3-10.兎の大群
「んじゃ、行きますか」
とてとてと歩き出した俺たち三名。ヴァルもグレイも、文句ひとつ言わずについてきてくれる。ありがたい。恐らくヴァルは戦闘狂だから、グレイは俺一番だからという比較的ろくでもない理由だろうが、まあ、良いだろう。
「クリストファー、おれのせいで、すまん」
クラッド先輩はそう言って申し訳なさそうにしていたけれど、正直、これは俺が勝手にムカついて売った喧嘩だから彼に非はない。
「気にしないでください、俺が勝手にやったことなので」
これでもかと言うほどまぎれもない真実である。
「そうか……なんか、ありがとうな。こっちも、チームは別とはいえ可能な限り手伝うよ。学院チームは、ボスに引き寄せられた他の魔獣を退治しよう。ボスはそっちがやらないと、勝ちを得られないからな」
照れくささを隠しているつもりなのか、鼻をぽりぽりとかいたクラッド先輩。ほんと、最初の印象と大違いだよな。あれ、弟の手前兄としてかばって見せたってのもあるだろうけど、本当に賭けで儲けたくて喧嘩売って来ただけなんじゃ。だとすれば俺はまんまとその手に乗ったわけだ。
……ずるがしこい人だ。
「それじゃ、幸運を」
そう言って他の生徒と共に森の奥へと去って行く学院チーム。それに付いて行く先生が「魔法の行使はいいけど、地形変えるとかは大問題だからやめてね」と釘をさす。俺を何だと思っているんだ。神出鬼没のドラゴンかなんかかよ。
防衛隊は隊長であるエルドッドに従って、静かに去って行った。隊長の命令は絶対なのか、特に道順や隊列で揉める様子はない。人数は四名、隊長以外に女性が一人と男性が二人だ。
……隊列か。
ずんずんと歩きながら、森の綺麗な空気を楽しみつつ考える。
「タンクとか、剣士とか、前衛後衛とか。ゲームじゃ定番だよなあ。あ、俺たちもそういうのあったほうがよかったり??」
「いや、我らは全員が前衛であろう」
「主よ、オレもそう思います。オレたちが防衛に回る瞬間など、ないかと」
「……そうか」
ずんずんと進み続ける。にしても、空気は綺麗、だけど、よどんでもいるな。魔力が籠っている、みたいな? どう言い表せばいいか微妙だけれど……洞窟と言ったか?? どんな魔獣、あるいは魔物がいるんだか。
「マジェスティはこれに参加するよう言ったわけだし、この森の何処かに人格とやらがあると思っていいんだよな……透明な、名残みたいな? 形とかあるんかな。残留思念ねえ。宝石か何かとして落ちているとかか……手がかりがないな」
ぶつくさと言いながら進んでいると、ガサガサと草木の中から音がした。剣士であればここで剣を構えて腰を落とし体勢を整えるものだが、生憎俺は魔法使い。無詠唱だから杖なんかも持っていない。つまるところ、突っ立ったままだ。何と格好のつかない姿。
「ん? 兎?」
魔力は感じるけれど、攻撃してくる様子はない。となれば魔物ではなく、魔獣か。言葉も通じないわけだ。戦おう…………え??
「待て待て待て……え?」
おかしいな。目をこする。右目、左目、両目。視力検査でもするかのように、交互に。うん、変わらない。俺の目はおかしくないらしい。
なるほど、数が増えている、ね。
「そりゃそうだこの野郎!!」
てっきり五体、十体の群れが複数あると思ってたわちくしょー!! なんだこれは!!
