1-6.能ある鷹、爪長すぎて隠せず。
炎魔法は爆発がデカいから、脆い洞窟の中じゃ駄目だ。回復系の魔法はまだ練習していないし、ポーションも持って来ていない。全く、戦う事なんてまだないからって攻撃魔法ばかり練習するんじゃなかった!
「ええっと、炎が駄目なら水か? いや、土魔法で壁を作って防御するか」
地面に手を向けると、最近覚えた土魔法を念じた。
その名も土壁。土属性土魔法、中級。
俺を囲うように地面から土の壁が生え、円形に囲ってくれる。高さと分厚さはある程度調整できるが、今回は洞窟の天井が低いのでとりあえず二メートルちょっとの高さと五十センチくらいの分厚さだ。
壁の外から熊二匹がその鋭い爪をもって破壊を試みているのが分かる。がり、がり、と不気味な音が鳴り響く。
がんばれ、持ってくれ、壁。エマの帰還までじゃなくてもいい。通りすがりの誰かが来てくれるまででいい。どうか持ってくれ、頑丈さ。壁が壊れたら俺はそのまま爪に巻き込まれて切り裂かれて喰われて死ぬんだよ!!
それだけは嫌だ、と思いながらとにかく、出来る限り真ん中で縮こまった。万が一、壁に空いた隙間から爪が襲ってきても大丈夫なように。
三十分ほどそうして耐え、けれども人が近くにきた気配はない。
どうしよう、そろそろ壁に穴が空きそうだ。隙を見て上から逃げ出すか?
円形の壁は、天井だけが唯一空いている。いや、しかし、飛び出したところでそもそも洞窟の空が低いのだ。身体が子供だから体重のかけ方が不安定なせいで、飛行魔法はまだ取得していないし。どのみち地面に降りて逃げることになるんだ。そうしたら熊に追いかけまわされる。
どうする、上が駄目なら下か?
こんこんとつま先で地面を叩いてみる。駄目だ、硬い。土だけならまだしも、洞窟だから岩や鉱石が混じった床になっている。これじゃあ掘れないし、頑張ったところで壁の崩壊が先に来る。
がり、がり、がっりぃ。
一層不気味な音が鳴って、壁が少し削られた。五十センチあった分厚さは、ニ十センチくらいまで削られてしまった。本格的にマズイ。
「落ち着け、俺。そろそろエマが逃げて一時間近い。誰か来てくれるはずだ」
希望を忘れて絶望的になったら終わりだ。
祈る事しかできない自分のふがいなさを感じ、生きて帰れたらもっと防御と回復に特化した魔法をバランスよく習得するんだと意気込みながら粘った。
その甲斐があったのか、遠くから人の足音と声がした。
「クリス! クリス! どこなの!」
エマだ。エマの声だ。
俺はもう嬉しくなって、大声で叫んだ。熊二匹もエマたちの声に気が付いたようで、土の壁を削るのをいったんやめた。
「エマ! ここだ! 壁の中!!」
「クリス! 壁の中なのね! 兵士のオジサン連れて来たから、もう安心よ!」
「よくやった、エマ!」
森の安全を確認するべく探索していた兵士か、あるいは町なんかの入り口にいる兵士か。分からないけれどこれは強力な助っ人だ。兵士なら武装もしているだろうし、魔物と戦った経験もあるはず。
「壁の中にいるんだな、坊主! 熊を引き付けてやるから、その間に嬢ちゃんと合流しな!」
知らない声だから、やっぱり父さんの村の人じゃないところの者だろう。どこの村だろ。
まあいいや、そんなのは後回しだ。
「ありがとう、おじさん!」
「おう! そんじゃ行くぜ! …………今だ!」
おじさんが何らかのアクションを起こしたのだろう。熊二匹が壁から離れていくのを感じた。
俺は合図を受けて壁を崩し、辺りに注意しつつエマのいる木の元まで走った。
「クリス! よかった、無事で」
「エマ、人つれてきてくれてありがとう」
「あ、それなんだけれど、オジサン、大丈夫かしら……ほら、あそこ」
優しき見知らぬおじさんは、少し離れたところで熊二匹に追いかけまわされていた。銀色の鎧は着ているが高価じゃないのか二、三回の攻撃でひび割れそうだ。剣も持ってはいるが、そちらも鎧と同様。
「エマはこの木の上にいて。ぜったいに降りちゃだめだよ」
「クリス、どうするの?」
「どうくつじゃないから、大きい魔法がつかえる。巻き込まれないようにはなれていてよ、エマ」
「ちょ、ちょっとクリス!」
俺を止めようとするエマの腕を潜り抜けて、俺はおじさんの元へ走った。
「もう、クリスったら……」
置いて行かれた彼女は、しかし俺の言うことを大人しく聞いて木登りを始めた。
「おじさん、いい感じにひらけたところで止まって、木のかげに逃げて!」
「坊主!? 何やってる、あぶねえじゃねえか!」
「いいからいいから!」
おじさんが逃げ、その後ろを熊二匹、そのまた後ろを俺が追うという意味不明な陣形で進み、やがておじさんが開けた場所で止まった。
