3-14.洞窟のもとに
幾度か、狼、あるいは兎の姿の魔獣と出会い、そのたびに半透明になる死体を訝しみながらも鞄に入れて進んでいく。どうも広大な森らしく、一歩踏み込めば道が分からなくなるほど。貿易に使用されているルートである以上、ある程度道が作られてはいるが、この世界の技術だ。全部を石畳にするような真似は出来なようで、草木を排除して時折看板を立てる程度。歩きなれた商人たちでも、視界の悪い時刻なんかだと迷子になりそうだ。
一時間以上、そうして鬱蒼とした森を進んだ。どうやらお山のように盛り上がった地形らしく、その上の方に洞窟がある。どうしてわかったのかと言えば、立体に進化した魔法、惑星迷宮があるからだ。
いや、マジで便利。前世の世界のスマートフォンと違って宙に浮かせておけばいいから、両手があくと言うのも最高だ。戦闘にはもってこいの技術。
「飽きて来たぞ」
「まあ、そう言わずに。もうすぐ着くからさ」
文句を言うヴァルは空を飛ぼうと言ったが、俺は空を飛ぶ魔法を会得していないし、そもそも、この森に巣食う魔獣を倒したいのだから、歩いて遭遇するのが一番だ。あと、あんま他チーム相手に目立ちたくない。特に防衛隊、喧嘩を売ったはことそのものは良いが、どこでヴァルの正体や俺の伝説級魔法がばれるか分からない以上、魔法を行使しているところは見せないほうがいいかも。
……ま、ちょっとばかし、ほんとにちょっとばかしね、俺スゲーだろをかましたい気はある。少年心というか、幼心というか、好奇心というか。俺の強さを見せたい気がね、ちょおっとね。でもこれはミラージュによって授かった転生補正だ。俺がすごいわけじゃあない。
「主よ、あれですか」
少し先を歩くグレイが立ち止まって、指をさした。洞窟だ。岩や草木に隠れた洞窟がある。なあるほど、魔獣が潜むにはもってこいの薄暗い巣窟だ。
「あそこに、ボスがいるんだっけ」
耳を澄ましても音は聞こえないし、目を凝らしても何もいない。まだ学院チームも防衛隊チームも来ていないようだ。一番乗りか、都合がいい。人目を気にせず全ブッパできそうだ。
「急ごう」
他チームが来る前に倒して、「もう終わったよ~」と言うのだ。んふふ、なんだか親に隠れて冒険する子供のようで楽しいぞ。童心に帰る気分だ。
「それにしても、暗いな」
炎の魔法を手元にとどめて周囲を照らしてみたが、枯れかけの草があるだけで、本当に何もない場所だ。一本道、横穴も何もない。そのうち、手元に置いた火は不発となって散るように消えてしまった。
「なんだ、我は期待しておったのに……」
「ヴァル、文句ばかりでうるさいぞ」
「二人とも、静かに。なんか聞こえる気がするんだけど……」
奥の方から、低い唸り声のような声が聞こえた、気がする。う、うう、って、断続的に、途切れ途切れな唸りだ。ホラー映画でも滅多に聞かないような、地獄の冥府に響き渡らせるぞという意気込みを感じる声。
「むぅ、何だか気味が悪いの」
同感だが、お前悪魔だろと突っ込みたくなるのを堪える。
その時だった。急に、怖気が走るような、寒気が背筋を凍らせるような、ドッと、ブワアアッと、その瞬間にいきなり全身の毛が逆立つ感覚がした。ぞわり、と。脳が警鐘を鳴らす。
「ふうむ、これは中々」
ヴァルが呑気な言葉を漏らす。薄気味悪さは嫌いな癖に、この膨大な魔力量の圧には何とも思わないのかよ。【原初の悪魔】であるが故の余裕なのか、ヴァルという悪魔の性質なのかは分からないけれど。
目を凝らして、前方を見据える。一本道の先に、何かがいる。それはきっと、この森の魔獣や魔物を活発にしているボスであり、彼らの死体から魔力を吸い上げて半透明にしている元凶でもあるだろう。つまり、強い。
「すごい、濃い魔力だ。こんなのが、どうしてこの森に?」
