解っただろう。



「⋯⋯マイルス様です。エコノモス家の」


 アリアナの問に、フーバーが逡巡しながら答えた名前は貴族上級学校の生徒会長にして今は謹慎中の宰相子息だった。


「彼は今学校を休んでいるようですが、交流がお有りで?」


 フーバーの精霊否定発言が噂になりだしたのはレイラの生徒会呼び出し事件以降だ。


「はい、彼とは交流会でよく討論をしていましたし、最近は手紙のやり取りを良くしますね。彼の友人達も良くしてくれますが⋯⋯」


 その口振りからはその友人達も同じように哀れんでくるのだろうと解る。宰相子息の御友人となれば当然のように高位貴族が多く、無下にする事は出来なかっただろう。


 フーバーを足掛かりに王国と公国の協力関係にヒビを入れたい者がいる。マイルスの単独行動か、背後に何かが居るならばそれはどこの国に属する者か。

 もとより無数に横槍は入っている。ただ学生側はナーナとステファノスが居るからと甘い所があったのは否めない。決定的な瑕疵になる前に発覚して良かったとアリアナは思い直して対処することをフーバーに約束した。ステファノスを介して連絡を取るルートも相談して、聴取は終了した。

 後の時間はアリアナは関係各所に連絡を取るべく執務机でペンを持ち、ステファノスとフーバーはそのまま建前通りに祖父の手記を捲くる。この冊子はちょうど妊娠中の妻と船に乗り一時帰国する所からだった。セイレーンと行き合い祝福を受けた時の書付けだ。


〝警告音も鳴らせない哀れな有様だったが、蜂蜜を舐めた途端に聞いたこともない歌を歌った。何の警戒心も抱けなかった。これは船乗り達も連れて行かれるはずだ。幸いだったのはセイレーンが私を連れて行こうとはしなかった事だ。不幸だったのは腹の子に何かをされた。恐ろしい。アドナは笑っているが何をされたか知れない。こんな事なら留守を守ってもらえば良かった!しかし私のいない所でアドナに何かあれば後悔してもしきれない。本人が深刻そうではないのが慰めだ。母子共に健やかに生まれてほしい。念の為ガラニス家に相談しておこう〟


 この時お腹の中にいたのがレイラの母ローラだ。


〝生まれた!生まれた!なんて可愛いんだろう!なんて小さいんだろう!泣き声すら愛しいよ、名前はローラにした。あまりにも可愛い〟


〝ローラが寝返りをしようと頑張っている。首がすわるのもまだなのに天才か?と自慢したらどうもセイレーンの祝福による親バカと思われて哀れまれた。に会えば誤解も解けそうなものだが、結局祝福が働いてしまう。ローラはこの先適正な評価を受ける事が出来ないかも知れない。〟


〝この頃癇癪を起こすと周囲の物が壊れるようになった。セイレーンの声による音波攻撃に類似。近くの精霊達には命の危険がない場合破壊行為には協力しないよう叔母が説得してくれた。段階的に制限を変更する必要性あり、要相談〟


「伯母様、これ育児日記では」

「手記には違いないでしょう」


 国家機密は護られているが叔母のプライバシーは護られなかった。ステファノスはローラに会った事がないのでうっすら気の毒に思う。恨むなら自身の姉を恨んで欲しい。


「私も、精霊は居るのかも知れないと感じる事があります。居たら良いのに、とも思うのです」


 フーバーがぽつりと溢した言葉は自身を顧みない親に愛を乞う子供のようで、諦めながらもどこか切実だった。このような所があるからこそ、精霊の風土に合うと見込まれ、王国に送り出されたのだろう。それにしては婚約者メラニア・ペトロスとの相性が宜しくなさそうだが、これはもう性格の不一致と言うものだろうか。


「フーバー様、私は精霊を信じてはおりますが、見えも聞こえもせずに育ってまいりました。季節の移り変わりや些細な偶然にその働きを感じるばかりでした。しかしながら、最近従妹と交流する事が増えてからは枚挙にいとまがありません。数は少ないですが精霊を見て声を聞く機会にも恵まれました。今回の事で縁はなったのです、恐らく貴兄にも近くその時が来るでしょう」


 ステファノスが『レイラと居ればそのうち見れるよ!』と慰めて空気が緩んだその時だ。




―――――――――――――!





 庭から、甲高い音が響いた。それはセイレーンの警戒音にも似た、誰もこれまで聞いたことがない奇っ怪な音だった。

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