3-12.学院チームの連携プレー
クリスたちが兎の大群と戦闘している頃。東側へ走って行った学院チームもまた、とある魔獣の群れに遭遇していた。それはネズミ。名は、レッドマウス。一メートルくらいの体長、赤いマントを羽織っている。
「みんな、戦闘状態に移行。怪我をした生徒は、わたしが治療しよう。これは実戦訓練だ。基本的に、君たちに攻撃を任せるよ」
シャルク先生の一声によって、六名は手に魔力を願い始めた。前衛はフェンリル寮の生徒であるクラッドとセラフエルが得意の炎魔法を駆使して、後衛では治療を得意とするセイレーン寮の女子生徒が担う。全体の指揮はウロボロス寮のロドスが。バランスの良いチームだ。
「紅蓮より来たれ、点火火球!!」
セラフエル・ドーランが戦闘を楽しむような良い笑顔を浮かべて、その手から無数の火の弾丸を生み出した。それは直線状ではなく、弧を描くように不規則に飛び、五メートルちょっと先にいるレッドマウスの群れへ着弾。ボンッ!と大きな音を立てて大地に火が点き、次々と群れを燃やし始めた。
しかし、魔獣とて、魔法は使えないが魔力を有してはいる。中級魔法の一撃に倒れるようなマネはしない。そこで、今度はクラッドの出番だ。
「行け、リット」
四体の妖精のうち、光の妖精であるリットに命じる。点火火球の火から逃れようと右往左往とするレッドマウスの視界をくらませるべく、リットは無詠唱で光属性光魔法を行使。辺り一帯が太陽光を直視したかのような光に包まれるも、土の妖精であるシーラが味方の視界を守るべく土壁を行使したため問題はない。
始めてのメンバー、バラバラの学年、寮、年齢。その割には、シャルク先生としても一定の評価を下せる采配だ。
「セラフエル、五時の方向、大型個体。クラッド、背後から回ろうとする群れがいる。迎撃しろ。後衛、クラッドが逃した個体の迎撃用意、念のため防御を固めろ」
そこにロドスが的確な指示を飛ばせば、すぐに全員が行動して従う。他国との実戦訓練に連れてきてもらえるメンバーなだけあって、各々多少のプライドはあれど、すぐに仲間の指示に従えるくらいの冷静さは持ち合わせている。魔獣との戦闘の危険性を理解しているのだ。
無駄なプライドを持って、家名に箔をつけるために軽い気持ちで訓練へ参加を申し出る生徒については先生たちがやんわりと理由を付けて断っているというのもあって、仲良しとまではいかずとも、良いチームになりそうだ。
「灼熱を呼べ、焼き尽くす衝動」
セラフエルが叫ぶと同時、ロドスが発見した三メートル越えの大型個体に突如火が点いた。周りの草木に燃え移るようなことはなく、ただ、ひたすらに大型個体のみが燃えている。断末魔の悲鳴を上げて燃え盛るレッドマウスの姿は、地獄の業火に焼かれる罪人のよう。
「上級魔法か。さすが三年生の中でも優秀な生徒だ」
それを見たシャルク先生が、脳裏に誰がどんな魔法を使ったのかを刻んでいく。訓練を終えて学院へと帰ったら、担当教師や学院長に成果を報告するためだ。
セラフエル・ドーランのことを、シャルク先生は優秀な三年生であり、フェンリル寮生徒、訓練への参加は二度目であると記憶している。強化魔法と炎魔法を得意としており、大柄な体格や本人の精神力の強さもあって、クラッドにも引けを取らない強さを誇っている。
だというのに、同じ三年生のクラッドに比べるとあまり学院内で目立たないのは、対人戦を好まないからだろう。クラッドはしょっちゅう、それこそ二か月ほど前にクリスと戦ったようにして賭けの対象として戦っているため、知名度が高い。ほとんど無敗であるというのも重要だ。
それに比べ、セラフエルは己の強い火力はヒトに向けるべきではないと考えている。だから魔獣や魔物との闘いでしか、今やったような上級魔法を使わない。学院では訓練の一環として人以外の物を相手にやってみる時であっても火力を抑えている。彼の本気を知る者は、教師陣でもあまりいないのではないかとシャルク先生は考えていた。
「ふん、俺様にかかれば、大型個体とて炭になる運命だ」
だからこそ、戦闘となれば楽しそうにするのだろう。彼に取って唯一加減をしなくていい時だから。
「普段から、そうすればいいのにな、セラフエル」
少し離れた場所で、同じ寮、同じ学年として切磋琢磨する仲であるクラッドが呟いた。彼は火の妖精であるルーシーと、己の手が生む火球を使って背後を取ろうとしていたレッドマウスを倒している。
「俺様はお前と違って、鍛えた魔法を賭けの対象になどせん。これはヒトを殺すためではなく、敵を殺すためのものだからな」
「そーかよ。お偉いお貴族様はいいね、金に困ってなくて……よっと」
クラッドがレッドマウスの鋭い爪の攻撃を避け、倒す。それが最後の個体だった。
「す、すごいです……わたくしたち、何もしておりませんわ」
戦闘が終わり、ハルル・リーレイが口を開いた。初めて参加する訓練ということで緊張していたけれど、これならば怪我をする可能性どころか、出番すらないまま終わるのではないかとさえ思えてしまう。
「あたしにも活躍のチャンスが欲しかったですわ」
「そうですわね、シエラ姉さま。でも、治療しなくていいというのは、良い事ですわ」
「もう、ルルったら……ヴァル様たち、ご無事かしら」
土の壁も消え、六名及びシャルク先生は集まった。レッドマウスをシャルク先生の持つ教師用の鞄にしまう。これは素材として使用もするけれど、こんなにも数が増えている理由を探るべく、ルーグリナ連邦国側へ調査対象として渡す予定だ。
「きっと無事ですよ。あの二体の使い魔、どう見ても只者ではない。そんなドラゴンを使役する主人もまた、只者ではないですからね」
ドラゴンは、まぐれで自分に勝ったような相手には従わない。どうやってもこの者には勝てないのだと、そう確信できた時、使い魔となることを願い出る。そう知っているシャルク先生は、新人生徒が向かったであろう方角を見つめた。
「……地形、変えないといいけど」
半分くらい冗談のつもりでぽろりとそう零したシャルク先生だったが、すぐに表情を凛々しくすると「拾い忘れたものはないね? じゃ、進むよ」と言って歩き始めた。




