1-7.女神様のお告げ
その後の人生が平穏であったことは、言うまでもないだろう。
村でちょっとした有名人となり、人々に魔法を見せてとせがまれた五歳。
妹がすくすくと育ち、エマと二人でそれを愛でた六歳。
父さんから厳しい修行を受け、結果魔法だけでなく剣術も習得した七歳。
そして今、八歳になり早半年ほど。
今年もまた平穏に、事は進んで行くはずだった。
『目覚めよ、九十九秀。いや、クリストファー・ガルシアよ』
誰かの声がした。
いつものようにきちんと風呂に入り、歯磨きをして、両親と妹におやすみを言って、自室のベッドへ入り布団を深くかぶった。そのままいい具合に眠気がきて、すやすやと深い睡眠に落ちたはずだった。
『早く目覚めよ、クリストファー・ガルシア』
聞いたことのある声だった。
母さんだろうか? まだ朝ではないと思うのだけれども。
もう、何だよ、起きるよ、起きますとも、こう見えても俺、学校も会社も遅刻したことないんだからね、入院以外で休んだこともほとんどないんだからね。
『そんなことはどうでもよい。早く起きよ』
ああはいはいせっかちだなもう……あれ、今俺、喋ったっけ。
何も言葉を発していない……というかそもそも起きていないのに、一体全体誰が俺の心を読んだんだ?
そのことに気が付いた途端、パッと目が覚めた。それはもう、光の速さで、電気の速さで。俺史上最速の目覚めというか、瞼の開眼速度である。
『やっと起きたか、クリストファー・ガルシアよ』
「起きたよ……って、あれ、ここどこだ?」
家でも、庭でも、森でもなかった。ベッドにすら乗っていなかった。
『ここは精神世界。夢だと思ってよい』
精神、世界? 真っ白でなんか、既視感あるっていうか。
どこだ?
だだっ広くて、白くて、姿なき声が聞こえて──。
「お前、ミラージュか!?」
これまた光の速さで、電気の速さで思考が駆け巡り思い出した。
そうだよ、俺、死んだ後こんな感じのところっていうかまさにここで変な女の声に問われて異世界転生を選んだんだった。
八年間も音沙汰無しだったから忘れてたわぁ、いやぁ、うっかりうっかり。
って、そんな場合じゃないわ!(一人乗りつっこみとか初めてだわ。)
俺、身体あるぞ! あんときはなかったよな!
つーか、ここ来たってことは俺死んだのか!?
『否、死んではおらぬ』
「お前、なんか、ほんとにミラージュか? 前と口調が違うっつーか」
前は慈悲深き女神みたいな口調だった気がするんだが。
『肯定、我はミラージュと同一なり』
どういうことだ?
『そなたに仮名としてミラージュと名乗った者は、形、すなわち姿や肉体と言うべきを持たぬため人格が不安定である。とある理由により今の我は残留思念の欠片のようなもの。肉体がない以上、脳がない。よって思考は可能かつどの人格も同じ思考を行うが、脳がない以上、それぞれに同じ性格は宿っていない』
はあ、思念の塊で、脳がないから、性格がバラバラ……?
『分かりやすく言えば、思念のみ纏まった意見を持つ多重人格だと思ってよい』
「最初から分かりやすく言えよ!!」
色々ややこしいな、おい!
