3-5.2000万ルプルのお買い物
少々忙しく投稿がおくれておりました。
9000万ルプルと、当初持っていた3万ルプル。計9003万ルプルを持ち歩くことになった俺たちは、もう全ての露店で買いたい放題だった。
「よし、ヴァル。お前が儲けた金だ。好きに使え」
まあ、ヴァルが「負けない」という性質を持っている以上、こっちの方がイカサマみたいな状態になっていたわけだが、それでも勝ちは勝ちだ。俺はヴァルが欲しいというものを好きに買わせてやることにした。
「いや、我は別に豪遊したいわけではないぞ? 人間の物の中には、我が持っていても仕方のない道具もあるしの。それより、久しぶりのゲームが楽しかったのである」
ふふん、と鼻を鳴らしたヴァル。驚いた、こいつは根っからの王様気質で金遣いが荒いかと思ったのに。まあ、確かに最初の掛け金はジャンさんが俺にくれた物を貸したわけだし、ヴァルは俺の使い魔なのだから契約的にはヴァルの物は俺のものという理論かもしれない。が、俺としてもこんな大金を持ち歩くのは気が引けるし、やっぱりヴァルが稼いだものだ。
「じゃあ、みんなで分けよう」
「というと?」とヴァル。
「ほら、俺は子供だからともかく、ヴァルは居候のようにして我が家にいたわけだ。だからまずは、両親に一部を送ろう。それから、ジャンさんには金銭的にも、他の面でもたくさん援助をしてもらっただろ? あとは~、そうだな……」
友人に金を配るというのはなんだか違う気がするし……あ、使い魔、そうだ使い魔だ。
「お揃いのなんかとか、買うか?」
すると食いついて来たのは、意外にもグレイだった。
「おお! そのような幸運を頂けるのですか!? でしたらぜひ、お揃いのアクセサリーなど如何でしょうか? 小さいものであれば戦闘中に邪魔になることはございませんし!! ええ、そうしましょう!! 魔力を込めれば、きっと何かに役立ちますとも、うん!!」
いつになく、というか契約を結んだ時と同じくらい激しいテンションで前のめりになってそう言い切った。典型的なオタク気質なのかもしれない。息が荒く、鼻息も荒く、目はかっぴらいている。ちょっと怖いぞ、グレイよ。
「えっと、じゃあ、三人でお揃いの何かを買おうか」
勢いに押されてそう返す。いや別に、断る気もないんだけれどもね?
そんなわけで王都をぶらつき始めた俺たち三名。他のメンツも思い思いに露店を見ては買ってみたりしている。
「さて、なんにする?」
「グレイの言うように、アクセサリーだな」とヴァル。
確かに露店にはアクセサリーが多い。小さな商品だとたくさん並べられるし、女性や子供に一定の人気を誇る。男性だって付ける人はいるし、プレゼント用に買う人もいるはずだ。それでいてある程度の高額。利益を上げるのにちょうどいいのだろう。
「となると、ネックレスとか、ピアスとかか? でも俺、耳に穴を開けるのはちょっとなぁ」
この世界なら医療魔法があるため傷口から病気になるとかはあまりないのだろうが、それでもある程度の抵抗がある。何よりも、痛そうなのが問題だ。
「ネックレスとなると、戦闘時に邪魔になりそうですね…それに、ドラゴン化した時がちょっと心配です。うっかり千切れたりしたらもう……切腹案件ですから」
グレイがそう言う。いや、切腹案件はないだろ。これはアクセサリーは無しの方向性か?
