15.貴族上級学校模擬舞踏会
模擬舞踏会授業当日、開始時間を控え講堂には全校生徒が集まっていた。そこにガラニスの姿はなく、替わってレイラが出席していた。事情を知りいざという時のフォロー要員としてステファノスがエスコートを務めている。ナーナの相手は男性講師が務める事になっており現在は出欠確認等教師の仕事でこの場には居ないため従兄妹三人で集まっていた。
「良い?基本ステファノスに全て任せて、流れのままに動くだけでいいわ。エスコートとはそういうもの。熟達していればその限りでは無いけれど、貴方は昨日休んでいたでしょう?まずは会の雰囲気を肌で感じなさい」
「ええ、ありがとうナーナ様。自分から何かする時はステファノス様に伺えば良いのかしら」
「女性特有の事情もあるから、判断しかねた時はナーナ様に振るが」
「良くってよ。その時は直接聞いてちょうだい」
初めて舞踏会に参加する娘にアドバイスをする従兄姉達のようだが、その実は計画の再確認である。
フーバー自ら接触して来ると思われる事から、こちらは待ちの姿勢で動かない。前半過ぎても接触がない場合、ステファノスの判断でペトロス嬢に声を掛ける呈で接近する場合もある。動きたい場合はステファノスかナーナに、直で確認を取る。生徒達の中には精霊が見えたり聞こえたりする者も居るので無精して精霊経由での確認はしない。
今回は決定的な何かを狙っている訳ではないく『やらかしてくれたら良いな』という程度の計画だ。これが失敗に終わっても特に痛手のない数あるうちの手の一つ。合言葉は『ゆるく行こう』であった。
「模擬でも舞踏会に参加出来るなんて夢にも思わなかったわ」
夢見るような表情で講堂を見渡すレイラだが、言葉以上の意味はない。容貌が高位貴族の間でも上位に位置するほど整っているが、中身は市井育ちの除籍見込みである。何なら王城じゃなくて良かったまで考えている。しかし基本平民には参加し得ない特別なイベントとなれば、まあ参加してみるか良い人生経験だろうと考えた程度である。本人としては姐さん達とお買物に行く方が遥かに楽しいのだが、今回はレアリティを取った。休んでくれたガラニスには申し訳ないが今日フーバーが釣れなくても構わない、素敵な舞踏会として良い思い出になるだろうとレイラは淡く微笑んだ。
学校長が併設舞台にしずしずと現れ、王族よろしく模擬舞踏会の開始を宣言した。音量を抑えていた楽団はその本領を発揮しファーストダンスのペアを誘い出す。ナーナも合流した教師と踊りに出た。レイラ達は次の曲からだ。踊りに出る時の動きを参考に見ていると、ステファノスがレイラの腕を軽く叩いた。
「次だ」
遠くを見たまま言うステファノスの視線を辿ればその先にはフーバー、メラニアのペアが控えていた。一緒に踊ることになるらしい。
「踏んだらごめんなさいね?」
「怒るにしても踊りが終わってからにするから、気にするな」
とても気になる。
王族や侯爵位のダンスが終わり、次いで伯爵位のペアがフロアに出る。フーバーは形ばかり立派にエスコートしているが、メラニアが合わせているだけだと見る者が見れば解る有様で、歩幅もペースもあまりに自分勝手だった。
比較するとステファノスはなかなか良いパートナーだ。いざダンスが始まれば踊りやすいし、時折フーバーのこちらを見る視線を自身の背や位置取りで切ってくれている。あからさまでは無いが気を使っているのが解った。もしステファノスに婚約の縁が無いようなら相性が良さそうな女の子を見繕ってあげようとレイラは思う。割れ鍋に綴じ蓋、フーバーにも相性の良い娘は居るだろう。そういう相手と知り合わせた方がやらかしを狙うより穏便に事は済むのではないか。
そう考えている時もあったのだが。
「ステファノス、良いダンスだった。君のパートナーを紹介してくれないか」
ダンスが終わるなりフーバーがレイラめがけて直進してきた。一応昨日親交を深めたステファノスに話しかけているが話題があからさまにレイラである。フーバーとしても婚約相手はメラニアでなくても構わないようだ。むしろ積極的に替えたいと思っている節まである。
「外交のサマラス伯爵は知っているだろう?当主の姪、レイラ・サマラスだ。私の従妹にあたる」
「レイラ・サマラスにございます。お見知りおきを」
礼をすれば鷹揚に頷くフーバーが自己紹介を返す。割と卒がなかった。巷で流行りの娯楽小説のような愚かであれとされる道化ではなく、国交に関わる婚姻に選ばれるだけの教育を受けた貴族子弟だ。精霊を肯定する発言もないが、殊更否定する発言もない。前評判と実態が違う事なんて世の中山とある。レイラはその違いを精査するだけだ。
「精霊と踊る栄誉を私にお与え下さい」
フーバーがレイラに手を差し出す。戸惑う振りでステファノスを見れば頷いていたので、そっと手を取ると柔らかにダンスフロアへと誘われた。足取り軽く安心感のあるリードはやはり教養高さを感じさせる。
「なんて楽しいのかしら、私蝶になったようですわ」
「では次に移る花を探しに庭園へ行きませんか」
授業の一環とはいえ本日は舞踏会当日の扱いになるため、休憩も各自の裁量に任されている。夕刻以降に開催される本来の舞踏会では庭園に出る事は未婚の令嬢としてあり得ないが、学校の行事である模擬舞踏会は真昼間、中庭には燦々と日が照っていて後ろ暗さのかけらもない。ならば出ても大丈夫かというと、講評がどうなるか気になるところだ。
「お兄様と一緒でもよろしくて?物慣れない身でこんなに素敵な方と二人なんて、緊張でお話し出来なくなってしまうわ」
「勿論かまわないよ。ではステファノス殿の所へエスコートしよう」
一曲終わるとフーバーは優雅な仕草で言葉通りレイラをステファノスの元まで導いた。そしてやはり講評がどうなるか解らないと言うことで中庭に出る事は無かったが、代わりに後日フーバーとステファノスがサマラス伯爵家に訪れ庭園鑑賞をする事になった。サマラス家のご令嬢として同席せざるを得ないレイラは顎がしゃくれる思いだ。可愛くないのでやらないけれど。
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