『それもそうであるな……人格は全部で六つ存在している。そなたが分かりやすいよう、それぞれ別名で呼ぶがよい。さあ、我に名を付けよ』
「へえ!? けど、まあ、有難いか……」
ううむ、なんて名付けたものか……。
適当だと怒るよなぁ。それに、出来る限り覚えやすいように名が体を表すようにしたい。うーん、偉そう、上から目線、威厳がある……。
あ、威厳を表す単語があったな。確か……。
「マジェスティはどうだ?」
偉そうな声の主にはお似合いの言葉だろう。
『マジェスティの名を許可する』
「あと、本体っつーか、六つの人格があるとはいえ元は一つなんだから、それにも名前付けていいか?」
『許可する』
よし、じゃあ何にするかなぁ。
ううむ、六つの人格……残留思念……六つ……バラバラ……姿がない……肉体を持たない……。
迷うなぁ、何にしようかなぁ。
ミラージュ、マジェスティと来たからやっぱり名が体を表すようなカタカナがいいなぁ。
人格って意味のペルソナ? あるいはぁ、幻影の意味のファントム? いや、ちょっと安直過ぎるか? この世界の他の名称と被りそうだし、もっとひねってみて……。
「あ、残滓とか面影って意味のあるヴェスティージはどうだ?」
『ヴェスティージ、許可する』
「よし、じゃあ長いからヴェスって呼ぶぞ!」
『……はぁ、許可する』
なんか今呆れられた気がするが、まあいい。本題に入ろう。
「それで、二つ聞きたいことがある」
『許可する』
「一つは、俺、前回は姿なかったはずなんだがどうして今回はあるんだ?」
今の俺は転生後の姿をしている。
『ミラージュが転生させた際、そなたは死んでおり魂のみの状態であったゆえに。現在は新たな姿を獲得しているため、その形がこの世界に影響されている』
「なるほど。じゃあ、もう一つの方を聞くぞ」
『許可する』
こいつと話していると、何だか王様を相手しているみたいだ。したことないけど。
「マジェスティはどうして俺を呼びだしたんだ?」
『我、というよりはそなたが命名したヴェスティージそのものの目的を達成するためである。我らはヴェスティージとして持っている残留思念を叶えるべく、恐らくこれから六つそれぞれがそれぞれの人格を持ってそなたとの交流を行うだろう』
「ほほう。それで、目的というのは?」
異世界転生したんだから、漫画なんかでよくあるのは、そうだな、勇者になれ、とか魔王になれ、とかか? この世界を救えてきな。
『否。我らの目的は分裂した人格六つを統合し、かつてのように一つにすること』
「ははぁ、なるほど……んん?」
『これよりそなたにあらゆる命令を下すであろう。人格はそれぞれ、同じ残留思念の元動いているとはいえ、同じ考えをしているわけではない。いや、同じ考えをしてはいるのだが、そうではなくてだな』
じゃあどういうわけだよ、ややこしいなあ。
『分かりやすく言えば、元は一つの人格だが、六つに分裂する際に、悪を強く持つ人格、正義を強く持つ人格、わがままな人格、威厳ある人格、といったように個性とでも言うべきものをもって分かれたのだ。
無論、今述べたのはあくまで例であって、実際のところ他の人格がどうなっているのか、詳しいことは分からない。互いが知っているのはお前がミラージュの手によって蘇生されたというような事実のみだ。魂胆は知らぬ』
「はぁ……? 分かったような、分かってないような……?」
つまり、たとえば俺という人格が分裂して、仕事熱心な俺、睡眠好きの俺、正義感ある俺、落ちこぼれな俺、家族思いの俺、不運な俺、みたいな感じで分かれた、と。でもって、互いの行動は知っているけれど、どうしてそれをしたのかという『意思』は知らないと。
『我ら六つの人格は、一つに戻りたいという残留思念を共通の認識で持ち合わせている。しかし、六つ全てがそれを叶えたがっているわけではない』
「ああ、なるほど? つまり、例えば一つに戻ることが世界のためと仮定した場合、悪の人格はそれに反対して他人格を邪魔するべく俺に嘘を吹き込むだろうし、対して正義の人格は悪の人格と正反対のことを俺に要請するだろう、と」
『飲み込みが早いではないか』
誰目線だおい。
『人格を一つにしたいという目的の理由については、今はまだ明かせぬ。我にはそなたが味方であるという確信はないからな。そこで、初めの命令を下す』
「ふむ、まあ、聞こう」
『夕方、森へ入れ。以上だ』
「……それだけ!?」
『うむ。従うかどうかは好きにするがよい。そなたの蘇生はミラージュが勝手にそなたを憐れみ行ったこと。六つの人格のどれもが、代償をもらおうとはしないであろう』
「なるほど」
『では、そろそろそなたが目覚めるゆえ、さらばである』
「え!ちょっとまっ」
言い終えるより先に、声の主が消えた気配がした。何も聞こえなくなり、同時に白い世界が何かに包まれるように見えなくなる。
朝が来て、俺が起きたのだ。現実世界で。
「今のは、夢?」
ベッドで目覚めた俺はどうしたものかと悩んだ。
が、まずは夕方を待ってみるとしようかな。
我ながらややこしいですね、はい。
分かりやすくまとめるとですね、
1.とある人物が肉体を失い、人格が六つに分散していて、いわば残留思念である
2.六つの人格はそれぞれ一つだった頃の願い・残留思念を共通して持っている
3.六つの人格はそれぞれ、互いの行動は分かるけど意思は分からない
4.残留思念は一つに戻ることを願っているが、人格はそれぞれ違う性格を持っているため従うかは別
5.ヴェスティージ=元の一つだった人格、人物、残留思念と思ってよい
まあ、理解できなくても大丈夫です。こっからの展開で分かるようにするので。