3-22.バトルクライの夢語り
俺は夢を、見ていた。
そう。きっと、夢。
何処かの誰かの視点で見る、記憶のような。
あまりにも現実味のある、夢を。
***
開けた視界に映るのは、森だった。
「おいどうしたのだ、■■■よ」
「何でもないよ、■■■。お前こそ、今日はもう無茶するなよ」
切羽詰まった状況のはずなのに、何処か楽しかった。同時に、悲しくもなる。■はただこうして二人でいろんな物を見て回れればよかったのに、どうしてこんなことになっているんだろうと。
「こうしてゆっくり二人並んで歩くのも、久しぶりな気がするよ」
「歩くというより、逃走だがな」
相手が笑ってそういった。■■■もまた、■同様、楽しそうだった。
森に風が吹く。■たちの服が揺れて、■■■の左の袖が力なくゆらゆらと揺れて。
「…………」
思わず■が黙ると、察したのか■■■は右手で■の頭を優しくなでてくれた。
「気にするでないぞ。これは■の弱さが招いた結果であり、同時にお前を守った■の名誉の傷であるぞ」
「……でも、左腕を生やす力もないほど、■■■の魔力が削がれている証でもあるんだろ? 本当に、すまない。■がもっと、計画的に、冷静に、敵に立ち向かっていれば……。感情的になって■■の軍団に突っ込むなんて……」
「だから、ウジウジするでない。お前は悪くない。そうであろう? 第一、この■■■■■■の力をもってすれば、あんな■■の群れ、倒せるはずだったのだ。手を抜いたわけではないが、■が上手く戦えなかったのが敗因であるぞ」
「いいや、■が■■■の戦い方についていけなかったのがいけないんだ。こんなことなら、もっと魔法を鍛えて、魔力量を増やして、連携も学んで……いろいろしておくべきだったよ。もし時間を巻き戻せたら、そうするね」
珍しく奥歯をかみしめる■■■。この話題をこれ以上しても、■■■が自分を責めるだけだ。けれどうまい話のそらし方も分からなかった。
「まあ、やはり一番の敗因は、あの■■■■■■■■の嘘を見抜けなかったことだろうな」
不器用な■の代わりに、■■■が少しだけ話の方向をそらしてくれた。
「そうだね。まったく、■■のくせに、あんな嘘をつくなんて……。あり得ないよ」
「けど、■■にはこうしてまだ命がある。このまま■■へ戻って、人里離れた土地で、お前が■■で死ぬまでのんびりと過ごそうではないか」
「ああ、賛成だ。幸い、今日の■■■■で今後二百年、■■はこの■■■■を出られないことに決まった。■■■■の後に戦闘になったのは驚いたけど、■たちはとにかくここから逃げられれば勝ちなんだ」
森をぐんぐんと走り抜けた。■■■も■も体中を負傷していたし、腕がなかったりもするけれど、出血は止めたし、無事に逃げた後でゆっくり魔法で治せばいい。今は戦闘のせいもあって魔力量がほとんど枯渇しているけれど、一週間もゆっくり休めば元に戻って、大きな魔法も行使できるはずだ。
街はもう数十キロ遠いところにあって、追手の姿も見えない。行ける。そう確信した。
「よし、着いたぞ」
一見すると崖にしか見えない場所に立って、■たちは■を見た。■■はずっと遠いが、これが正規ルートの一つだ。飛び降りよう。
「せーので行くぞ、■■■」
「うむ」
飛び降りることが出来ればきっと、落下の途中で■■■が拾ってくれるはず。
だから、■は恐怖心を押し殺して覚悟を決め。
瞬間、地面がぐにゃりと泥のように柔らかくなり■の足を沈め。
「え?」
思わず足元を見れば、草が適当に生えた地面は底の見えない■に変貌していた。何事かと思うと同時に、これが■■■■■■が得意とする■■であることを思い出す。
──■に落ちたら、すべてが台無しになってしまう。
魔力は枯渇している。この■■に抵抗することも干渉することも、何もできない。
──終わって、しまうのか。
今日一日、ロクなことがなかった。
いいや、ここまでずっと、ロクなことがなかった。
■■の人生も、■■ばかりだ。
感情が黒く染まっていく。
──ここで、終わりなんだな。
憎くて憎くて、仕方がない。叶うならば一矢報いたい。でもそれが不可能なんだと、心のどこかで知っている。理解している。だから目を閉じて、最期の時を待った。
「馬鹿者!! ここで死のうなど、この■■■■■■が許さぬぞ!!」
ドンッと背中を押され、重力を忘れたかのような浮遊感が全身を漂う。
目を開ければ、■は宙に浮いていた。
「■■■!! ■■■!!」
