3-11.黒兎の逆襲
デスラビット。それは、リーパーラビットの大群が生まれる場所に突如何処からか現れる、リーダー的黒兎。その名の通り死を運ぶ、如何なる手を使ってでも敵を喰らう。ドラゴンたちほどの強さはないが、数の多さをうまく利用するが故に、ある種の脅威である。
基本的には白兎の軍団を指揮するばかりで、後方で二本の鎌を躍らせている。前線に出ることはなく、かといって逃げるという選択肢もない。戦況が不利だと悟ればすぐに騒ぎ喚いて白兎の軍団を追加するという厄介さ。
これじゃ、いくら焼いても第三、第四の軍勢が来るだけだ。俺たち三人なら魔力切れを起こすことはないだろうが、いつまで経っても終わらない戦いになるのは現状では最悪だ。防衛隊よりも先にボスを攻略する必要性があるのだから。
「となれば、味方を呼ばれる前に全部潰すしかないな」
スピード勝負。いいぞ、兎肉は多分いくらあっても困らない。ヴァルが聞いた噂では美味しいらしいし。
「じゃ、もっかい」
先程と同じ魔法を、やや火力を高めて発動。大地に火が点き、イイ感じのステーキのできあがりという感じだ。大量の兎が焼け並ぶ姿には狂気を感じるが、致し方ない。
黒兎の指揮によって鎌を片手に飛び出した白い魔獣が二本脚で飛びながら、あるいは四本の足でぴょんぴょんと器用に跳ねながら鎌を咥え、こちらへと迫りくる。涎と悲鳴を上げながら目を真っ赤にしてやって来るんだ、ほんとゾンビの群れだな。
異世界っていうのは、案外、夢よりもホラー要素が多いのかもしれない。
「クリスよ、焼いても焼いてもキリがないぞ」
「そうだね、ヴァル。素材が多いのは助かるけど、さすがにねえ。何か良い手がないものか……あ」
思いついちゃったぞオ??
押してダメなら引いてみろ。
炎がダメなら??
「凍らせてみろ、だな」
どーのーまほーにーしーようーかなぁー。
足を凍らせる、全身を凍らせる、空間そのものを凍てつかせる。この際は……。
「お肉なんだから、全身凍らせて保存だな」
大地の篝火同様、授業で習ったやつを試すとしようか。水属性水魔法、低級ではあるがあらゆるものを凍らせてくれる万能技。戦闘だけでなく生活においても重宝されているのだとか。まさに、肉を凍らせる、とかね。
「氷の領域」
やっぱ無詠唱可能でも、魔法名くらいは叫びたくなるってもんだよねえ。あらゆる人間の憧れですもの。自分の言葉一つで、世界が文字通り色を変えていく。鮮やかだった緑の森から、白い雪の降る氷の世界へと。しんしんと降り積もる速度は速く、気が付けば全ての兎が時間を止めたかのように凍り付いている。
牙を剥き、何かを叫んでいたらしい口から漏らす涎すらも凍らせた個体。
魔法発動に驚いて落とした鎌すらも、凍らせてしまった個体。
見開いた目を、恐怖の色で慄かせたまま立ち止まった姿勢で凍った個体。
うん、いい感じだ。あとでちゃんと鞄に閉まって、王都に帰ったらどこかの店で売るか、あるいはさばいてもらう、とかできるのかな。こんだけ魔獣がいるんだし、やっぱ前世でよく見ていた異世界転生もののラノベみたいに冒険者ギルドとかあるんかな。あるんなら行ってみたいな~。
「主よ! 来ます!」
何が?
「デスラビットです!!」
はい?
え、俺凍らせたよね。白兎はちゃんと凍っているけど??
「デスラビットは魔法への耐久が高く、また他個体がゼロになると防御から攻撃に切り替わるんです!」
ええええええええええええええええええええええええええええええ!!
先に言ってくれグレイ君!と叫びたい気持ちを堪え、落ちているお肉類から目を逸らし、デスラビットの姿を探す。まずい、凍らせた白兎を遮蔽物としてうまいこと視界に映らないように移動されている。
まさか、凍った状態から離脱できるとはな。黒兎を捕らえたはずの氷はヒビが入り、先ほどまで奴がいた場所で粉々になって散らばっているぞ。どうしよう~!!
