3-23.帰還
普段はディリス郷が客人を招くのに使用しているという書斎を借りて、俺とヴァルとグレイ、そしてルーグリナ連邦国側代表としてひとまずは今回の実習の隊長だったエルドッドと、最後に情報確認のためもあり支援部隊として来た男(名をカルヴィン・ハルバ―というらしい)の、計五名で話し合うということになった。
本当ならば関わった人間全員で、となるのだろうけれど、内容が内容かもしれないから人数を減らそうというのと、そもそもそんな何十人も入れるほど書斎が広くはなかった。
全体的にブラウンで家具を揃えてあり、一つ一つの品が非常に高価だとは分かるけれど、かといって特別な派手さはなく。なるほど、客人を招くのには持って来いの部屋だ。綺麗で丁寧かつ、見せびらかすような下品さはない。
「さて、話を聞かせてもらおうか」
向かい合う二つのソファ。その片方に俺たち三人が俺を真ん中にする形で座り、テーブルを挟んで向こう側にルーグリナ連邦国の二人が座っている。こっちは俺が幼いから平気だが、あちらは大人の男、それも兵士ってやつだ。体格がいい。ソファは狭そうである。
と、そんなことはどうでもいいのだ。
俺は口を開く前に、一度だけこの書斎にうっすらと漂う本の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。ああ、心地良い。
「カルヴィンさんもいることですし、最初から話しますね」
冷たい顔立ちで紳士然とした態度(もちろん、俺はこいつが年齢相応に嫉妬深いやな奴だと知っている)エルドッドに対し、カルヴィンさんはいかにも兵士!だとか騎士!だとか軍人!だとかいう言葉が相応しい人だった。つまり、熱血タイプである。
「ああ、頼む」
前のめりの姿勢で耳を傾けてくれるカルヴィンさんから若干の圧というかやりにくさを感じつつも、俺はここに来るまでに決めて来た話の道筋を口にした。ちょっと、早口だったかもしれない。
「エルドッド……さんたちと合流したのち、それぞれ別行動を始めました。俺はヴァルとグレイと三人で。地図を見ながら洞窟へと進み、問題なく最奥へと辿り着きました。問題は最奥で出会った敵です」
魔物とも、魔獣とも言えない。あれは天使だったから。ただ話を冷静に聞いてもらうためにも、敵の正体は最後に言えばいいだろう。
そう。俺は、全て話してしまう気でいた。
魔王議会もあるし、最強の一角が死んだのだ、天使だって黙っていない。どうせいつかバレることならさっさと話してしまえばいいというのが俺のモットーだ。
「最奥で出会った敵は、膨大な魔力量を有していました。少女の姿をしていて、小鳥を連れていました。すると、そいつらはヴァルに喧嘩を──戦いを挑んだんです。俺は少女と、互いの使い魔の戦いに手を出さないという約束をして、姿を変えた小鳥とヴァルの戦闘が始まりました。俺はグレイと二人で一旦離脱を測りました。クラッド先輩たちと合流したのはこのタイミングです。しかし俺は少女の魔法によって転移させられ、再び戦闘領域に戻されました。
『見届けなければならない』という少女と共にしばし傍観していたのですが、途中で少女が裏切り、ヴァルが魔法で狙われました。俺自身も魔法で狙われ、その後、何とか意識を取り戻し、敵を攻撃。ヴァルを取り戻したのち、トドメを刺しました。あの場に残っていた血痕は、敵のものです。ただ、大きな魔法を連続して使ったことで俺は気絶してしまって……どんな魔法でトドメを刺したのか、よく覚えていないんです」
一気に話してしまって、間違いはないかなと思い直した。何せ急な展開ばかりだったから、記憶がごちゃついている。
「ふむ……なるほど。話の流れは分かった。きっと君は今、話を簡潔にするためにあえていくつかの事象を伏せたのだろう。では、その点を聞かせてもらおうか」
「ええ、もちろん」
カルヴィンさんは右手の人差し指を立てた。
「一つ。少女と小鳥の正体はなんだ。しかも、小鳥は姿を変えただと?」
俺はこくりと頷いた。カルヴィンさんは中指も立てる。
「二つ。少女が使った魔法をもっと詳細に。強制的に転移する魔法など、ほとんど聞いたことがないぞ。それにヴァル殿と君は腕が立つと聞く。それを一時的とはいえ封じるなど……」
俺はもう一度頷く。カルヴィンさんは薬指も立てた。
「三つ。どうやって倒したんだ。君は気絶していたとしても、そっちの二人は見ていたんだろう? あの場にあったのは血痕だけで、亡骸はなかったぞ。取り逃がしたのか?」
聞きたいことはひとまずそれだけらしい。彼は手を下げた。
「説明する前に、ひとつ」
「何かな」
「三つ全ての返答を、一気に言います。きっと信じられないでしょうが、一旦は口を挟まずに最後まで聞いていただけますか?」
カルヴィンさんとエルドッドは顔を見合わせた。二秒ほど見つめ合って、二人とも頷いた。よし、話そう。頑張れ俺。上手く説明するんだ。
──九十パーセントの真実と、十パーセントの嘘を混ぜて話す。
嘘つきになれ、俺よ。
──そしてその十パーセントこそが、俺にとって一番重要な点だ。
深呼吸をして、告げた。
「少女の正体は【原初の楽園】フリューゲル。そして小鳥の正体はその守護獣フギムニです。当人がそう言っていましたし、膨大な魔力量や言動からしても、間違いないかと」