目の前に広がるのは、まるで蟻の巣から這い出た蟻と同じ、あるいはそれ以上の数がありそうな兎の群れ。いやちょっと表現がきもいけど、でもとにかくヤバい。十、二十、三十、いや五十は超えているな。ここまで来ると可愛くねえな。集合体恐怖症の人ならゾンビ映画顔負けの悲鳴上げて逃げるわ。なんちゃら演技賞みたいなのかっさらえる悲鳴だね。
「この魔獣、知ってるか??」
こんな軍団で動く魔獣がいるのかよ。それも、カマを持った白兎だ。恐ろしいぜ。昔の童話に出て来そうだ。
「リーパーラビットですね」
グレイが淡々という。リーパーラビットて、刈り取る兎ってか。直訳じゃねえか。曰く、群れで動く白兎らしい。片手に鎌を持っているのが特徴だそうだ。
「それにしても、通常は十体程度なのですが。ここまでの数ですとアレが居る可能性が……」
グレイが話を続けているが、生憎最後まで聞く余裕がない。五十体越えの白兎が、片腕振り上げて迫りくる。ええと、どうすっかな。
「焼くと美味いと聞くぞ」
じゅるりと隣でよだれをすする音がする。ヴァルよ、こんな時でも食い意地が張るか。もういっそここまで来ると嫌いじゃないぞ、その性格。
「じゃ、炎で火あぶりといくか」
学院用の鞄は下げているから、素材が落ちまくっても問題ナッシング。ほとんど無限に入る鞄なんだから。
「えーと、どの魔法で行くかな」
俺が勝手に編み出している魔法だと、火力が高すぎて火あぶりどころか黒焦げになるもんな。確か、授業で良い感じの簡易魔法を習った気がする。低級魔法だけど、俺の魔力保有量を考えれば広範囲に設定できるはずだ。
確か名前はあ……。
「大地の篝火」
瞬間、目の前まで迫っていた白兎の大群の立つ大地が炎を吹く。決して熱すぎない熱だが、肉という物質を焼くには十分だ。衣類も鱗も纏わない兎ならばなおさら。
ぴょんぴょんと跳ねる兎の持つ鎌は金属製。熱を帯びて、ついには持てない温度まで高まる。すると次々と兎たちは武器を手放して、火のないところまで後退しようとするが、生憎、俺の魔法はそんなに緩くないんでね。森を燃やさない程度に広範囲、長時間継続になるように行使しているんだよ。
「……あんま可愛くない見た目で良かった」
魔獣と分かっていても、罪悪感が失せるわけではない。その点、目が血走っており毛並みは汚れてぼさぼさ、血をすすった痕跡のある鎌を握ってよく分からない雄たけびをあげながら迫ってきてくれたのは幸いだ。
「終わった、のか?」
ゲームのように綺麗にエフェクトとなって消えてくれるわけでは、ないよなあ。とはいえ、魔力を有している彼らは死んだことでその魔力が大気中に吸われつつあるのか、身体が透明にでもなるようにして存在を薄くさせつつある。
「おかしいですね。確かに死ねば魔力を体に有し続ける力がなくなりますが、ここまで透明には……」
炎が消えた大地に並ぶ魔獣の死体を見つめ、グレイが首を傾げる。
「どういうことだ?」
こういった戦闘が初めてに等しい俺には、よく分からない。
「何処かに、魔力を吸い上げようとしている者がいるということであるな」
ヴァルがそう言ったのと同時に、再び草木が音を鳴らした。見れば、兎の大群がそこにいる。第二陣か。と、おかしな個体がいることに気が付いた。黒い、兎? 体も他より大きいな。鎌は、二本。両手にしっかりと握っている。
「やはり」
「あれはなんだ、グレイ」
「普通以上の大群の際は、それを率いる兎がいます。デスラビット、その名の通り、死をもたらす兎です。個としても強く、そして白兎を使い潰してでも敵を倒すという冷たい黒兎です」
デスラビットって、それまた直訳に等しい名前だことで。
じろり、と。黒兎がこちらを見る。さっきの白兎たちとは違う、理性の残っていそうな鋭い眼光。魔獣、なのか?? もうこれは魔物の域だろ。
「来ます、主よ!!」
黒兎が鎌を前へ突き出して、仲間の白兎に合図を出した。