「あ、そうだ、魔力探知!!」
目を凝らし、雪降る世界に感覚を向かせ研ぎ澄ませる。この際、目は閉じている方がいい。五感の使えない真暗闇の世界で、魔力を、そう、色を探せ。
どこだ? 右か、左か。前か、後ろか。上か、大地か。
「そこだ!!」
捉えた!と同時に目をこれでもかというほど思いっきり開く。限界まで見開かれた琥珀の目玉に、白い世界を駆ける黒い兎が映った。右手に鎌を持ち、もう一本はまるで長ドスであるかのようにして口に加えている。曲がった刃は確かに俺の首をかっさらおうと意志を示している。
「来い!!」
ヴァルとグレイは手を出さないらしい。俺がやる気だから、見ている方が面白いから、主が命じないからだ。
黒兎が、凍った仲間の死体を使ってただ高いという有利な位置を取り、跳んだ。兎とはいえ、魔獣とはいえ、5メートル以上飛べるか? 白兎よりも大きいとはいえ、あくまで一回り程度。人間とは大きくサイズが変わるその姿でよく軽々と、体操選手のように高く遠く跳べるな。
とはいえ、跳んだところで脅威ではない。この目は姿を見失っていない。
魔法に耐久があると言ったな。凍らせるのがダメなら、燃やすのもダメだろう。というよりも、低級魔法では話にならないという方が正しいか。なるほど、リーダー個体なだけはある。そもそも最初の白兎の大群だって、俺たちのように保有魔力量が膨大でなければ難しい戦闘だ。多分、最終的には百五十はいたよな。
「中級魔法……上級はやりすぎだもんな。シャルク先生にも地形を変えるなって念押されているんだし」
なんかいい魔法、習ったっけなあ。入学して二か月、初めて知ることばかりの学院生活に心躍らせて可能な限り出られる授業の全てに参加し、実戦、講和、チームワーク、図書館へ通ったり。
あらゆる面から楽しんでいるが……入学したての一年生の身で教えてもらえる魔法というのは少ない。未熟だから、魔力量が少ないから、魔法を扱い慣れていないから。そういう理由もあるだろうが、どちらかと言えば、危なっかしいからだろう。攻撃魔法を人に向けないか、威力の制御を間違えて学院や王都を壊してしまわないか。その点、習わずとも作ってしまう俺は問題児だろうなあ。
「やっぱ中級くらいがちょうどかな」
炎、水、土、空、光。どの属性がいいか。これまで使った中級の攻撃系だと……点火火球と透明なる弾丸だっけか。ただ燃やす、っていうのは飽きたな。さんざん白兎燃やしたし。となると透明なる弾丸だけれど、他に何か……ないかなあ。
何か、なにか、ナニカ、授業で、本で、知ったやつはないか。
「おお、アレがいい」
前、授業で習って実戦をやった魔法があったな。あの時は担当だったシャルク先生に「君は今伝説級魔法の使い手か怪しまれています。中級とはいえ、この狭い場所での魔法の発動はやめてもらって」と止められていて、結局、出来なかったんだよな。
「喰らえ~!!」
中級魔法、水属性水魔法。その効果は、狙った敵を円柱の水柱に閉じ込めること。下へ下へと噴き上げる水。泳いで上に離脱することを許さない、圧倒的重圧。
魔法に耐性があるそうだが、この魔法なら関係ないだろう。炎では燃やしても、燃えながらこちらへ来れる。凍らせては、氷そのものをヒビ割らせて脱出される。だが、水柱から逃れる手はないだろう。どこへ逃げようとしても、水柱もまた一緒に付いて来るのだから。そもそもあの水圧から逃れるとか絶対無理。
「青の監獄」
静かに呟いた言葉が生み出す魔力の権化、水しぶきが、あと一メートルの距離まで降下してきていた黒兎を捕らえる。決壊したダムの如き勢いで下へと黒兎は叩きつけられ……。それでもなお、敵を殺すことを何よりもの目標とする黒兎は、水柱から手だけでも伸ばしてすぐそばに立つ俺を殺しにかかる。しゅっ、シュッ、と空を切る鎌。
やがて、魔法が切れた。雪降る白の世界を阻害していた水柱が消え、結果があらわになる。
「……はは」
そこには、あの水圧を受けてなお最後の瞬間まで目を血走らせ、鎌を手放すことなく右手と口で持ち続けているずぶ濡れの黒兎がいた。
どこまでいっても無敵の子。
青の監獄「耐性がある? なら、動けない重圧を纏わせてしまえ。水は氷のような破壊が出来ないのだから」
クリス君「いやっほい!お肉だお肉!!」
ちなみに、青の監獄には一つだけ欠点がありまして。まあ、より強い水魔法でかき消すとか、強い炎魔法で蒸発させちゃうとか、魚系の魔獣たちだったらあんまり効かないとか、中級らしい弱みが色々あるけどさ。そうじゃなくて。完全なる攻略法というかね?
つまるところ、よ。
水飲んじゃえって話。ま、そんなに一気飲みできるならだけどね?でももし一瞬でも水柱に空間を開けることができれば、そこから離脱してしまえって話。んで、追っかけてくる水柱からは、姿くらまし系の魔法を使うとか、あるいは使い手を殺してしまうとか。あるわけで。うん。魔法切れるまで全力逃げとかね。うん。