「いや、指輪はどうだ?」
ヴァルがとある露店の前で足を止める。赤い布の天井。テーブルクロスも赤い布。店主の趣味だろうか? 指輪が並んでいるが、やや安っぽさが目立つ。
「うむ。ドラゴンとなった場合は爪の先にでもかけておけばよかろう。そもそも、ドラゴンとは財宝を好む生命体であろう? 己の所有物ならば魔法で守れるはずだが」
「俺としても、指輪くらいがちょうどいいかな。どんな服にも合いそうだし、邪魔にならない。グレイは?」
「指輪……めっちゃいいです!!」
「ならばそうするぞ。ふむ……おお、あの店は良かったではないか」
勝手に頷いて勝手に歩き始めたヴァルは、来た道をやや戻っていくと、最初の頃に見つけた露店へと向かった。あのお高そうな店だ。人のよさそうなおじいさんが、ヴァルを不思議そうに見ながらも接客を始める。
「お兄さん、何かお求めですか?」
「うむ! いい感じの指輪が三つ欲しいのだ。同じデザインで頼むぞ。金はいくらでも構わぬ!」
威勢よく言い切るヴァルに、おじいさんは目を丸くして、やや遅れてやって来た俺とグレイを見る。
「ええっと……お三方でございますね。かしこまりました。ですがその、指輪を三つと申しますとかなりの金額になります。失礼ですが、大丈夫でしょうか?」
失礼というより、本当に心配で言ってくれたのだろう。何しろ、若い男二人と子供一人だ。金の心配をするのは普通である。高級店としても、出所の怪しい金は嫌だろうしな。
「すみません、店員さん。二人は俺の使い魔なんです。俺、イージス王立騎士学院の生徒でして、お金については商いで稼いだものがあるので、ご心配なく」
少年らしい笑みと柔らかい態度でおじいさんを言いくるめてみる。かつての会社員時代に培った対応力が役立ったな、えっへん。にしても、我ながら商いとは、ギャンブルとて言い方次第でなんとでもなるものだな。勝率百パーセントなら、商いと言えなくもないだろう。
「そうでしたか。イージス王立騎士学院の生徒様でしたら、身分の心配は不要でございますね。失礼いたしました。私はグレゴリー商会の社長をしております、ロッド・グレゴリーと申します。自分で言うのもおかしな話ですが、当店は高級店として知られておりまして、お客様のご身分に関しては、最初のご購入の際にお聞きしているのです」
「分かります、おかしな客に売ってしまうと、あとあと面倒になるかもしれないですもんね」
「……ええ、ご理解感謝いたします。ところで、指輪をお求めでございましたね。すぐにお出しいたします。実は、ちょうど指輪を仕入れたところだったのですが、かなりの高額でして、中々買い手がつかなかったのです。ですが、質の良さは間違いございません。なにせ……」
後ろに積まれている無数の綺麗な箱の中から商品を取り出したご老人、じゃなかった、ロッドさん。彼は自信満々な顔で綺麗なケースを赤いテーブルクロスの敷かれたテーブル置くと、ゆっくりと開け言った。
「なにせこれは、魔道具でございますからね」
──魔道具。五大魔法のいずれか、あるいは複数の魔力を灯した、魔法を発する道具。炎の属性ならば、炎を。水の属性ならば、水を。そんな風に、人間が魔力を与えずとも魔法を発動させてくれる。とはいえ、簡単な魔法しかできないが。それでも、魔力を灯した綺麗な石は見ているだけで充分美しい。
「ふむ、この濃度は珍しいですね。主よ、これは確かに高額でも何ら疑問がありません」
「おお、見る目のあるお客様ですね。失礼ですが、お名前をお聞きしても?」
「グレイだ。こっちの馬鹿はヴァル。そして我らが偉大なる主が、クリストファー様であらせられます」
「承知いたしました、グレイ様。グレイ様は魔道具についてご存じで?」
「人よりは知っているな。これは三つそれぞれ違う属性か。ふむ、炎と水と光か。主よ、ちょうど良いかと思われます。ヴァルが炎を、オレが水を、主が光の指輪にすればよろしいかと」
「そうだな」
光、光ねえ。っていうか、授業でちょこおっとだけ習ったけど、魔道具と魔工具って違うんだっけ。魔道具は石に魔力が宿った簡単なもので、指輪とかいろいろと種類はあるけれど、あくまでも石のような自然物に力がある。対して魔工具は人為的にいろいろと施されたものだ。
簡単に言うならば、魔道具は自然的な物体(石とか)。そこに人が金属とかを付け加えて指輪とかにしているだけだ。
そして魔工具はいわゆる科学・化学だ。自分たちで魔道具のようなものを作る、あるいは加工して性質をいじってしまう。
ま、ちゃんとは理解していないけど。
ただ、物によるとはいえ、手間と技術のかけられた魔工具以上に、自然の気まぐれでしか取れない魔道具の方がお高いんだとか。
「いくら?」
「三つもご購入されるとのことですし、初回ですので、2000万ルプルで結構です」
「なるほど……ちなみに、元値は?」
「2150万ルプルですね」
150万ルプルを値引きしてもらったんだ。満足しよう。
「じゃあ、買おう」
俺は四次元ポケットとなってしまっている学校用鞄からお金を取り出すと、現金支払いとした。いやあ、現実でもこんな高額の買い物したことないぜ? 2000万ルプルとか、元の世界ならすんごいいい家買えるって。
「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております。本店は王都ハルムーン通りにございますので、そちらもぜひ御贔屓に」
ちゃっかり本店の宣伝までやってみせた店主を置いて、俺たちは指輪を右手人差し指にはめながら露店を離れた。