「坊主、信じていいんだな!」
「うん! 任せて!!」
自分を助けてくれた人を見殺しにはしたくない。
成功するか分からないけれど、低級魔法の炎爆発はともかく、中級魔法の点火火球にも耐えた熊だ。今の俺が倒すにはもう、この手に賭けるしかあるまい。それが駄目だったら点火火球連発で無理やり押し勝とう。
おじさんが熊と対面する形で停止、すぱぱっと木の陰に逃げ隠れたのを見て、俺はその魔法の名を叫んだ。本来、この魔法は詠唱の末に名を叫ぶのだが、普段が無詠唱の俺からすれば威力を調整するには名だけ叫べば十分だ。
問題は、魔法が無事に発現するか否か。
「紅焔嵐!!!!」
それは、炎属性炎魔法。
「いっけええええええええええええええッ!」
またの名を、上級魔法。
成功したころは愚か、挑んだことすらない魔法。
そもそも家の付近で練習するには破壊力が強すぎるため、魔導書で読んで知っていただけ。
だから本当に、賭けだったのだが。
「お、おお、坊主、アンタ……」
木の陰から顔を出したおじさんが化け物を見るような眼で驚きながらこちらを凝視していた。
俺が願った魔法は、目の前で発現された。
二匹の熊の上空で巨大な赤い魔法陣が一つ現れ、熊が揃ってハテナを浮かべながら上を見たその瞬間、容赦なく魔法陣は炎を吐き出した。飲み込まれた熊はこんがりと焼け、ちょうどいいステーキの状態だ。
炎を吐き終えると魔法陣は閉じ、そのまま消えた。
「上級魔法、初チャレンジ、初成功、か」
それを見てエマが大急ぎでこちらへと走り寄って、俺にダイブしてきた。苦しいのでちょっとやめて欲しい。さすがの俺も体内の魔力切れでフラフラだし。
「すごいわ、クリス! あれ、上級魔法でしょう!?」
「始めて見たぜ、上級魔法なんて……坊主、すげえな。オッサンの助けなんざいらなかったんじゃ」
「いえいえ、どうくつじゃあれはできないですから。あの、助けてくれて、ありがとうございました」
「ま、確かにあれじゃ洞窟が崩落するわな。あと礼なら嬢ちゃんに言いな」
おじさんに言われて、ようやく俺を解放してくれた幼馴染お姉さんを見た。
「ありがとう、エマ」
「ふっふふ、もっと言って、クリス!」
「さ、はやくかえろう、みんな待ってるよ、きっと」
「それもそうね……って、あれ」
「ん? どうしたの、エマ」
エマの視線を辿って行くと、そこには大きな大樹があった。やや焦げているのは俺のせいか、俺のせいだな、ごめん、大樹。
って、あれ。
そこで俺もエマの言いたいことに気が付いた。
「あれって、やっぱり目的のお花よね!」
「うん。そんなところにあったなんて」
「やった! 持って帰ってリーゼにあげましょう、クリス!」
***
そんなこんなで、おじさんの案内で帰還した俺たち二人は、両親にしっかりと怒られたのでした。
「あーうー」
リーゼだけがその光景を、お花片手に笑って見ているのでした。
「まあ、何はともあれよく帰って来たな」
説教のあと、そう言って父さんが俺の頭を撫でてくれた。
「そうよ、そして、まだ一つ聞かなくちゃならないことがあるわよ」
「え、ええ、まだあったっけ、シエラおばさん」
母さんが怖い笑顔を浮かべると、エマはすっかり大人しい様子でぎこちない笑みと共に聞き返す。
「あるわよ。ほおら、クリス、兵士の方が教えてくれたわぁ、クリス」
「ああ、そうだったなあ、クリス」
兵士? ええっと、熊に殺されかけたこと、かな。よその村にご迷惑をかけたしなあ。兵士おひとり借りちゃって……。一応、お詫びといっては何だけれど熊をプレゼントした。
結局あの熊は魔物ではなく、ただただ強い獣らしい。お肉がおいしいけど、倒すのが大変だし、住んでいるのが洞窟だから中々遭遇しないんだとか。おじさんは嬉しそうに肉を持ち帰った。
「ごめんなさい、よその村にめいわくを」
「それもだけれど、そうじゃなくて」
頭を下げる俺を制し、今度は綺麗な笑みを浮かべた母さん。
「上級魔法を使ったって聞いたわ、クリス」
「紅焔嵐だって聞いたぞ。それも、詠唱を省いて魔法名だけの発音」
「おめでとう、クリス。周りの人を巻き込まずに、初めての挑戦でよく成功させたわね」
「母さん、父さん……! 俺、つよくなったよ!」
五歳のこの日初めて挑戦し、成功させた上級魔法プロミネンス・テンペスト。
この噂が広まり、俺は田舎の有名人となったのだった。
才能ありすぎて隠せませんでしたね、爪。
五歳で上級魔法だなんて天才すぎよ、クリス君、羨ましいわよ、クリス君(作者が言うなし)。
普通は八歳くらいまで魔法を使えないのよ、そもそも。
何よ、上級魔法って、五歳で上級魔法って、チートよ、チート!