何か強大な存在が現れるという前兆はあったのだろうか。魔力を吸い上げている以上、魔獣ではなく魔物であり、そう簡単に現れる存在ではないと思うのだが。
「二人みたいに、サンクチュアリ大森林から繋がっちゃった、とか?」
急に発生するとなれば、そういう事態だろうか。詳しいことは何もしらないし、そういった事例がよくあることなのかも分からないが、それくらいしか思いつかないので言ってみる。
「いえ、森の魔力が歪んでいるような感じはないです、主よ」
「魔力って歪むものなの?」
「別の場所と繋がるという事は、二つの地の魔力が突発的に混じり合うということだからな。当然、ゲートが生じる部分の魔力はぶれてしまうものであるぞ」
「ふーん」
こういうのって、一般常識なんだろうか。人に聞くのも怖いから、学院へ戻ったら図書館で色々調べてみようっと。
課題が一つ増えたことを感じながら、引くわけにもいかないので進む。今のところ、何かが近づいてきているような気配はない。あちらが俺たちに気づいているかも分からないが、先ほど急に生じた魔力のことを思えば、あれは俺たちという侵入者に気が付いたボスによる警告なのかもしれない。
左右の石壁には何も書かれていなく、これまで文明が踏み入った痕跡がないとも言えた。
「魔力があまりにも強いけど、複数体いるって感じもないよね」
魔力の種類は一つだった。こう、感じるのだ。魔力っていうのは、まるで色が付いているみたいに人それぞれ違う。だから、感じようとすれば違いを感じられるのだ。そう、音波や波長といったものの高さなんかが違うといえば分かりやすいかもしれない。
「そうであるなあ。これは一体が発した魔力だ」
「……ヴァルには緊張感がないの?」
洞窟が長く続くせいで飽きて来たのか、何やら逆立ちをしたり、蝙蝠のように天井を逆さで歩いてみたりと、高度な浮遊魔法を無駄な方向性に使っているヴァル。グレイはヴァルから目を逸らしている。まるで馬鹿は相手にしないのが一番とでも言うようだ。
「ん? まあ、緊張する理由がないからな」
蝙蝠状態で止まり、腕を組むヴァル。何だろう、やっぱ悪魔だから、人間とは感覚が違うのかな。そろそろいちいちツッコむのもやめた方がいいかもしれない。キリがないもん。
「そう……」
適当に、呆れと恐れと面倒くささが混じった返事を寄越してあげる。そんな風に進むこと、もう五分。ついに終わりが見えて来た。
「洞窟の、最奥だ」
扉という人工物はないが、その代わりに最奥の場所の前には、ここから先は立ち入り禁止だとでも言うように二つの岩があった。それは数センチだけ開いた扉のように、左右に置かれている。隙間は俺のような小柄な子供でも、とてもじゃないが通れない。
「ぶっ壊そう」
この奥から魔力を感じることは確かなのだ。やるしかない。
「洞窟が崩れない程度に……」
無詠唱で、透明なる弾丸を行使。空気・大気を圧縮させて弾丸とし飛ばすこの魔法は最適だったようで、岩は崩れることのないまま、ただ二つの岩という扉の中心に円形に穴をあけた。これで通れる。ヴァルとグレイも、高身長とはいえ少し頭を下げればいけるだろう。
「クリスよ、魔法の扱いに慣れたな」
「まあね。学院生活、頑張っているから」
悪魔に褒められて照れるとは何とも不思議な経験だ。
「と、何がいるかな……え?」
視線をあちらへこちらへと移動させるも、それらしい大型の魔物は見つからない。これは魔力探知を間違えたか、あるいは隠された扉でもあるのか。と、思った時、落胆のために落とした視線が、一つの存在を捕らえた。
「いやいやいや……ええ……でも、こいつから、魔力が……」
そこにいたのは、岩に座る小さな少女と、その少女の膝で眠る小さな鳥だった。