二人が目を見開いて息を呑むのが分かった。彼らの時がまるで止まってしまっている。思考停止した頭が動き出すまで、五秒ほど待ってあげてから続きを話す。
「ヴァルが狙われた理由は不明です。が、彼らは神様に捧げる魔力を求めていたようですから、きっと、膨大な魔力量に反応したのかと」
大嘘だ。ヴァルが狙われたのは、ヴァルが悪魔だからだ。でも、それだけは首を落とされたって話せない。ウソ発見器にかけられたって話せない。この十パーセントの嘘だけは、許されたい。
「次に、転移魔法、そして俺とヴァルを一時的に追い詰めた魔法ですね。同一の魔法で、あれは対象を異空間に飛ばす魔法です。ただ俺が皆さんの前から消えた時は、一瞬で魔法が解除されたので、異空間に飛ぶという感覚はありませんでしたが。異空間では時間は一秒も進まず、閉じ込められた俺たちは一ミリも身体を動かせません。声も出せません。また、解除されると対象は魔法の行使者……今回の場合はフリューゲルの傍に落ちるようです。
フギムニと戦っていたヴァルは、戦闘に参加しないはずのフリューゲルからその魔法を喰らい、俺の目の前から消えました。抗議する俺をフリューゲルは異空間へ飛ばしました。先ほど述べたように異空間では行動が出来ませんが、精神は働きます。そして俺は何とかして相手の魔法を破り、こっちの世界へと戻ったんです」
白い空間、そこで聞こえる謎の声、人格の統合。これは嘘をついたというより、言う必要がないと判断した。天使や悪魔と違って、認知されている存在ではないからだ。多分、俺だけに聞こえるナニカなんだ、あれは。正直に言ったところで理解はされないだろう。
「最後に、俺が使用した魔法です。異空間に閉じ込められたヴァルを取り返すためには、魔法を解除させる必要があります。そうすれば、ヴァルはフリューゲルの傍に落ちてきますから。しかし素直に頼んだところで意味はないので、俺は魔法に干渉することにしたんです」
「……そういうことですか」
エルドッドが納得したように何度も頷いた。首をひねるカルヴィンさんに、彼が説明をする。
「実習をするにあたって、一応、情報は事前に集めたんですよ。特に初めて参加するメンバーについては。その時知りました。クリストファー・ガルシアという少年は他者の魔法に干渉するという伝説級魔法を行使したことでジャン・グレイスフィートに推薦され学院へ来たのだと」
なんだ、知っていたのか。知っていた癖に俺に弱いとか何とか言って突っかかってきたのか。そういえばこの人、クラッド先輩が俺に負けたことも知っていたな。
「そうです。運命作家という魔法です。それで無理やりヴァルを取り戻し、その後、別の魔法で──」
別の魔法で、殺しました、か。
──殺人犯の気持ちって、こんなかな。
なーんて。馬鹿みたいだ。魔物や魔獣は『倒し』慣れているのに、相手が少女の姿をした天使となると、まるで一つの人種みたいで、一気に『殺し』た感が強くなる。
命の重みなど、どちらも変わんねえだろうに。
「終焉を呼ぶ翼という魔法で殺しました。フギムニは取り逃がしました」
驚愕に目玉を飛び出させそうにしている二人を相手に、現場をしっかりと見ていたヴァルが魔法の説明を少しだけ述べた。グレイにはもうした話だという。廊下と部屋で例えた話だ。
一通り、言うべきことは言ったと思う。隠すべきことは隠せたと思う。
静まり返った空気の中で、最初に口を開いたのはエルドッドだった。
「事態がこうなった以上、実習は中止ですね。生徒たちには学院へ帰って頂くよう、教員の方に話を通します」
「そう、だな……。じゃ、オレは上層部に報告する。後日、学院の教員を通して話が行くだろうが、何かしらの処罰……いや、天使を殺してはならないという法はない。何も悪い事をしたわけではないからな、現状何も言えない。次の魔王議会次第って感じになる」
俺の話の全てを信じたわけではないだろう。遺体が無い以上、本当に天使だったのかという疑問が彼らにはあるはずだ。俺としても、何者かが【原初の楽園】の名を騙っていた、というオチが嬉しくもある。
ひとまず、場はお開きとなった。気絶から目を覚ましたばかりの俺は他の生徒と顔を合わせたりすることもせずに自室へと戻り、みんなは先に学院へと帰ることになった。俺は一日遅れて、防衛隊の人に護衛されながら馬車で帰る。何でも、敵が仕返しに来る可能性があるんだとか。天使っていうのはそんなにも執念深いのか。
馬車の中から見るルーグリナ連邦国の姿は、徐々に遠ざかって小さくなる。
「何にせよ、無事に帰れたわけだ」
「そうだな。ひとまずは何のお咎めも無いようだし、良かったではないか」
隣に座るヴァルがかったるそうに鼻を鳴らした。そういえば、あの白い空間に俺同様ヴァルも閉じ込められたわけだけど、ヴァルは何を考えたんだろう。あの異空間、身体は動かないけど、精神までは縛られていなかった。
グレイは少し疲れたのか、森を眺めていた。俺はそんな彼の横顔を見て、ヴァルの横顔を見て。
「何を考えた?」なんて、聞く気には、ならなかった。
ルーグリナ連邦国が離れるほどに、グラッドランド王国は近くなる。
そうだ、今回の件、早くジャンさんに報告しないといけないな。