必死になって大切な友の名を呼ぶが、アイツは■に落ちていった。どれだけ手を伸ばしても■は独りで落下していくばかりで。その距離は離れていく。そして遂に■は閉じ、■■■は完全に消えてしまった。■■■へと。
■は無事に生きて帰れたけれど、田舎に籠って暮らそうとは思えなかった。■はもう一度、行くのだ。あの場所へ行くのだ。
大丈夫。■■■はきっと死んでいない。■■■に閉じ込められただけ。
だから■はとにかく■■を殺すための■■を編み出すのだ。
──待っていろ、■■共。今に■が滅ぼしてやる。
***
目を覚ませば、何やら豪華な装飾品が付いたベッドの天井が見えた。だるさを感じる体を起こし、ここはどこだろうと思う。
「なんか、変な夢を見た気がする……」
喉が渇いているせいで、声はかすれていた。けれどそれに言葉を返すものがいる。俺の頭の中に。
『それはオレ様の記憶だな』
「バトル、クライ……」
その名を呟くと同時に、俺はベッドから飛び上がった。降りようとして、布団で足を滑らせる。無様に床に滑り落ちた。
「天使は、フリューゲルはどうなったんだ!? ヴァルは!?」
一秒もない時間のうちにそれまでの全てが思い起こされて、同時に自分はなぜ気絶していたのだと。
「もしかして、魔法、失敗したのか……?」
『いいや、成功だ。ただ大規模な魔法の行使にお前の体が耐えられなかったんだな。天使は死んだよ』
「そう、なのか……良かった。みんな、無事なんだな……。というかお前、人格を統合しても頭の中に残り続けるのか? マジェスティとかと違って、夢の中じゃなくても話せるんだな」
『それだがな。どうにも、統合が中途半端らしい。完全にはお前と一体ではないというわけだ。だからお前の脳内にこうして語り掛けられる。けどまぁ、安心しろ。眠気が酷くてな。どうにもずっとは起きてられねえらしい』
そりゃよかった。いつも監視されているみたいなのは、さすがに生きにくい。トイレとか風呂とか恥ずかしすぎる。
『あとな、オレ様の特別な力……あの魔法だが、ありゃ天使相手でマジやべえ時以外使うなよ。お前の体がもたねえからな』
「分かったよ」
どんな魔法だったかあまり記憶にないのだが、俺だって可能な限り目立たない人生を送りたい。天使になんか目を付けられないに越したことはないのだ。
こんこん、と扉がノックされた。俺が返事をする間もなく、扉が開かれる。
「クリスよ、起きたのだな」
「主よ!! よかった、半日も眠っておられたのですよ!!」
ヴァルとグレイだった。俺はどうやらずいぶんと心配させてしまったらしい。グレイは感極まって泣きかけている。
それに比べて、ヴァルはいつになく浮かない顔をしている。
「クリスよ。まだ疲れておるだろうが、よく聞くがよい」
「う、うん」
はあああ、と深いため息をこぼすと、ヴァルは一気に言った。
「お前は【原初の楽園】の一人であるフリューゲルを殺したのだ。我としては悪くないし、我のためにクリスが怒ったというのはむずがゆくも喜ばしいことだが、此度の件をルーグリナ連邦国の防衛隊に説明する必要がある」
グレイは俺が床に落とした布団をベッドに戻しながら、深刻そうな顔をしている。
「強大な魔獣に出くわしたといってごまかすのもありだ。幸い、我の黒い魔力は気づかれなかったらしいしな。お前の使った大規模な魔法は悟られたらしいが、魔法の打ち合いになって上級魔法を無数に行使したといえばまあ、誤魔化せないことはなかろう」
「じゃあ、それでいいんじゃ」
「しかし、最強の天使の一人が死亡したことは今頃天使の中で知れ渡っておろう。フギムニは倒し損ねたしな。アレが神様とやらに報告するに違いない」
「ああ……そっか、守護獣は全部見ているから、もちろん、俺の顔も割れるわけか」
「うむ。魔王議会で話されるかもしれんな。無論、天使は滅多に議会に出てこない故、これは最悪のケースだが。……防衛隊の者と話すまで、まだ時間がある。よく考えよ」
こくりと、小さく頷きを返す。
するとヴァルとグレイは固い顔をやめて、笑った。
「先ほど我らも話し合ったのだがな。クリスよ。お前がどんな道を選ぼうと、我らは最後まで主人に付き従う所存だぞ。喜ぶがいい」
「ドラゴンと悪魔がお供するんです。敵なしですよ」
胸がぎゅっと苦しくなって、同時に体中一杯に喜びが沸き上がる。表情をこらえようとしても、うっかりにやけてしまった。
「ありがとう、二人とも。ほんとうに、ありがとう」




