3-20.天使なんて要らない
運命作家。それは、相手の魔法に干渉するという点において伝説級魔法と認定された、俺にとって初めての大きな魔法だ。使ったことは一度キリで、それはグレイと初めて出会った冬の日のこと。そして今回、天使の中でもそれなりに上位となるフリューゲルを相手に二度目の行使をしたわけだ。
「うッ……」
使ってから思い出したが、伝説級魔法とは行使した者の命すら喰らう可能性のある、膨大な魔力を必要とする魔法。バトルクライが一緒とはいえ、さすがに天使相手ともなれば無傷とはいかなかった。一気に身体がだるさを増し、高熱が引いたあとのような節々が痛む感覚を覚える。それから、鼻血がつぅと静かに垂れた。
俺は唇に辿り着いた鼻血を適当に拭い、フリューゲルから目を逸らさなかった。
統合の結果として実感したのは、なんといっても魔力量の増加だ。未だかつてないくらいに魔力が多いことが身に染みて分かる。
さすがに【原初の悪夢】のヴァルには並べないが、目の前のフリューゲルには喰らい付いている気がする。おかしい、こいつも【原初の楽園】の一人のはずなのに。
よくアニメなんかである、「こいつは俺たちの中でも最弱……」ってやつだろうか。
まあいい、相手が原初だろうがなんだろうが関係ない。ヴァルの敵は、俺の敵だ。
「う、うそ……」
フリューゲルの魔力が大きく揺らいでいるのが分かる。俺による干渉をなんとか抑え込もうと努力しているらしいが、無駄だ。
ついに均衡が崩れたようで、天使特有の魔力が暴走したかと思った次の瞬間、空間に穴が空いたように、いきなり白い光に包まれたヴァルがフリューゲルのそばに落っこちた。
その白い光はすぐさまヴァルの黒い魔力に染め上げられていく。相当怒っているようだ。
「ヴァル!」
俺はまだ意識朦朧としている様子のヴァルに抱き寄った。放心状態のフリューゲルが俺たちの抱擁を阻む様子はない。
「クリスよ。お前が我を助け出したのだな。よくやった」
「ヴァル、怪我はない?」
服が少し破れただけで、血などは出ていないみたいだった。
「問題ない。それよりアレ、どうするのだ。我の主人というだけでなく、明確な意思を持って天使に魔法を行使したのだ。もう敵対は免れんぞ」
「構わないよ。というか、あんなのと共存を選ぶのはごめんだね」
俺がヴァルにしがみつきながらそう言うと、ヴァルはふっと笑った。
「オレを忘れてもらっては困ります、主よ。オレも加勢します」
いつの間にか隣に立っていたグレイまでもがそう言った。
「主をいきなり魔法で異空間に落とすなど言語道断。全く、魔力の繋がりがなければ生死すら把握できないところでした…」
「心配かけてごめん、グレイ。でも、二人とも。ここは俺に任せて欲しいんだ。ちょっと、試したいことがある」
「「試したいこと……?」」
二人同時に疑問符を浮かべる。
「なに、人間。この私に一人で楯突こうと言うのかしら…?」
ようやく正気を取り戻したらしいフリューゲルが俺を睨んでいる。互いの距離はわずか二メートル。魔法など使わなくたって、剣などでも十分太刀打ちできる間合いだ。
「ああ、そうだ。お前は俺が倒す」
「どうやって?」
手段にならば心当たりがあった。バトルクライだ。特別な力とやらのおかげか、無事に空間から離脱することができた。でも統合するだけで俺にこれほどの魔力を与えてくれるのだ。
ミラージュが俺を異世界に飛ばしたのと同等の、何かすごい切り札が奴にもあるはずだ。
『そうだ。魔法を、魔法名を、紡げ』
頭の中でバトルクライがそう言った。統合が不完全なのか知らないが、人格は消えないらしい。
姿なき声の主に従って、俺は口を開く。
それだけでいい。なんて言えばいいのかは、バトルクライが知っている。
「何をしようって言うのかしら……?」
先ほどのこともあってやや警戒心を強めているフリューゲルは小鳥を守護獣フギムニとしての姿に変化させようとしたが…遅い。
「終焉を呼ぶ翼」
意識が内側から消滅されそうなほどの魔力量を代償として発動した魔法。誰もが息を呑み、魔法を受けるフリューゲルから目を逸らすまいとする瞬間。
世界はまるで黒く染まり、太陽を飲み込むブラックホールのような輝きを放つ黒い穴のような形を取るその魔法はフリューゲルに命中。変形し損ねた小鳥だけがパタパタと少女の手から離れ、魔法の攻撃対象から逃れた。
頭の中でバトルクライが嗤い、溢す。
『長き戦いに、一つ終止符が打たれた……』
クリスの異世界転生はヌルゲー、無双ゲー。──果たして、本当にそうだろうか……。




